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そらと風に《メイサートンによせて》

空が好き。風をからだに受けながら,ボーっとするのも …ごぶさたしました。13年ぶりに再開です。

ブラックベリージャム

2005-08-04 09:04:21 | Weblog
2度目。

今日は休みをとった。夏休みだー。
せみがシーシー鳴いている。なかなかいい雰囲気。

今洗濯中。
ごみだしOK。花にみずやりOK。
おまけにジャムまで作って終わった。
実家から送ってきた両手にのっかるくらいのブラックベリー
それと安く買ったデラウウェア(ぶどう)を
りんごからとった蜂蜜と,シェリー酒で煮詰める。
(ブランデーの方がよかったのだけれどきらしていた)
ブラックベリーの種がちょっと固いけど,まぁまぁかな。

今日は片付けと掃除はパス。
本を読むことにする。

困る&トリビアの泉

2005-08-04 05:21:08 | Weblog
昨日夕食の後で。
夫がわたしの傍にやってきて,「きみさぁ,困るって話しを
日曜日にしたけど,あの話し,人権のこととどう結びつけるのか
考えた?」ときく。

びくっ。
でもとりあえず,
「囲いがある,つまり枠があると困るってことだから,
枠を世間の目とか偏見とか差別とかにたとえて考えれば
いいんじゃない?あるいは,自分自身のとらわれた考え方とか」
とこたえた。
夫いわく,
「まぁそう展開してもいいけどな・・・
まぁ落語のように落ちとして使ってもいいし,考え方は
いろいろあるよ。もっと考えてごらん。」だって。

夫の考えを聞きたい。
でもおしえてくれない。もっと考えてからだって。
まったくー。
まるでわたしが生徒だわ。

昨日もテレビで『トリビアの泉』というのをみた。
(つまらない,とるに足らないことを知って楽しむ番組)
あれも,情報をどうやって脚色して展開するか
つまりはがきの内容を実験してみたり,ドラマにしてみたりと
くだらないことを大げさにやってみることでこそ
おもしろみがでてくる。

授業もある意味ではそれと似ている。
わたしは伝えることをとるに足らないこととは考えていないが
生徒はトリビアと,さして変わらないと思っているに違いない。
だから,展開や,話のもっていき方が大事だ。

うーん。夫は早く教えてくれないかな?
(生徒といっしょで,早い解決を望むわたし)

「治安国家」拒否宣言

2005-08-03 05:16:43 | Weblog
今朝は暑くて何度も目がさめてしまった。
今日もたぶん暑いんだろうな。

そういいえば今年はなんにちに一度か,トンボが大発生。
昨日は見かけなかったけれど,ときどきそこら中を飛び回って
いる。
それにひきかえ,蝉がおとなしい。
うるさいほどのアブラゼミの声がしてこない。
それなのにはや,ミンミンゼミが鳴きだした。
ミンミンゼミの声を聞くと,もう夏も半分かと思う。
もうちょっと,夏の季節を楽しみたい。
暑さにはこりごりだけれど。
青い空がみたい。入道雲と青い空。

昨日図書館から借りてきた本の一冊
『「治安国家」拒否宣言』斎藤貴雄 他 晶文社
今国会で,「共謀罪」を成立させようとする動きがある。
郵政民営化のことで泥試合をしているので
どうなるかはわからないが,動きは終わらないことはたしかだろう。

国連越境組織犯罪防止条約を2000年に批准。
その流れででてきたものだが,この共謀罪は,あきらかに
国民をターゲットにしている。
信条の自由や表現の自由が侵食されていく感じは
はだで感じる。
教育現場しかり報道現場しかり。

くわしくは
「おやじのつぶやき」というぶログにあるので,
みてください。
http://blog.goo.ne.jp/12240106/1(7月4日)
いやな世の中になってきた。

無名戦没者への献灯

2005-08-02 21:36:56 | Weblog
3度目。今度は感動した話し。

雑誌『自然と人間』より。

東京の千鳥ヶ淵にある「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」を設計した
谷口吉郎という人の話しだ。

その墓苑は,日本兵が戦死したといわれる大陸や島々を6つの
地域に大別し,それぞれの地域から石や岩を集めて3400度
以上の高温で溶かしたうえで,
大和の豪族の墓らしき船形の寝棺にしたてたという。

