自転車のハンドル雀の子がとまる 2014年6月作
俳句では雀は季語にはならない。しかし、「雀の子」は初夏には雀の繁殖期になるので、夏の季語になる。日本列島の雀の数が年々減少している。昭和と比べて平成は随分減少した。まだまだ減少するであろう。近い将来日本では雀が珍鳥になるとまで言われ始めている。雀減少の原因は大気汚染ではない。日本の家屋構造の激変であるといわれている。
日本の住宅が都心部のマンションやアパート等コンクリートになって住宅から瓦が消滅したからだ。瓦屋根は雀の大切な営巣地であった。その営巣地が消滅し続けているからだ。その上、一戸建ての住宅でも瓦屋根が消滅している。瓦屋根からスレート葺の屋根に急変してしまったからである。
雀も燕も人間との、殊に日本人との距離は古代から極めて近い。彼らは日本人に近づくことで安全圏内に入ることが出来ると信じている。彼らは人間に接近することにより鴉や鳶などの猛禽類から逃れることを知っている。しかし、その日本人の住宅から瓦屋根が消滅しているので、彼らは営倉場所を失ってしまった。それが雀が日本列島から急減している主因であると言われている。将来は屋根に設えるソーラーパネルも雀を減らす要因となるであろう。
時代の流れと言えども、何とも寂しい話である。人と人と別れるのは寂しいことだが、人と野生動物と離れることも寂しいものである。何故、瓦屋根が消滅したのか。どうやら、この変化は日本列島の気候変動と間接的に関係があるようだ。それは、台風が日本列島に上陸する頻度が高まったこと。また、台風の風力が大きくなったことによるのであろう。
平成に入って民家の屋根瓦がスレート葺に急速に変化した。住宅メーカーが台風対策を考え始めたからである。昭和の高度経済成長時代頃はまだまだ瓦屋根が多く台風が来るたびに紙切れの如くかわらが飛び散っていたのを目撃したことがある。風速20m程度で瓦が空に飛ぶようになるといわれている。平成に入ると風速30mの台風上陸するようになった。そうなると瓦葺の屋根が耐えられるはずが無い。気候変動が日本の住宅構造を変化させ、そしてそのことが人間と雀との距離を大きくしてしまったと考える事ができるであろう。
どんな現象でも例外がある。京都は寺院の数が他の都市に比べて圧倒的に多い。幸いにも寺院には瓦屋根が残留している。京都では狭小化する雀の生活空間を寺院の瓦屋根が何とか守護しているようだ。作品「自転車のハンドル雀の子がとまる」は寺の傍にある駐輪場で生まれた作品。寺の傍の駐輪場には沢山のすずめが居た。自転車の荷台にも雀の子がいたので初めは「自転車の荷台に雀の子がとまる」としたのであるが、「自転車のハンドル雀の子がとまる」のほうが雀の人間への信頼心が表現できるので「ハンドル」にした。
聖書には不思議なほど魚類の名称が出てこない。我々日本人は長大な海岸線と、無数の河川に恵まれ古代から動物たんぱく質を魚介類から摂取してきた。それだけに、聖書に魚の名称が出てこないことに一種の不思議さを感じる。
魚ほどではないが、鳥類の名称も聖書には数が少ない。此処では聖書の鳥類の中での雀の位置を日本と比較しつつ考えて見たいと思う。先ず、聖書の中に描かれる全ての鳥類の名称を登場頻度の高い順に並べて、それぞれの鳥に対擦る当時の人々の意識を探ることにする。但し此処では単なる単語の「鳥」は除外することにした。名称に拘った。その上で聖書時代の人々の雀に対する意識を明確化しようと思う。
(聖書に登場する猛禽類)
Pat Alexander Baの編集による聖書百科事典、いのちのことば社1980年発行の14ページと15ページに従えば、鳥類は猛禽類、食用、外来鳥の三つに分類している。それは猛禽類としてワシ(ハゲワシを含む)、フクロウ、カラスの三種。食用としてはハト、スズメ、ウズラ、シャコの四種。外来鳥としてはツル、コウノトリ、クジャクの三種である。百科事典には聖書には合計10種類の鳥類が登場しているとしている。これに基づきその上で本文から聖書時代の人々のそれぞれの鳥に対する認識や感じ方を調査したい。「聖詩の詩」では三回に分けて調査記録を発表した。第一回の本稿では猛禽類を取り上げた。
(猛禽類)
聖書における猛禽類の登場頻度順は下記であった。鷲が最高の頻度であった。鷲は聖書の鳥類の中でも高頻度の鳥であった。
ワシ(ハゲワシを含む)―35回
カラス―11回
フクロウ―7回
<<Ⅰ>>鷲
35回の鷲の位置は下記であった。それぞれ本文の鷹の様態を簡単に述べた。
●出エジプト記には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・19-4には「貴方を鷲の翼に乗せて」とある。
鷲は人を運ぶ鳥類と思われていた。
●レビ記には35回の鷲の内、2回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・11-13には「鳥類のうちで食べることができない禿鷲、ヒゲ鷲、黒禿鷲」とある。
鷲は食用鳥類ではなかった。
・11-16には「鳥類のうちで食べることができない鷲みみずく」とある。
