とても興味深い記事が出ていたので、抜粋させて頂きました
お時間おありの方お読み下さいませ

花論星論
星への階 トップスターへのステップ-安蘭けいと77期生の場合-
6月29日(金) by 演劇コラムニスト 石井啓夫
[1]栄光の77期

安蘭けいが、今年3-4月の宝塚大劇場公演(『さくら』と『シークレット・ハンター』)で、星組トップスターに就任した。現在、その東京お披露目舞台が東京宝塚劇場で上演中である。
安蘭は、1991年初舞台の77期生。故にトップ披露公演中の現時点では、研究科17年。就任時が3月公演だから、研16越えすれすれという時期だった。
研16でのトップ就任は、2001年の紫吹淳、香寿たつき、02年の絵麻緒ゆうと並んで、歌劇史上もっとも遅いトップスターである。
無論、遅かろうと早かろうと、トップを極められたのであれば、それは素晴らしいことだ。が、ここで議論のテーマにしたいのは、トップスターへの階段に必ず踏まなければならぬステップが存在しているのか、どうかということだ。暗黙の約束事、ルールと言い換えてもいい。
安蘭トップ就任! 近ごろ、宝塚ファンにとって、これほどうれしいニュースはなかった。実力一番を常に讃(たた)えられながら、待たされ続けていた折りの出番だったからである。
演技、歌唱、ダンス3拍子に秀れていても必ずトップになれるわけではない。それは承知の上だが、宝塚の場合、歌劇60周年、いわゆる初演『ベルサイユのばら』あたりから、トップスターへの道を歩み始めるためにはまず、越さなければならないいくつかのハードルが用意されていた。
新人公演(以下、新公)主役、バウホール公演主役、2番手格という位置…など、男役としてのステップだ。その中でも、新公主役は早い遅いにかかわらず、出演できる7年間のうちに1度は経験しなければならぬハードルだった。
そのステップが初めて崩されたのが、安蘭と同期の77期生としてトップになった朝海ひかるである。朝海は60周年以降、新公主役を経験せずにトップになった初めての例となった。
この期にはもう一人、春野寿美礼がトップになっており、男役3人の頂点を出した栄光の期でもある。史上最長期間のヒロイン記録を持つ娘役トップ花總まりも同期生だが、テーマが逸れるのでここでは触れない。
[2]快速、鈍行、臨時…

要するに、安蘭、春野、朝海。同期生3人のトップ就任の在り方が、今後のトップスターへのステップにどう影響するか、という問いとわたしの懸念である。
まず、新公主役が、従来通り、若手男役にとってトップへのステップであり続けるのか。3人のステップを比べてみよう。新公主役を初めて経験したのは、安蘭が研5で『JFK』(雪組)、以降3回。春野が研6で『ハゥ・トゥ・サクシード』(花組、霧矢大夢=現月組=とダブル主演)、以降2回。朝海は無し。
参考までに、やはり同期の成瀬こうき(既に退団)は研5で『ハードボイルド エッグ』(月組)を含め4回と安蘭と同数、主役を経験している。
バウ主演では、安蘭が研8で『ICARUS』(雪組)、春野は『冬物語』(花組)、朝海は『SAY IT AGAIN』(雪組、複数主演)でそれぞれ研9で主演した。先述したトップへのステップでいえば、ここまでの過程では、電車にたとえれば、安蘭と春野は「快速急行」の歩みに見える。
「男役10年」などとよく言われるが、60周年以降でその例に適うのは、安奈淳(研6)、鳳蘭、天海祐希、汀夏子(以上研7)の「特急」と研10、11で就任した大地真央から姿月あさとまでが「急行」で、春野や朝海が就任する研12、そして13、4あたりが今では「快速」と呼ばれようか。
しかし、「快速」のペースで順調に段階を経て歩んだのは、春野だけで、もっとも「快速」のペースだった安蘭は、にわかにペースを落としてしまった。
その間、2002年に春野、朝海は相次いで2番手となり、春野は実質1度だけ2番手を経験して同年、『エリザベート』で花組のトップを極め、朝海も翌03年『春麗の淡き光りに』で雪組の頂点に立った。
安蘭が実質的に2番手になったのは03年である。その後、実力者としてトップを支え続けこんにちに至った過程は、トップへの習いからすれば、「鈍行電車」になってしまったと言わざるを得ない。
では、3人の過程を分かったモノは何か。その時点での組事情が大きな要因だろう。
有力な上級生スターがひしめいていれば、出番が遅れる。射程にいたスターがそれぞれの理由から退団して、突然視野が開ける場合もある。安蘭は多分に前者の要因が影響したに違いないし、春野は後者(匠ひびきの病気、休演など)の例だ。
では、朝海の場合をどう評価するか。先の2人に比べ、新公主役も未経験で、単独バウ主演を果たしたのは、01年『アンナ・カレーニナ』(雪組)の研11の時。が、その前年に雪組本公演『凱旋門』で役替わり公演ながら、当時の主演スター轟悠の役を演じる実績を果たした。そして一気に2番手、トップと飛翔してしまった。
それこそ、同期生としてスタート時点では、安蘭、春野の「快速」に比して「鈍行」レールだったのが、安蘭がペースダウンしているうちに春野に追いつき、まさに「臨時」というか「特別」というかの「快速電車」に変化した。
この朝海のパターンを、あくまで「臨時」であり「特別」である異例と見るか、今後もこうしたトップへのステップもあるという前例と見るかで、これからの新人たちの気持ちのありようも変わってこよう。
[3]ファンに見えるルール 必要

