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アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

昨日の味方は今日の敵

2023-07-07 | ゴルフ

暑い暑いと言いながらも
まだまだ夏の暑さとしては序の口

歳をとると暑さ寒さに対しての体感が
鈍感になると聞くが
特に暑さは年々ますます苦手になる

関東圏でも猛暑地とされる群馬県の前橋あたりの
天気予報を見るたびに
その気温は想像を超える

さて 今回はそんな猛暑地へ旅をした


The Club golf village   2023.7.4〜5

ゴルフを兼ねた一泊2日の旅だったが
スタッフの女性に 
明日は35°くらいまで上がるらしいねと聞いたら
40°くらいが続くと 35°くらいは
なんだか楽に感じるわと笑ってた

何事も経験
暑さに負けそうなら無理せず
リタイアしようということで
二日間 36ホールの旅が始まった

      

ところで先日
自分のマネージャー二代目となって
頑張ってくれた方と久々に飲んだ

いい時 いい話は向こうからやってくるもので
言わば方向整理するだけで
作家がいい作品を書き続ければ
波に乗れる

がしかし
どんな時も順風満帆で進んでゆける筈もなく
むしろ風は逆風の中 どう船を操作して
この荒波を乗り切るかといった時に
マネージャーの知恵とセンスが問われる

約7年間 一緒に戦った

今年で70歳を迎える彼も元気に
今は制作会社を作り大きく躍進している

        

さて 旅の話に戻るが
いつもの月イチで集まるこの会のメンバーの中には
初代のマネージャーが居る

自分が30歳で個人会社にしてから
12年お世話になった

僕より10年先をいく今年で75歳のレジェンドである


河田進氏  都志見隆  at The Club

僕は10歳も若いのに
彼よりボールが飛ばない

たまにオーバードライブしても
上がってみたらスコアでは負けている

若い時はパワーで押せる時期もあるが
やってゆくうちにゴルフは力ずくでは
どうにもならない事がわかる

飛ばしてナンボから
寄せてナンボの組み立て方になる

ハザードを避けて
次のショットの打ちやすい場所に
ボールを運んでゆく
大怪我をさけ
ここは攻める ここは我慢する

つまりゴルフに限らず何事も 
必要なのはマネージメントコントロールなのだ

昔 打ち合わせの時
ディレクターの発注内容が稚拙で
こいつ 何にも考えてないなあなんて
上向いて不貞腐れた顔をしてた僕を察して
よくフォローしてもらった

絶えず作家の味方となって
人間関係も含め
いいコースどりをしていただいた



ゴルフでは こっちが機嫌悪くカッとなって
ミスでもしようものなら
フォローどころか 相手の思う壺である

相手のミスショットに限らず
グッドショットでさえ
こちらのメンタルは
容易に揺さぶられてしまう

まさに

昨日の味方は今日の敵

80歳 85歳と
この先もお元気で

末長く

敵としてご一緒させていただきたい


2023.7.4  成田会 


梅雨の合間に

2023-06-22 | ゴルフ
早朝の小田原厚木道路をゆっくり走りながら
湯河原を過ぎて やがて熱海にさしかかる

熱海といえば とにかくいろんな思い出がある

中でも 熱海のホテルに箱バンドとして入っていた
ムード歌謡グループにお招きを受けて
一晩一緒に過ごしたことがあった

書いた曲を大変気に入ってもらい
是非ステージを観てほしいということで
彼らの常駐するホテルに招かれ 大浴場にご一緒し
ステージ後は豪華な毛ガニ三昧でもてなされて
当時のマネージャーと二人
お土産まで頂いて帰った

一見すると豪華な夜に見えたが
日常は毎晩宿泊客の前で同じステージに立ち
と言ってもそれも
広めのスナックのようなカラオケ用のステージのある
というようなこじんまりとした空間だった

昼はメンバー各々が特にやることもなく時間を持て余して
退屈している印象だった

今のようなSNSが普及してる時代でもなく
この新曲はこのホテルを飛び越えて
世の中に出てゆくチャンスがあるのだろうかと
東京へ帰る道すがら なんとも切ない気持ちで
マネージャーと帰路を急いだ

そんなことを思い出しながら
くねくねと海沿いを走ること約1時間

目的地の川奈ホテルゴルフコースに着いた


朝陽

2019年の8月に訪れて以来 約4年ぶりの川奈だ

今回は 月に一度 
同じゴルフクラブのメンバー同士で親睦を深めてる会での
泊までりゴルフ

どうせならスカッと晴れた大海原を背にプレーしたいと
天気予報を睨みながら願ったせいか
どうやら台風も我々に味方してくれたようで
2日間共に梅雨の合間の太陽を拝ませていただいた