●申命記には35回の鷲の内、4回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・14-12には「食べてはならない禿鷲、ヒゲ鷲、黒禿鷲」とある。
・には「食べてはならない鷲みみずく」とある。
レビ記にも申命記にも鷲は食べるなと禁止している。
・には「主は鷲が飛びいかかるように貴方に差し向けられる」とある。
鷲の飛翔速度の速さを当時の人々は感じていた。
・には「鷲に乗せて運ぶように」とある。
鷲は人などを運べる鳥であると想像していたようである。
●サムエル記には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・には「サウルとヨナタンは鷲より速い」とある。
此処でも鷲の飛翔速度の速さを表現している。
●ヨブ記には35回の鷲の内、3回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・9-26には「獲物を襲う鷲のように速い」とある。
此処でも鷲の飛翔速度の速さを表現している。
・39-27には「鷲が高いところに巣を作る」とある。
鷲は高いところに営巣していたことを人々は知っていた。鷲の生態に対する一定の知識があった。
・39-28には「鷲は岩場に住む」とある。
鷲は高い木は岩窪に生活していた。人々は鷲の生態に対する一定の知識があった。
●詩編には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・103-5には「鷲のように若い」とある。
鷲は速さや若さのシンボルとしての鳥であった。
●箴言には35回の鷲の内、3回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・23-5には「目をそらすや否や、富は消える。鷲のように翼をはやして天に飛び去る」とある。
富の散逸は一瞬である。それを鷲の飛翔の速度で比ゆ的に表現している。
・30-17には「父を嘲笑い、母への従順を侮る者の目は谷の鳥がえぐりだし、鷲の雛がついばむ」とある。
鷲の雛が目玉を啄ばむとしている。比喩的なお話ではあるが、鷲の雛にまでの観察が及んでいた。
・30-19には「天にある鷲の道、岩の上の蛇の道、大海の中の船の道」とある。
人々は鷲が常に飛んでいる空の道をしていたのであろう。
●イザヤ書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・40-31には「望みを持つ人は鷲のように翼をはっている」とある。
望みを抱く人は想像の翼をもっていると思われていた。NHKの朝の連続ドラマ「アンと花子」の中で主人公が「想像の翼を広げる」のセリフがあった。聖書のこの部分の引用であろう。
●エレミヤ書には35回の鷲の内、4回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4-13には「戦車はつむじ風のようで、馬は鷲よりも早い」とある。
此処でも鷲の飛翔の速さを表現している。
・48-40には「敵は鷲のように飛んでくる」とある。
鷲の速さを描写している。
・49-16には「鷲の巣は高い」とある。
高い所に営巣していることが知られていた。
・49-22には「敵は鷲のように舞いあがり」とある。
●哀歌には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・には「私にせまるものは鷲より速い」とある。
鷲の速さを描写している。
●エゼキエル書には35回の鷲の内、5回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・1-10には「人間の顔のようであり、四つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、そして四つとも後ろに鷲の顔を持っていた」とある。
・10-14には「ケルビムには四つの顔がある。第一の顔はケルビムの顔、第二の顔は人間の顔、第三の顔は獅子の顔、第四は鷲の顔をもつ」とある。ケルビムはガンダムという別称がある。中年日本人はガンダム世代とも呼ばれている。負け戦を知らない漫画で育てられた。同時に日本が世界で一番強力な国であるとどこかで過信している世代でもあるといわれている。
・17-3には「大鷲がレバノンに来る」とある。
・17-6には「葡萄の木は大鷲のほうに向かって伸びる」とある。
鷲は葡萄に関心を抱いていたと考えられていた。
・17-7には「葡萄の木の根は大鷲に向かって伸びる」とある。
●ダニエル書には35回の鷲の内、2回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4-30には「ネブカドネザルの毛は鷲の羽のように」とある。
・7-4には「獅子のようであったが鷲の翼が生えていた」とある。