安蘭は、けっして「遅咲き」でも「大器晩成型」のスターではない。汀夏子に次いで首席入団生として2人目のトップスターとなったエリートである。入団後も同期中もっとも注目され、実際もスター街道を歩んできた。
むしろ、朝海の方が1998年の宙組誕生時に花組から異動したあたりから急上昇した(スター性は秘めていたものの)抜擢トップスターである。
先行していたスターがそのままゴールしないのも、この世界の習わしだ。裁定が多分に「謎」なのも、わたしは芸能という分野の「神秘性」で、それは仕方がないモノと考える。
しかし、ルール、長年、歌劇の中で培われ、目標とされてきたステップは踏襲されなければならないのではないか。「異例」は、恒常化しないからこそ「異例」なのであって、その恩恵を被ったスターはそれ故に栄光という名誉を刻めるのだ。
新公主役があくまで、まずトップへの第1ハードルという目標は残して欲しい。逆に、その過程の中で新公主役を逃した生徒にも、朝海のようなコースも歩めるのだという希望も朝海によってもたらされた。
が、朝海型はそう度々、現れるものではないだろう。その点を考えると、安蘭がよくぞここまで我慢していてくれたことを、わたしは賛美する。事情はあれ、安蘭が歩んだコースこそ、「スター誕生」への順当な過程なのだとわたしは信じる。
朝海は、06年にすでに退団、春野も本年末を持って退団を発表した。安蘭はトップに就任したばかり。同期生でありながら、随分時間差が出てしまったが、トップへの階段にはファンがやはり目安にできるルールが絶対とは言わぬまでも存在していることが、もっとも安心でき納得できることではないだろうか。
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星への階 トップスターへのステップ-安蘭けいと77期生の場合-
6月29日(金) by 演劇コラムニスト 石井啓夫

[1]栄光の77期


安蘭けいが、今年3-4月の宝塚大劇場公演(『さくら』と『シークレット・ハンター』)で、星組トップスターに就任した。現在、その東京お披露目舞台が東京宝塚劇場で上演中である。
安蘭は、1991年初舞台の77期生。故にトップ披露公演中の現時点では、研究科17年。就任時が3月公演だから、研16越えすれすれという時期だった。
研16でのトップ就任は、2001年の紫吹淳、香寿たつき、02年の絵麻緒ゆうと並んで、歌劇史上もっとも遅いトップスターである。
無論、遅かろうと早かろうと、トップを極められたのであれば、それは素晴らしいことだ。が、ここで議論のテーマにしたいのは、トップスターへの階段に必ず踏まなければならぬステップが存在しているのか、どうかということだ。暗黙の約束事、ルールと言い換えてもいい。
安蘭トップ就任! 近ごろ、宝塚ファンにとって、これほどうれしいニュースはなかった。実力一番を常に讃(たた)えられながら、待たされ続けていた折りの出番だったからである。
演技、歌唱、ダンス3拍子に秀れていても必ずトップになれるわけではない。それは承知の上だが、宝塚の場合、歌劇60周年、いわゆる初演『ベルサイユのばら』あたりから、トップスターへの道を歩み始めるためにはまず、越さなければならないいくつかのハードルが用意されていた。
新人公演(以下、新公)主役、バウホール公演主役、2番手格という位置…など、男役としてのステップだ。その中でも、新公主役は早い遅いにかかわらず、出演できる7年間のうちに1度は経験しなければならぬハードルだった。
そのステップが初めて崩されたのが、安蘭と同期の77期生としてトップになった朝海ひかるである。朝海は60周年以降、新公主役を経験せずにトップになった初めての例となった。
この期にはもう一人、春野寿美礼がトップになっており、男役3人の頂点を出した栄光の期でもある。史上最長期間のヒロイン記録を持つ娘役トップ花總まりも同期生だが、テーマが逸れるのでここでは触れない。
[2]快速、鈍行、臨時…