川奈ホテル 富士コース  2023.6.8

初日はカートで大島コース
2日目はフジサンケイレディースでお馴染みの
富士コースを歩きで

今回もことごとく
自分のメンタルの弱さを改めて知る羽目になる

どうも人の目線が気になるとそれを意識して
ほとんどの場合カッコつけて自滅する

あれだけ練習しても 人前に出ると
その成果を示そう 認めさせようとして
いつも大事なことを忘れている気がする

ちなみに 作曲する時は一人である

どんなに時間をかけようが
締切まで泣こうが喚こうが
提出するときは余裕で どうよ だ

だからかろうじて自分の中では
それが仕事として成り立ってきたのかも知れない

そう言えばスピーチなどを頼まれるのも
非常に苦手だ

人前でいい事を言おうとするのが原因で
終いには自分自身で何を言ってるかわからなくなり
自滅する

今まで一度たりとも人前で
ちゃんと話せた記憶がない

半ばそれはコンプレックスにも近い

ま しかし 
どの分野の達人も
達人の領域の前は 
超がつくほど苦手でコンプレックスの塊だったと言う

つまりは苦手な分野ほど
実は可能性があると信じてやればいいのだ

ほら 

何かいい事を書いてまとめようとすると
なんだかまとまりのない話になる


川奈ホテル 田舎家にて

なりふり構わず 人目を気にせず
思いの丈を素直にぶつけてゆけば
きっと球は曲がらなくなるだろう


梅雨の合間にそんな事を考える



30年ぶりの月例杯

2023-04-10 | ゴルフ

約30年前に太平洋クラブというゴルフコースのメンバーになった

以前にも書いたが
レコーディングの打ち上げがてら
ゴルフでもどうですかと
歌手の前川清さんにお誘いいただいたのが
このコースに訪れたきっかけだが

その日も晴天で
ご本人を交え
当時のメーカーディレクターやスタッフたちと
ラウンドした際に
コースの良さや見上げる富士の圧巻の景色に
一発で魅了された

あれから30年

現在に至る間には
仕事の都合でゴルフから遠ざかっていた年月も
何年かあった

そしてまた再度
ゴルフの楽しみを呼び起こされるきっかけとしては
やはりコロナが大きい

三密とは真逆の環境で
鈍った体を動かすのにも効果的だった

ゴルフ場はコロナによって
わんさか人で溢れ
若い層にもブームは影響して
ゴルフ人口もまた戻ってきたようだった

昨年からまた仕事の合間を見つけて
クラブを握るようになり
練習も始めた

どうせならまたハンディキャップを取り直して
クラブの競技にも出たいという欲もでてきた


太平洋クラブ御殿場コース 月例杯 2023.4.9

昨年プレイしたスコアの提出を続けていたら
年が明けてハンディーキャップ証明のハガキが来た

19.6

ほぼ想像通りの数字だった

30年前に取得したハンディは 11



当時の若さと引き換えに
使えるものはすべて使う

衰えた身体のバネの代わりを
クラブや道具の進化に託し
そして体力や持久力は
カート主体の省エネ作戦でゆけば
まだまだけっこうイケるかもなんてな

さて ハンディー取得後 
初の月齢杯に行ってきた

結果は92
ハンディーの19.6を引けば
72..4

上出来だろう

晴天の1日
30年前と変わらない富士の麓の芝を刈る贅沢

スタート時
競技委員の前に並んで説明を受ける初対面同士の4人も
昼食後のハーフには必ず会話が増える

どのメンバーの顔も
一瞬 昔から知っているかのような
親近感さえ覚える

顔見知りではない組み合わせで
味わう久しぶりの緊張感も 
弛んだ脳へのスパイスのように
ピリッと利いて心地いい

闘争心はもうないが
思うようにならない悔しさに
練習量も増える

今年はハンディ17以下まで減らすことを目標に

脳への刺激は引き続き絶賛注入中である








ゴルフ戦遊記 ③ 最終章

2022-04-28 | ゴルフ
30歳でゴルフを始めて 今年でもう64歳になる

その時の友人が お前がゴルフを始めるのなら
毎年コンペをやろうと音頭をとってくれた

この30数年間
参加できる人も増えたり減ったり 

当時は毎回5組くらいで集っていたが
いまではやっと2組程度

コロナ騒動で2年間は自粛していたが
今年からまた再開催の予定だ

当時 アマンドという喫茶店の会社の副社長であった
星名さんという粋なおばちゃまもメンバーの一人だった

彼女の甥がレストランマネージメントの勉強でニューヨークに留学中
同じ英語学校で僕はその彼と知り会った

その最高齢のおばちゃまも亡くなり
友人の死や 病気や 仕事のことや
 
それぞれがいろんなことを抱えながら
年2回しか会わない仲間たちも
頭は白茶け皺も増え
これまで歩んできた月日が愛おしい


川奈ホテルゴルフコース 2019.9.7

長い間には奇跡も起きた

なんとホールインワンの経験もした

狙えば誰でも叶うことではない

しかし少なくとも そう打ったから そう飛んで そう転がった

