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食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

ヤギ・ヒツジ・ウシの家畜化ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(3)

2019-11-29 21:54:09 | 第一章 先史時代の食の革命
ヤギ・ヒツジ・ウシの家畜化
ヤギとヒツジの家畜化は、約8000年前から開始されたと考えられている。

野生のヤギとヒツジはおとなしい性格であったため、家畜化にはそれほど大きな苦労はなかったであろう。家畜化によって、ヤギとヒツジの体格は小さくなった。

ヤギの家畜化は西アジアのいくつかの地域で独立して進んだ。一方、ヒツジの家畜化は、肥沃な三日月地帯内の山脈のすそ野で進行したと考えられている。

家畜化されたヤギは、最初は肉を得るために飼われていた。ところが、しばらくして人類が乳の有用性に気がついた。つまり、ヤギを生かし続ければ、乳を継続して収穫できるのだ。こうしてヤギは搾乳が行われた最初の家畜になり、よりたくさんの乳を出す品種が選択されて行ったのだろう。チーズやバターなどもヤギの乳から発明された。

一方、ヒツジも当初は肉を得るために飼われていたが、やがて毛の利用が広がった。その後も長い年月をかけて、より良い羊毛を得るための改良が進み、ウールと呼ばれる短く柔らかい毛を多く持つ品種が開発された。

ウシの家畜化は、ヤギやヒツジに比べて1000年以上遅れたと考えられている。ウシの先祖はオーロックスと言う動物で、約1万5000年前のフランスのラスコー洞窟の壁画にも描かれている(図表7)。オーロックスはウシよりも体が大きく、長い角を持っていた。また、どう猛な性格であった。このため、家畜化が遅れたのだろう。


オーロックスはアジア、ヨーロッパ、北アフリカなどの広い範囲に分布していたが、家畜化は西アジアとインドで独立して行われたと考えられている。

ウシも初めは肉や皮を取るために飼育されたが、得られる乳の量がヤギやヒツジよりずっと多いため、牛乳の利用が進んだ。また、後には、農作業や運搬に使用されるようになり、ウシの大きな力が人々の生活に無くてはならないものになって行く。

家畜化された当初のヤギ・ヒツジ・ウシは現代種よりもかなり小型だった。その後、より多くの肉や乳などを得るために品種改良が進められた結果、体が次第に大型化したと考えられる。

家畜化症候群ー1・3家畜は肉の貯蔵庫(2)

2019-11-29 08:31:23 | 第一章 先史時代の食の革命
家畜化症候群
雑草の栽培化と同じように、家畜化にともなって動物に大きな変化が生じる。つまり、家畜化にともなって、「体格の縮小」「垂れ耳や白い斑点の出現」「鼻先(吻(ふん))の短縮」「尾の巻き上がり」「脳容量の減少」などの特有の変化が現れるのだ。このような変化を「家畜化症候群」と呼ぶ。

 家畜化症候群に関しては、1959年からシベリアで始まった実験が有名だ。
ドミトリ・ベリャーエフという研究者は、野生のギンギツネを集め、その中から人に対する敵対心や警戒心が少ないものを選び出し交配を行った。その後も、生まれた子供たちの中で、さらに敵対心や警戒心が少ないものを選び出し、交配するという作業を続けたのだ。

その結果、ギンギツネに衝撃的な変化が現れた。

驚いたことに、通常は人間を見ると唸り声をあげるギンギツネが、10世代くらい後には、人に対して尾を振りながら近づいてきて手をなめるなど、まるで犬のような行動を取るようになってきたのだ。

また、性格だけを基準に選別を繰り返していただけなのに、家畜化症候群に特有の外見の変化が生じた。つまり、体格が小さくなり、耳が垂れ、毛皮に白い斑紋が現れ、吻が小さくなり、尾がカールした。さらに、野生では単独行動をするギンギツネが、群れをつくるようになった。今ではこのギンギツネの子孫たちは、「ナレギツネ」という名称でペットとして売られている。

それでは、どうして家畜化にともなって、このような広範囲の変化が生じるのだろうか。

実はこの問題は、進化論の創始者チャールズ・ダーウィンをも悩ませた。生存に有利(この場合は人間にとって有利)な形質が進化の過程で選択されるというダーウィンの説では、役に立ちそうにない垂れ耳や白斑などの出現を説明することができないからだ。

現在の有力な説として「神経堤(てい)細胞」の関与を家畜化症候群の原因とするものがある。

神経堤細胞は、受精卵が発生を始めて少ししてから一時的に出現する細胞で、体内のあちこちに移動して様々な細胞に変化する。その中には、末梢神経の細胞や、ストレスホルモンを分泌する副腎の細胞、顔の骨や軟骨を作る細胞、メラニン色素を作る細胞などがある。もし、神経堤細胞に何らかの変化が生じると、これらの細胞のすべてに影響が及ぶと考えられる。つまり、末梢神経や副腎の細胞の変化によって人になつきやすい性格になり、骨や軟骨を作る細胞の変化によって吻が小さくなるとともに耳が垂れ、メラニン色素を作る細胞の変化によって白斑が生じるということだ。

実際に、オオカミと、オオカミから家畜化したイヌの遺伝子の違いを調べた研究では、神経堤細胞で働く遺伝子に違いがあることが明らかになっている。