その石棺を収めるために6角形の屋根を作り
6本の柱で支えたものになっているとのこと。

わたしはまだ見たことがないので残念だ。

そして,谷口さんは,
「願わくは若者たちの手で終夜献灯されてほしかった」
と小宮山量平さんに言われたそうだ。

ドイツやロシアでは,無名戦死の墓の多くが青少年の
ボランティアによって終夜守られているという。
そのことを,谷口さんは知っていらした様子。

もちろん戦争犠牲者は,兵士だけではない。
市井の人たちの犠牲を忘れてはならないと思う。
けれど,無名戦没者のこともまた大事だ。
その人たちを思う谷口さんの設計と,若者たちによる
献灯という発想にははっとさせられる。

こういう受け継ぎ方があれば,今の靖国神社のことも
もっと謙虚に考えていけてかもしれない。

はぁー??ですよ。

2005-08-02 19:30:47 | Weblog
2度目。ちょっとだけ。

朝読んだ東京新聞にのっていた記事でアゼンとしたこと。

井沢という「識者」が民主主義についてこう語っていた。

・・・西洋の民主主義は多数決で政治を行うもの。
これは早く決着がつく。
けれど,日本ははらのうちをさぐったリ,手回しが必要
なので,政治に時間がかかる。

はぁー???
民主主義が早く決着のつく方法だって?
いくら地方紙の名前がついていたって,新聞ですよ。
こんな「勘違い」をどうどうとおっしゃるとはねぇ。
腹が据わっていますねぇ。
わたしは怖くてこんなことはいえません。
もう少し勉強してください。
少なくとも,テレビ(NHKも)にもいっぱいでていることだし。

ぱくぱく。

2005-08-02 05:10:58 | Weblog
夕べは10時半過ぎに寝たのに,今まで寝ていられた。
久しぶりによく寝た感じ。
寝覚めよし。

昨日は朝起きてヨーグルトを食べてから
気づかぬうちにパンに手をつけ,ちぎっては食べ,ちぎっては食べ。
しかも,ちぎっていないのに,何ももたないまま手を口に
運ぶなんてボケたことを2度も繰り返してしまった。
そのおかしさに気づいたのはずっとあとのこと。
相当,ぼけてたわけ。
まったくねぇ。食い意地のはっていること!

そういえば昨日の通勤途中,思ったとおり
一輪の朝顔と,小さいひまわりを見つけた。

朝顔はうちでで種から育てようとしても,なかなかうまく咲いて
くれない。
だから朝顔市に行って,何色か混合の朝顔を買ってきたときは
感動した。
大輪の花が次から次へとひらいていく。
でも本当は,あの時,青い色の朝顔がほしかったのだ。
そうしたら屋台のおじさんに,「おとといきやがれ」みたいな
ことを言われてショックだったのを覚えている。
どうやら青の朝顔というのは,朝顔市ではあまり売られていない
らしい。

それにしても朝顔は魅力的。
もっときれいな朝顔にお目にかかりたいものだ。

というと昨日の朝顔には申し訳ないが,
やっぱりいくつもの花が一度に咲いている状態がベスト。
それも朝のうちに。

季節の花といえば,オシロイバナやホオズキが見ごろ。
あとカンナとグラジオラスがあれば季節感がます。
あっ。それとタチアオイとフヨウも忘れずに。
ホウセンカにはトンとお目にかかれない。
できればホウセンカも。

さて今日も重い本を担いで,仕事にいくか。
昨日しいれた『現代頭語の基礎知識 学習版』
『社会学小事典』『もしみんながブッシュマンだったら』。
読みたい本にうずまっているのは最高。
でも焦るのは確か。
まぁ今日は少し授業の素案を作れればいい。

大事なこと書き忘れていた。「つくる会」の教科書のこと。
これは帰ってきてかけたら書こう。
本屋がすごい状況だったから。

フレディかっこいい!