ゴルフはどんなナイスショットより
スコアが少ない方が勝ちなのだ

偶然だったかも知れない
そしてその偶然へ導いたのは 自分に他ならない

ショットを自慢する気はないが
その一打は 一夜にして成せる結果ではないはずだ



金も使い時間も割いた

正直 ゴルフの才能はない
運動神経も鈍い
ボート部で艇は漕いでいたが
球技には無縁だった

中学の体育の時間 サッカーをやっていて
一度も自分のところにボールが来なかった思い出がある
球技はもともと苦手である

ただしかし 好きこそ物の上手なれ という言葉もある

何度もやめようと思ったが
やり続けていたから そんな偶然の景色も見ることができた



18ホールでいろんな試練に出会う

守りに入りながら打つ球は
体も縮こまって 曲がる

練習通りの球が一球も打てない

頭の毛と引き換えに
心臓に毛が生えるくらいの度胸が欲しい

課題が消化されてなくなる日は来ない

ゴルフというスポーツは
ナイスショットをすることよりも
ミスの確率を減らし それを克服してゆく競技だ

どんな場面でも対処できるよう 
そのひとつひとつの精度をあげてゆく作業は
どこか 仕事にもそして生きることにも
似ているような気がしてならない

山を超え 谷をかけ登り 
最終ホール18番でのスタンディングオベーション

自分の人生の最終ホールに向けて
そんな拍手がいただけるよう

日々 半歩でも 前に前に である




ゴルフ戦遊記 ②

2022-04-21 | ゴルフ
ゴルフを始めたはいいが

正直 最初はゴルフが大好きというよりも
仕事の対極に 何かそんなものがあればいい
というくらいのものだった

作曲で一日中座っているが ゴルフなら丸一日歩ける

鳥のさえずりに出迎えられて 
水分をたっぷりと含んだ早朝の空気を
胸いっぱい吸い込む 

それこそ鳥籠のような仕事部屋から
その日だけは色彩豊かな自然の中に繰り出して
そこに身を置く気持ち良さったら格別だ

行き帰りの車中では
浮かんだメロディーを口ずさみながら
ボイスレコーダーにメモしながら走った

心底それが目的だったし
スコアも真剣に数えてなかった時期が長かった


当時のマネージャー河田氏(左)と田原俊彦杯にて 90年代後半

しかし 元来 負けず嫌いの自分が
そんな生ぬるい感じで終始するわけがない

まだまだ30代そこそこの 血気盛んなイケイケヨロシクである

広島から出てきた田舎者の小僧が
なんか知らんがゴルフの会員権を買ったあたりから
火がついた

当時の業界はゴルフ人口もコンペも多く
顔を見れば どう最近?なんて
曲発注の打ち合わせもそこそこに
ゴルフの話をするディレクターも少なくなかった

その頃からか 健康志向が競技思考に切り替わり
頭の中は音楽かスウィングか 
その2択の骨組みで日常を組み立てていた記憶がある

それこそ当時は徹夜で曲を書き
そのままゴルフ場まで車を飛ばした

ラウンド中に携帯が鳴って
「曲聴いたよ いいね!」なんて
リアクションあった日なんぞは 
眠気も吹っ飛ぶほどに
もうそりゃ有頂天だった 

そういえば 18歳で上京した時からお世話になっている
東京の父のような存在の方に ある時に言われたことがある

お前最近ゴルフの付き合いも多いらしいな
でもな、ゴルフは仕事には結び付かんぞ

そんなつもりで仕事関係とのゴルフをしていたつもりは無いが
振り返ってみると確かにそうだったかも知れない

それに 当時は相当に扱いづらい嫌な奴だったらしい

何をするにも いつも額に皺を寄せて 
怒っているのかと思われていた

特に女性にはそう言われた

ゴルフの時もそうだ

調子が悪いと 途端に機嫌が悪くなる

それでも 曲がヒットしているうちは 
作家の先生だからデリケートで当然と
周りがとても気を遣ってくれているのが分かった

そんな手厚い心配りに 一瞬 勘違いしそうになるが
幸か不幸か 自分はふと我に返る習性がある

それはもしかしたら長所でもあるが
今一つ 皮が剥けず のし上がれない原因でもある

このギョーカイも はたまたゴルフも
一度は 美味い汁を吸わせて勘違いさせてくれる

まさに勘違いという魔物が潜む

つくづく 怖い世界だ 


つづく





ゴルフ戦遊記 ①

2022-04-14 | ゴルフ

阪神大震災のあった95年 
本間ゴルフというクラブメーカーの関西地区の店が地震で倒れ
そこの商品が東京の用賀の本店に運ばれ展示されたことがあった

メーカーの社長自ら店に立って接客してくれていた

偶然居合わせた社長に そこで熱い説明を受け
半額以下にするというのでクラブを買った

それでも28万円ほどした記憶がある

どーも昔から 押しに弱くて困る

絶対買わないぞと決めて臨んでも
その人の人柄次第でいらぬ男気を出していつも後悔する

さて それ以来 今日まで そのクラブでゴルフをしている

と言っても その27年間の間に違うクラブを2セット
買い換えたにも関わらず 結局はここ近年また
