食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

コメの栽培化ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(6)

2019-11-27 22:10:30 | 第一章 先史時代の食の革命
コメの栽培化
日本人の主食としてなじみの深いコメ(イネ)は、世界中で栽培されている重要な作物だ。イネを栽培するには一年間に1000㎜メートル以上の降水量が必要であり、コムギの栽培に必要な500㎜の降水量に比べて、より多くの水を必要とする。この条件を満たすのが「モンスーンアジア」と呼ばれる、日本列島を含む東アジア、東南アジア、南アジアの地域だ。(図表5)。この地域には、モンスーン(季節風)によって海上の湿った空気が運ばれる。イネは、このモンスーンアジアに適した穀物として栽培化された。


イネは形態や生態の違いから、インディカ種とジャポニカ種に大別される。これらが、いつ頃、どこで栽培化されたかについては諸説あるが、おおよそ次の通りだと考えられている。

最初に栽培化されたのはジャポニカ種であり、約1万年前に珠江の中流域、あるいは長江の中流域で野生のイネ科の植物から栽培化により誕生した(図表5)。一方、インディカ種は、ジャポニカ種が他の野生種と交雑することで、同じ地域に生まれた。

栽培化後、ジャポニカ種とインディカ種は各地に広がって行くが、日本には、中国大陸の長江下流域から、約3000年前の縄文時代の終わりに伝来したとする説が有力だ。

他の穀物に見られないイネに特有の栽培方法が、「水田稲作」だ。イネは、水田にはられた水から窒素やリンなどの栄養素の供給を受けることから、水田稲作では連作障害が出にくく、毎年同じ場所でコメを作り続けることができる。

水田稲作は非常に生産性が高く、単位面積当たりの収穫量はコムギの約1.5倍であり、まいた種当たりの収穫量もコムギの4倍以上になる。さらに、モンスーンアジアで栽培される農作物のうちで、コメが単位面積当たりの収穫量がもっとも高い。世界の総人口の約60%がこの地域に集中しているのも、水田稲作のおかげと言える。

中国では長江流域では少なくとも6000年前に水田稲作が行われていた。日本には、イネが伝来した縄文時代晩期か、その少し後に水田稲作が中国から伝わったと考えられている。紀元2、3世紀頃の弥生時代後期の登呂遺跡からは51面の水田遺構が見つかっており、その総面積は約7万㎡にもなる。

ムギの栽培化ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(5)

2019-11-27 18:18:27 | 第一章 先史時代の食の革命
ムギ類の栽培化
ここで、主要な作物の栽培化について見て行こう。まずはムギだ。

古代メソポタミアにおける主要な穀物はオオムギだった。そして、古代ギリシャにいたるまで、オオムギは西アジアとヨーロッパの庶民の主要なエネルギー源になっていた。また、オオムギは古代よりビールの原料として利用されてきた。

オオムギは約8000年前に、レバント(東部地中海沿岸地方)・南東アナトリア・メソポタミアの「肥沃な三日月地帯」と呼ばれる地域(図表4)の高原を中心に栽培化されたと考えられている。この地域は夏に雨が少なく冬に雨が多い地中海性気候だ。ムギ類は秋に発芽して晩春から初夏に新しい種子が実る「冬作物」で、地中海気候に適した植物だ。


一方、現在主要な穀物になっているコムギには複数の種類があるので、少し注意が必要だ。

現在主に食べられているコムギは「パンコムギ」だ。また、別の食用のコムギに「マカロニコムギ(デュラムコムギ)」がある。名前の通り、パンコムギはパンを作るのに適したコムギで、マカロニコムギはパスタを作るのに適したコムギだ。つまり、マカロニコムギからはふっくらとしたパンを作ることはできない。

この違いは、コムギに含まれるタンパク質の「グルテン」の性質の違いによるものだ。小麦粉に水を加えてこねると、パンコムギのグルテンは、弾力と粘りのある巨大な網目構造を形成する。パンを作る時にこの網目構造に気泡がたまることによって、独特のふっくら感が生まれる。マカロニコムギのグルテンは、この弾力と粘りに欠けている。

