新緑の寺に写経の墨香る 紅日2013年7月号
初夏、薫風の季節になった。新しい力がみなぎる季節だ。力がみなぎるのは結構だが、日本の新緑は暗い木下闇のようで息が詰まりそうな新緑。予想通りにTPP加盟は日本の安全保障を人質にとられながら丸呑みにされるようだ関税全面撤廃で決着だ。日本の政治家は交渉に疲れたような振りをしているが、はじめから決まっていた話であり、日米交渉に疲れたというのは政治家特有の嘘だ。それぐらい見破られないおろかな国民ではない。
日米安全保障において日本人が期待する尖閣諸島の安全でないことは最近の日米中関係で次第に明白になっている。アメリカの狙いは日本の自衛隊のウクライナ進軍であって尖閣諸島の安全保障ではないことがあきらかになりつつある。だからこそアメリカは日本の集団的自衛権内閣決定を大歓迎している。この戦争は長くなる。宗教戦争がらみは何十年も何百年も続くのが常識である。そして国家経済も国民生活も破壊されるというのが常識である。
世界史において宗教戦争は戦争当事国が崩壊することはしばしばあった。朝鮮戦争時で朝鮮人の人口の三分の一がキリスト教に改宗したごとく、日本では平穏時にマスコミでユダヤ教やキリスト教に改宗させられている。布教活動と植民地支配と同時進行であった。いずれにしろ激動期に一気に改宗させるのが戦略である。朝鮮戦争をも含めて、すでに東アジアは広い意味では十字軍遠征に組み込まれている。
NHKドラマ「八重の桜」「花子とアン」「黒田官兵衛」で日本全域でキリスト教やユダヤ教が浸透させられている。今後NHKも民法もユダヤ教キリスト教布教ドラマを展開するであろう。それはウクライナ参戦への準備でもある。精神的準備だ。だからこそ財政危機のアメリカが日本の集団的自衛権を支持している。日本は今までのような戦後経済を期待できないであろう。国の存亡をかけた戦争になることは必至だからだ。
17世紀の東インド会社即ちユダヤキリスト教連合が南アジアや東南アジアを植民地にしたように20世紀から21世紀にかけて東アジアにまでその勢力を広げているのと同じだ。彼らの現今の東アジアの行動は南アジアや東アジアでの植民地支配行動と同じである。従って日米安保は日本人が期待している国土の安全保障ではない。全く異なる安保条約だ。敬虔なキリスト教徒であり、自民党幹事長の石破氏が「地球の裏側でも集団自衛権で自衛隊が出動する」と言うのはその意味であろう。口が滑ったのだ。ウクライナを隠すために地球の裏側までとしたまでだ。
世界最大の小麦地帯である、チェルノーゼの沃土を支配すれば世界人類の胃袋を支配することになる。胃袋を支配することは世界を支配することだ。世界の資本びた一文をも支配する野望である。その行為が主の御心に叶う行為であるとユダヤ教もキリスト教も説いている。ウクライナは21世紀の聖書で言う「蜜とミルクのしたたる地」である。
聖書の「蜜とミルクの滴る地」はカナンだけではない。その時代で日本であったり、ベトナムであったり、中国であったりする。そして21世紀の長い長い戦争はウクライナの蜜とミルクを求めると同時に世界金融資本を完璧に支配することであるのは明白だ。
この旨味をアメリカキリスト教ユダヤ教連合政府が看過するはずが無い。デモ隊に対してであろうと国家に対してであろうと、いかなる勢力に対してでも膨大な資本をも投入し懐柔し世界最大の農業地域ウクライナを手に入れるのは当然の流れであろう。集団的自衛権はこのことを念頭に入れたアメリカ政府の歓迎であることは明白だ。
21世紀の日本にまで及ぶ暗い「新緑の寺に写経の墨香る」であるが、聖書で香の実態を追求しつつ。人類にとって経済活動とは何なのかを考えてみたい。少なくとも経済とは人類一人ひとりが協力自立してが大地に足を踏ん張って生きる行為である。世界中の資本や財産を独り占めにし人類の胃袋を支配しつつ国際金融を支配することが経済活動ではない。そんなことを念頭に入れて調査を進めたい。
<巻別の香の分布>
●創世記には香が4箇所に発見される。それは以下である。
・8-21には「主は宥の香りをかいで」とあり、大地の香り。宥(なだ)めの香りはどのような香りか理解が難しい。心を穏やかにする香りであろうか。
・27-27には「子供の匂いは野の香り」とある。野の香である。野には子供のような様な匂いを人々は感じていた。
・37-25には「乳香」とあり、それは。香料の一種。樹木から樹脂が流れると乳白色となるので乳香。
・43-11には「乳香」とある。樹脂が香となる、乳白色の樹脂なので乳香。
●出エジプト記には香が26箇所に発見される。それは以下である。
・25-6には「聖別の香料」とあり、それは香料である。
・29-18には「燃やしてささげる宥め(なだめの香り)」とあり、それは自然の厳しさを宥めようとする香りである。厳しい医師膳の存在を深く認識していたことが読み取れる。
・29-25には「主を宥める香り」とあり、それは香りは主へのささげ物
・29-41には「主にささげる宥める香り」とあり、それは香りは主へのささげ物
・30-1には「アカシア材を燃やす香」とあり、それは香の一種。アカシヤを燃やしてこうにしていた。
・30-7には「香草の香を焚く」とあり、それは香料にする草があった。
・30-8には「祭壇で香草の香を焚いた」とあり、それは香料に草を利用していた。
・30-9には「祭壇で香草の香を焚いた」とあり、それは香料に草を利用していた。
・30-10には「香や焼き尽くすものが無い」とある。髪に香を焚き生贄を燃やしその香りを献上しなければならなかった。
・30-23には「香のミルラは500シケル、シナモンをその半量250シケル、菖蒲は250シ
ケル」とあり、それはほぼ同価値の香料であった。
・30-25には「香料師の混ぜ合わせ方」とある。香料師の職業があった。配合法と混合法にその高度な技術があった。
・30-27には「香料を焚く祭壇」とあり、祭壇は香料を燃や場であった。
・30-34には「ナタフ、シェヘレト、へルベナ、ナフタ香、乳香がある」とあり、香料の種類を列挙している。
・30-35には「香料師の混ぜ合わせ方を学びなさい」とある。香料師は当時重要職業であった。。人々は香料の配合の仕方と混合の仕方を学んだ
・30-37[「主の考慮の割合と使用に使うな」とし香料を公用私用を区分している。
・30-38には「香りを単に楽しもうとするものはすべてその民からはずされる」とあり、香りを個人的に楽しむものではなかった。
・31-8には「香を焚く祭壇とあり・香焚きようの祭壇が存在した。
・31-11には「聖所で香ばしい」とあり聖所は香ばしき空間であった。
・35-8には「香草があった
・35-08には「香料の祭壇」とあり、香料を燃やす専用祭壇があった。
・35-15には「香を焚く祭壇」とあり香を焚く専用の祭壇があった。
・37-29には「香料師の混ぜ合わせ方」香料師の職業があった。混ぜ合わせ方に技術があった。
・39-38には「香草の香」があった。
・40-5には「掟の箱の今に香を焚く金の祭壇があった。香を焚く祭壇は大切なものであったことが読み取れる。