その古女房に落ち着いていた

初めてコースに出たのは27歳の時 
クラブの握り方も知らない小僧が
生意気にもハワイでデビューしたのだ


1990年ころ

青い海と青い空 緑の芝の上で一日戯れた

打った数を数えるレベルには程遠く
振っても振っても空振りだ

火傷のような日焼けをして 終わった後

同伴者から お前はゴルフ上手くなんないから
やめた方がいいよ と言われた

それが悔しくてその3年後の30歳から本格的にやり始めた

スコアが良くても悪くても 次があるのがゴルフ
性格的にハマらないわけがない

所属クラブでハンディーを取得し 競技にも参加して
一時はハンディー11までになった

だが加齢と共に身体は硬くなり体力や筋力も落ちる

それでも昔取った杵柄を振りかざして
同じようにクラブを振ってるつもりだが
現実はいつもそう甘くない

自分の力量にも向き合わず 練習すればできると錯覚する

錯覚だらけで生きている

まるでギタースケールも学ばず 
かっこいいアドリブを弾こうと
一人前にもがいている顔をする下手弾きと何一つ変わらない

今年は そのギタースケール つまり
基礎に立ち戻って クラブも一新し 勉強しようと決めた

ひとつひとつの各部の動きが出来たって
それがつながってひとつの連動したスウィングにならない限り
いい球は打てない

オギャアと生まれた子供が成人し結婚して 
もしかしたら子供もできて

27年という月日は それくらい成長できる長さだ

これから向かう年月には
お得意の気合いや根性論はいらない

色んなことで足りない部分を補填していきながら
もっと奥深く楽しめれば それがいい


つづく



一人静かにあの日を想う

2022-01-20 | ゴルフ

1991年に前川清さんの
男と女の破片(かけら)という作品が発売になった

この歌の進行はおおまかにはAメロ-Bメロという進行だが
最初のプレゼンのデモではA-B-Cだった

最終的にはそのサビだったCメロをカットして
Bメロを繰り返すサビに

一度レコーディングしたのだが
イメージが違う と 
日を変え イントロも別パターンに
テンポを上げ キーも1音上げて録り直したら
ご本人の歌もまるで別物のように勢いが出た


1991年 スタジオにてレコーディング 右 作詞家 荒木とよひさ氏

前川さん独特の鼻に抜けるトーンが
スタジオのモニタースピーカーから
ドーンと突き抜けて見事に撃ち抜かれた

あのときの感動は今でも忘れない

さて

レコーディングが終わり 打ち上げも兼ねて
前川さん含めレコードメーカの人達と
一度ゴルフをご一緒したことがある

初めて連れてきて頂いた太平洋クラブ御殿場コース


2022.1.18 太平洋クラブ御殿場コース

澄み切った空気を胸に一杯吸い込んで
2022年 年明け初のラウンドをしてきた

いつ見ても美しい

このコースに来るたびに
30年前の前川さんとのプレーを思い出す
すぐさま同じ年にこのコースのメンバーになったほど
魅力的なコース

発売後の翌週 
何気なくカウントダウンTVを見ていたら
耳慣れた曲が流れた

J-pop中心のランキングの中に
初登場第5位でその 男と女の破片 がランクインしていた

驚いた 

飛び上がった

歌詞 そして 歌
あのBメロを繰り返すパターンにしなければ
ヒット曲にならなかったかも知れないと感じた

あれから30年

同じクラブハウスから見る変わらぬ景色に抱かれて

一人静かにあの日を想う







古希を超えても

2021-12-02 | ゴルフ
以前からスケジュールの入っていたゴルフ

なんでその日だけ 豪雨 暴風 の 爆弾低気圧

普段なら速攻キャンセルだが
午前10時には青空が出るぞという
あてにならないYahoo天気がめずらしく大当たり

ゴルフ場までの道中はゲリラ 

そしてティーグラウンドに立つころには 青空 

ありがとう

その日は古くからの友人と共に
僕の30歳からの12年間
マネージメントでお世話になった河田氏とご一緒に(写真奥中央)


太平洋クラブ成田コース 2021.12.1

そして偶然にも12月1日は彼の73歳の誕生日でもあり 
空を見上げて もう一回 ありがとう

しかし30年以上もやっていながら
ゴルフは今ひとつ上手くいかない

欲と見栄と過信のカタマリだから
そんな男にはなかなか褒美をくれない

実力だと勘違いさせておいて ドンと谷底に突き落とされる

土壇場で繰り返す凡ミス 

ゴルフだから笑っていられるが
もしそれを人生に例えたら少々ヘビーだ 

ジジイになってまで まだまだ試練か

せめて人生の終盤では 穏やかでいたい

そうならないように 
ゴルフを通して密かに教えられているのかも知れない

できれば僕も河田氏に見習って
古希を超えても元気でフェアウェイを歩いていたい

過信せず 慢心せず 

ちょっぴりの欲と色気をだして人生を歩こう

河田さん ますますお元気で!