要するに、安蘭、春野、朝海。同期生3人のトップ就任の在り方が、今後のトップスターへのステップにどう影響するか、という問いとわたしの懸念である。
まず、新公主役が、従来通り、若手男役にとってトップへのステップであり続けるのか。3人のステップを比べてみよう。新公主役を初めて経験したのは、安蘭が研5で『JFK』(雪組)、以降3回。春野が研6で『ハゥ・トゥ・サクシード』(花組、霧矢大夢=現月組=とダブル主演)、以降2回。朝海は無し。
参考までに、やはり同期の成瀬こうき(既に退団)は研5で『ハードボイルド エッグ』(月組)を含め4回と安蘭と同数、主役を経験している。
バウ主演では、安蘭が研8で『ICARUS』(雪組)、春野は『冬物語』(花組)、朝海は『SAY IT AGAIN』(雪組、複数主演)でそれぞれ研9で主演した。先述したトップへのステップでいえば、ここまでの過程では、電車にたとえれば、安蘭と春野は「快速急行」の歩みに見える。
「男役10年」などとよく言われるが、60周年以降でその例に適うのは、安奈淳(研6)、鳳蘭、天海祐希、汀夏子(以上研7)の「特急」と研10、11で就任した大地真央から姿月あさとまでが「急行」で、春野や朝海が就任する研12、そして13、4あたりが今では「快速」と呼ばれようか。
しかし、「快速」のペースで順調に段階を経て歩んだのは、春野だけで、もっとも「快速」のペースだった安蘭は、にわかにペースを落としてしまった。
その間、2002年に春野、朝海は相次いで2番手となり、春野は実質1度だけ2番手を経験して同年、『エリザベート』で花組のトップを極め、朝海も翌03年『春麗の淡き光りに』で雪組の頂点に立った。
安蘭が実質的に2番手になったのは03年である。その後、実力者としてトップを支え続けこんにちに至った過程は、トップへの習いからすれば、「鈍行電車」になってしまったと言わざるを得ない。
では、3人の過程を分かったモノは何か。その時点での組事情が大きな要因だろう。
有力な上級生スターがひしめいていれば、出番が遅れる。射程にいたスターがそれぞれの理由から退団して、突然視野が開ける場合もある。安蘭は多分に前者の要因が影響したに違いないし、春野は後者(匠ひびきの病気、休演など)の例だ。
では、朝海の場合をどう評価するか。先の2人に比べ、新公主役も未経験で、単独バウ主演を果たしたのは、01年『アンナ・カレーニナ』(雪組)の研11の時。が、その前年に雪組本公演『凱旋門』で役替わり公演ながら、当時の主演スター轟悠の役を演じる実績を果たした。そして一気に2番手、トップと飛翔してしまった。
それこそ、同期生としてスタート時点では、安蘭、春野の「快速」に比して「鈍行」レールだったのが、安蘭がペースダウンしているうちに春野に追いつき、まさに「臨時」というか「特別」というかの「快速電車」に変化した。
この朝海のパターンを、あくまで「臨時」であり「特別」である異例と見るか、今後もこうしたトップへのステップもあるという前例と見るかで、これからの新人たちの気持ちのありようも変わってこよう。
[3]ファンに見えるルール 必要


安蘭は、けっして「遅咲き」でも「大器晩成型」のスターではない。汀夏子に次いで首席入団生として2人目のトップスターとなったエリートである。入団後も同期中もっとも注目され、実際もスター街道を歩んできた。
むしろ、朝海の方が1998年の宙組誕生時に花組から異動したあたりから急上昇した(スター性は秘めていたものの)抜擢トップスターである。
先行していたスターがそのままゴールしないのも、この世界の習わしだ。裁定が多分に「謎」なのも、わたしは芸能という分野の「神秘性」で、それは仕方がないモノと考える。
しかし、ルール、長年、歌劇の中で培われ、目標とされてきたステップは踏襲されなければならないのではないか。「異例」は、恒常化しないからこそ「異例」なのであって、その恩恵を被ったスターはそれ故に栄光という名誉を刻めるのだ。
新公主役があくまで、まずトップへの第1ハードルという目標は残して欲しい。逆に、その過程の中で新公主役を逃した生徒にも、朝海のようなコースも歩めるのだという希望も朝海によってもたらされた。
が、朝海型はそう度々、現れるものではないだろう。その点を考えると、安蘭がよくぞここまで我慢していてくれたことを、わたしは賛美する。事情はあれ、安蘭が歩んだコースこそ、「スター誕生」への順当な過程なのだとわたしは信じる。
朝海は、06年にすでに退団、春野も本年末を持って退団を発表した。安蘭はトップに就任したばかり。同期生でありながら、随分時間差が出てしまったが、トップへの階段にはファンがやはり目安にできるルールが絶対とは言わぬまでも存在していることが、もっとも安心でき納得できることではないだろうか。


宝塚最高!



