OveJa neGrA

あっという間の34歳。気持ちにあった無意味な「楽観」も、今や少しの焦りとなってきた。チリに帰りたくなってしまうこのごろ。

12 de Nov そして日常再開。。

2008-11-13 10:30:06 | Weblog
朝起きるといつもの枕、そしていつもの部屋
このまま眠り込んでいたいのが本音。。。
しかし社会復帰は早めに限る。
という訳で、とりあえずいつものように薪の準備から火を起こす。
数日しないだけでもやはり勘がにぶる。
まだまだ修行がたりないな
仕事に行く道中、色々な事を考えた。
やはり相方に会えるのは嬉しい。
道中も何かと気にかけてくれたから、抱きついて再会を喜ぼうなんて考えながら歩く
が、着いてみると既に患者さんが待っていた。
気持ちを切り替えて仕事モードに。
とりあえず感傷に浸るのは後
次々と来る患者さん、そして新しい患者さん、皆が帰宅を喜んでくれた。
やっぱり村は落ち着く
一日終わってみれば40人近く。
体が重い訳だ
でも初日にしては上々
気を緩めず、年末のプロジェクトに向けて頑張ろう

旅を終えて。。。

2008-11-13 07:47:34 | Weblog
チリで生活を初めて約1年弱。
初めての旅行をした
正直いろいろな葛藤があった事も事実。
政府のボランティア来ていながら、私用で仕事を休む事への抵抗、そして村の患者さんに対しての気持ち。
一時は言い訳をしてでも旅をやめる事も本気で考えた。
が、やはり頭をよぎるのは両親の顔。
海外協力隊を切望し、参加する際も、彼らの複雑な胸中を全て押し殺し、僕の選択を尊んでくれた。
そして遠くからいつも暖かく見守ってくれた。
そんな気持ちを感じれば感じるほど、今どんな村で僕が生活し、どんな国に生かされているのかをどうしても知ってもらいたい気持ちになった。
今年の8月頃から準備をはじめ、多くの人の助けを借りた。
先ず謝辞を述べなければならないのは、良き仕事のパートナーでもあり、良き友人、良き家族でもあるMauricioと彼の妻、Dannyだ。
彼らは公私とも全面的に協力してくれ、彼らの援助なしには今回の計画は進まなかっただろう。
また、家を長期空ける際も、時折見回りしてくれ、仕事に忙殺されていると、率先して薪の支度や掃除なども手伝ってくれた。
そして村の人達。
誰もが暖かく見送ってくれ、両親が来訪した際も我が事のように喜び、そして支えてくれた。
事務所のスタッフの方々にも多大な支援を頂いた。
慣れないチリでの旅、注意事項や予定のたてかたなどのアドバイス。
異国で生きる事は私にとってとても難しく、そしてとても魅力的な事だ。
時には望郷の念に駆られ、このままチリを去りたいという邪念にかられることもある。
思いとどまる時は常に両親初め応援していただいている方々の顔がよぎる。
彼らの為に今生きている訳ではない。
が、事実、彼らの存在なくして、自分の存在はあり得ないと心底思う。
だからこそ、自分のスタンスを保つ事が、彼らに対しての私なりのささやかな恩返しのつもりだ。
たった1週間の旅行で大げさと嘲笑してしまいそうだが、それだけ私にとっても、また私の両親にとっても意義のある、そして意味のある時間となったと信じる。
両親を快く送り出してくれた姉、姪、そしていつも細やかな気配りを絶やさない弟、そして両親を産み育ててくれた祖父母、一緒に生活してきた犬達や猫達、数え上げたらキリがないが、改めて人に生かされている事を実感し、己の未熟さも痛感した。
そういった意味を込めて、今回の素晴らしき時間、思い出を胸いっぱいに吸い込み、これからの大いなる一歩につなげて行こうと心に誓う。
最後に、いつも支えてくれる全ての人達へ、
ありがとうございました。。。。