河田氏と 30years ago

桜ゴルフ⛳️ 2018

2018-04-12 | ゴルフ
一年一年が毎年少しずつスピードを上げて走り去るように
あっという間に4月だ。

今年は桜まで随分早めに花を咲かせた。

毎年恒例の花見ゴルフだが
仕事の都合や体のリハビリなどでメンバー全員参加が叶わず
残念ながら今年はツーサムでの桜ゴルフ。



都内よりは西に位置するコースだが
標高が高いぶん朝晩の気温も低い事から
最後の名残り桜に間に合った。
花吹雪の中 ひさびさにリフレッシュ!

ところで最近
特に健康に関する題材をあつかったTV番組が増えた。
この年齢になると否が応でも観てしまう。

鶏のムネ肉を10日間食べ続けたら
肝臓の数値が良くなったという検証を見て
早速やってみる。

ん〜まだまだ自覚症状はないが何となくいい気はする。

青汁もプラセンタも飲んでいる。

そろそろ大腸の内視鏡もやらねば と言えば
友人は ついでに胃カメラもやっておいたら?という。

鼻からだと随分楽ですよ なんて言う。

昔から僕は胃カメラという単語を訊くだけで胃が反応して
すぐにオエ〜ッとえづく。
いつまでたってもヘナチョコマンだ。

全身麻酔かそれとも催眠術でもかけてくれ



腰の手術で今回桜ゴルフに参加できなかった友人がいる。

近年では不整脈からの心臓の手術
今年になっては腰のヘルニアの手術

大したもんだよ。
僕なんぞその手術の様子を聞いてるだけで卒倒しそうだ。

多かれ少なかれ みんなそんな世代になってきた。
多少の無理も承知で戦い抜いてきた身体だ。
不具合が出たって何も不思議ではない。

人生行路 そろそろ労わりながら 長くやっていこう。

来年もまた皆で桜の下で⛳️会えるように


ナイスアプローチ!

2018-02-20 | ゴルフ

今年はじめてのゴルフに出かけた。

愛犬の世話で長い間
ゴルフから遠ざかっていた女房を連れ出して
友人の夫妻とご一緒した。

この時期は沼津まで足をのばす。
運良く風もなく沼津の日差しはポッカポカ。

そういえばいつもの仲間の一人が
今週受ける腰の手術でリハビリ含め
半年くらいはゴルフはNGだという。

この年代になると多かれ少なかれ
弱りはじめていたパーツが
いきなり音を立てて警告を始めたり
表面的には見えないところに
長年のゴミやカスが溜りはじめる。

肩書きや名誉を背負った時代もあるけれど
そんなものが人を輝かせるわけではないと
今までの道のりを振り返り そしてまた
新しい生き方も模索し始める。 僕らは
そんな折り返し地点にいる世代かも知れない。

ご一緒した友人も同世代のゴルフ好きの夫妻で
どちらかと言うと奥様の方が腕は良い。
もともとのセンスか練習量かどうかは知らないが 
終わってみると旦那が負けてる。

最初数ホールは力も抜けてグッショーッ!⛳。
「いいねえ〜今日はいいかもよ!」
なんて奥様にも励まされ笑顔で歩くのもつかの間
2〜3ホール終わると
あれよあれよとゴルフの王道
曲がり ダフり トップ シャンクといった
迷い道に入り込む。

一度悩み始めるとハマってしまうのも
このスポーツの特徴
考え過ぎると身体の各部が連動しなくなる。

せっかくのナイスショット
不運にも木の枝に当って距離も出ず真下に落ちたが
そんな時

「木に当ってくれてありがとう。
当らなければその先曲がって
池に入っていたかもしれない」と思いなさいと
究極のアマチュアゴルファー中部銀次郎
そう言うんです。 と旦那が微笑う。

その言霊とも思える考え方が
旦那の気持ちを腐らせる事なく
その後また何かの拍子にいい球を打ち始めた。

ゴルフはそうやってメンタルをコントロールしながら
山谷を乗り越えてゆくスポーツだ。

よくゴルフの18ホールは人の人生に例えられる。

良くも悪くも次に進むには
目の前の一打を打たなきゃならない。

順風満帆をデフォルトとして
そこから引き算してマイナスしてゆくより
波乱上等!と心構えて その中のラッキーを喜べるような
積み重ねの人生であれば たとえどんな苦境にさらされたって
その中に幸せを見つけ出せるかも知れない。

18ホール上がってみれば スコアは今回も奥様の勝ち。

自分を制して難局を乗り切れれば 
その日のゴルフはスコアよりも大きな意味を持つ。

さて、帰りの東名は車6台の事故で21Kmの大渋滞 

日曜で交通量も多く「こんな時に事故りやがって!」と
ブツクサ文句のひとつやふたつ言いたくもなるが
 
「事故に巻き込まれなくてありがとうじゃない」と横で女房。

ゴルフは依然として上手くならないが
その言葉は今日1番のナイスアプローチ!。


そうやって人生も前をむいてゆければ。

きょうこの頃

2017-12-06 | ゴルフ

仕事で使っているメインのコンピューターがそろそろ寿命か。
まだまだなんのこれしき!と それなりに働いてくれてはいるが
なんせ周りの関連ソフトなどが
もうだいぶ先を歩いて行っているもんだから
老いたPCでは対処出来ない事も多くなった。