・40-27には「香草の香」とあり。香草の存在が確かめられる。最近日本では鶏肉の香草焼が流行している。トヨタ自動車にもノアと言う名称の車を発売している。日本にユダヤ教文化の影響が急速に拡がっている。
●レビ記には香が27箇所に発見される。それは以下である。
・1-9には「燃やし主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・1-13には「燃やし主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・1-17には「燃やし主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・2-1には「小麦粉にオリーブオイルを注ぎ、更に乳香を載せる」とある。小麦粉にオリーブオイルと白化した樹液をかけた。当時の人々は小麦の香りに注力していたことが見える。
・2-2には「主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・2-9には「主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。なだめの香りは高頻度で発見される。注目される。
・2-12には「宥めの香りとして祭壇にささげる」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・2-15には「小麦粉にオリーブオイルを注ぎ、更に乳香を載せる」とある。小麦の香りに注意を払っていた。この香りも主に対する宥めの香りである。
・2-16には「宥めの香り」とある。宥めの香りは高い頻度で発見された。
・3-5には「宥めの香り」とある。「宥めの香り」は実に多い。
・3-16には「宥めの香り」とある。「宥めの香り」は実に多い。
・4-7には「香をたく祭壇」とある。香は祭壇の上でたかれた。
・4-31には「主を宥める香り」とある。「宥めの香り」は実に多い。
・5-11には「贖罪の奉げ物には小麦粉の上に乳香を載せない」とある。
・6-8には「主を宥める香り」とある。
・6-14には「主を宥める香り」とある。
・8-21には「主を宥める香り」とある。
・8-28には「宥めの香り」とある。
・10-1には「香を焚いて主を宥めた」とある。
・16-12には「香炉」とある。炉の中で香が焚かれた。当時は香炉が存在していた。
・16-13には「香の煙」とある。
・17-6には「香を燃やして煙にする」とある。
・23-13には「宥めの香り」とある。
・23-18には「宥めの香り」とある。
・24-7には「香料を添える。それはパンのしるしとして燃やし主に奉げる」とある。香はパンの代用品でもあった。
・26-30には「香炉台を打ち壊し倒れた偶像の上に貴方の死体を捨てる」とある。香炉台の存在が確かめられるが、偶像と共に存在したものかもしれない。
・26-31には「宥めの香り」とある。
●民数記には香が44箇所に発見される。それは以下である。
・4-16には「香草」とある。
・5-15には「乳香」とある。
・7-14には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。10シュケルは、1シュケルが11グラムであるので、110gの金の柄杓。2014年現在の国際金相場は1g凡そ4000円なので44万円相当の金の柄杓である。香に金の柄杓が添えられている。
・7-20には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-26には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-32には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-38には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-44には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-50には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-56には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-62には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-68には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-74には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-80には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-86には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・15-3には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-7には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-10には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-13には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-14には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-24には「焼いた雄牛を宥めの香り」とある。
・16-6には「香炉」とある。
・16-7には「炭火を入れて香を焚く」とある。
・16-17には「おのおのが香炉をとり」とある。一人ひとりが香炉を持っていた。香炉は広く普及していた。
・16-18には「香炉」とある。
・16-35には「香炉」とある。
・17-2には「香をささげる」とある。
・17-3には「焼け跡から香炉を取り出す」とある。香炉は燃え残るものであり、焼け跡から拾うものでもあった。
・17-4には「青銅の香炉集め打ち伸ばして祭壇の覆いを作った」とある。青銅香炉の際利用があった。
・17-5には「香をささげる」とある。
・17-11には「香炉をとり、それに祭壇の火を入れる」とある。
・17-12には「香を焚く」とある。
・18-17には「宥めの香り」とある。
・28-2には「宥めの香り」とある。
・28-6には「宥めの香り」とある。
・28-8には「宥めの香り」とある。
・28-13には「宥めの香り」とある。
・28-24には「宥めの香り」とある。
・28-27には「雄牛、雄羊、羊七頭を焼き尽くし宥めの香りとする」とある。
・29-2には「雄牛、雄羊、羊七頭を焼き尽くし宥めの香りとする」とある。
・29-6には「宥めの香り」とある。
