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意思による楽観のための読書日記

日本蒙昧前史 磯崎憲一郎 ****

1960年代後半から80年代に、日本で起きたちょっとした事件や報道から、当時とその主人公たちの人生を振り返る作品。当時を生きた人たちなら、これら報道の記憶は今でも生々しく蘇るような忘れられない事件のかずかず。

グリコ社長誘拐と「毒入り危険」脅迫事件、その前に起きた三島割腹事件や、その後の、日航ジャンボ墜落事件も忘れられない。

銀座五丁目にあった高級キャバレーに勤めていた、群馬出身の女性と、その女性にお熱を上げた同郷政治家は、その後総裁選にも出馬した。キャバレーには芸人でトロンボーン奏者、プロ野球選手、作家なども出入りしていたという。

五つ子誕生報道があったのは、その政治家が総裁選に出馬した3年半後。NHK職員だった父親は、同じメディアのカメラマンやレポーターたちがプライバシーも無視しながら取材に押し寄せるのを、苦々しく見るしかなかった。

1970年にこんにちわ、と開催された大阪万博の土地収用がどのように行われたのかは知られていないだろう。開催が決まった当時の万博は全く注目されず、土地の所有者たちにも、場所の選定は寝耳に水だった。二束三文の山林が相場よりも高く買い取られるとの言葉に多くの所有者が土地を売ったが、最後まで抵抗した人たちもいた。

その万博は、日本に多くの外国人が訪れるという意味で、戦後の占領軍、東京五輪、そして戦後三回目の機会だった。いろいろな出来事も起きたが、目玉男、という出来事があった。太陽の塔の目玉の部分に登り、立てこもった北大の大学生がいた。目玉男は数日間も頑張ったが降りてきて大目玉を食った。

密林に28年身を潜めていた元日本兵が見つかったという報道も忘れられない。その後、士官だった兵隊が見つかり、下士官だった兵隊と士官との違いが当時の現代人にもはっきりと知られたことを覚えている。いずれの報道についても、その主人公の生まれから生涯と成長環境を振り返り、事件を紐解く。本書内容は以上。

作者は、三井物産勤務時に「終の住処」で芥川賞を受賞したので記憶している方も多いと思う。タイトルの「蒙昧」には「知恵や学問がなく、愚かなさま」という意味があり、少し違和感を覚える。当時の人達に知恵がなかったわけでも、愚かだったわけでもない。報道する側には、現在から見ると、相当な違いがあり、プライバシーや人権への配慮で問題があったように思う。作者の意図としては、取り上げられている事件の主人公たちと報道する側、報道を受け取る側が、いずれも戦中、戦後の歴史を引きずりながら、拡大する日本経済と社会に戸惑いを覚えている様を表現したかったとは思う。

読み進むたびに、事件が起きた当時の自分を振り返り、自分の無知蒙昧さを思い出す。正しいタイトルなのかもしれない。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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