●ホセア書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・には「鷲のように家を襲うものがいる」とある。
鷲は猛禽類らしく人家にでも襲いかかると考えられていた。
●オハディア書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4には「鷲のように高く飛び」とある。
●ハバクク書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・1-8には「獲物に襲いかかる鷲のように」とある。
●ヨハネの黙示録には35回の鷲の内、3回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4-7には「第四の生き物は鷲のであった」とある。
・8-13には「鷲が空高く飛ぶ」とある。
・12-4には「女に鷲の翼が与えられた」とある。
(聖書の中の鷲の調査で判明した事項)
<1> 鷲は鳥類でも高い頻度
聖書には漢字「鷲」は35回発見された。
<2>人をも乗せる想像を掻き立てる鳥類
鷲は人間をも乗せることができると想像されていた。
<3>速さ
鷲はその飛翔スピードが速いと考えられていた。
<4>営巣場所
鷲は高い所で営巣すると考えられていた。
<5>鷲は軍隊の象徴
現在でも米軍のマークは鷲である。聖書の影響があると考えられる。
<6>鷲への豊かな人々のイメージ
聖書は雀は食用として扱われるだけであり売買の対象でしかなかった。しかし、当時の人々は鷲は雀よりも幅広いイメージを抱いていた。
<<Ⅱ>>フクロウ
聖書の中の梟は漢字の「梟」ではなく、ひらがなで「ふくろう」と表記している。聖書には7回の「ふくろう」が発見された。回数においては鷲と比べれば非常に少ない。その位置は下記である。
●レビ記には2回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・11-17には「森ふくろう、糸みみずく、大このはずく」とある。
・11-18には「小きんめふくろう、このはずく、みさご」とある。
●申命記に1回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・14-16には「森ふくろう、大このはずく、小きんめふくろう」とある。
●詩篇には1回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・102-007には「荒野のみみずく、廃墟のふくろう」とある。
が
●イザヤ書には2回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・34-11には「ふくろうとやまあらしがその土地を奪いみみずくと鳥がそこに住む。主はその上に測り縄として張り、空虚を錘としさげられる」とある。
・34-15には「ふくろうはそこに巣を作って卵をうみ卵をかえして、雛を翼の陰に集める。そこに、鳶も雄も雌も集まる」とある。
●ゼファニア書には1回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・2-14には「あそこにはあらゆる獣が群れをなして伏せている。ふくろうとやまあらしは柱頭に宿りその声は窓にまでこだます。杉板ははがされて、荒廃は敷居に及ぶ」とある。
(聖書の中の「梟」の調査で判明した事項)
<1>梟は低頻度語
猛禽類「ふくろう」は聖書には7回しか発見できない。鷲の36回に比べれば極めて頻度が低い単語であり、ふくろうは聖書にはなじみの薄い鳥類である。
<2>ふくろうと人間との関係
聖書でふくろうが描写されている地域は荒野、廃墟、柱頭などであり、荒涼とした地域がその登場場面であった。ふくろうの生活圏は人間には物悲しい地域であり繁栄や喧騒とは無縁の鳥類である。
<3>家の荒廃で最後に残留するもの
ふくろうとやまあらしは柱頭に宿りその声は窓にまでこだます。杉板ははがされて、荒廃は敷居に及ぶ」とあるが、廃墟は敷居にまで及ぶということは敷居によほど当時の人々は深い関心があったと推定できる。また、この一文で当時の家屋構造の一端を推量ることが可能である。梟は廃墟がよく似合う鳥類であった。
<4>百科事典に掲載されていなかった猛禽類
Pat Alexander Baの編集による聖書百科事典、いのちのことば社1980年発行の14ページと15ページには猛禽類としてワシ(ハゲワシを含む)、フクロウ、カラスの三種を挙げているが、それ以外にも聖書に猛禽類を発見できた。それはこのはずく、みみずく、鳶、やまあらし、みさごである
<5>空の怪物みさご
みさごは英語でオスプレー。飛行機とヘリコプターと機能を持つ機種として開発された。上空から獲物の狙いを定めて急襲する姿が兵器開発の発端となった。みさごのように敵をとどまる上空から急襲出来たらなあという願望から生まれた機種である。
<6>敵への急襲