2005-08-01 05:00:15 | Weblog
鳥の鳴き声がする。夜明けだ。

今日も蒸し暑そうだ。

いよいよ8月。
気をつけないと無為に,時が過ぎてしまう。
今日は朝顔をどこかでみたい。
後はどんな花や草に出会えるか・・・
紫しきぶは花の時期を終え,実をつけようとし始めている。
背の高いひまわりも見たいもの。

昨晩,クイーンのイギリスでのコンサートをDVDでみた。
なんたってかっこいい。

昔は声しか聞いたことがなかった。
だから,あんなにかっこいいなんて思ってもみなかった。

まず声がいい。
その声はすくっと立ったあの姿のよさに通じている。
足がすっと伸び,歌いながら高く上げられたこぶし。
天と地がフレディ・マーキュリーを介してつながっているようだ。

残念ながら,買ったDVDは外国版なので,彼の話す言葉は
わからない。
でも心をこめて歌い楽しんでいる様子はよくわかる。

ビートルズもわたしは大好きだけれど,
あのどうどうとした伸びのあるつややかな声だけをくらべれば,
だんぜん,クイーンだ。

しかし人の魅力というものは,さまざまな形であらわれる。
いろんなところでかっこいい人と出会いたい。
もちろん女性とも。

夫との会話

2005-07-31 09:39:53 | Weblog
まだ朝なのに2度目。

夫はいつも勤めで遅くなるので,土・日はおしゃべりが
たくさんできる貴重な日。
(そのくせわたしはグーグー寝てしまうのだけれど)

だから夫の話題がどうしても多くなってしまう。

まず寝方からして夫は合理的だ。
整体の考え方に合致しているといったほうが正確かもしれない。
人間は寝ている間に,自然と寝返りをうったり,手をのばしたり
という動きで,日中に生じてしまったからだの歪を補正する。
夫の寝方は,猫のようにしなやかだ。
足を組んでみたり,片手だけ伸ばしてみたり
途中で背伸びをしてみたり,感心してしまう。
(これって,人権侵害かな?まぁいいか。)

それから,昨日の話し。
わたしが教育のこと,(レディネスのことかな。)話していたら
「君は本当のところ,「発達」とか「成長」とか「能力」ってことが
わかっていない。」と指摘された。
(なぜか夫はさまざまな分野にわたり詳しい)

「君の授業は,小学生に人権とはと,定義から説明し出すのと
にている。たとえば,<人とうまくやっていけないと困るよね。
困るって漢字,どうかくか知ってる?そうだね。木の周りに
四角い囲いができちゃってるね。そうすると木は,大きく
育とうと思っても,周りに伸びていけないね。だから困っちゃう。>
そんなことから話し始めればいいんじゃないの?」
と,突然すらすらと具体的な話が出てくるのだ。

なんで?とわたしは思う。
なんでこうすらすらと,わかりやすいたとえがでるんだ?
そういう私に,夫は
「君の突然さのほうが,僕にはわからない。」という。

うーん。
わたしはわたしだから夫のまねはできない。
だからわたしの方法を見つけるしかないんだけれど,
もうこんな話しは何度したことだろう。
わたしには,積み上げというものができないらしい。
わからないことがわからないという一番困った状態。
夫にいわれることはいつも新鮮に聞こえる。
(そういうと,夫はまた,「君は僕の話をきちんと聞いてくれて
いないんだね。」と困った顔をするのだが,わたしはわたしなりに
一生懸命聞いているのだ。わたしはキャパが少ないのかな。)

それから昨日は夫が,「僕は今回はほんとに頭が痛くなるまで
きちんと君に話したつもりだよ」と最後にまとめた。
なんの話しかっていうと,
ネット上にものを書くということの意味。
わたしが夫の心配と誠意を,具体的に受けとめないといけない。

ほんとお世話になります。
この場を借りて,感謝・感謝。

究極の花火

2005-07-31 05:18:34 | Weblog
まだちょい早い時間。
なぜかこの時間あたりに,一回は目覚めてしまう。
そしてヨーグルトをいただき,しばししてからまた寝る,
そんな生活が続いている。
今朝はヨーグルトだけではなく,メロンパンにまで手をつけて
しまい,早おなかいっぱい。
いつも食べ終わってしまってから,「しまった!」食べすぎだと
後悔するのだが,同じことを繰り返してしまう。
わたしってかなりのおばかさん。

カラスが鳴いた。
あれっ,カラスはおね坊さんじゃなかったっけ。
わたしみたいに,どじなカラスかな?

