「──3つ!」
両刃剣が閃く。“シュトロハイム”の装甲は厚く、並みの剣では傷をつけるだけで精一杯だ。しかしディックの振るう戦神の剣は、最新式のアーマーギアを易々と切り裂いた。本来なら重さで叩き潰す両刃剣で。
全身の力を失った灰白色の鎧が、失速しながら後方へ流されていった。
「ちい……っ!」
「小僧が!」
敵を斬り捨てた勢いそのままに、ディックは剣先を列車の屋根に突き立てる。時速300kmで走る巡礼列車の周囲にはエネルギー・スクリーンが展開し、極寒の冷気と風を緩和しているが、速度による足場の不安定さはそのままだ。迂闊にバランスを崩せば、一瞬で列車から放り出される。
だが、それでもディックの表情から笑みは消えない。
「小僧呼ばわりするのは勝手だけど、負けてるのはあんたらの方だぜ」
「──殺せッ!」
おそらくはこの部隊のリーダーであろう男──のはずだ──が叫び、同時に機関砲が唸りを上げる。が、それよりも早くディックが動いた。刺していた剣を抜きながら、そのまま円を描くように一回転。屋根の装甲板が刃とぶつかって火花を散らす。
「おおおおおおおっっ!!!」
吹き荒ぶ風の音を打ち消す咆哮。半ば強引に間合いを詰めたディックが“アレス”を振るった。
ギィィィンッ──!
しかし、刃は虚しく空を切る。敵はディックの動きを把握しつつあった。これまでは不安定な足場から強引に攻撃を仕掛け、彼らが“シュトロハイム”の性能に甘えて回避行動を疎かにしていたことを利用していただけだ。
それを見抜かれ、飛行能力をフルに使われてしまうと、空を飛べないディックは手も足も出ない。
(くそっ、連中も馬鹿じゃないか)
せめてあと1人倒せていれば──ディックは舌打ちしながら、意識を集中させた。
「鋼の護りよ! 堅牢なる大地の意思を、我が身に在れ!」
次の瞬間、無数の機関砲弾がディックの周囲で炸裂した。
「──やはり集中の仕方に無駄があるようだな、ディック」
「そう言われてもなぁ」
ディックは流れる汗をタオルで拭いつつ、隣に佇む黒衣の男を見つめた。珍しく稽古相手をしてくれるというから思う存分付き合ってもらったのだが、汗まみれのディックに対して彼は涼しい顔をしている。彼我の実力差を思い知らされたようで、ディックは溜め息をついた。
男──“死の卿”は淡々とした口調で告げる。
「流派によるところもあるが、多くの魔術で必要とされるものは2つしかない」
「2つ?」
コンセントレーション イマジネーション
「 集中力 と 想像力 」
「……俺の“力”は魔術じゃないぜ、兄貴」
そんな大層なものじゃない。人間が造った、偽物の能力だと吐き捨てるディックに、しかしアレックス・タウンゼントはゆっくりと首を横に振った。
「超常能力も魔術も、根本においては同一のものだ。どちらも自我を制御することにより発動するのだから」
「じゃあ、俺の“力”も兄貴と同じようなやり方でもっと上手く扱えるようになるってこと?」
「さあ、それはどうかな」
アレックスは苦笑した。
「俺のやり方が100%流用できるとは限らない。要はディック、君の意思を制御しやすいキーを作り出すことだ」
「キーって何さ?」
「呪文や魔法陣の類がそれに当たる。ああいったものの多くは、それ自体には何の効力もない。使うことで己の意思を制御する、力を行使するための触媒であり、術を発動に導くための数式だ」
夜色のコートが風に翻る“死の卿”の姿は、まさしく魔術師と呼ぶに相応しい雰囲気を放っていた。
「魔術は人の心そのものだ、ディック。心を解き放て」
「……馬鹿な!」
「悪いね」
肉塊に変わったはずの人間が、硝煙をその身からたなびかせながら走る。
信じられない光景に、“シュトロハイム”の動きは無様なまでにぎこちなくなった。そこへ一気に接近し、剣を振るう。
「俺、結構頑丈なんだ。“鋼”って名乗るのも伊達じゃない」
「が、は……っ」
自分の肉体を硬化させ、機関砲弾のダメージを最小限に食い止めたのと同じやり方で、ディックは“アレス”を強化している。呪文による意識の集中を用いるようになって以来、彼の力の行使は以前とは比べものにならないほどスムーズになった。
(悔しいけど、こりゃ兄貴に感謝しないとな)
越えるべき目標である男の背中を思い出し、ディックは敬意と悔しさの混じった想いに口元を歪める。
「さあて、あと2人!」
「調子にのるなよ、小僧が──!」
「待てッ!」
リーダーの制止を振り切り、部下が“モータルストーム”を撃った。半ば恐怖に駆られての行動。最新型のアーマーギアと30mm砲弾を以ってしても倒れない人間など、いるはずがない。だが目の前の青年は笑みさえ零しながら、こちらへ向かってくる──!
