雀の手箱

折々の記録と墨彩画

文化祭

2011年10月30日 | 日々好日




 地域の文化祭が方々で開催される季節です。地元の市民センターで、友人たちが指導しているグループの作品展2会場を回って敬意を表してきました。
 上手い出来ばえとはいえなくても、それぞれに一生懸命に取り組んだ跡が窺えて、刺激を受けます。
 小手先の器用を見せた作品より、描こうとした意図をひたむきに辿っている作品に惹かれます。その初々しい素直さに、自分がなくしたものを発見して魅力を感じ、「後生おそるべし」の感しきりです。沢山の中から迷いながら選んでUP します。

 許しを得てカメラに収めたものの、狭い展示場所と無造作な照明のもとでの、まずい私のカメラ操作は、作品の雰囲気をそこなっていますがお許しください。

 帰り道、火が入った弟の窯に立ち寄り、素焼きの上がりを見てきました。お土産は言うまでもなく柿です。

秋を描く

2011年10月27日 | すずめの百踊り
 若いころからの奇妙な癖で、多忙な日程を抱えているときに限ってまったく別のことを無性にやりたくなるのです。
 学生のころは試験が迫ると長編小説が読みたくなって落ち着かず、そんな余裕もないのに二股かけて“一兎をも得ず”の後悔を繰り返していました。
 ここ数日は海外からの来客を待つ慌ただしい時間の中で、ホテルの予約や、観光のスケジュール、乗り物の手配と、カレンダーに書き込んだ予定を一つずつ消化しながら、前はもっとスムースに処理できていたのにと、我ながら「老いたり」と今更の感を味わっています。

 そうした中で悪い癖が頭をもたげ、今日はどうしても庭の秋を留めておきたくて、石蕗と零余子を何枚か描いてみました。
 自分への言い訳は、お土産にする絵を描くついでだから。です。





















最後の1枚は「お土産」用のなかから椿です。上等の手漉き和紙ですが、にじみが激しくて、意図していたのとは違ったものになりました。墨でつぶしたのが、まるでちぎり絵のようで、面白く、思いがけない強さが出たのでUPしました。







とりどりの秋

2011年10月23日 | 日々好日
 やっと雨が上がったので、零余子を採りに庭に出てみました。ツワブキが一気に背丈を伸ばして鮮やかな黄色が際立っています。
 ホトトギスが今盛りの時を迎えて、その名の通りの紫の斑点を誇示していました。いつからか勢力を伸ばしている園芸種の小さなホトトギスも咲き始めています。花活けにはこちらのほうが似つかわしくても、私の好みはやはり逞しい原種の葉も大きなホトトギスです。バッサリ切り取った後でカメラに収めることを思い立ちました。

 「紀伊上臈」の名前に惹かれて購入したホトトギスは、昨夏の猛暑で、痛めつけられてもう消えてしまったと諦めていましたが、一鉢だけ今年は何とか黄色い花を見せてくれました。上臈とはいえ、結構逞しいようです。

 今晩は零余子飯を炊くことにします。塩と酒を少しずつ入れていただきます。


今日の庭で見つけた秋





10月例会の支度

2011年10月19日 | すずめの百踊り
 次々の出来事に追われて、季節の移ろいを一番心豊かに味わう時をあわただしく過ごしています。
 それでも、今月の例会のための作品作りは、柿にテーマを絞って、色を使わず表現できないものかと、いろいろ試みています。
 墨だけの世界は緊張感がなくなりがちで、偶然生まれる墨の景色をどう活かすかが難しいのです。「まだ10年早い」と言われそうですが、10年は、本体の方が保てそうにないので果敢に挑戦です。これは一気の勝負ですから、意図のほかの、偶然の面白さにはまるとキリがありません。
 柿尽くしの毎日、もう食べ飽きて、体も柿色に染まりそうです。

 道路にはみ出している枝から熟して落ちる柿の迷惑を慮って、あるじが径10センチほどの枝を3本電動鋸で伐り落としました。
 ご近所に配り届けて、あとまだバケツに4杯残っていますす。まだ木にも鈴なりです。本当は収穫にはまだ少し早くて味が淡いのですが。思い立ったら、お構いなしの作業です。ちょうど郵便の配達にみえた方にどうぞと差しだしていましたが、荷物が一杯ですからお気持ちだけ有難くただきます。と断られていました。
 摘果も思うにまかせなくなり、生るに任せた実は小さくて、大壷に挿す分には格好の素材です。
 明日は、プールに行くついでに大きな枝を弟のところにも届けるつもりです。

















近代日本画 美の系譜

2011年10月14日 | 雀の足跡



 この企画展は長野県の水野美術館の所蔵品の中から、近代日本画を代表する作家たちの作品が紹介されています。
「大観、春草から加山又造まで」とサブタイトルがついています。
 大観が好きな夫は、3枚の「無我」のうち見ていない最後の1枚に会えると楽しみにしていたようです。

 最初の部屋に入ってすぐの正面にそれは待っていました。私はだぶだぶの着物と、大人の草履をつっかけた足元のすみれや、袖から覗いた手の表情に目がいきました。高名な作品の表装の無造作が気になりました。若い日の作品(1897年31歳)だからでしょう。

「霊峰富士」は勿論ですが「雙龍争球」(1929年)の墨画淡彩の月を球に、松の枝を龍に見立てた作品や「松嶋」を珍しいものとしてみました。
 明治の日本画壇をリードした人々の作品群です。観山の「帰去来」「三猿」に“線の観山”の本領を知りました。
 春草の作品では「渓間之秋」で、線描なしの色の面だけで水の流れを感じさせる力量に驚きました。
 そのほかには、松園、清方,深水、明治や、蓬春、そして、戦後の日本画壇をリードした杉山寧の大作や、加山又造の作品が5点、「猫と牡丹」、「千羽鶴」などが人気のようでした。
 60点余りの作品ガ展示されていました。珍しく私のほうが待つことになった展覧会でした。



