どうして農耕は始まったのか
ところで、人類はなぜ農耕を始めたのだろうか。
本当の理由は分かっていないが、獲物となる動物の減少を原因とする説が有力だ。
人類の狩猟技術の進歩と人口の増加によって、狩りやすくて肉が大量に得られる大型動物が減少して行ったと考えられる。さらに、約1万年前に氷期が終了したことが、寒さに強い大型の動物の減少に拍車をかけた。また、その後に続いた気候変動によっても獲物となる動物が減少したと考えられている。以上の変化によって、エネルギー源になる肉以外の食べ物を見つける必要が出てきたのだろう。
もう一度、各食品のエネルギーを示した図表1を見て欲しい。肉と同じように高いエネルギーを持つものとして、種実類や穀類などがある。少なくなった肉類を補うものとして、これらの需要が高まったとすれば納得がいく。
また、種実類や穀類は保存がきく。野菜や果実はすぐに腐ってダメになってしまうが、種実類や穀類は長期間保存できるので、冬など食料が乏しい時期の食べ物として貴重だ。
ところで、クリやアーモンドなどの種実類は「木」の種子だ。一方、ムギやコメなどの穀類は、「草」の種子だ。草の寿命は数年以内と短く、一年以内の寿命のものを一年草と呼ぶ。栽培することを考えると、木よりも草の方が効率的に種子を収穫できる。その中でも一年草は毎年収穫できるので、農耕を行う上で最も適していると言える。このような理由から、農耕が始まってから現在まで、一年草が主に栽培されて来た。「世界三大穀物」のムギ、コメ、トウモロコシはすべて一年草だ。
また、ムギ・イネ・トウモロコシの先祖はすべて雑草だった。さらに、ダイズ・ジャガイモ・サツマイモなども元は雑草だった。
雑草と聞くと、何か嫌な存在に聞こえる。実際に雑草の定義は、おおよそ「人間の生活を妨害する植物」とされている。つまり人類は、邪魔者だった雑草を、自分たちの命を支える植物に作り変えたのだ。これを「栽培化」と呼ぶ。もし、我々の祖先が、ムギ・イネ・トウモロコシなどを栽培化できなかったら、現在のような人類の繁栄はなかったと思われる。つまり、栽培化した植物を育てて食料とする「農耕」を始めることによって、人類社会は狩猟・採集の「獲得経済」から「生産経済」に移るという大きな変革を成し遂げたのだ。
そこで、この栽培化について少し詳しく見てみよう。まずは、雑草が持っている驚くべき能力についてだ。雑草の能力を知ると、栽培化がきわめて大きな食の革命であったことがわかるはずだ。