《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》
賢治研究家S氏が次のような論理で次のような判断をしていた。 まず、宮沢は酒がのめない。習慣としてかれは酒をのまなかったであろうとともに、賦役にでない家からあつめた酒をのむということにも、ずいぶん違和があったろうからだ。……①
そしてS氏は、 とはいえ、もんだいは体力だけではない。困難は、力仕事にたえることにとどまらず、それいじょうにこの「饗宴」の席にも出なければならないことのほうが、宮沢にはつらかっただろう。……②
<共に『宮沢賢治序説』(S著、大和書房)109pより>とその前置きを述べている。
もちろん、「この「饗宴」」とは、「羅須地人協会」を設立したともいわれている大正15年8月23日直後の9月3日に詠んだと思われる詩「饗宴」
七三五
饗宴
一九二六、九、三、
酸っぱい胡瓜をぽくぽく噛んで
みんなは酒を飲んでゐる
……土橋は曇りの午前にできて
いまうら青い榾のけむりは
稲いちめんに這ひかゝり
そのせきぶちの杉や楢には
雨がどしゃどしゃ注いでゐる……
みんなは地主や賦役に出ない人たちから
集めた酒を飲んでゐる
……われにもあらず
ぼんやり稲の種類を云ふ
こゝは天山北路であるか……
さっき十ぺん
あの赤砂利をかつがせられた
顔のむくんだ弱さうな子が
みんなのうしろの板の間で
座って素麺をたべてゐる
(紫雲英植れば米とれるてが
藁ばりとったて間に合ぁなじゃ)
こどもはむぎを食ふのをやめて
ちらっとこっちをぬすみみる
<『校本宮澤賢治全集第四巻』(筑摩書房)より>饗宴
一九二六、九、三、
酸っぱい胡瓜をぽくぽく噛んで
みんなは酒を飲んでゐる
……土橋は曇りの午前にできて
いまうら青い榾のけむりは
稲いちめんに這ひかゝり
そのせきぶちの杉や楢には
雨がどしゃどしゃ注いでゐる……
みんなは地主や賦役に出ない人たちから
集めた酒を飲んでゐる
……われにもあらず
ぼんやり稲の種類を云ふ
こゝは天山北路であるか……
さっき十ぺん
あの赤砂利をかつがせられた
顔のむくんだ弱さうな子が
みんなのうしろの板の間で
座って素麺をたべてゐる
(紫雲英植れば米とれるてが
藁ばりとったて間に合ぁなじゃ)
こどもはむぎを食ふのをやめて
ちらっとこっちをぬすみみる
のことである。
さて私がここで述べたいことは、それこそこのS氏の〝①〟の論理に「違和があった」ということである。前置きの〝②〟は推測だから私にはそれを否定す意味も意志もないが、この〝①〟については、どうしてこのような断定ができるのだろうかと不思議でならない。
まず、
習慣としてかれは酒をのまなかったであろう……③
という「推測」についてだが、賢治がそうであったであろうとS氏が推測すること自体は私も一向に否定はしない。なぜそう推測できるのかという根拠を示してはいないのだがそこは百歩譲った上でのことではあるが。次に
賦役にでない家からあつめた酒をのむということにも、ずいぶん違和があったろうからだ。……④
という推測については、S氏が「ずいぶん違和があったろうからだ」とまた推測することも、私には否定できるものでもない。それは、そこに説得力のある根拠は示されてはいないとはいえ、いくら何でも私にはそう感じるS氏の感じ方は間違っているということは言えないからだ。さりながら、
推測〝③〟と〝④〟がその理由となるから「宮沢は酒がのめない」と断定する、というこの論理に私はついて行けない。
それは、ある推測ともう一つの別な推測が揃ったからその二つの推測によって「宮沢は酒がのめない」という断定が下せる、という論理を私は今まで見たことがないからだ。私の論理からいえば、言えるのはせいぜい、 まず、宮沢は酒がのめなかったのであろう。習慣としてかれは酒をのまなかったであろうとともに、賦役にでない家からあつめた酒をのむということにも、ずいぶん違和があったろうからだ。
という程度までである。そしてもし私の主張がより間違っていないとなれば、このS氏のこれ以降の推論は少なからず修正を要することとなる。とはいえ、このようなことであるならば私の「違和」はまだ軽い。中には、論理なしで、あるいは裏付けなしで、検証なしでいともたやすく「断定」している場面に、賢治でない場合と違って賢治に関する場合に私はしばしば遭遇することが多いと感ずるからである。そう感ずるのは私だけなのかもしれないが。
それとも、そもそもS氏はこの詩を単純に還元しようとすれば、この時には少なくとも「まず、宮沢は酒がのめない」となるとしているのであろうか。実は、賢治は『結構な酒飲みで、どこにでもいるようなオジサンだった』という、賢治と血縁で信頼に足る人の証言なども私は知っているしな…。
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