かと言って仕事上やたらとアップデイトできないのも現実。

そんなPCの許容範囲をすでに超えて
ソフトの進化と折り合いをつけながら
10数年頑張ってくれてきたが
そろそろ引退にむけて終活をはじめてさせてもらった。



譜面を書き始めてからふと外を見るともう真っ暗。
時間にしたら余裕でホノルルに到着してるほど。
足のダルさは半端なくこりゃヤバイと言うわけで
ウォーキングがてら、ひさしぶりにゴルフの練習に行った。

1995年の阪神大震災で倒壊したホンマゴルフの店の品物が 
同年、東京の用賀にある本店に移送されて
沢山のゴルフクラブが店頭に並んだ。

記憶が確かなら値札が73万円のアイアンセット。
ゴルフ雑誌でしか見たことのなかった本間社長が
食い入るようにそのアイアンを見つめる僕の前に来て
そのスペックなどについて熱い説明をはじめた。

結局僕はそのアイアンセット(10本)を
28万円で買う羽目になった。
社長は涙を飲んでタタキ売ったのかもしれないし
それでも儲けがあったのかも それはわからない。
たたき売りでもなお高価なクラブだったが 
震災後ということもあり
僕自身は半分人助けをしたような気分とともに
それまでの古いクラブを変えた喜びで
心はとてもときめいた。

あれから22年。

今までに新しいアイアンセットを3セットほど買い替えた。
が、結局僕はこの22年前のアイアンを手放せずに
そして今でも現役として使っている。
高価な品物だから売りたくないのではなく
とても良いクラブで もはや自分の手足なのだ。

まあしかしどんな良品にも限界はくる。

10年ひと昔と言うが 本当にその月日の変化は顕著である。
PCだってクルマだって そして人間だって同様に
経年による衰えと引き換えに
進化したテクノロジーを得て時代に対処することは
時期が来れば必要になる。

来年の還暦を前に
少しずつ整理しながら備えなくてはと実感する。

          
ところで
はしだのりひこさんが亡くなった。とても好きだった。
振り返ればいい時代に産まれてたくさんの作品を聴いてこれた。

コンピューターのない時代から現代まで
言葉もメロディーもその作りかたもそりゃ変わってきたが
心に残る歌は色褪せない。

できるだけ長く聴いてもらえる作品を残せるように
衰えてゆくものをなにか新しいもので補いながら 
ぼくはボクらしく 変わってゆけたら。





一期一会

2016-07-29 | ゴルフ
音楽の世界で仕事を始めてから、これまで色んな出会いがあった。

中村雅俊さんとの出会いは1988年初発売のアルバム
「アクロス.ザ.ユニバース」の中の
「永遠にJust a pain」という曲が最初だった。


-多摩ヒルズゴルフコースにて-

その曲から始まったひとつのStory
多少の時間の前後はあるにしろ、
ほぼその時からのスタッフとそしてご本人と共に
今まで来れた。
四捨五入して約30年
途中で誰かが抜けたり入れ替わったりしても
なんら不思議ではない長い時間を経て
今回初めて撮った集合写真
変わらぬ笑顔が愛おしい

僕はフリーの作曲屋だから、
曲を書いた時だけこのチームの一員になる。
僕の何がいいのか、
今でも懲りずに曲を発注していただくことは
喜びでもあり 
ある意味苦痛でもある。

自分が書いてきたものと
アーティストご本人がこれまで重ねて来た作品達
その2つの壁を壊しながら飛び越えて
またゆるぎない新たな壁をそそり立てなければ
通用しない世界があるからだ。

これまでに何曲書こうが、何度レコーディングしようが
次に新しく書く作品がまさに一期一会そのものだから。

いつも これが最初で最後 と思ってやっている。

穏やかに美しく

2014-10-11 | ゴルフ

東京出身の友人夫妻が広島の厳島神社や四国の道後温泉等を巡って
プチ旅行から帰京した。
西への旅は仕事を除いては、初めての観光だったらしい。

「いいところだった。あんな美しい土地で生まれたなんて、本当に羨ましいな」と メールをくれた。

そう言われて改めて郷里を想う。
若き時代は真っすぐに そんな街から抜け出す事しか頭になかった。
今では多少の視野も広がり
周りも そして周りの中の自分の事もある程度具体的に見えて来る。

広島を思う時、昔よりも圧倒的に我が郷里が恋しくなる。
確かに友人の言う通りかも知れない。
広島という土地の美しさを友人の言葉で再確認した。


<太平洋クラブ御殿場コース。来月始まるトーナメントに備えてコンディションは上々でした>

                   

以前からお誘いを頂いていた女子プロを交えてのコンペ。
台風の影響で危ぶまれていたが、当日は雨にも降られず
同伴競技者で幹事の三波豊和さんはじめ
この会の長である敬愛する作.編曲家の川口真先生など 皆さんにとても暖かく迎えて頂き
昨年に引き続き今年も参加させていただいた。