米軍の軍章は鷲である。鷲は猛禽類の中では聖書に高いい頻度で出てくる。鷲もそうであるが、みさごも敵に気がつかれない内に急襲するのがその大きな取り柄である。急襲が米軍の理想戦闘形態であることがこのことからわかる。戦争の前には相互に名を名乗るのが日本では礼儀であるが、米軍ではそれはない。いきなり突撃するのがその特徴なのだろう。
<<Ⅲ>>烏
聖書に出てくる「からす」はすべて漢字の「烏」で表記されている。漢字には「鴉」もあるが、「鴉」ではない。「烏」の回数は全部で11回。猛禽類では鷲がトップで、鷲がことに目立ったが、梟と烏が鷲に次ぐ。それぞれの回数は下記の結果であった。
鷲―36回
烏―11回
梟―7回
なお、聖書の中の烏の分布位置は下記である。
●創世記ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・8-7には「ノアの方舟から烏を放した」とある。
ノアの方舟に烏はえらばれていたのであるから、忌み嫌う鳥類ではなかった。
●レビ記ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・11-15には「鳥の類」とある。
●申命記ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・14-14には「鳥の類」とある。
●列王記上ではからすは2回発見できた。その位置は下記である。
・17-4には「その川の水を飲むがよい。私は烏に命じて、そこで貴方を養わせる」とある。
・17-6には「数羽の烏が彼に、朝、パンと肉とを、また夕べにもパンと肉とを運んできた。水はその川から飲んだ」とある。
日本では烏は縁起が悪いと思われがちな鳥類であるが、聖書では人間生活と烏とは至近距離であったことがうかがえる。
●ヨブ書ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・38-41には「誰が烏の為に餌を置いてやるのか、その雛が神に向かって鳴き、食べ物を求めて迷い出るとき」とある。
烏に対する当時の人々の一定の憐憫の情が見える。
●詩篇ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・147-9には「獣や烏のたぐいを求めて鳴けば、主がお与えになる」とある。
烏といえども生ある鳥類としての扱いが見える。
●箴言ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・30-17には「父を嘲笑い、母への従順を侮る者の目は谷の烏がえぐりだし、鷲の雛が啄ばむ」とある。
人間の眼球を烏が抉り出すという。聖書には猛禽類らしき烏の姿もある。
●雅歌ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・5-11には「頭は純金で髪はふさふさと烏の羽のように黒い」とある。
日本では烏の羽のごとき黒髪とは言わない。聖書時代のほうが人間と烏との心理的距離は短かったことがうかがえる。
●イザヤ書ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・34-11には「梟とやまあらしがその土地を奪い、みみずくと烏がそこに住む。主はその上に混乱を測り縄として張り空虚を錘として下げられ」とある。
混沌とした世界を烏の動態を観察しながら描いている。
●ルカ伝ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・12-24には「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなた方は、烏よりもどれほど価値があることか」とある。
欲深く蓄えることをやめて神に供えることの大切さを烏の生態から民衆に解き明かそうといている。
(聖書に出てくる烏の調査で判明した事項)
<1> 猛禽類の中で烏は鷲に次ぐ
聖書には猛禽類として主として鷲、梟、烏、が登場したがその登場頻度は第一位は鷲―36回、第二位は烏―11回、第三位は梟―7回であった。鷲が突出していたが、鷲の次は烏であった。
<2> ノアの方舟の乗船者
烏はノアの方舟の乗船者の一羽であり、決して忌み嫌われる鳥類ではなかったと考えられる。日本では古今東西烏は不吉な鳥類として感じられるのが一般的である。日本の烏に対する感じ方と大きな違いである。
<3>烏の高い知能
列王記上17-4には「その川の水を飲むがよい。私は烏に命じて、そこで貴方を養わせる」とある。また、続けて17-6には「数羽の烏が彼に、朝、パンと肉とを、また夕べにもパンと肉とを運んできた。水はその川から飲んだ」とある。この二つの文章から烏は高い知能を備える鳥類として考えられていた。現代社会でも烏の知能の高さは評価されているが、すでに烏の知能の高さに関する認識は聖書時代からあったと考えられる。
<4>人も烏も神の造形
ルカ伝12-24には「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなた方は、烏よりもどれほど価値があることか」とある。烏も人も神の造形物として並列させて描写している。また、烏を見習えと教えを説いている。此処でも烏は忌み嫌う鳥類として扱っていない。