・29-8には「宥めの香り」とある。
・29-13には「宥めの香り」とある。
・29-36には「宥めの香り」とある。
●申命記には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・33-10には「香を焚く」とある。
●ルツ記には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・3-3には「体を洗って香油を塗る」とある。激しい乾燥から皮膚を防御するために、人々は体に香油を塗っていた。
●サムエル記上には香が2箇所に発見される。それは以下である。
・2-28には「祭壇の上で香を焚く」とある。
・8-13には「貴方たちの娘を徴用し香料を作る」とある。香料は調合しつつ混合していた。香料は作っていた。この場合は食料用の香料。
●サムエル記下には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・12-20には「体を洗って香油を塗る」とある。激しい乾燥から皮膚を防御するために、人々は体に香油を塗っていた。
●列王記上には香が10箇所に発見される。それは以下である。
・3-3には「香を焚いた」とある。
・9-25には「香を焚いた」とある。
・10-2には「シバの女王は随員を伴い、香料、金、宝石、を駱駝に積んでエルサレムに来た。そして、ソロモンに質問を浴びせた」とある。シバの女王がソロモンに香料を贈っていた。
・10-10には「シバの女王は多くの香料と宝石をソロモン王に与えた」とある。
・10-25には「贈り物として、銀の器、鉄の器、衣類、武器、香料、馬、騾馬を毎年携えて来た」とある。香料は当時の大切な贈答品でもあった。
・11-8には「香を焚いた」とある。
・12-33には「香を焚いた」とある。
・13-1には「香を焚いた」とある。
・13-2には「香を焚いた」とある。
・22-44には「香を焚いた」とある。
●列王記下には香が11箇所に発見される。それは以下である。
・12-4には「香を焚いた」とある。
・14-4には「生贄を屠り、香を焚いた」とある。家畜を焼きながら香を焚いていた。畜肉食と香とは深い関係が有った。
・15-4には「聖なる高台で香を焚いた」とある。
・15-35には「生贄を屠り、香を焚いた」とある。
・16-4には「生贄を奉げ、香を焚いた」とある。
・17-11には「生贄を奉げ、香を焚いた」とある。
・18-4には「香を焚いた」とある。
・20-13には「使者に香料を見せた」とある。
・22-17には「神々に香を焚いた」とある。
・23-5には「香を焚いた」とある。
・23-8には「香を焚いた」とある。
●歴代誌上には香が5箇所に発見される。それは以下である。
・6-34には「祭壇で香を焚く」とある。
・9-29には「彼らの幾人かは祭具、をはじめ麦粉、オリーブ油、香料の責任を持った」とある。香料は貴重品であった。
・9-30には「香料の調合をするのは祭司の一部であった」とある。祭司は誰もが香料の調合が出来るわけではなかった。香料調合は高度な技術が求められたことが推定出来る。
・23-13には「香を焚く」とある。
・28-18には「香を焚く」とある。
●歴代誌下には香が22箇所に発見される。それは以下である。
・2-3には「香草」とある。
・2-5には「香を焚く」とある。
・9-1には「シバの女王は香料、金、宝石を駱駝に積んでエルサレムに来た」とある。
・9-9には「シバの女王がソロモンに贈ったような香料はかつてなかった」とある。
・9-24には「彼らは毎年、贈物として銀の器、鉄の器、衣類、武器、香料を携えて来た」とある。
・13-11には「香草」とある。
・14-4には「香炉台」とある。
・16-14には「香料の満ちた棺に彼を納めた」とある。香料は食べ物だけでない棺にも投入された。死体の悪臭を抑制するためである。
・25-14には「香を焚いた」とある。
・26-16には「祭壇の上で香を焚いた」とある。
・26-18には「香を焚くのは聖別されたアロンの子孫である」とある。香を焚くには資格が求められた。
・26-19には「香炉を手にしていた」とある。香炉は持つことが出来る大きさであった。
・28-3には「谷で香を焚いた」とある。
・28-4には「香を焚いた」とある。
・28-25には「香を焚いた」とある。
・29-7には「香を焚いた」とある。
・29-11には「香を焚いた」とある。
・30-14には「香を焚く台をキドロンの谷に捨てた」とある。
・32-27には「宝物館を築いて金、銀、宝石、香料、楯などの宝物を納めた」とある。香料は宝物の一部であった。
・34-4には「バアルの祭壇を破壊し、香炉台を倒した」とある。邪教も香を焚いていた。
・34-7には「偶像を壊し、香炉台を全て壊し」とある。邪教も香を焚いていた。
・34-25には「彼らは私を捨てて、神々に香を焚いた」とある。邪教も香を焚いていた。
●ネヘミヤ記には香が3箇所に発見される。それは以下である。
・3-8には「香料調合師のハナンヤが補強し、壁までエルサレムを修復した」とある。当時は香料調合師の専門家が居た。この場合の香料は食料でもなければ芳香剤でもなさそうだ。建造物から香が発散していたので。壁の中に調合された香料を塗りこんでいたので、今で言えば左官に近い仕事であったと推定出来る。
なお、ハナンヤは紀元前6世紀頃の似非預言者であり、預言者エレミヤと対決したことで知られている。エレミヤ書に描かれている。
・13-5には「香と祭具」とある。
・13-9には「香を奉納する」とある。
●エステル記には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・2-12には「」とある。
●詩編には香が5箇所に発見される。それは以下である。
・23-5には「貴方は食卓を整えてくださる。私の頭に香油を注ぎ、私の杯を満たしてくださる」とある。頭髪に香油を塗る習慣があったと推定出来る。
・45-9には「衣はミルラ、アロエ、シナモンの香を放つ」とある。衣服に香料を散布していたと推定出来る。
・55-22には「言葉は香油よりも優しいが剣にも等しい」とある。言葉は諸刃の剣であると説いている。
・66-15には「香と共に雄羊を、雄羊と共に雄牛を焼き尽くして奉げます」とある。獣を焼き尽くしてその香を主に奉げるとしている。
・141-2には「御前に立ち昇る香」とある。
●箴言には香が5箇所に発見される。それは以下である。
・7-17には「床にはミルラの香を散布しました」とある。ミルラは没薬のこと。日本語ではミーラーで保管された亡骸を指摘する。元々は植物名称。フウロソウ目カンラン科ミルラノ樹属。ミルラの樹の樹皮から流れ出る樹脂のことであり。樹脂は芳香を発する性質があるので亡骸に塗布したり詰め込んだりする薬剤とした。
・21-17には「酒と香油を愛するものは富むことがない」とある。香油は贅沢奢侈品でもあった。贅沢をたしなめるために香油が取り上げて諭している。
・21-20には「知恵ある人の住まいには望ましい宝と香油がある。愚か者はそれを飲みつくす」とある。
