意思による楽観のための読書日記

薔薇窓 帚木 蓬生 ***

どことなく加賀乙彦のフランドルの冬の主人公、宮本輝の道頓堀川の邦彦を思い起こさせるようなこの物語の主人公は、パリ警視庁の特別医務室の診断医ラセーグ。舞台と時間設定は1900年、万国博覧会開催で観光客があふれるパリ。

パリ警察で犯罪者の精神鑑定を担当、精神的に問題がありそうな患者を、治療はしないが、年間2千人もを診断する。ラセーグはパリの娼館に通って娼婦のマリエンヌと会い、日本趣味で刀のツバを集めている。友人で警部のエドモン、恩師でパリ郊外に隠棲生活を送るガルニエ、日本人骨董品などを売っている商人の林忠平、宿屋のおかみのイヴォンヌ、ラセーグが住むアパルトマンの気の置けない仲間たち、そしてある日、街で保護されたという日本人少女を診断した。これが口がきけない状態で現れた音奴だった。ラセーグのはからいでラセーグの下宿先の女将イボンヌの元で下働きとして働くようになった音奴は少しずつ周囲に心を開き始めた。

一方、ラセーグは、見知らぬ貴婦人につきまとわれる。執拗に誘われ、そして病気だという手紙を受け取り彼女の屋敷を訪ねる。診察をしてその日は帰るが、別の日に再訪、一夜をともにする。それ以降、ラセーグはストーカー的につきまとわれるようになる。ポリニヤックという伯爵夫人はラセーグに変質的な愛情を抱き、それが高じてラセーグを恐喝するようになり、使用人たちまで巻き込んでしまう。

万博に沸くパリでは、若い女性の誘拐が連続して起こっていた。女性の特徴は観光客、異国人、移民出身、異教徒など、この対応に苦慮したパリ警察は、ラセーグに協力を求めて来た。ラセーグは音奴の証言からそれが音奴を監禁していた男と同一人物であり、写真コンクールに出展していた男とも同一人物、そしてその男がポリニヤック伯爵夫人の裏手にすむ子爵であることを突き止める。

タイトルになっているのは、シテ島にある裁判所のステンドグラスがバラのように形取られている窓。パリの表通りのきらびやかな華やかさと、裏通りにみられる移民や異教徒、貧民たちの不幸がステンドグラスから盛れてくる光とカテドラルのなかの陰影に象徴される。ストーカーとして描かれているポリニャック伯爵夫人の妄想は、薔薇窓が作ったカテドラルの中の窓の光なのか。後半明らかにされる猟奇的殺人も正常と異常の光と陰、薔薇窓が象徴している。音奴が憔悴して保護されたときと元気になった後も光と陰、薔薇窓と音奴も光と陰かもしれない。

物語の中では、万博に沸くパリは多くの人たちの息づかいや観光客の歓声まで聞こえてきそうな筆者の描写力が発揮されている。林とラセーグの日本美術に関するやりとりや、当時のジャポニズムの盛り上がりも興味を引かれる。当時大きな話題となった、川上音二郎一座の演劇や日本の見世物の舞台もおもしろくかかれている。中国での政府と義和団の間で諍いがあり、これを機に列強と日本が中国というパイを奪い合うさまが報道されている。林が最後に日本の開国以来の発展ぶりと、西欧の科学や技術をあと少しで取り入れて追いついてみせるという心意気を、傲慢である、と評する。日清戦争に勝ち、一流国の仲間入りをしたと思いたい日本人を、まだまだフランス文化と文明の奥深さには追いつけない、100年以上かかると見ている。林はこうもいう。「日本では形にならないものはすべて後回しなのです。西洋で評価されている絵なら日本では高値が付きますが、自分が気に入ったので買おう、という人はいません。僕が帝国大学卒業でも芸術家でもないことから、そんな男が万国博の事務局長になったので非難囂々でした。中身の人間より上辺が大事、そんな社会は首の上に自分の頭をのせていないのです。」イギリス人女性で日本の東北を旅行したイザベラバードも同じようなことをいっている。そんな林は自分の目利きでかいためた印象派の絵画を日本に持ち帰り、西洋美術館を作る、という夢を持っている。だからそんな日本に帰りたいのだという。

ヒトラーの防具や三たびの海峡のように完成された物語ではない印象、理由はエピソードが多すぎて読んでいて面白いのが、色んなエピソードに気をとられてしまい、ストーリーを読者が消化しきれない気もする。しかし、そこは帚木、うまく最後はまとめているので読後感は良い。
薔薇窓〈上〉 (新潮文庫)
薔薇窓〈下〉 (新潮文庫)

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