俳句では雀は季語にはならない。しかし、「雀の子」は初夏には雀の繁殖期になるので、夏の季語になる。日本列島の雀の数が年々減少している。昭和と比べて平成は随分減少した。まだまだ減少するであろう。近い将来日本では雀が珍鳥になるとまで言われ始めている。雀減少の原因は大気汚染ではない。日本の家屋構造の激変であるといわれている。
日本の住宅が都心部のマンションやアパート等コンクリートになって住宅から瓦が消滅したからだ。瓦屋根は雀の大切な営巣地であった。その営巣地が消滅し続けているからだ。その上、一戸建ての住宅でも瓦屋根が消滅している。瓦屋根からスレート葺の屋根に急変してしまったからである。
雀も燕も人間との、殊に日本人との距離は古代から極めて近い。彼らは日本人に近づくことで安全圏内に入ることが出来ると信じている。彼らは人間に接近することにより鴉や鳶などの猛禽類から逃れることを知っている。しかし、その日本人の住宅から瓦屋根が消滅しているので、彼らは営倉場所を失ってしまった。それが雀が日本列島から急減している主因であると言われている。将来は屋根に設えるソーラーパネルも雀を減らす要因となるであろう。
時代の流れと言えども、何とも寂しい話である。人と人と別れるのは寂しいことだが、人と野生動物と離れることも寂しいものである。何故、瓦屋根が消滅したのか。どうやら、この変化は日本列島の気候変動と間接的に関係があるようだ。それは、台風が日本列島に上陸する頻度が高まったこと。また、台風の風力が大きくなったことによるのであろう。
平成に入って民家の屋根瓦がスレート葺に急速に変化した。住宅メーカーが台風対策を考え始めたからである。昭和の高度経済成長時代頃はまだまだ瓦屋根が多く台風が来るたびに紙切れの如くかわらが飛び散っていたのを目撃したことがある。風速20m程度で瓦が空に飛ぶようになるといわれている。平成に入ると風速30mの台風上陸するようになった。そうなると瓦葺の屋根が耐えられるはずが無い。気候変動が日本の住宅構造を変化させ、そしてそのことが人間と雀との距離を大きくしてしまったと考える事ができるであろう。
どんな現象でも例外がある。京都は寺院の数が他の都市に比べて圧倒的に多い。幸いにも寺院には瓦屋根が残留している。京都では狭小化する雀の生活空間を寺院の瓦屋根が何とか守護しているようだ。作品「自転車のハンドル雀の子がとまる」は寺の傍にある駐輪場で生まれた作品。寺の傍の駐輪場には沢山のすずめが居た。自転車の荷台にも雀の子がいたので初めは「自転車の荷台に雀の子がとまる」としたのであるが、「自転車のハンドル雀の子がとまる」のほうが雀の人間への信頼心が表現できるので「ハンドル」にした。
聖書には不思議なほど魚類の名称が出てこない。我々日本人は長大な海岸線と、無数の河川に恵まれ古代から動物たんぱく質を魚介類から摂取してきた。それだけに、聖書に魚の名称が出てこないことに一種の不思議さを感じる。
魚ほどではないが、鳥類の名称も聖書には数が少ない。此処では聖書の鳥類の中での雀の位置を日本と比較しつつ考えて見たいと思う。先ず、聖書の中に描かれる全ての鳥類の名称を登場頻度の高い順に並べて、それぞれの鳥に対擦る当時の人々の意識を探ることにする。但し此処では単なる単語の「鳥」は除外することにした。名称に拘った。その上で聖書時代の人々の雀に対する意識を明確化しようと思う。
(聖書に登場する猛禽類)
Pat Alexander Baの編集による聖書百科事典、いのちのことば社1980年発行の14ページと15ページに従えば、鳥類は猛禽類、食用、外来鳥の三つに分類している。それは猛禽類としてワシ(ハゲワシを含む)、フクロウ、カラスの三種。食用としてはハト、スズメ、ウズラ、シャコの四種。外来鳥としてはツル、コウノトリ、クジャクの三種である。百科事典には聖書には合計10種類の鳥類が登場しているとしている。これに基づきその上で本文から聖書時代の人々のそれぞれの鳥に対する認識や感じ方を調査したい。「聖詩の詩」では三回に分けて調査記録を発表した。第一回の本稿では猛禽類を取り上げた。
(猛禽類)
聖書における猛禽類の登場頻度順は下記であった。鷲が最高の頻度であった。鷲は聖書の鳥類の中でも高頻度の鳥であった。
ワシ(ハゲワシを含む)―35回
カラス―11回
フクロウ―7回
<<Ⅰ>>鷲
35回の鷲の位置は下記であった。それぞれ本文の鷹の様態を簡単に述べた。
●出エジプト記には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・19-4には「貴方を鷲の翼に乗せて」とある。
鷲は人を運ぶ鳥類と思われていた。
●レビ記には35回の鷲の内、2回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・11-13には「鳥類のうちで食べることができない禿鷲、ヒゲ鷲、黒禿鷲」とある。
鷲は食用鳥類ではなかった。
