「僕ね、カボチャ嫌い。」
さっきまでと変わらない笑顔のまま、彼は優しい声色で言い放った。
「ハロウィンってなにするの?」
昼休み ケータイで10月のスケジュールを確認していた恵奈は31日に「ハロウィン」と書かれた文字を見て、斜め前の席に座る少年に声を掛けた。
「…小林君。」
小林君はどこかのんびりとした空気を纏っていて。
いつも眠そうな目が、自分の名前が呼ばれたときにキョトンと開かれる。今にも「へ?」と言う疑問が聞こえてきそうな瞳は濃いグレーで、どこか吸い込まれそうな雰囲気を持つ。あぁ、この瞬間の小林君好きだ。
「ハロウィンってなに?」
フルっと頭を振ってもう一度疑問を口にすると、小林君は一瞬空中に視線を泳がせ、そしてすぐに視線を恵奈に戻すと穏やかな声で語り出す。
「えっと…。ケルト人にとっての1年の終りは10月31日だったの。10月31日夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊とか魔女が出てくると信じられてたわけ。
その精霊だとかから身を守るために仮面を被って、魔除けの焚き火を焚いたのが始まり。
今はお化けとかに仮装した子供たちが近くの家を1軒ずつ回って『Trick or treat.』 …つまり、ご馳走をくれないと悪戯するよ、って言うんだ。
家では、カボチャのお菓子を作って。子供たちは貰ったお菓子を持ち寄って、ハロウィン・パーティーを開いたりする。お菓子がもらえなかった場合は報復の悪戯をしてもいいって。
…悪戯ってどのレベルまでなんだろうね…?
まぁ日本ではあんまりやらないよね。
あ、と、カボチャをくりぬいた中に蝋燭を立ててJack-o'-lantern を作るの。」
「ほ、ほう。流石だね、小林君。」
そぅ、彼は頭が良い。というか、何でも頭に入っている。でも普段の彼からそんなことは想像できない。
したくても出来ない。だって学校の授業で当てられたら、眉を顰めて「わかりません」って。
彼が言うに、学校の授業には興味を持てないんだって。なんのために学校に来たんだ畜生。
てかちょくちょくはいる英語の発音が素晴らしく良い。ただ、ぺっらぺら説明された所為で半分以上の内容が頭から流れ落ちてしまっていた。
残された数少ない言葉を頭の中で整理する。
「あぁ、でも僕カボチャ苦手だな。」
…は?突然言い出す小林君に戸惑う。それを聞きとれなかったと思ったのか今度はゆっくり完結に繰り返す。
「僕ね、カボチャ嫌い。」
「へ…へぇ」
「あれがヤダ。あのぬちょって上あごにくっついてくるところ、それが無意味に甘ったるいところ。」
説明を付け加えられたところで同意は出来ない。
「で、でも私は好きだよ!」
無意味に大きな声が出る。再び閉じそうになっていた小林君の瞼が驚くように開いた。
クラスにいる人の視線も一瞬集まる。
ひぃっ!!
「カボチャがね!」
カッと頬に集まった熱。体中の体温がすべて頬に集まってしまったようだ。
こんな、公開告白まがいなことは間違ってもしたくない。
そぅ、私が好きなのはカボチャ。カボチャ…。
自分の机に腕を組み、そこに額をつけて少しかすれた声で小林君は呟く。その声は限りなく眠そうで。
「…嫌いなもの嫌いって言うより、好きのもの好きって言える方が綺麗だよね。」
…うん?小林君の言っていることは時々よく分からない。
「…それって同じことじゃないの?」
「うぅん、違う。嫌いって言葉より好きって言葉の方がずっと、比べものにならないくらい綺麗なんだよ。」
あ~…。ちょっとついてけないや。聞いた質問にかみ合っていない気がする。
でもその小林君のかすれた声が本当に綺麗で。
「よし!私が、小林君がカボチャを好きになるようなもの作ってくる!」
無駄にはりきった私の声は眠りについたであろう小林君の耳に届いただろうか。
「はぃ、これカボチャのシフォンケーキ」
10月31日、小林君が教室に入ってくると同時に立ち上がった恵奈は彼の前に立ち、丁寧にラッピングされたケーキを差し出す。
「え、え?」
THE寝起きって感じの小林君は「カボチャ僕嫌いだよ?」と戸惑った声を出す。
「これ、上あごにくっつかないから。甘すぎないから。カボチャ好きの私からすると凄い美味しいから。」
状況把握できていない小林君も恵奈の迫力に一歩下がりながらそれを受け取る。
「なんか、ぅん、ありがとね?」
きっとね、きっと、彼は『嫌い』って言葉が嫌いなんだと思うんだ。
彼から少しでも、『嫌い』を無くしてあげたいと思うんだ。
次の日、私の席の前まで来た小林君は少し頬を染めながら、
「根岸さん、僕もね、好きになったよ。カボチャ」
【完】
ぶっはぁーー
昨日4時間くらいで描き上げた!
まぁ実際にパソコにむかっていたのは2時間くらい。
食器拭きながら、お風呂はいりながら、考えてました。
ハロウィンがお題の小説、と言うことでしたが…
もろカボチャになりましたね。 ウンウン。
こういう、シリアッスっぽくない、全体的に暗くない小説を書くのは初めてで。
貴重な体験だったし、
凄い楽しかった!
毎度コメントありがとうございます。
友達にハロウィンを題とした小説を書いてと言われたので。
ほんわかした恋愛もの(?)っぽいのを書きたくなり…。
カボチャのあの甘さ、私は好きなんですけど、「カボチャ嫌い。」の小林君は嫌いらしいですね