・27-7には「香油も香も心を楽しませる」とある。香油は心の安らぎを促す医薬品に準じた扱いをしている。
・27-16には「彼女を制する者は風をも制する。彼は香油をその右手の力と呼ぶ」とある。香油の人をひきつける絶大なる効能を述べている。
●コヘレトの言葉には香が3箇所に発見される。それは以下である。
・7-1には「名声は香油に勝る」とある。
・9-8には「頭には香油を絶やすな」とある。
・10-1には「死んだハエは香油作りの香油を腐らせる。臭くする」とある。この翻訳は分かりにくい「香油を作る壷に落ちて死んだハエは香油を腐らせる」としたほうが分かりやすい。香油は壷または壜で醸成されていたと考えられるからである。
●雅歌には香が17箇所に発見される。それは以下である。
・1-3には「流れる香油の如く」とある。
・1-12には「私のナルドは香りました」とある。
・1-14には「香り高いコフェルの花房」とある。コフェルはミソハギ科の植物花期は七月八月。乳白色の花を咲かせる。夏に開花する常緑の潅木でへナとも呼ばれている。白髪染めや体を染める薬剤。
・2-13には「葡萄の花は香る」とある。
・3-6には「乳香を焚く」とある。
・4-6には「ミラルの山に登ろう、乳香の丘に登ろう」とある。香料は山や丘の定位置に有り、その場所は一部の人々に認識されていたのだろう。
・4-10には「貴方の香油はどんな香草よりもかぐわしい」とある。
・4-11には「貴方の衣はレバノンの香」とある。レバノンの香はレバノン杉の香りを指摘している。
・4-14には「乳香の木」とある。乳香の木はムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の木のこと。東アフリカ一帯に分布。樹皮に傷をつけると其処から樹液が流れ出る。そして直に空気に触れて凝固する。この色が乳白色なので乳香と呼んでいる。樹脂の塊を焚いて古くからの香料としている。金と同じぐらいの価値があった。現在の金は1g四千円。中国では漢方薬で鎮痛、止血、筋肉痙攣緩和の効能がある。アラビア半島では唾液分泌促進のためにチューインガムの如く噛む事もある。
・4-16には「風が香を振りまく」とある。聖書時代にも風に香を感じていた。薫風を感じていた。
・5-1には「香草を摘む」とある。
・5-13には「恋しい人は園に香草の花床を降りてゆきました」とある。薬草園があったと推定出来る。日本の紫野である。「花床」は翻訳として正しいと思えない。日本語では花床とは花托でもあり、おしべとめしべを総称して指摘している。この場合は「花圃」が正しいと考えられる。薬草園の花圃である。私の恋しい人が香豊かな薬草園の花圃に降りて行ったと翻訳すれば意味が通じる。何故このような誤訳や紛らわしい日本語訳が聖書に多いのであろうか不思議な現象である。
・6-2には「香草の花床」とある。翻訳の「花床」では意味が全く分からない。花圃で3はないか。
・7-9には「りんごの香のような貴方の息」とある。
・7-14には「恋なすは香」とある。恋なすとは植物名称で俗称である。ナス科マンドラゴラ属の植物。古くからの薬草。根茎に神経毒成分がある。麻薬でもあり媚薬でもあるので俗称「恋なすび」である。他には鎮痛剤、鎮静剤、便秘薬などに使われるが。毒性も強く幻覚幻聴が出て死にいたることもある。仏典にもこの植物に似たものに「曼荼羅華」がある。これは朝鮮朝顔で性質は異なる。
「宗教はアヘンである」とし宗教実態を批判した哲学者が居た。しかし、哲学者だけではなく聖書を読んでいる人々や熱心な信徒の中には成程宗教はアヘンであると感じる人は多いのではないか。麻薬でもあり媚薬でもある恋なすびは雅歌7-4だけではなく、創世記の30章の14節から16節の間に三回も登場している。創世記での恋なすびは単なる媚薬ではない、薬を使って男の争奪戦をする場面がある。唯心主義者であろうと唯物主義者であろうと、この箇所は誰が読んでも、宗教はアヘンであると言いたくなる場面であろう。
・8-2には「香り高いぶどう酒」とある。
・8-14には「子じかのように香草のやまやまへ」とある。
●イザヤ書には香が13箇所に発見される。それは以下である。
・1-13には「香の煙は私の忌み嫌う物」とある。香は好まれるが、煙は嫌われていた。
・3-24には「芳香は悪臭となる。帯は縄となる。編んだ髪は剃髪される。晴着は粗布になる。美しさは恥となる」とある。「晴着は粗布になる」よりも「晴着はボロ着」とナルの方が分かりやすい。
・17-8には「香炉台」とある。
・27-9には「香炉台」とある。
・39-2には「香料」とある。
・43-23には「乳香」とある。
・43-24には「香水萱を私のために買う」とある。香水萱は菖蒲の事。菖蒲萱は出エジプト記30-23、雅歌4-14、イザヤ書43-24、エレミヤ書6-20、エゼキエル書27-19に発見できる。香水萱は菖蒲のこと。菖蒲はサトイモ科の菖蒲属。原産地はペルシャからインドにかけてと推定されている。原産地が西アジアだから聖書に出てきても不思議ではない。日本でも端午の節句には菖蒲湯に入る慣わしが奈良時代から存在していた。中国からの習慣が日本に入った。庶民生活に薬湯として普及したのは江戸時代に入ってから。菖蒲に日本文化と聖書文化との共通点が発見できる。
・57-9には「お前はメレク神の元に足を運び多くの香料を奉げた」とある。メレクはイスラエルのサウル王の子孫。
・60-6には「シバの女王は金と乳香を携えてくる」とある。
・61-3には「香油」とある。
・65-3には「生贄をささげて屋根の上で香を焚いた。」とある。
・65-7には「山の上で香を焚いた」とある。
・66-3には「乳香」とある。
●エレミヤ書には香が28箇所に発見される。それは以下である。
・1-16には「神々に香を焚く」とある。
・6-20には「乳香」とある。
・7-9には「バアルに香を焚く」とある。
・8-22には「乳香」とある。
・11-12には「香を焚く」とある。
・11-13には「香を焚く」とある。
・11-17には「祭壇上で香を焚く」とある。
・17-26には「乳香」とある。
・18-15には「香を焚く」とある。
・19-4には「香を焚く」とある。
・19-13には「香を焚く」とある。
・32-29には「香を焚く」とある。
・34-5には「先祖に香を焚く」とある。
・41-5には「神殿に香を携えた」とある。
・44-3には「香を焚く」とある。
・44-5には「香を焚く」とある。
・44-8には「異教の神々に香を焚く」とある。
・44-15には「異教の神々に香を焚く」とある。
・44-17には「香を焚く」とある。
・44-18には「香を焚く」とある。
・44-19には「香を焚く」とある。
・44-21には「香を焚く」とある。
・44-23には「香を焚く」とある。
・44-25には「香を焚く」とある。
・46-11には「乳香」とある。
・48-11には「風味も香も変わらない」とある。
・48-35には「香を焚く」とある。