・11-16には「鳥類のうちで食べることができない鷲みみずく」とある。
●申命記には35回の鷲の内、4回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・14-12には「食べてはならない禿鷲、ヒゲ鷲、黒禿鷲」とある。
・には「食べてはならない鷲みみずく」とある。
レビ記にも申命記にも鷲は食べるなと禁止している。
・には「主は鷲が飛びいかかるように貴方に差し向けられる」とある。
鷲の飛翔速度の速さを当時の人々は感じていた。
・には「鷲に乗せて運ぶように」とある。
鷲は人などを運べる鳥であると想像していたようである。
●サムエル記には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・には「サウルとヨナタンは鷲より速い」とある。
此処でも鷲の飛翔速度の速さを表現している。
●ヨブ記には35回の鷲の内、3回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・9-26には「獲物を襲う鷲のように速い」とある。
此処でも鷲の飛翔速度の速さを表現している。
・39-27には「鷲が高いところに巣を作る」とある。
鷲は高いところに営巣していたことを人々は知っていた。鷲の生態に対する一定の知識があった。
・39-28には「鷲は岩場に住む」とある。
鷲は高い木は岩窪に生活していた。人々は鷲の生態に対する一定の知識があった。
●詩編には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・103-5には「鷲のように若い」とある。
鷲は速さや若さのシンボルとしての鳥であった。
●箴言には35回の鷲の内、3回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・23-5には「目をそらすや否や、富は消える。鷲のように翼をはやして天に飛び去る」とある。
富の散逸は一瞬である。それを鷲の飛翔の速度で比ゆ的に表現している。
・30-17には「父を嘲笑い、母への従順を侮る者の目は谷の鳥がえぐりだし、鷲の雛がついばむ」とある。
鷲の雛が目玉を啄ばむとしている。比喩的なお話ではあるが、鷲の雛にまでの観察が及んでいた。
・30-19には「天にある鷲の道、岩の上の蛇の道、大海の中の船の道」とある。
人々は鷲が常に飛んでいる空の道をしていたのであろう。
●イザヤ書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・40-31には「望みを持つ人は鷲のように翼をはっている」とある。
望みを抱く人は想像の翼をもっていると思われていた。NHKの朝の連続ドラマ「アンと花子」の中で主人公が「想像の翼を広げる」のセリフがあった。聖書のこの部分の引用であろう。
●エレミヤ書には35回の鷲の内、4回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4-13には「戦車はつむじ風のようで、馬は鷲よりも早い」とある。
此処でも鷲の飛翔の速さを表現している。
・48-40には「敵は鷲のように飛んでくる」とある。
鷲の速さを描写している。
・49-16には「鷲の巣は高い」とある。
高い所に営巣していることが知られていた。
・49-22には「敵は鷲のように舞いあがり」とある。
●哀歌には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・には「私にせまるものは鷲より速い」とある。
鷲の速さを描写している。
●エゼキエル書には35回の鷲の内、5回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・1-10には「人間の顔のようであり、四つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、そして四つとも後ろに鷲の顔を持っていた」とある。
・10-14には「ケルビムには四つの顔がある。第一の顔はケルビムの顔、第二の顔は人間の顔、第三の顔は獅子の顔、第四は鷲の顔をもつ」とある。ケルビムはガンダムという別称がある。中年日本人はガンダム世代とも呼ばれている。負け戦を知らない漫画で育てられた。同時に日本が世界で一番強力な国であるとどこかで過信している世代でもあるといわれている。
・17-3には「大鷲がレバノンに来る」とある。
・17-6には「葡萄の木は大鷲のほうに向かって伸びる」とある。
鷲は葡萄に関心を抱いていたと考えられていた。
・17-7には「葡萄の木の根は大鷲に向かって伸びる」とある。
●ダニエル書には35回の鷲の内、2回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4-30には「ネブカドネザルの毛は鷲の羽のように」とある。
・7-4には「獅子のようであったが鷲の翼が生えていた」とある。
