アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

今年も一年

2017年12月31日 | Tsushimi Takashi

今年も一年
世話になった仕事場の掃除をしていると

「都志見さん、二階の○○さんの田舎で獲れた今年の新米
たくさん頂いたのだけれど
私一人じゃ食べきれないので少しもらってくれる?」

仕事場のあるマンションに住む一人暮らしのご婦人。

持って来てくれた中身をみると
他に、沢山の野菜やお菓子 などなど。

玄関先で少し立ち話。

「いつも、聴いているわよ。
この前NHKに出てた歌手の男の子もとてもいいわね〜。
物腰が柔らかくていい歌唄ってた」

過去に数年間だけ参加していたマンションの
管理組合の理事会で知り合った方だがそれ以来 
何かあるたびに気にかけていただいている。
自分がいかに特殊な世界にいて
社会で揉まれていないかを
そのご婦人と会って思い知らされた。

先日は、美味しいパンを頂いたお礼のメールをしたら
返事をいただいた。

「あなたも、もうすぐ60だけど60歳と言ったら
サラリーマンは定年を意識するけれど
都志見さんの場合はむしろこれからが円熟期よね。
かと言ってあまり気負わず、あなたのこれまでの作風の上に
今まで生きてきて溜った不発弾のようなものを出せるか
私は期待していますよ。頑張ってね」

ハッと一瞬背筋が伸びる。

今まで生きて来たこと 今からの生き方
まさにここから。

         

今年も一年
頂いたメッセージにもお返しせず
気ままでスカスカな更新しかしないブログにもかかわらず
いつも懲りずに読んでいただきまして
本当にありがとうございました。

来る年も 力を抜いてモアアグレッシブに。

良いお年をお迎えください。
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通過点

2017年12月29日 | Tsushimi Takashi

誕生日が無事に過ぎた。

毎年何にもやらない。
日頃と変わらぬ食事と行動でその日を終える。

普段と違う事といえば
自分が自身の事を思う以上に
自分の事を気にかけて下さる方々から
暖かい電話やメッセージを頂く。



いまさら誕生日なんてという気持ちは毛頭ない。
有り難い。
ここまで大病もせず好きな仕事をやらせてもらい
人生がより豊かなものになった。
おかげで今年も無事にひとつ歳を取る事が出来た。
誕生日こそ大切な人を想い静かに感謝したい。
そんな気持ちを作品にかえて
来年も引き続き。

前日に作曲の後輩が僕を連れ出してくれて
食事と酒を御馳走になった。

普段飲まない彼だがその日はつき合ってくれた。
今年はじめての愚行だから年末くらい許されるだろうと
しこたま飲んだ後にラーメンで〆。

もちろん内緒だ。

ハタチそこそこだった彼が来年40歳。
僕は来年60歳

まだまだ通過点
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荒波を乗り越えて

2017年12月21日 | Tsushimi Takashi
僕が作曲を仕事として本格的に活動を始めたのは
1982年あたりから。
上京して2年して渡米して約3年半 
そして帰国後のそれからとなる。
最近新しくしたホームページには当時を思い起こして
作品ごとにそのストーリーなど少しずつ書き足しているわけだが。



先日はたまに集まる有志たちの忘年会だった。
来年還暦予定の僕が最年少なそんな会であるが
かつての時代を牽引しもちろん現在でも活躍されているスタッフや
クリエーターたちの集まりで毎回とても楽しみにしている。

敬愛する編曲家の萩田光雄さんやミュージシャンの伊藤銀次さん 
「ケンとメリー」で一世風靡したBUZZの東郷昌和さんなど
次々と出てくるエピソードが実に面白い。

僕がこの世界に入る前から
トップクラスの音楽家として活躍されているなんて
才能は衰えずむしろ歴史と同じくらいに奥深く。

システムも環境も大きく変わりゆく音楽界だが
その荒波をつかみ
時には時代という新しい波を作って
表現し続けてきた才能は並のものではない。

誰もが鼻歌で唄える歌を作るために使う頭は
並ではダメなのだ。
言葉もメロディーも編曲も演奏家も そしてその歌声も
特別なものだから人の心に伝わる。

簡単に思えるものほど実は
繊細な裏付けに支えられているものだ。

この先輩方を見ていると
もっと作品を通して世の中に爪痕を残さないとな
な〜んて 改めて心に火がつくわけなんだよ。





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きょうこの頃

2017年12月06日 | Tsushimi Takashi

仕事で使っているメインのコンピューターがそろそろ寿命か。
まだまだなんのこれしき!と それなりに働いてくれてはいるが
なんせ周りの関連ソフトなどが
もうだいぶ先を歩いて行っているもんだから
老いたPCでは対処出来ない事も多くなった。

かと言って仕事上やたらとアップデイトできないのも現実。

そんなPCの許容範囲をすでに超えて
ソフトの進化と折り合いをつけながら
10数年頑張ってくれてきたが
そろそろ引退にむけて終活をはじめてさせてもらった。



譜面を書き始めてからふと外を見るともう真っ暗。
時間にしたら余裕でホノルルに到着してるほど。
足のダルさは半端なくこりゃヤバイと言うわけで
ウォーキングがてら、ひさしぶりにゴルフの練習に行った。

1995年の阪神大震災で倒壊したホンマゴルフの店の品物が 
同年、東京の用賀にある本店に移送されて
沢山のゴルフクラブが店頭に並んだ。

記憶が確かなら値札が73万円のアイアンセット。
ゴルフ雑誌でしか見たことのなかった本間社長が
食い入るようにそのアイアンを見つめる僕の前に来て
そのスペックなどについて熱い説明をはじめた。

結局僕はそのアイアンセット(10本)を
28万円で買う羽目になった。
社長は涙を飲んでタタキ売ったのかもしれないし
それでも儲けがあったのかも それはわからない。
たたき売りでもなお高価なクラブだったが 
震災後ということもあり
僕自身は半分人助けをしたような気分とともに
それまでの古いクラブを変えた喜びで
心はとてもときめいた。

あれから22年。

今までに新しいアイアンセットを3セットほど買い替えた。
が、結局僕はこの22年前のアイアンを手放せずに
そして今でも現役として使っている。
高価な品物だから売りたくないのではなく
とても良いクラブで もはや自分の手足なのだ。

まあしかしどんな良品にも限界はくる。

10年ひと昔と言うが 本当にその月日の変化は顕著である。
PCだってクルマだって そして人間だって同様に
経年による衰えと引き換えに
進化したテクノロジーを得て時代に対処することは
時期が来れば必要になる。

来年の還暦を前に
少しずつ整理しながら備えなくてはと実感する。

          
ところで
はしだのりひこさんが亡くなった。とても好きだった。
振り返ればいい時代に産まれてたくさんの作品を聴いてこれた。

コンピューターのない時代から現代まで
言葉もメロディーもその作りかたもそりゃ変わってきたが
心に残る歌は色褪せない。

できるだけ長く聴いてもらえる作品を残せるように
衰えてゆくものをなにか新しいもので補いながら 
ぼくはボクらしく 変わってゆけたら。




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