・51-8には「傷口に乳香を塗る」とある。乳香は傷薬にも使われていた可能性がある。
●エゼキエル書には香が12箇所に発見される。それは以下である。
・6-4には「香炉台も偶像も壊される」とある。
・6-6には「香炉台も作った物も一切壊される」とある。
・6-13には「宥めの香」とある。
・8-11には「香炉を手にしており、かぐわしき煙が立ち昇っていた」とある。
・16-18には「油と香とを供えた」とある。
・16-19には「宥めの香」とある。
・20-28には「宥めの香」とある。
・20-41には「宥めの香」とある。
・23-41には「宴の座を用意し私の香と油を其処に置いた」とある。宴には香が用意されるものであったようである。
・27-17には「乳香」とある。
・27-19には「香水萱」とある。香水萱は菖蒲の事。菖蒲萱は出エジプト記30-23、雅歌4-14、イザヤ書43-24、エレミヤ書6-20、エゼキエル書27-19に発見できる。香水萱は菖蒲のこと。菖蒲はサトイモ科の菖蒲属。原産地はペルシャからインドにかけてと推定されている。原産地が西アジアだから聖書に出てきても不思議ではない。日本でも端午の節句には菖蒲湯に入る慣わしが奈良時代から存在していた。中国からの習慣が日本に入った。庶民生活に薬湯として普及したのは江戸時代に入ってから。菖蒲に日本文化と聖書文化との共通点が発見できる。
・27-22には「シバと商人たちは、お前と取引を行い、極上の香料、あらゆる宝石、黄金をお前の商品と交換した」とある。
●ダニエル書には香が2箇所に発見される。それは以下である。
・2-46には「奉げ物と香を供えた」とある。
・10-3には「三週間は美食を遠ざけ肉も酒も口にしないで体には香油も塗らなかった」とある。体に香油を塗るのは贅沢な行為であったと推定出来る。
●ホセア書には香が4箇所に発見される。それは以下である。
・2-15には「バアルに香を焚く」とある。バアルはカナン地方に崇められた風水の神。セム語でバアルは主という意味がある。偶像崇拝信仰であった
・4-13には「丘の上で香を焚く」とある。
・11-2には「偶像に香を焚く」とある。
・14-7には「レバノン杉のように香る」とある。
●アモス書には香が2箇所に発見される。それは以下である。
・5-21には「私はお前たちの祭りを憎み退ける。奉げものの香も喜ばない」とある。
・6-6には「香油を体に注ぐ」とある。
●ハバクク書には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・1-16には「彼らはその網に生贄をささげ、投網に向かって香を焚きます」とある。翻訳文が奇妙である「彼らは投網に入った生贄をささげます。そして投網に向かって香を焚きます」ではないのだろうか。鳥や獣は投げ網で捕らえられ食料にしていた。聖書記者は、この場面は捕獲したばかりの生贄であると言いたいのである。
●マラキ書には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・1-11には「至る所でわが名のために香が焚かれた」とある。
膨大な分量になってしまった。聖書全体では漢字「香」は287回発見できた。その内旧約聖書の「香」は251回であり、旧約聖書だけでも膨大な数の漢字「香」であった。したがって此処でひと区切りをつけてから新約聖書の「香」は次の号で取り扱うこととする。一息ついてから新約聖書の「香」に取組みたいと思う。新約は少ないもの、それでも、36箇所もの漢字「香」が発見できている。旧約の香と新約の香との違いにも注意を払いつつ調査に取組もうと思う。
初夏、薫風の季節になった。新しい力がみなぎる季節だ。力がみなぎるのは結構だが、日本の新緑は暗い木下闇のようで息が詰まりそうな新緑。予想通りにTPP加盟は日本の安全保障を人質にとられながら丸呑みにされるようだ関税全面撤廃で決着だ。日本の政治家は交渉に疲れたような振りをしているが、はじめから決まっていた話であり、日米交渉に疲れたというのは政治家特有の嘘だ。それぐらい見破られないおろかな国民ではない。
日米安全保障において日本人が期待する尖閣諸島の安全でないことは最近の日米中関係で次第に明白になっている。アメリカの狙いは日本の自衛隊のウクライナ進軍であって尖閣諸島の安全保障ではないことがあきらかになりつつある。だからこそアメリカは日本の集団的自衛権内閣決定を大歓迎している。この戦争は長くなる。宗教戦争がらみは何十年も何百年も続くのが常識である。そして国家経済も国民生活も破壊されるというのが常識である。
世界史において宗教戦争は戦争当事国が崩壊することはしばしばあった。朝鮮戦争時で朝鮮人の人口の三分の一がキリスト教に改宗したごとく、日本では平穏時にマスコミでユダヤ教やキリスト教に改宗させられている。布教活動と植民地支配と同時進行であった。いずれにしろ激動期に一気に改宗させるのが戦略である。朝鮮戦争をも含めて、すでに東アジアは広い意味では十字軍遠征に組み込まれている。
NHKドラマ「八重の桜」「花子とアン」「黒田官兵衛」で日本全域でキリスト教やユダヤ教が浸透させられている。今後NHKも民法もユダヤ教キリスト教布教ドラマを展開するであろう。それはウクライナ参戦への準備でもある。精神的準備だ。だからこそ財政危機のアメリカが日本の集団的自衛権を支持している。日本は今までのような戦後経済を期待できないであろう。国の存亡をかけた戦争になることは必至だからだ。
17世紀の東インド会社即ちユダヤキリスト教連合が南アジアや東南アジアを植民地にしたように20世紀から21世紀にかけて東アジアにまでその勢力を広げているのと同じだ。彼らの現今の東アジアの行動は南アジアや東アジアでの植民地支配行動と同じである。従って日米安保は日本人が期待している国土の安全保障ではない。全く異なる安保条約だ。敬虔なキリスト教徒であり、自民党幹事長の石破氏が「地球の裏側でも集団自衛権で自衛隊が出動する」と言うのはその意味であろう。口が滑ったのだ。ウクライナを隠すために地球の裏側までとしたまでだ。
世界最大の小麦地帯である、チェルノーゼの沃土を支配すれば世界人類の胃袋を支配することになる。胃袋を支配することは世界を支配することだ。世界の資本びた一文をも支配する野望である。その行為が主の御心に叶う行為であるとユダヤ教もキリスト教も説いている。ウクライナは21世紀の聖書で言う「蜜とミルクのしたたる地」である。
聖書の「蜜とミルクの滴る地」はカナンだけではない。その時代で日本であったり、ベトナムであったり、中国であったりする。そして21世紀の長い長い戦争はウクライナの蜜とミルクを求めると同時に世界金融資本を完璧に支配することであるのは明白だ。
この旨味をアメリカキリスト教ユダヤ教連合政府が看過するはずが無い。デモ隊に対してであろうと国家に対してであろうと、いかなる勢力に対してでも膨大な資本をも投入し懐柔し世界最大の農業地域ウクライナを手に入れるのは当然の流れであろう。集団的自衛権はこのことを念頭に入れたアメリカ政府の歓迎であることは明白だ。