「うあああああああっっ!!」
恐怖に耐えかねたのか、迫るディックから逃げるように後退。決して刃の届かない位置まで下がった。
「……ふ。はは、ははは……」
これでもう奴は何も出来ない。その安堵から漏れた笑い声は、しかし。
「さすがに訓練されてる奴は違うね。──間合いの取り方が完璧だ」
悪魔のように嘲笑うディックを見た瞬間、絶望へと変わった。
「喰らい尽くせ!」
ディックが吼えると同時に、雪に覆われた地面が爆発した。いや、隆起したのだ。まるで生き物のように蠢きながら、空に浮かぶ“シュトロハイム”目掛けて一直線に。
「……っ!」
獰猛な肉食獣の顎の如き形状になった土砂が、アーマーギアを咥え込んだ。ぐしゃり、という耳障りな音。わずかに土砂からはみ出した左腕が二三度痙攣し、だらりと垂れ下がる。不気味なオブジェをその場へ置き去りにしたまま、列車は走行を続けていく。
リーダーはあっという間に視界から消えていった部下の姿を見送った後、大きく呻いた。
「バサラか……!」
「残りは1人。あんただけだ……いや」
剣を突きつけたディックは、小さく肩をすくめた。
「もう、終わりか」
「な──」
銃声。
つい数十秒前、乗客たちに不意の死をばら撒いた男が、自分もまた己が撃たれたことを信じられないまま息絶えた。
彼が倒れると、腹這いの状態で銃を構えるローランドの姿がディックの目に映った。手筈通りだ。アーマーギアの装甲の薄い部分を狙った彼の腕ならば、確かに生命力旺盛なヒルコをも一発で仕留めることが出来るかもしれない。
「やるね、おっさん」
「何、英雄は最後に決めるもんだからな」
不敵な笑みを浮かべたローランドは、しかし屋根に倒れ伏す骸を見て表情を改めた。
「一体どうなってやがる……こんな連中が」
「詳しい話は後にしようぜ」
列車の向かう先に視線を向けていたディックが言った。
「もうすぐ駅に着く。大騒ぎになる前に退散しないとな」
「……つくづく思うんだがな。お前さん、ナイト・ワーデンとコネのあるカブトにゃ見えんぞ」
「苦情はブロッカーに回してくれよ」
“鋼の衛士”は振り向き、悪戯に成功した少年のような笑顔を覗かせる。
スタイル
「これが俺のやり方なんだからさ」
両刃剣が閃く。“シュトロハイム”の装甲は厚く、並みの剣では傷をつけるだけで精一杯だ。しかしディックの振るう戦神の剣は、最新式のアーマーギアを易々と切り裂いた。本来なら重さで叩き潰す両刃剣で。
全身の力を失った灰白色の鎧が、失速しながら後方へ流されていった。
「ちい……っ!」
「小僧が!」
敵を斬り捨てた勢いそのままに、ディックは剣先を列車の屋根に突き立てる。時速300kmで走る巡礼列車の周囲にはエネルギー・スクリーンが展開し、極寒の冷気と風を緩和しているが、速度による足場の不安定さはそのままだ。迂闊にバランスを崩せば、一瞬で列車から放り出される。
だが、それでもディックの表情から笑みは消えない。
「小僧呼ばわりするのは勝手だけど、負けてるのはあんたらの方だぜ」
「──殺せッ!」
おそらくはこの部隊のリーダーであろう男──のはずだ──が叫び、同時に機関砲が唸りを上げる。が、それよりも早くディックが動いた。刺していた剣を抜きながら、そのまま円を描くように一回転。屋根の装甲板が刃とぶつかって火花を散らす。
「おおおおおおおっっ!!!」
吹き荒ぶ風の音を打ち消す咆哮。半ば強引に間合いを詰めたディックが“アレス”を振るった。
ギィィィンッ──!