コムギの栽培化においては、まずマカロニコムギが約1万年前に現在のトルコ周辺で、野生のコムギからの突然変異によって生まれたと考えられている。一方、パンコムギは、マカロニコムギを野生種のタルホコムギと異種交配(交雑)させることで、約8000年前にカスピ海南岸地域で誕生したと考えられている。パンコムギの良質のグルテンは、タルホコムギから持ち込まれたものだ。

黒パンの原料となるライムギは、元々はコムギ畑の雑草であったものが、人に刈り取られないように進化を遂げた結果、栽培されるようになったものだ。つまり、ライムギは、人の目を逃れるために姿かたちを小麦に似せるとともに、非脱粒性への変化という驚くべき進化を遂げたのだ。ライムギはコムギよりも冷涼な環境に強いため、約5000年前に北欧において栽培化された。

エンバクは、現在健康食品として人気の高いオートミールの原料だ。エンバクも、コムギ畑の雑草だったものが人の目を逃れるためにコムギのように進化した結果、栽培種となったものだ。約5000年前に中央ヨーロッパで栽培化されたと考えられている。

雑草の栽培化ー1・2 人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(4)

2019-11-27 13:11:34 | 第一章 先史時代の食の革命
雑草の栽培化
生物の進化を大きく推し進めるのが、遺伝子が変化する「突然変異」だ。生物の進化では、環境に適したものが選択される「自然選択」が起こるが、栽培化では人に都合の良いものが選択される「人為選択」が起こる。つまり人類は、突然変異で新しく生まれた雑草の子孫の中で、より好ましい品種を人為選択することで、栽培化を進めたのだ。

穀物の栽培を行う際に、まいた種子がすぐに発芽してくれなければ困るし、出芽のタイミングがずれるという性質もいろいろな農作業を同時に進める上で不都合になる。そこで人為選択によって、ムギ・イネ・トウモロコシなどの種子は、決まった季節まで休眠する仕組みや、光発芽の仕組みも失った。また、種子ごとに発芽のタイミングがずれるという性質も無くなってしまった。

さらに、人為選択によって、自然選択では絶対に起こらない、とんでもない進化が雑草に生じた。それが、種子が熟しても地上に落ちない「非脱粒性」への変化だ。

植物が子孫を残すためには種子を土壌にばらまく必要がある。一方、種子が地上に落ちてしまうと、人が食べ物として収穫するためには一粒ずつ集めないといけなくなり、大変な労力になる。そこで、種子が落ちずに穂にとどまったままの品種が人為選択されたと考えられる。

しかし、植物にとって非脱粒性とは、自力で生きるのをやめて人類にみずからの繁殖をゆだねるという異常な状態だ。すなわち、非脱粒性への変化によって、ムギ・イネ・トウモロコシなどは、独力で生きる道を捨てたと言える。

一方で、自家受精するという性質は残された。栽培を行う上で、毎年同じ性質を持った種子(穀物)を収穫できるということはとても重要なことだ。自家受精は、同じ性質を維持する上で必須の仕組みと言える。

さらに人類は、一つの穂に、より多くの種子やより大きい種子をつけるものを選択して行ったと考えられる。

以上のような栽培化は短期間では達成できなかったと考えられる。人類は、数百年、あるいは数千年の長い年月をかけて、栽培化を進めて行ったのだろう。このように、穀物はあるときから急速に主要な食料になったのではなく、徐々にその重要性を増して行ったと考えられる。


雑草のすごい力ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(3)

2019-11-27 08:32:02 | 第一章 先史時代の食の革命
雑草のすごい能力
小学校の理科の実験で定番なのが植物の栽培だ。低学年ではアサガオなどを育てて、植物が成長する様子を観察する。夏休みには育てたアサガオを家に持って帰って観察を続けるのが宿題だった。面倒くさがりの息子たちをなだめすかして観察日記を書かせたのは、良い思い出だ。