昨日はいろんな場所で,花火大会があったようだ。
音はすれども姿は見えず。
なんだかそんしてる感じ。

前に住んでいたところからは,7月の夏休みに入ってすぐに
近くでやる花火がちょっと外に出るとみえた。
あぁこれから夏だっていう区切りがついてよかったなぁ。
8月の上旬には,窓からまっすぐの方向に花火が見え
部屋を暗くして,冷たいものを飲みながら,音楽をながし
ちょっぴり雰囲気を出して見たりした。

一度だけ飛行機の中から花火をみたことがある。
あれはたまらない。
まるーく,立体的に,しかも鮮やかに見える。
それが一瞬の間でバイバイ。
究極の花火だ。

空が明るくなってきた。

そろそろヘッドフォンで音楽を聴きながら,また寝るか。

そうそう。
昨日早めにブログを見てくださった方。
3度書いたブログをひとつ消し,3度目のものを書き直しました。
ご了承ください。

ではおやすみなさい。

3度目の正直

2005-07-30 18:06:01 | Weblog
とどめの3度目。(2度目に書いたのは消しました。
以下の文章も最初に書いたものにも手を入れてあります。
あしからず。)

さっき書いた『女王の教室』のこと。
夫に話したら「書きたいならブログにきちんと教育観の違いを
書けばいいんじゃない?
あれは,単なるドラマだからね。教育の事を描いているって
思わなければいいんだよ。ひどい脚本と思えばいいことだし,
ぼくは腹も立たないよ。」といわれてしまった。

夫は冷静だ。ちょっと尊敬。(実はちょっとじゃなくてだいぶ)
(「ダメ教員」さんのブログも,まじめなときはしっかり根拠を
書いている。さすが!)
それに引きかえわたしはおっちょこちょいというか。
激情型なんだな。あるいは短絡的。

『女王の教室』の先生は,単に,「訓練」をしているだけであって
教育はしていない。

教育なら,生徒が今どれだけわかっているのかをちゃんと見据え
1・自分の言葉で自分のいいたいことや自分の考え・感情を
ほかの人にきちんとわかってもらえるように表現することが
できるような援助をすること
2・自分の考え方を作れる土台である日本語の科学的な学習や
数字を使った情報を読み解けるような力をつけることや
今世界で何が起こっているのかを,いろいろな視点から知らせて
あげること
を目標として,
最終的には,一人一人の子どもがしあわせに暮らせるよう,
お互いの生徒の人間性を高めていくことが大事だと思う。

社会のなかで生きているという自覚をきちんともたせてあげる
ことが,わたしにとっては大事だと考えている。

創造性や考える力を育てていくのに,「訓練」はいらない。
繰り返したりする練習はいるけれど。
そして,子どもを放ったらかしにはせず,伝える内容・技術の練磨は
教員にとって必要だけれど。

うーん。ことばがかたいかな。
しなやかにかけるようになりたいな。
練習と自覚が必要だな。

それと・・・
夫にマーガリンの件で「君のこと責めていないのになぁ。
これじゃ,ぼくが悪者扱いだ。」といわれてしまいました。
そのとおり,一部脚色があります。
でも,カットアンドペースト的に,自分じゃ考えてもいないことは
書いていません。
とおからず,近からず,ってとこです。


マーガリンは腐らない

2005-07-30 15:10:11 | Weblog
夫に野菜いっぱいのブランチを作ってもらって
食べたあと,ずっとうたたねしてしまった。
夫は今洗濯に励んでいる。
ありがたいいつもの土曜日だ。

2週間前くらいから,夫がさかんに「マーガリンは腐らない」
ということをいっていた。
マーガリンはもはや食べ物ではなく,工業製品だ。
ほとんどのマーガリンに使われている油に(たぶんパーム椰子)
添加物を使いまくっているからということ。

<追記(この部分は後から書き足したものです)
夫に責められた。
「君は僕の話をちゃんと聞いてくれてないじゃないか」って。
マーガリンが腐らないのは添加物のせいではなく
油の構造自体を(分子のつながりを)かえてしまうからである。
ということ。
何とか脂肪酸に変えるんだといっていたが,くわしくはすぐに
忘れてしまう。高校の頃化学できなかったもの。