しかし、刃は虚しく空を切る。敵はディックの動きを把握しつつあった。これまでは不安定な足場から強引に攻撃を仕掛け、彼らが“シュトロハイム”の性能に甘えて回避行動を疎かにしていたことを利用していただけだ。
それを見抜かれ、飛行能力をフルに使われてしまうと、空を飛べないディックは手も足も出ない。
(くそっ、連中も馬鹿じゃないか)
せめてあと1人倒せていれば──ディックは舌打ちしながら、意識を集中させた。
「鋼の護りよ! 堅牢なる大地の意思を、我が身に在れ!」
次の瞬間、無数の機関砲弾がディックの周囲で炸裂した。
「──やはり集中の仕方に無駄があるようだな、ディック」
「そう言われてもなぁ」
ディックは流れる汗をタオルで拭いつつ、隣に佇む黒衣の男を見つめた。珍しく稽古相手をしてくれるというから思う存分付き合ってもらったのだが、汗まみれのディックに対して彼は涼しい顔をしている。彼我の実力差を思い知らされたようで、ディックは溜め息をついた。
男──“死の卿”は淡々とした口調で告げる。
「流派によるところもあるが、多くの魔術で必要とされるものは2つしかない」
「2つ?」
コンセントレーション イマジネーション
「 集中力 と 想像力 」
「……俺の“力”は魔術じゃないぜ、兄貴」
そんな大層なものじゃない。人間が造った、偽物の能力だと吐き捨てるディックに、しかしアレックス・タウンゼントはゆっくりと首を横に振った。
「超常能力も魔術も、根本においては同一のものだ。どちらも自我を制御することにより発動するのだから」
「じゃあ、俺の“力”も兄貴と同じようなやり方でもっと上手く扱えるようになるってこと?」
「さあ、それはどうかな」
アレックスは苦笑した。
「俺のやり方が100%流用できるとは限らない。要はディック、君の意思を制御しやすいキーを作り出すことだ」
「キーって何さ?」
「呪文や魔法陣の類がそれに当たる。ああいったものの多くは、それ自体には何の効力もない。使うことで己の意思を制御する、力を行使するための触媒であり、術を発動に導くための数式だ」
夜色のコートが風に翻る“死の卿”の姿は、まさしく魔術師と呼ぶに相応しい雰囲気を放っていた。
「魔術は人の心そのものだ、ディック。心を解き放て」
「……馬鹿な!」
「悪いね」
肉塊に変わったはずの人間が、硝煙をその身からたなびかせながら走る。
信じられない光景に、“シュトロハイム”の動きは無様なまでにぎこちなくなった。そこへ一気に接近し、剣を振るう。
「俺、結構頑丈なんだ。“鋼”って名乗るのも伊達じゃない」
「が、は……っ」
自分の肉体を硬化させ、機関砲弾のダメージを最小限に食い止めたのと同じやり方で、ディックは“アレス”を強化している。呪文による意識の集中を用いるようになって以来、彼の力の行使は以前とは比べものにならないほどスムーズになった。
(悔しいけど、こりゃ兄貴に感謝しないとな)
越えるべき目標である男の背中を思い出し、ディックは敬意と悔しさの混じった想いに口元を歪める。
「さあて、あと2人!」
「調子にのるなよ、小僧が──!」
「待てッ!」
リーダーの制止を振り切り、部下が“モータルストーム”を撃った。半ば恐怖に駆られての行動。最新型のアーマーギアと30mm砲弾を以ってしても倒れない人間など、いるはずがない。だが目の前の青年は笑みさえ零しながら、こちらへ向かってくる──!
「うあああああああっっ!!」
恐怖に耐えかねたのか、迫るディックから逃げるように後退。決して刃の届かない位置まで下がった。
「……ふ。はは、ははは……」
これでもう奴は何も出来ない。その安堵から漏れた笑い声は、しかし。
「さすがに訓練されてる奴は違うね。──間合いの取り方が完璧だ」
悪魔のように嘲笑うディックを見た瞬間、絶望へと変わった。
「喰らい尽くせ!」
ディックが吼えると同時に、雪に覆われた地面が爆発した。いや、隆起したのだ。まるで生き物のように蠢きながら、空に浮かぶ“シュトロハイム”目掛けて一直線に。
「……っ!」
獰猛な肉食獣の顎の如き形状になった土砂が、アーマーギアを咥え込んだ。ぐしゃり、という耳障りな音。わずかに土砂からはみ出した左腕が二三度痙攣し、だらりと垂れ下がる。不気味なオブジェをその場へ置き去りにしたまま、列車は走行を続けていく。
リーダーはあっという間に視界から消えていった部下の姿を見送った後、大きく呻いた。
「バサラか……!」
「残りは1人。あんただけだ……いや」
剣を突きつけたディックは、小さく肩をすくめた。
「もう、終わりか」
「な──」
銃声。
つい数十秒前、乗客たちに不意の死をばら撒いた男が、自分もまた己が撃たれたことを信じられないまま息絶えた。
彼が倒れると、腹這いの状態で銃を構えるローランドの姿がディックの目に映った。手筈通りだ。アーマーギアの装甲の薄い部分を狙った彼の腕ならば、確かに生命力旺盛なヒルコをも一発で仕留めることが出来るかもしれない。
「やるね、おっさん」
「何、英雄は最後に決めるもんだからな」
不敵な笑みを浮かべたローランドは、しかし屋根に倒れ伏す骸を見て表情を改めた。
「一体どうなってやがる……こんな連中が」
「詳しい話は後にしようぜ」
列車の向かう先に視線を向けていたディックが言った。
「もうすぐ駅に着く。大騒ぎになる前に退散しないとな」
「……つくづく思うんだがな。お前さん、ナイト・ワーデンとコネのあるカブトにゃ見えんぞ」
「苦情はブロッカーに回してくれよ」
“鋼の衛士”は振り向き、悪戯に成功した少年のような笑顔を覗かせる。
スタイル
「これが俺のやり方なんだからさ」