●ホセア書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・には「鷲のように家を襲うものがいる」とある。
鷲は猛禽類らしく人家にでも襲いかかると考えられていた。
●オハディア書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4には「鷲のように高く飛び」とある。
●ハバクク書には35回の鷲の内、1回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・1-8には「獲物に襲いかかる鷲のように」とある。
●ヨハネの黙示録には35回の鷲の内、3回の鷲が発見された。その位置は下記である。
・4-7には「第四の生き物は鷲のであった」とある。
・8-13には「鷲が空高く飛ぶ」とある。
・12-4には「女に鷲の翼が与えられた」とある。
(聖書の中の鷲の調査で判明した事項)
<1> 鷲は鳥類でも高い頻度
聖書には漢字「鷲」は35回発見された。
<2>人をも乗せる想像を掻き立てる鳥類
鷲は人間をも乗せることができると想像されていた。
<3>速さ
鷲はその飛翔スピードが速いと考えられていた。
<4>営巣場所
鷲は高い所で営巣すると考えられていた。
<5>鷲は軍隊の象徴
現在でも米軍のマークは鷲である。聖書の影響があると考えられる。
<6>鷲への豊かな人々のイメージ
聖書は雀は食用として扱われるだけであり売買の対象でしかなかった。しかし、当時の人々は鷲は雀よりも幅広いイメージを抱いていた。
<<Ⅱ>>フクロウ
聖書の中の梟は漢字の「梟」ではなく、ひらがなで「ふくろう」と表記している。聖書には7回の「ふくろう」が発見された。回数においては鷲と比べれば非常に少ない。その位置は下記である。
●レビ記には2回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・11-17には「森ふくろう、糸みみずく、大このはずく」とある。
・11-18には「小きんめふくろう、このはずく、みさご」とある。
●申命記に1回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・14-16には「森ふくろう、大このはずく、小きんめふくろう」とある。
●詩篇には1回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・102-007には「荒野のみみずく、廃墟のふくろう」とある。
が
●イザヤ書には2回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・34-11には「ふくろうとやまあらしがその土地を奪いみみずくと鳥がそこに住む。主はその上に測り縄として張り、空虚を錘としさげられる」とある。
・34-15には「ふくろうはそこに巣を作って卵をうみ卵をかえして、雛を翼の陰に集める。そこに、鳶も雄も雌も集まる」とある。
●ゼファニア書には1回のふくろうが発見され、その位置は下記。
・2-14には「あそこにはあらゆる獣が群れをなして伏せている。ふくろうとやまあらしは柱頭に宿りその声は窓にまでこだます。杉板ははがされて、荒廃は敷居に及ぶ」とある。
(聖書の中の「梟」の調査で判明した事項)
<1>梟は低頻度語
猛禽類「ふくろう」は聖書には7回しか発見できない。鷲の36回に比べれば極めて頻度が低い単語であり、ふくろうは聖書にはなじみの薄い鳥類である。
<2>ふくろうと人間との関係
聖書でふくろうが描写されている地域は荒野、廃墟、柱頭などであり、荒涼とした地域がその登場場面であった。ふくろうの生活圏は人間には物悲しい地域であり繁栄や喧騒とは無縁の鳥類である。
<3>家の荒廃で最後に残留するもの
ふくろうとやまあらしは柱頭に宿りその声は窓にまでこだます。杉板ははがされて、荒廃は敷居に及ぶ」とあるが、廃墟は敷居にまで及ぶということは敷居によほど当時の人々は深い関心があったと推定できる。また、この一文で当時の家屋構造の一端を推量ることが可能である。梟は廃墟がよく似合う鳥類であった。
<4>百科事典に掲載されていなかった猛禽類
Pat Alexander Baの編集による聖書百科事典、いのちのことば社1980年発行の14ページと15ページには猛禽類としてワシ(ハゲワシを含む)、フクロウ、カラスの三種を挙げているが、それ以外にも聖書に猛禽類を発見できた。それはこのはずく、みみずく、鳶、やまあらし、みさごである
<5>空の怪物みさご
みさごは英語でオスプレー。飛行機とヘリコプターと機能を持つ機種として開発された。上空から獲物の狙いを定めて急襲する姿が兵器開発の発端となった。みさごのように敵をとどまる上空から急襲出来たらなあという願望から生まれた機種である。
<6>敵への急襲
米軍の軍章は鷲である。鷲は猛禽類の中では聖書に高いい頻度で出てくる。鷲もそうであるが、みさごも敵に気がつかれない内に急襲するのがその大きな取り柄である。急襲が米軍の理想戦闘形態であることがこのことからわかる。戦争の前には相互に名を名乗るのが日本では礼儀であるが、米軍ではそれはない。いきなり突撃するのがその特徴なのだろう。
