アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

Dear GORO

2017年09月25日 | Tsushimi Takashi

今年も恒例の田原俊彦のコンサートへ行って来た。

これまでも、そして今回のメジャー移籍後も
デビューから38年目のトシは何も変わらない。
言うまでもなく圧巻のダンスと歌で魅了される。

こんなに生き方がブレないアイドルも他にいない。

作品「田原俊彦」を
これからもずっと感じていたいという気持ちは
僕もファンの方々と同じ。

会場では今回のトシのシングル「フェミニスト」の作詞家
阿木耀子さんが僕の右に
通路を挟んで反対側には作詞家の売野雅勇さん
そして僕の左隣には松井五郎

阿木さんとは、昔に一度トシの作品でご一緒したが
結局リリースまでは至らなかった記憶がある。



そして 松井五郎  
彼とは田原俊彦作品に限らず、
これまでコンビとしては
一番多く組んだ作詞家でありパートナーだ。

二人で作った「ごめんよ涙」や
「ひとりぼっちにしないから」を
トシが唄う前で肩を並べて一緒に聴くのは
おそらくリリース以来初めてではなかっただろうか。

レコーディング そして1989年のリリースから
長い時間(とき)を経ても尚
この曲のBメロの感じいいね〜なんて言いながら 
コンサートを一緒に観れるというのも
実に感慨深い。

松井氏が詞の中に置く言葉は
それを聴く人 歌う人がそれぞれ
どんな角度からでも解釈できる自由度を
いつも持っている。

決して難しい言葉を使わず
書き手側から聴く人を限定せず
聴く人が自分なりにその言葉を受け止めることができる。
そんな曖昧さも大事だという。



普通の人が話せば普通の出来事に終わる話を
絶妙な話術と間(ま)でそれをスベらない話に仕立てる
レベルの高い芸人のように
プロの作詞家たちはそれを4分間の
特別な映像にしてしまう。


ほくはまだ純情にこだわるただの男さ
きみはまだ心に花があるただの女さ
だからふれてみれば愛がわかるよ
田原俊彦<ひとりぼっちにしないから>より抜粋

柔らかくて優しくて そして切なくて
そんな言葉たちがメロディーに
力強い輪郭を与えてくれる。

パートナーである前に 
僕はGOROの笑顔と松井作品のファンである。

彼とさらに今後どんな作品を残していけるか
とても楽しみ。




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さようなら ミミ

2017年09月22日 | Tsushimi Takashi

9月16日 土曜日

とうとうミミもお星さまになった。

昨年にチロが逝ってから一年も経たないうちに
ミミも。

2000年に我が家に新しい家族として来てくれた。

何気なく訪れたペットショップで、
最初に抱かせてもらったのがミミだった。



とても大人しい性格だったせいか、
それが人には元気なく見えたらしく
なかなか売れなかった犬だと店員が言っていた。

あれから17年 
よくもまあそんなに長い時間を共に生きてくれた。
先月の8月28日でミミは17歳の誕生日を迎えたばかりだった。

チロが亡くなってからおそらく いやきっと
僕らには見えない寂しさやストレスがあったと思う。
まるでその時を待っていたのようにチロが亡くなった次の日から
やっと自分の順番がきたと言わんばかりに
体調を崩した。

その五日後に検査をしてすぐに東大病院を紹介され
今年の5月にまた主治医に戻された。

チロにかかりっきりで実はミミの健康診断は
2年半ほどおろそかになっていた。

おかげで元気を取り戻してこの猛暑の夏も乗り切ったが
やはりもう年齢には勝てなかった。

後ろ足が弱くなり、散歩もできなくなった頃から
食欲も徐々になくなり 最後には大好きなおやつにも
顔をそむけるようになった。

その朝 虫の知らせか 早朝5時くらいに目が覚め
そのまま仕事場に車を飛ばし必要な資料を持ってすぐ帰宅した。
その日は一日自宅でミミを看ながら仕事をしようと思ったからだ。

気がつけばなぜか女房も外出を取りやめていた。

お昼の12時を回った頃 本当に静かに
眠るように息を引き取った。

目が白くなり耳が聴こえなくなり足も立たなくなり
それでもちょっと目を離したすきに
身体を引きずりながら数日前までは自力でトイレに行っていた。
最後の最後まで手のかからない子だった。


 ミミ

ありがとう。
わがまま一つ言わず僕らにずっと寄り添って
とても長い時間を一緒に歩んでくれた。

チロが後からこの家に来ても喧嘩一つせず
まるでミミを母親のように慕って過ごせたのも
ミミのおかげだよ。

チロが病気になってからも僕らの救いは
ミミが元気でいてくれたことだった。

椅子に座って食事をしている時
ミミはパパの足をよく鼻で突っついて
抱っこしてくれってせがんでたけど
亡くなったその日の夕方 足元に何かが触った気がした。
あれはもしかしてミミだった?

その次の朝ママと食事をしている時
ママが突然「あれ、今私の足に触った?」と言ってたけど
あれももしかしてミミ?