振り返ればゴルフを始めて延べ25年を越えた。
途中でクラブを握らなかった月日もあるが
基本的には真面目に練習してクラブチャンピオンなどを目指せたら楽しいだろうななんて思いながら
当時このコースのメンバーになった。
不規則な仕事の傍ら、ゴルフもちゃんと両立させていたその時代から比べると
現在は飛距離も技術も相当に衰えた。

当日の個人的な結果は散散たるものであったが、
さすがにトップアマや女子プロの技術のレベルはまったく別物で
観ているだけでイメージトレーニングになる。

少しだけ..もう細かい事はどうでも良くて楽しけりゃそれでいいかな なんて思いながらやっていた最近のゴルフ。
運動不足は座りっぱなしの職業柄と言い 年齢と共に代謝が悪くなっているので中々痩せないと言い
そんな緩みきった身体に合わせて楽にクラブを振っていた。 
無論、そんな人間にプロアマ戦でいきなりいいスコアが出る筈がない。
同伴競技者の圧倒的な弾道で空に消えゆく球を見た後は、後に続けとばかり気も身体も力みで がんじがらめ。
そのうち変てこりんなスイングで筋を痛め、日頃の運動不足で足がつり 
打った球は小振りな台湾バナナの如く左の崖に向かってファーッと落ちてゆくだけなのである。

何事も、それを楽しむ境地に達するには それなりの努力がいるのだ。
昨夜の台風一過を境に自己嫌悪の水たまりから もう一度楽しむ為に拘りたい気持ちがムクッと芽生えた。

しかし今度は、若い頃の様なムキムキの闘争心でなく 
静かな風に凪(な)ぐ我がふるさと瀬戸内の海のように 穏やかに向上心を胸に抱き日々を積み重ねてゆければいい。

勝ち負けではなくせめて
「個人的な結果は散散たるものであったが」などと、毎度言い訳しなくていいように。。

                   

さて、その日の夜は二子玉川にて中西保志のライブに招待されていたが日曜日の東名高速上りは恒例の大渋滞で
御殿場~東京で3時間 ライブには30分遅刻。

今でも当時と同じように譜面通り丁寧に唄う歌手 その積み重ねがあの夜の美しい歌声

こちらはナイスショット! いや 本当に素敵な歌声でした。 






五月晴れとドラコンボール

2012-05-18 | ゴルフ
たとえばアウフタクト(あるフレーズが、小節の最初からではなく、
その前の小節の途中から開始すること)で始まるメロディーの
最初の踏み台の音などはとても重要な音なのだが
それをおろそかに唄う歌手は比較的多い。

漠然と、下の音からという感覚的な解釈で、
ミなのかソなのかラから始まっているのか
なんとなく音程になっていなくてわからない場合もある。

そこを指摘すると決まって
「音程よりも雰囲気重視で録りたかったので」という 
まったく理由になってないコメントが
ディレクター連中から返ってくる。

歌っていうのは音程も雰囲気も同居するから人の心に伝わるんだがね。。


<OKINAWA-THE ATTA TERRACE CLUB TOWERSにて>

早朝に目を覚まして窓を開けた。
風の温度がちょうどいい。

直線的な太陽光をほどよく冷やして
木々を揺らせるこの時期
特に初夏にむけて吹く風の心地よさは格別だ。

音楽というこの仕事も、他の仕事と一緒で
一つの作品が世に出るまでに色んな人達がそこに絡む。
それ故、たとえば同じ自分の作品でもそれぞれ解釈が異なっていたり
それに対する対処や向き合い方まで千差万別だ。

曲も詩もアレンジも、目の前に上がったものが
唯一の答えかと聞かれれば、そうでないかも知れない が
少なくとも今ある条件の中で精一杯の誠意と技術と、
そしてただただ信じている自身の直感と愛情で
作り上げたものを答えにしてゆくしかない、
そんな仕事をしている。

老若男女のアーティスト問わず、
間違ってメロディー覚えてしまったから や
本人がこっちの音のほうが唄いやすいから という理由で
メロディーを変えていいかという類いの問い合わせが
不幸にもある。

もちろん、唄いやすさなども含めて
フレーズやメロディーについての変更や
もう一考という提案に関しては
その理由がはっきりしておりこちらが納得すれば
何度でも真正面から受け止め応じている。
芸術的な見地などは毛頭なく、単純に
直しをすることで一枚でも多く売れる可能性を得たいからだ。

しかし現実は
そこに音楽的な事をまったく含まない事柄や
音楽的ではない事を、
音楽として押し進めようとする人々の
プロ意識のなさが堂々とまかり通る。

たかが一音だって一曲の中で
ちゃんとバランスを保つ役割をしていますからね。
はいそうですかとすぐに変えれるような
レベルの仕事はしていないのだが。

愛は押し付けるものではありませんが
あまりにもこちらの気持ちを理解してもらえないと
時には男だって女々しくもなるものです。

もちろん泣きゃあしませんがね。

そういえば先日、仕事場に作曲の後輩が来て
こんな事を言ってました。
「いやあ、昨夜 とあるアマチュアバンドを
ライブハウスに聴きにいったんですが、
なんか知らんけど、いいんですよ~。
同じ音楽でも僕のやっている事が嘘に思えてきました。」