<<Ⅲ>>烏
聖書に出てくる「からす」はすべて漢字の「烏」で表記されている。漢字には「鴉」もあるが、「鴉」ではない。「烏」の回数は全部で11回。猛禽類では鷲がトップで、鷲がことに目立ったが、梟と烏が鷲に次ぐ。それぞれの回数は下記の結果であった。
鷲―36回
烏―11回
梟―7回
なお、聖書の中の烏の分布位置は下記である。
●創世記ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・8-7には「ノアの方舟から烏を放した」とある。
ノアの方舟に烏はえらばれていたのであるから、忌み嫌う鳥類ではなかった。
●レビ記ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・11-15には「鳥の類」とある。
●申命記ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・14-14には「鳥の類」とある。
●列王記上ではからすは2回発見できた。その位置は下記である。
・17-4には「その川の水を飲むがよい。私は烏に命じて、そこで貴方を養わせる」とある。
・17-6には「数羽の烏が彼に、朝、パンと肉とを、また夕べにもパンと肉とを運んできた。水はその川から飲んだ」とある。
日本では烏は縁起が悪いと思われがちな鳥類であるが、聖書では人間生活と烏とは至近距離であったことがうかがえる。
●ヨブ書ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・38-41には「誰が烏の為に餌を置いてやるのか、その雛が神に向かって鳴き、食べ物を求めて迷い出るとき」とある。
烏に対する当時の人々の一定の憐憫の情が見える。
●詩篇ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・147-9には「獣や烏のたぐいを求めて鳴けば、主がお与えになる」とある。
烏といえども生ある鳥類としての扱いが見える。
●箴言ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・30-17には「父を嘲笑い、母への従順を侮る者の目は谷の烏がえぐりだし、鷲の雛が啄ばむ」とある。
人間の眼球を烏が抉り出すという。聖書には猛禽類らしき烏の姿もある。
●雅歌ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・5-11には「頭は純金で髪はふさふさと烏の羽のように黒い」とある。
日本では烏の羽のごとき黒髪とは言わない。聖書時代のほうが人間と烏との心理的距離は短かったことがうかがえる。
●イザヤ書ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・34-11には「梟とやまあらしがその土地を奪い、みみずくと烏がそこに住む。主はその上に混乱を測り縄として張り空虚を錘として下げられ」とある。
混沌とした世界を烏の動態を観察しながら描いている。
●ルカ伝ではからすは1回発見できた。その位置は下記である。
・12-24には「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなた方は、烏よりもどれほど価値があることか」とある。
欲深く蓄えることをやめて神に供えることの大切さを烏の生態から民衆に解き明かそうといている。
(聖書に出てくる烏の調査で判明した事項)
<1> 猛禽類の中で烏は鷲に次ぐ
聖書には猛禽類として主として鷲、梟、烏、が登場したがその登場頻度は第一位は鷲―36回、第二位は烏―11回、第三位は梟―7回であった。鷲が突出していたが、鷲の次は烏であった。
<2> ノアの方舟の乗船者
烏はノアの方舟の乗船者の一羽であり、決して忌み嫌われる鳥類ではなかったと考えられる。日本では古今東西烏は不吉な鳥類として感じられるのが一般的である。日本の烏に対する感じ方と大きな違いである。
<3>烏の高い知能
列王記上17-4には「その川の水を飲むがよい。私は烏に命じて、そこで貴方を養わせる」とある。また、続けて17-6には「数羽の烏が彼に、朝、パンと肉とを、また夕べにもパンと肉とを運んできた。水はその川から飲んだ」とある。この二つの文章から烏は高い知能を備える鳥類として考えられていた。現代社会でも烏の知能の高さは評価されているが、すでに烏の知能の高さに関する認識は聖書時代からあったと考えられる。
<4>人も烏も神の造形
ルカ伝12-24には「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなた方は、烏よりもどれほど価値があることか」とある。烏も人も神の造形物として並列させて描写している。また、烏を見習えと教えを説いている。此処でも烏は忌み嫌う鳥類として扱っていない。