ママは絶対にミミだと言ってたよ。
僕もそう思う。

17年という長い天寿を最後まで全うしたことを
心から誇り思うよ。

悲しいし寂しいけれど
そっちでチロとまた出会えて一緒に遊んでるんなら
とても嬉しいな。



昨日、ママが ずっとお世話になっていた動物病院の薫先生に
最後の挨拶に行って来た。
薫先生も涙を浮かべてミミを偲んでくれていたらしい。
パパは先生に会うと泣くから、外の車で待っていた。

思い出せばキリがない。
できることならずっと書いていたいが
そろそろこのへんで。

ミミ とても幸せな時間を与えてくれて
心よりありがとう。
先に逝ったチロとそしてミミと
縁あって出会ってそして
こうして君の最期に一緒に居れたこと
その時間は僕らにとって宝物です。

どうか安らかに眠ってね。

さようなら。

アーク動物病院の先生方 それからスタッフのみなさま
チロ それからミミと 長い間本当に親身になってケアしていただきました。
心より感謝申し上げます。






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ラジオ深夜便9/9出演回

2017年09月22日 | Tsushimi Takashi

ラジオ深夜便 オトナのリクエストアワー


テーマ「過ぎ去りし日 思い出の曲」2017.9.9


リスナーからのリクエスト

① 最後の雨           中西保志
② ターナーの汽罐車       山下達郎
③ バイバイマイラブ       サザンオールスターズ
④ ザ・ルック・オブ・ラヴ   ダイアナ・クラール
⑤ ハート・オブ・マイン   ボズ・スキャッグス
⑥ マンチェスターとリヴァプール  ピンキーとフェラス


         


    <都志見隆選曲とコメント>

1.「さんま焼けたか」   斉藤哲夫 1975

広島時代 イベンターの宣伝カーを運転して
広島市内を一日中巡るアルバイトしていました。
東京へのツテがどこかにないかと探していた時代でもあり、
同じバイトをするなら少しでも音楽に関係のあるところ
ということで選んだアルバイト。
その車の中に斉藤哲夫のカセットが入っており、
よく聴いていました。

特に好きになった理由はないのですが
とくかく何度もリフレインしていいたお陰で
この歌を聴くとその頃の紆余曲折な日々がふと甦ります。

ちなみに、N.Y留学から帰国し最初に住んだ街が
勝ちどき橋を渡った向こう側の月島。
ただの偶然ですが。。
             


2.「気絶するほど悩ましい」 Char  1977
     詞:阿久悠 曲:梅垣達志

広島から上京したのちに、
ある人に聴いた方がいいよと薦められた数曲のうちのひとつ。
当時から色々な曲を作っていたが、この曲を聴いてさらに
自分の作品がいかに稚拙かを痛感した思い出の作品。

途中の転調や、歌詞 アレンジ 
そして歌声に間奏のギタープレイなど
どこを切っても大人な香りのする
言わばプロとしての「完成品」に
とうてい太刀打ち出来ないと観念した。

18歳のこの自分が今後どうやったら
こんな作品をうみだせるんだろうと
本当に打ちのめされた記憶がある。

歌謡曲という言葉やジャンルを嫌う人もいるが
シンガーソングライターであろうが
ロックシンガーであろうが スタイルこそ違えど
こういった歌詞やメロディーの骨格のハッキリした
クオリティーの高い作品こそが
時代を引き継いでゆく切り札になると僕は思う。 
             
            

3.「Whenever I call you friend」  
メリサ.マンチェスター 1978

20歳でニューヨークに渡米する際に
機内用に何枚かのアルバムをカセットに録音した。
その年は「Don't cry out Loud」
(日本では『あなたしか見えない』というタイトルで
カバーされた)というメリサのアルバムが
発売された年で、このアルバムは機内で繰り返し聴いた。

NYでも彼女の過去のものなどほとんど買った記憶がある。
曲の作り方や歌声が好きで
この曲の出だしの3小節間のメロディーとコード進行には
とても影響を受けた。

いまでも自分の曲作りの軸の何本かの中の一本である。
N.Yでの生活が思い出される数曲の中の
大切な一部という気がする。



4.[忘れられないひと」  郷ひろみ 1995
     詞:松井五郎 曲:都志見隆

郷ひろみさん「逢いたくてしかたない」のカップリング曲。
過ぎ去りし日の恋 思い出は今も心の中で
ずっと消えずにいるという詞は
約5分間の映像として浮かびます。
曲を聴き終えたときそれはまるで
短編小説を読み終えたような感覚の
とても切ない歌。
 
編曲ミックスともにとてもドラマチックに仕上がっており
松井五郎との作品でも大好きな中の一曲です。

             
                      
5.「想い出よありがとう」 島津亜矢 2011 アルバム「悠々」
     詞:阿久悠 曲:都志見隆

阿久悠さんの没後に、
まだ曲のついていない未発表詞の中から10作品選んで
8人の作曲家がそれを歌にしたアルバムの中の曲。

「歌よりも歌らしく心を揺さぶる 
想い出よありがとうありがとう」
このフレーズがこの歌の命。
とにかくここをどう唄わせようかと
試行錯誤の結果何パターンか曲をつけてみて
最終的にこの形になった。
過ぎ去りし日の思い出を唄った歌
             
阿久先生がもし生きておられるなら
是非 曲の感想をお訊きしてみたい。

             
       

さて、今回の選曲は随分迷いました。
このテーマに当てはまる作品というと沢山ありすぎて
決められた曲数の中で それもどういう順番で
一曲目から最後の曲までを繋ごうかなどと。
結果的には、選曲自体にも反省材料も多く
今回気づいたことなどは
次回に反映させたいと思っています。

さて、10月11月は「夜のしじまに聴きたい曲」というテーマで
リクエストを募集しています。



次回の出演は 11月18日です。
         
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