わかりますね その気持ち。

音楽っていうのは本来
自分が音楽に出会った当時に覚えた
とにかくかっこよくて胸がキュンとして
鳥肌が立ったものなんですがね。

女々しい気持ちになりそうな時は
いつもそれを思い出して お互いがんばるさ~。

ところで五月晴れって
五月の爽やかな青空をさすわけではなく
旧暦五月、つまり、新暦の 6月から 7月にかけての
梅雨時の晴れ間のことを指すのらしいですな。

ま、しかしこの時期の青空は天に抜けるような透明感。
運良くこの爽やかな風に乗ると
私の古いクラブで軽く振ったドライバーショットも
260ヤードくらい飛んで
久々のゴルフコンペでドラコン賞を頂きました。

そんな事がたまにあるから 
ゴルフってやめられないのです。

Have a nice weekend .

桜ゴルフ

2012-04-13 | ゴルフ
長かった冬もようやく次の季節への引き継ぎを終えて
さあまたこれからが新しい物語の第一章が始まるという気分。

近くの学校でも、入学式を終えた初々しい中学一年生の親子連れ達が
桜の木の下ゾゾゾっと坂道を降りてくる。
これからの学園生活をそれぞれが楽しみにしている様子が
その軽やかな足取りから伝わってくる。

今年入学や卒業を迎える友人や知人の子供達も多く
親としても子供の成長を確認する
人生の大きな節目の一つの季節でもあるのだろう。

自分はと言えば、特に高校受験そして入学の時の事は今でも鮮明に覚えてる。
受験合格後、母と学校の説明会に行った日にセイコーの腕時計と革靴を買ってもらった。
今思えば、その時の母はまだ40歳くらいの若さだったのだ。
弟と三つ違いなので入学や卒業の年が重なり
家計のほうも大変そうな雰囲気だった気もするが
その何倍も喜びに満ちていた季節だったという記憶がある。

坂道を下る親子さん達を見ていると、なんだかそんな昔の事が思い出されて
ちょうど犬どもの散歩の途中に立ち止まり、
その流れの中にある色んな笑顔に当時の自分と母を重ね見ていた。



毎年この桜の時期に合わせて
いつものメンバーと今年のゴルフのスタートを切る。

今年もこの太平洋相模コースでやっと長い冬眠から覚めた。
都心からのアクセスも良く、最近のツーサム(2人でコースを回る)人気のせいもあり
またこのコースの名物の見事な桜の景観にも魅かれてか
駐車場も満杯で、質としては異なるが
かつてのゴルフバブルの時代のような賑わいだ。

最近の生活自体が昔のような夜型ではないので
早起きもさほど苦にならず、ハーフの後の昼食も
ラウンド後の飲みながらの反省会も格別だ。

仕事の話もそこそこに、
話題としては身体の事、親の事、家族の事、老後の事、
介護の事 を中心に 色々ありはするが
とりあえず今元気で居れて
こうしてゴルフが出来る事に感謝しながら
ワイワイワイワイ酒を飲む。

昔はこのメンバーでちょくちょく夜をまたいで飲んでいた事もあったが
最近では2~3時間ですぐ出来上がる。

先日一緒にお仕事させていただいた作家の伊集院静さんの文章の中に、
「不幸の底にある者と 幸福の絶頂にある者が
隣り合わせて路上に立つことが日常起こる。
だから大人はハシャグナというのだ」という一節がある。

本当に人は見た目だけでは分からない色んな事を抱えて生きている。
いつも見ている笑顔から、その現実や葛藤は知る由も無い。
たまに会ってゴルフをし、酒を飲んでワイワイ言う中で
つくづく思う。
みんな一生懸命生きてるな。


先日、母が電話でまた言う。

「うちより先に死なんといてよ(笑)」

あの40歳くらいだった母ももう今年で76歳になる。
感謝の気持ちと共に、
いづれは訪れるであろう愛するもの達を失う悲しみに
自分は耐えて行けるのだろうか。
本当の悲しみをまだ知らない。

そんな意味からも
人生の本番はこれからという気がする。

いい事もそうでない事も全部引き受けて
自分らしくやっていこう。



ところで...
今年の開幕戦の桜ゴルフ

それまでスコアがよかった友人が
今回もまたいつもの池の手前でダフって
球を2個池ポチャした。
だいぶ腐らなくなったが、それでも
「あ~~あ、もーーーーっ!!」と奇声を上げる。

わかるな~わかるよ、その気持ち。

ま、今年もゴルフ
いい事もそうでない事も全部引き受けて
お互いに~楽しくいこうぜ ホトトギス