21世紀の日本にまで及ぶ暗い「新緑の寺に写経の墨香る」であるが、聖書で香の実態を追求しつつ。人類にとって経済活動とは何なのかを考えてみたい。少なくとも経済とは人類一人ひとりが協力自立してが大地に足を踏ん張って生きる行為である。世界中の資本や財産を独り占めにし人類の胃袋を支配しつつ国際金融を支配することが経済活動ではない。そんなことを念頭に入れて調査を進めたい。
<巻別の香の分布>
●創世記には香が4箇所に発見される。それは以下である。
・8-21には「主は宥の香りをかいで」とあり、大地の香り。宥(なだ)めの香りはどのような香りか理解が難しい。心を穏やかにする香りであろうか。
・27-27には「子供の匂いは野の香り」とある。野の香である。野には子供のような様な匂いを人々は感じていた。
・37-25には「乳香」とあり、それは。香料の一種。樹木から樹脂が流れると乳白色となるので乳香。
・43-11には「乳香」とある。樹脂が香となる、乳白色の樹脂なので乳香。
●出エジプト記には香が26箇所に発見される。それは以下である。
・25-6には「聖別の香料」とあり、それは香料である。
・29-18には「燃やしてささげる宥め(なだめの香り)」とあり、それは自然の厳しさを宥めようとする香りである。厳しい医師膳の存在を深く認識していたことが読み取れる。
・29-25には「主を宥める香り」とあり、それは香りは主へのささげ物
・29-41には「主にささげる宥める香り」とあり、それは香りは主へのささげ物
・30-1には「アカシア材を燃やす香」とあり、それは香の一種。アカシヤを燃やしてこうにしていた。
・30-7には「香草の香を焚く」とあり、それは香料にする草があった。
・30-8には「祭壇で香草の香を焚いた」とあり、それは香料に草を利用していた。
・30-9には「祭壇で香草の香を焚いた」とあり、それは香料に草を利用していた。
・30-10には「香や焼き尽くすものが無い」とある。髪に香を焚き生贄を燃やしその香りを献上しなければならなかった。
・30-23には「香のミルラは500シケル、シナモンをその半量250シケル、菖蒲は250シ
ケル」とあり、それはほぼ同価値の香料であった。
・30-25には「香料師の混ぜ合わせ方」とある。香料師の職業があった。配合法と混合法にその高度な技術があった。
・30-27には「香料を焚く祭壇」とあり、祭壇は香料を燃や場であった。
・30-34には「ナタフ、シェヘレト、へルベナ、ナフタ香、乳香がある」とあり、香料の種類を列挙している。
・30-35には「香料師の混ぜ合わせ方を学びなさい」とある。香料師は当時重要職業であった。。人々は香料の配合の仕方と混合の仕方を学んだ
・30-37[「主の考慮の割合と使用に使うな」とし香料を公用私用を区分している。
・30-38には「香りを単に楽しもうとするものはすべてその民からはずされる」とあり、香りを個人的に楽しむものではなかった。
・31-8には「香を焚く祭壇とあり・香焚きようの祭壇が存在した。
・31-11には「聖所で香ばしい」とあり聖所は香ばしき空間であった。
・35-8には「香草があった
・35-08には「香料の祭壇」とあり、香料を燃やす専用祭壇があった。
・35-15には「香を焚く祭壇」とあり香を焚く専用の祭壇があった。
・37-29には「香料師の混ぜ合わせ方」香料師の職業があった。混ぜ合わせ方に技術があった。
・39-38には「香草の香」があった。
・40-5には「掟の箱の今に香を焚く金の祭壇があった。香を焚く祭壇は大切なものであったことが読み取れる。
・40-27には「香草の香」とあり。香草の存在が確かめられる。最近日本では鶏肉の香草焼が流行している。トヨタ自動車にもノアと言う名称の車を発売している。日本にユダヤ教文化の影響が急速に拡がっている。
●レビ記には香が27箇所に発見される。それは以下である。
・1-9には「燃やし主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・1-13には「燃やし主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・1-17には「燃やし主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・2-1には「小麦粉にオリーブオイルを注ぎ、更に乳香を載せる」とある。小麦粉にオリーブオイルと白化した樹液をかけた。当時の人々は小麦の香りに注力していたことが見える。
・2-2には「主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・2-9には「主に奉げる宥めの香り」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。なだめの香りは高頻度で発見される。注目される。
・2-12には「宥めの香りとして祭壇にささげる」とある。香りにより主の怒りをなだめ慰めた。
・2-15には「小麦粉にオリーブオイルを注ぎ、更に乳香を載せる」とある。小麦の香りに注意を払っていた。この香りも主に対する宥めの香りである。
・2-16には「宥めの香り」とある。宥めの香りは高い頻度で発見された。
・3-5には「宥めの香り」とある。「宥めの香り」は実に多い。
・3-16には「宥めの香り」とある。「宥めの香り」は実に多い。
・4-7には「香をたく祭壇」とある。香は祭壇の上でたかれた。
・4-31には「主を宥める香り」とある。「宥めの香り」は実に多い。
・5-11には「贖罪の奉げ物には小麦粉の上に乳香を載せない」とある。
・6-8には「主を宥める香り」とある。
・6-14には「主を宥める香り」とある。
・8-21には「主を宥める香り」とある。
・8-28には「宥めの香り」とある。
・10-1には「香を焚いて主を宥めた」とある。
・16-12には「香炉」とある。炉の中で香が焚かれた。当時は香炉が存在していた。
・16-13には「香の煙」とある。
・17-6には「香を燃やして煙にする」とある。
・23-13には「宥めの香り」とある。
・23-18には「宥めの香り」とある。
・24-7には「香料を添える。それはパンのしるしとして燃やし主に奉げる」とある。香はパンの代用品でもあった。
・26-30には「香炉台を打ち壊し倒れた偶像の上に貴方の死体を捨てる」とある。香炉台の存在が確かめられるが、偶像と共に存在したものかもしれない。
・26-31には「宥めの香り」とある。
●民数記には香が44箇所に発見される。それは以下である。
・4-16には「香草」とある。
・5-15には「乳香」とある。
・7-14には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。10シュケルは、1シュケルが11グラムであるので、110gの金の柄杓。2014年現在の国際金相場は1g凡そ4000円なので44万円相当の金の柄杓である。香に金の柄杓が添えられている。