 







 チラシの中から拝借の画像です。





結果報告

2011年10月13日 | できごと
 昨日、歯科大に検査結果の説明を受けるために出かけました。今回は主人も同行するというので二人で出かけることになりました。
 問題の不気味な白い広がりは細菌性のものでもなくて、どうやら白板症の疑いが強いといわれました。
 これは、口内炎に似ていますが、痛みのないのが特徴で、気づきにくいのです。とも。

 そしてびっくりされるかも知れませんが、重要な前癌病変です。ただし、癌化するのは5%~10%位であまり心配なさらないでください。ただ、長期にわたって観察が必要ですから、毎月診察に来てください。ということでした。薬の投与も何もなくて、来月の受診日を予約して帰宅しました。

 夕食後、早速パソコンを開いて、白板症の検索をしました。
 学名LEUKOPLAKIA。「口腔粘膜に生じ、摩擦によって除去できない白色板あるいは斑状の角化性病変で、臨床的あるいは病理学的に、他のいかなる疾患としても特徴づけられない著明な白色の口腔粘膜の病変」(WHO)とありました。
 先生は5%の癌化率と言われましたが正確には、4,4%~17,5%のようです。
 検索を続けて、自分に都合のいいところだけをメモしました。
ある歯科医は「一生持っていても癌にならなければ、治療の必要は必ずしもない。癌になっても経過観察を定期的に行えばきわめて早期に対処できる。」といわれています。

 原因が解明されていない病変で、定期的に受診すればよくて、薬も出ないくらいならひとまず安心と、まだ2時半だしと、楽天家夫婦は、帰り道の途中だから寄り道しようと北九州美術館の「近代日本画の系譜」を見ていくことにしました。

 ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。お見舞いMailをくださった方々の友情に深く感謝しています。

     柿二題





精密検査

2011年10月06日 | できごと
 今まで、私には出産以外に入院の経験がありません。80歳を超えて、他の兄弟同様に親譲りの高血圧になりました。他には軽度の高脂血症の薬をホームドクターの指示で服用しているだけです。
 外科には高齢者に特有の膝と手の変形性関節症で、痛みのある時に整形外科で注射を受ける程度です。
 今回は、いつまでも治癒しない口内炎にしびれを切らして、区内の口腔外科で評判の先生に診てもらうことにしました。
 「今まで粘膜の状態で何もいわれませんでしたか」と尋ねられ「半年も続いている症状なら、念のため、紹介状を書きますから、大学病院で検査を受けてください。」と言われました。5年前の夫の胃癌をいやでも思い出します。今になって、夫がどんな気持ちで手術に対応していったか少しわかるような気がします。

 痛くもかゆくもなんともなくて、歯磨きでは見えない左上顎の奥の方に、白い苔状のものが広がっていることに自分では気づいていませんでした。「大したことはないと思いますが、念のためです。万が一癌だったとしても、きわめて軽い状態ですから。ただ、こうした場合癌化することがあるので、早く処置をした方がいいのです。」といわれました。希望の診察日のところをを記入して、ファックスで送っておいてくださいと言って、受診紹介状と一緒に教授宛の封書を渡されました。気がかりなものは早くけりをつけておいた方がいいと思い週明け早々の3日に受診しました。
 先生が、”セイケン”と言われた言葉を、私は勝手に精密検査の略語と早呑込みしていましたが、大学病院の中をレントゲン室 生体組織検査室と、カルテと一緒に移動するうち、これは”生検”で、「今日はお一人で来られましたか?」という教授の質問も高齢者だからと理解していたのが、ほかの意味もあったこと。自分が癌の可能性を検査されていることを改めて認識しました。
 戦中派はこれですから、暢気で逞しいものです。結果は1週間後に出ます。それまで、1日1回、かなりな量(20㏄)の飲み応えのある液体の薬を飲んでいます。気のせいか、口中のざらつきはずっと改善したようです。これからは、次々に病院通いをしなくてはならない日がやってくるのかと思うと、耐久期限を過ぎた身が痛ましいことです。






秋の香にむせて

2011年10月04日 | 日々好日
 3メーター近くはある金木犀が今日の雨で花をほとんど落としました。つぼみが葉腋につくころは、朝の庭に漂う少し甘い芳香の場所を探るのが楽しみです。気品のある香を独り占めして、秋の訪れを全身で感じます。
 4弁の小さな花がひとかたまりになって眼に鮮やかなころになると香りも強くなりますが、その在りどころは定かですから、もうわくわくすることはありません。春の沈丁花同様に雨の後などはむせかえるほどの強さに薫ります。 高浜虚子の「木犀の香に打たる鞭打たる如」はさすがに言いえて妙です。
 大きくなりすぎるので、選定が欠かせませんが、やはり私にとっては梅とともに、庭に「ありたき木」です。



          
クリックで少し大きな画像に。

 今年はもう柿も摘果ができなくなって、稔るのに任せていたので鈴なりの柿は小粒です。例年よりは熟柿になるのが早いようです。カラスが毎日デザートに嘴を入れていきます。
 大地の恵みもかぐわしい茗荷は、画題にしたあとは、毎朝のサラダにいれ、、刺身のつまはじめ汁物の薬味に、他の野菜と合わせて酢ものや、和え物、そして甘酢漬けの紅の鮮やかを目でも楽しみます。名前を何と問う物忘れの食べ物というのですが、この芳香は忘れたものを思い出させてくれそうです。天ぷらにすると、辛みは飛んで、香りだけはのこります。