中学生時代の成績優秀な同級生がいました。高校進学前に両親が交通事故で亡くなり、天涯孤独になりました。彼はこの不幸にもめげずに、神奈川県・横須賀市にある
少年工科学校という陸上自衛隊で唯一中学校を卒業した人が入校できる学校に進学しました。
最少年の自衛官として採用されると少年工科学校への入校となります、入校すると3年間で一般基礎学、専門基礎学、生徒隊課目の教育を受けます。彼が入学した時代は競争率20倍という狭き難関学校です。
少年工科学校に入校すると同時に神奈川県横浜修悠館高校にも入学し、通信制3年間で高校卒業の資格を得て転進して、就職も大学進学も可能になります。学業優秀な彼は防衛大学に4年生で卒業後に進学。卒業後、3年の任官を務め防衛大学の学費免除を得て、民間の大手商社に就職しました。身寄りのない彼は筆舌に尽くせない辛酸を舐めながら立派な成人男子になりました。
同級生の苦学は並大抵のことではなかったように思います。工科学校の歴史には、昭和43年7月に訓練中に事故に遭遇。若い、尊い17名の死者が出た事故もあったそうです。過酷な環境の中、15歳から今も5時起床で規則正しい生活を送っています。一度、我が家に泊まりに来たことがあって寝具が折り目正しく整頓されていたのには細君が感心していました。そういえば彼の自宅は何処を見ても整理・整頓されてとてもシンプルな居住まいだったことを覚えています。幼い少年期に惰眠をむさぼることもなく、ひたすら自身の人生設計に命を掛けていた彼を尊敬します。自身の人生を振り返ると恥ずかしくなります。
彼から昭和30年に開校のこの学校も平成20年に行政改革の一環で平成22年3月末、「少年工科学校」は「高等工科学校」に変わることを聞きました。 家庭の事情で普通高校に進学できない子弟の門を閉ざすことになりました。現在は国家公務員としての身分を保障されているのですがそうでなくなります。待遇も現在の工科生1年生は俸給月額15万円(賞与も支給)が支給されるのですが今年の春から国家公務員でなく俸給も半分以下になるそうです。身分はただの学生。
同級生の彼はOB・同窓生を集めこの事業仕分けで進学の道を断たれることに反対する署名活動など盛んにしましたが少年期より軍事的教育をするのは善し、としない現在の社会状況も一因にあるようです。工科学校を卒業し自衛隊の任官では小部隊の指揮官になり部下を持つ自衛官になることも反目の理由だそうです。
自衛隊の是非をここでどうのこうのではありません。家庭の事情や両親を失い、貧困の淵から這い上がっていく日本を背負う若者に光を閉ざす事業仕分けに?です。行くところがないから少年工科学校を選択した生徒は一人もいません。もらった俸給から家族に仕送りをしている生徒もたくさんいることを彼から教えてもらいました。
本日の読書:1/641冊目 宮下奈都 スコーレNo.4 光文社文庫