・7-20には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-26には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-32には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-38には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-44には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-50には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-56には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-62には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-68には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-74には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-80には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・7-86には「香を盛った。重さ10シェケルの金の柄杓一つ」とある。
・15-3には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-7には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-10には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-13には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-14には「ぶどう酒を宥めの香り」とある。
・15-24には「焼いた雄牛を宥めの香り」とある。
・16-6には「香炉」とある。
・16-7には「炭火を入れて香を焚く」とある。
・16-17には「おのおのが香炉をとり」とある。一人ひとりが香炉を持っていた。香炉は広く普及していた。
・16-18には「香炉」とある。
・16-35には「香炉」とある。
・17-2には「香をささげる」とある。
・17-3には「焼け跡から香炉を取り出す」とある。香炉は燃え残るものであり、焼け跡から拾うものでもあった。
・17-4には「青銅の香炉集め打ち伸ばして祭壇の覆いを作った」とある。青銅香炉の際利用があった。
・17-5には「香をささげる」とある。
・17-11には「香炉をとり、それに祭壇の火を入れる」とある。
・17-12には「香を焚く」とある。
・18-17には「宥めの香り」とある。
・28-2には「宥めの香り」とある。
・28-6には「宥めの香り」とある。
・28-8には「宥めの香り」とある。
・28-13には「宥めの香り」とある。
・28-24には「宥めの香り」とある。
・28-27には「雄牛、雄羊、羊七頭を焼き尽くし宥めの香りとする」とある。
・29-2には「雄牛、雄羊、羊七頭を焼き尽くし宥めの香りとする」とある。
・29-6には「宥めの香り」とある。
・29-8には「宥めの香り」とある。
・29-13には「宥めの香り」とある。
・29-36には「宥めの香り」とある。
●申命記には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・33-10には「香を焚く」とある。
●ルツ記には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・3-3には「体を洗って香油を塗る」とある。激しい乾燥から皮膚を防御するために、人々は体に香油を塗っていた。
●サムエル記上には香が2箇所に発見される。それは以下である。
・2-28には「祭壇の上で香を焚く」とある。
・8-13には「貴方たちの娘を徴用し香料を作る」とある。香料は調合しつつ混合していた。香料は作っていた。この場合は食料用の香料。
●サムエル記下には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・12-20には「体を洗って香油を塗る」とある。激しい乾燥から皮膚を防御するために、人々は体に香油を塗っていた。
●列王記上には香が10箇所に発見される。それは以下である。
・3-3には「香を焚いた」とある。
・9-25には「香を焚いた」とある。
・10-2には「シバの女王は随員を伴い、香料、金、宝石、を駱駝に積んでエルサレムに来た。そして、ソロモンに質問を浴びせた」とある。シバの女王がソロモンに香料を贈っていた。
・10-10には「シバの女王は多くの香料と宝石をソロモン王に与えた」とある。
・10-25には「贈り物として、銀の器、鉄の器、衣類、武器、香料、馬、騾馬を毎年携えて来た」とある。香料は当時の大切な贈答品でもあった。
・11-8には「香を焚いた」とある。
・12-33には「香を焚いた」とある。
・13-1には「香を焚いた」とある。
・13-2には「香を焚いた」とある。
・22-44には「香を焚いた」とある。
●列王記下には香が11箇所に発見される。それは以下である。
・12-4には「香を焚いた」とある。
・14-4には「生贄を屠り、香を焚いた」とある。家畜を焼きながら香を焚いていた。畜肉食と香とは深い関係が有った。
・15-4には「聖なる高台で香を焚いた」とある。
・15-35には「生贄を屠り、香を焚いた」とある。
・16-4には「生贄を奉げ、香を焚いた」とある。
・17-11には「生贄を奉げ、香を焚いた」とある。
・18-4には「香を焚いた」とある。
・20-13には「使者に香料を見せた」とある。
・22-17には「神々に香を焚いた」とある。
・23-5には「香を焚いた」とある。
・23-8には「香を焚いた」とある。
●歴代誌上には香が5箇所に発見される。それは以下である。
・6-34には「祭壇で香を焚く」とある。
・9-29には「彼らの幾人かは祭具、をはじめ麦粉、オリーブ油、香料の責任を持った」とある。香料は貴重品であった。
・9-30には「香料の調合をするのは祭司の一部であった」とある。祭司は誰もが香料の調合が出来るわけではなかった。香料調合は高度な技術が求められたことが推定出来る。
・23-13には「香を焚く」とある。
・28-18には「香を焚く」とある。
●歴代誌下には香が22箇所に発見される。それは以下である。
・2-3には「香草」とある。
・2-5には「香を焚く」とある。
・9-1には「シバの女王は香料、金、宝石を駱駝に積んでエルサレムに来た」とある。
・9-9には「シバの女王がソロモンに贈ったような香料はかつてなかった」とある。
・9-24には「彼らは毎年、贈物として銀の器、鉄の器、衣類、武器、香料を携えて来た」とある。
・13-11には「香草」とある。