いまうしろで,夫が難しいことを言っている。
えーっと,水素を結合させて常温でも溶けない油にする。
するとそれはもう,自然の油ではなくなる。
だって。口述筆記してしまった。

ちなみに「スーパーで売られているものは生鮮食料品以外
すべて工業製品である」ともいっていましたです。ハイ。
以上。>


そんな話しを聞いていたので,
昨日のニュースで,マーガリンの賞味期限書き換えという話が
でてきたときは,作っている側は腐らないこと知ってるから
ぜんぜん悪気なんて感じないんだろうなぁと思った。
それにおもしろいというか,そのマーガリンを作っている
会社の名前が,旭電化工業株式会社。
電化工業だって。
とても食べ物を作っている会社だとは想像もつかない。

今のわたしたちの食べているものは「あぶない」ものだらけ。
大学の頃は,「正義感」・危機感でいっぱいで
洗剤から食べ物までとっても気を使っていたけれど,
最近はまぁしかたないかなんて諦めてしまっている。
ベストよりベターって思うから。
そんなんで「スローライフ」生活はできんぞと思いながらも。

そもそも働くことに余裕ができなければ,
生活を大事にするなんて事にはつながらないのだ。
今の社会は逆方向にむかっている。
一部の余裕ある階層の人たちにだけ許されている「豊かさ」。
もちろんこんな状況を打破しようとしている人たちもいる。
それが,「風穴」になるか。

とりあえずわたしはベストよりベター。
といいつつ,今日はパンにマーガリンをぬったのだった。
あれれ・・・

現代の貧困

2005-07-29 05:29:23 | Weblog
今朝はまだすっきり明けきれていない。
でも鳥の声は聞こえている。

そういえば鳥にも早起きとおね坊さんがいるって読んだな。
すずめの早起き,からすの寝坊だったかな?

実家では,庭のブルーベリーやブラックベリーを,むくどり(?)が
すでに狙って食べ始めたといっていた。

小さい頃,初めてで最後になった,たった一つ実ったさくらんぼを
鳥にやられた記憶がある。
あのときは,くやしかったな。
毎日,色づくのを楽しみにしていたんだから。

昨日,今の子どもたちとの文化の差について考えていた。
わたしが小さかった頃って,レトルト食品なんてなかったし,
卵もはかりうり。菓子パンも一つ一つ包装してあるなんてことは
なかった。そもそもパンなんてほとんど食べなかった。
おなかがすいたら,おむすびを作ってもらって,あとは水だった。
なんでもすぐには手に入らなかった。
もちろんハンバーガーやコンビニなんてないし。

今はやりらしい駄菓子だって,あんなにパッケージ化されて
なんかいなかった。
土ぼこりのたつ店の前に,きな粉もちとか,紐につながったあめとか
気を引くようにおいてあったっけ。
10円あれば立派なお小遣いだった。

だから,食べ放題なんてなくって,いつもおなかをすかせて
でもきちんと待ったり,選んだりできた。

わたしは人間関係で困って,今なら不登校っていわれそうなことを
していたけれど,おおらかだった。

季節ごとの匂いも音もちゃんとあった。

そんな子ども体験がなくって
生まれたらすぐに何でも手に入る時代に育った子どもたちって
待つことの練習から必要なんだろう。
いまや母親になる世代の人たちも,同じ文化の下で
育っているのだから。

宮崎監督の『トトロ』だって,あれを見て,匂いを感じている
人ってどれくらいいるのだろう?
井戸水の味を知っている人って?
みんな,疑似体験でしかないとすれば,根本的にみかたや
感じ方は違ってくる。

そういうことをふまえたうえで,
いまの「豊かな」生活に慣れた子どもたちの「貧困」を
考えていきたい。

とかいているうちに,
少しは明るくなったかな。

でも,へこたれないぞ。

2005-07-28 17:19:16 | Weblog
最近のわたしってほんとに元気になった。

ブログを書き始めてもうすぐ1年になるけれど,
去年は,子どもに「教える」ことなんか何にもないって
とらわれて,下を向いていたもの。

ブロッコリーをゆでることが,どんなにたいへんなことか
そんなことも書いていた。

いまは,部屋にごみくずが落ちていたらかがんでとってすてる,
なんてチョー「たいへん」なことがすんなりできる。
いっかいに野菜のおかずも何品か作れる。
できるようになったことがなんと多いことか。
「普通」に生活している人から見たら,笑ってしまうこと
なんだろうけど・・・
こういう生活ができることに,わたしはしあわせを感じている。