小学校の高学年になると少し高度なことを教わる。インゲン豆などを使って種子が発芽する条件を調べるのだ。インゲン豆を水につけたり冷蔵庫に入れたりして発芽するかを調べる。そして、植物の種子の発芽に必要な要件として、「水」「酸素(空気)」「適度な温度」の3つを学ぶのだ。

しかし植物の種子の中には、これらの3つの条件がそろっても発芽しないものがある。種子がこのような状態にあることを「休眠」していると言う。休眠していた種子は、発芽する季節がやって来ると休眠から覚めて発芽する。

この休眠の仕組みはとても重要だ。例えば、春に芽を出す種子が冬の初めに暖かいからといって芽を出してしまうと、後にやってくる冬の寒さで全滅してしまう。一方、秋に芽を出す種子が春に芽を出すと夏の暑さで死んでしまう。このような間違った出芽をしないために、適切な季節になるまで休眠する仕組みがあるのだ。出芽すべき季節になって休眠から覚めた種子は、水・酸素・適度な温度の3つの条件がそろうと発芽する。

雑草の多くはさらに、光の刺激が加わって初めて発芽する「光発芽」という仕組みを備えている。これは、光合成をしないと生きることができない植物が、光がある場合にのみに発芽する仕組みだ。例えば、ほかの植物が生い茂っているところで発芽すると、先に生えている葉で光が遮られてしまう。また、種子が土の中深くにある場合も、出芽しても光があるところに到達できずに枯れてしまう。雑草はこれらの危険性を避けるために、生育に必要な光を感じた場合のみ発芽する光発芽の仕組みを備えているのだ。土を耕すとすぐに雑草が生えてくるのは、土深くに埋まっていた雑草の種子が地表近くまで掘り起こされて、光発芽したことが理由の一つとして考えられる。

さらに雑草の種子には、同じ条件でも発芽するタイミングがずれるという特徴がある。もし一斉に発芽すると、草刈りなどによって全滅してしまうかも知れない。そこで、雑草の種子は同じ条件で一斉に発芽するのではなく、お互いの発芽の時期を微妙にずらすという特徴を備えている。こうして、雑草の種子は長期にわたって断続的に発芽する。人が草取りをしても雑草がすぐ生えてくるように見える理由はこれだ。

雑草はどんな時でも種子を残す
雑草の極めつけの能力は、「自家受精(自家受粉)」で子孫を残すことだ。
動物がオスとメスに分かれていて生殖により子孫を残すように、花を咲かせる植物の多くは、おしべで作られた花粉がめしべに受粉することによって子孫(種子)を作る。この時、多くの植物で、花粉が同じ個体のめしべに受粉する自家受精を避ける仕組みが備わっている。

例えば、多くの植物で、おしべよりもめしべが長くなっており、花粉が同じ個体のめしべにつきにくい構造になっている。また、オオバコやミズバショウ、キキョウなどは、花の中のおしべとめしべが成熟するタイミングをずらすことで、自家受精を防いでいる。キュウリやスイカ、メロンなどでは、おしべだけの花とめしべだけの花を別々に作る。

さらに、花粉が同じ個体のめしべに間違ってついてしまった場合には、化学物質を出して受精を阻止する「自家不和合性」という仕組みもある。

こうして自家受精を防止することで遺伝子の多様性が保たれる。同じ遺伝子ばかりを持っていると、環境変化に対して同じ応答しかできなくなってしまい、全滅する恐れがあるのだ。これを避けるために、ほとんどの動物や植物で生殖活動が行われていると考えられている。

しかし、これだと、近くに別の仲間がいないと子孫を増やすことができない。そこで雑草は、独りぼっちでも子孫を残せるように自家受精する道を選んだと考えられている。これは、子孫を残すことを最優先にした究極の戦略と言える。

さらにイネ科の植物は、受粉に虫や鳥を使わず、風や重力で花粉をめしべまで運んで受精する。これも、変動する環境下で、他の生物がいなくても確実に子孫を残すための戦略と考えられる。

このように雑草は受精に独特の仕組みを開発することで、悪い環境でも生き抜くことができるように進化してきたのだ。