昨日に引き続き,中西新太郎さんの
『若者たちに何が起こっているか』花伝社 を読んでいる。
うなずくことしきり。そして反省。

前に生徒が「原爆のことなんか調べたくない」といったことが
あった。
そのときわたしは,これは一般的なことではない「はず」
と思おうとしていた。
でもどうやら違うかもしれないのだ。
わたしに「さからう」ことが面倒だから何も言わないだけで
「納得」せずに従うという文化ができてきているらしい。

中西さんの言葉を借りれば,「不幸な現実をみせつけるように
振る舞う人間は嫌われ排除されます。」

そう。告発型の「OOが悪い」という授業は嫌われる。
(わたしも最近いやだけれど)
「OOを考えてみて」といってもいやがられる。
「想像してみて」というのも,困惑される。
今ちょっと手詰まりなのだ。

でも,世代と環境の違いにへこたれるより,
理解しようとしつつ,引き下がりつつ,いいたいことを言おう。

中島みゆきの「誕生」という歌を聞きつつ。


夏の匂いに出会う

2005-07-27 19:38:29 | Weblog
夏の匂いを感じた朝。
稲科の植物の匂い。きっと雑草だろうけれど
なんとも懐かしい匂いだ。

昼間はくちなしの香り。
草いきれがしてきたらいいなぁ。

これで,夜さわやかな匂いが窓から入ってくれば
いうことはないが,これは無理だろう。

今日は図書館に読み終わった本を返しにいったら,
子供向けの本をまた借りてきてしまった。
朝からとっても重い荷物を担いで歩いたので,ぐったり。
でもわくわく。

フィリパ・ピアスという人の物語を,清水美砂子さんが
とってもほめていたので,それを2冊。
村中季衣さんの本も好きなので,(これは読み聞かせについて
書かれたものだが)これも一冊。
その他,『合衆国憲法ができるまで』という子供向けの
ものなど。

現代用語の基礎知識の子ども版があるなんてびっくり。
子ども地球白書なんていうのもある。
あなどれないぞ。って感じだ。

それから,中西さんという人が「若者」について,論じたものを
読み始めて,ちょっと反省した。
わたしも,子どもとか青年期とか,教科書的理解しか
していなかったかなって。
消費社会の中で,文化的共通項がなくなるいっぽうの
「疎外された子ども」というのが,中西さんのとらえかただ。
ちょっとわかりやすく語れるよう,勉強してみたい。

悲しい『モンスター』

2005-07-26 19:48:46 | Weblog
大きな木がたっぷりと水をふくんでいる。
幹のはだは黒々とし,こけは青さをます。
いつもはやさしく迎えてくれるケヤキやイチョウやくすのきが
今日は,ここにいるぞーって低い声でよびかけてくる。
神秘的ですらある。

映画『モンスター』をみた。

13歳からからだを男に売ることで生きてきた彼女。
これでもう自殺しようと思っていた日に,ある女性から
声をかけられ,生きざるをえなくなっていく。
彼女を愛したため,やめようとした仕事を,つまり「娼婦」
として稼がなくてはならなくなって,そして・・・

最後は死刑判決を受けて死んでいく。

実際にあった話だそうだ。

悲しすぎる映画。

彼女の愛した女性が,別の人であったなら
もう少し悲しみや怒りを共有し合える人であったなら
彼女が助けを求めることを知っていたなら
・・・と,もしも・もしもが続いてしまう。

今日一気に読み終えた清水真砂子さんの本にも
女性は「べき」で動きがちだと書いてあった。
「いい母親」であるべきだし,「いい妻」であるべきだし
「いい女」だあるべきだし,と。
女性も男性に負けず劣らず,強がりなのだ。
子どもの頃の自分を忘れてしまう。

今の人たちは,「べき」では動いていないかもしれない。
でも反対に,NOともいわず,知らないうちに繰られている
のかもしれない。
結局はモンスターになった映画の女性のように
本当の幸せなんか知らない・知ろうともしないで生かされて。

もっと強欲にしあわせさがしをしよう。