・14-4には「香炉台」とある。
・16-14には「香料の満ちた棺に彼を納めた」とある。香料は食べ物だけでない棺にも投入された。死体の悪臭を抑制するためである。
・25-14には「香を焚いた」とある。
・26-16には「祭壇の上で香を焚いた」とある。
・26-18には「香を焚くのは聖別されたアロンの子孫である」とある。香を焚くには資格が求められた。
・26-19には「香炉を手にしていた」とある。香炉は持つことが出来る大きさであった。
・28-3には「谷で香を焚いた」とある。
・28-4には「香を焚いた」とある。
・28-25には「香を焚いた」とある。
・29-7には「香を焚いた」とある。
・29-11には「香を焚いた」とある。
・30-14には「香を焚く台をキドロンの谷に捨てた」とある。
・32-27には「宝物館を築いて金、銀、宝石、香料、楯などの宝物を納めた」とある。香料は宝物の一部であった。
・34-4には「バアルの祭壇を破壊し、香炉台を倒した」とある。邪教も香を焚いていた。
・34-7には「偶像を壊し、香炉台を全て壊し」とある。邪教も香を焚いていた。
・34-25には「彼らは私を捨てて、神々に香を焚いた」とある。邪教も香を焚いていた。
●ネヘミヤ記には香が3箇所に発見される。それは以下である。
・3-8には「香料調合師のハナンヤが補強し、壁までエルサレムを修復した」とある。当時は香料調合師の専門家が居た。この場合の香料は食料でもなければ芳香剤でもなさそうだ。建造物から香が発散していたので。壁の中に調合された香料を塗りこんでいたので、今で言えば左官に近い仕事であったと推定出来る。
なお、ハナンヤは紀元前6世紀頃の似非預言者であり、預言者エレミヤと対決したことで知られている。エレミヤ書に描かれている。
・13-5には「香と祭具」とある。
・13-9には「香を奉納する」とある。
●エステル記には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・2-12には「」とある。
●詩編には香が5箇所に発見される。それは以下である。
・23-5には「貴方は食卓を整えてくださる。私の頭に香油を注ぎ、私の杯を満たしてくださる」とある。頭髪に香油を塗る習慣があったと推定出来る。
・45-9には「衣はミルラ、アロエ、シナモンの香を放つ」とある。衣服に香料を散布していたと推定出来る。
・55-22には「言葉は香油よりも優しいが剣にも等しい」とある。言葉は諸刃の剣であると説いている。
・66-15には「香と共に雄羊を、雄羊と共に雄牛を焼き尽くして奉げます」とある。獣を焼き尽くしてその香を主に奉げるとしている。
・141-2には「御前に立ち昇る香」とある。
●箴言には香が5箇所に発見される。それは以下である。
・7-17には「床にはミルラの香を散布しました」とある。ミルラは没薬のこと。日本語ではミーラーで保管された亡骸を指摘する。元々は植物名称。フウロソウ目カンラン科ミルラノ樹属。ミルラの樹の樹皮から流れ出る樹脂のことであり。樹脂は芳香を発する性質があるので亡骸に塗布したり詰め込んだりする薬剤とした。
・21-17には「酒と香油を愛するものは富むことがない」とある。香油は贅沢奢侈品でもあった。贅沢をたしなめるために香油が取り上げて諭している。
・21-20には「知恵ある人の住まいには望ましい宝と香油がある。愚か者はそれを飲みつくす」とある。
・27-7には「香油も香も心を楽しませる」とある。香油は心の安らぎを促す医薬品に準じた扱いをしている。
・27-16には「彼女を制する者は風をも制する。彼は香油をその右手の力と呼ぶ」とある。香油の人をひきつける絶大なる効能を述べている。
●コヘレトの言葉には香が3箇所に発見される。それは以下である。
・7-1には「名声は香油に勝る」とある。
・9-8には「頭には香油を絶やすな」とある。
・10-1には「死んだハエは香油作りの香油を腐らせる。臭くする」とある。この翻訳は分かりにくい「香油を作る壷に落ちて死んだハエは香油を腐らせる」としたほうが分かりやすい。香油は壷または壜で醸成されていたと考えられるからである。
●雅歌には香が17箇所に発見される。それは以下である。
・1-3には「流れる香油の如く」とある。
・1-12には「私のナルドは香りました」とある。
・1-14には「香り高いコフェルの花房」とある。コフェルはミソハギ科の植物花期は七月八月。乳白色の花を咲かせる。夏に開花する常緑の潅木でへナとも呼ばれている。白髪染めや体を染める薬剤。
・2-13には「葡萄の花は香る」とある。
・3-6には「乳香を焚く」とある。
・4-6には「ミラルの山に登ろう、乳香の丘に登ろう」とある。香料は山や丘の定位置に有り、その場所は一部の人々に認識されていたのだろう。
・4-10には「貴方の香油はどんな香草よりもかぐわしい」とある。
・4-11には「貴方の衣はレバノンの香」とある。レバノンの香はレバノン杉の香りを指摘している。
・4-14には「乳香の木」とある。乳香の木はムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の木のこと。東アフリカ一帯に分布。樹皮に傷をつけると其処から樹液が流れ出る。そして直に空気に触れて凝固する。この色が乳白色なので乳香と呼んでいる。樹脂の塊を焚いて古くからの香料としている。金と同じぐらいの価値があった。現在の金は1g四千円。中国では漢方薬で鎮痛、止血、筋肉痙攣緩和の効能がある。アラビア半島では唾液分泌促進のためにチューインガムの如く噛む事もある。
・4-16には「風が香を振りまく」とある。聖書時代にも風に香を感じていた。薫風を感じていた。
・5-1には「香草を摘む」とある。
・5-13には「恋しい人は園に香草の花床を降りてゆきました」とある。薬草園があったと推定出来る。日本の紫野である。「花床」は翻訳として正しいと思えない。日本語では花床とは花托でもあり、おしべとめしべを総称して指摘している。この場合は「花圃」が正しいと考えられる。薬草園の花圃である。私の恋しい人が香豊かな薬草園の花圃に降りて行ったと翻訳すれば意味が通じる。何故このような誤訳や紛らわしい日本語訳が聖書に多いのであろうか不思議な現象である。
・6-2には「香草の花床」とある。翻訳の「花床」では意味が全く分からない。花圃で3はないか。
・7-9には「りんごの香のような貴方の息」とある。
・7-14には「恋なすは香」とある。恋なすとは植物名称で俗称である。ナス科マンドラゴラ属の植物。古くからの薬草。根茎に神経毒成分がある。麻薬でもあり媚薬でもあるので俗称「恋なすび」である。他には鎮痛剤、鎮静剤、便秘薬などに使われるが。毒性も強く幻覚幻聴が出て死にいたることもある。仏典にもこの植物に似たものに「曼荼羅華」がある。これは朝鮮朝顔で性質は異なる。
「宗教はアヘンである」とし宗教実態を批判した哲学者が居た。しかし、哲学者だけではなく聖書を読んでいる人々や熱心な信徒の中には成程宗教はアヘンであると感じる人は多いのではないか。麻薬でもあり媚薬でもある恋なすびは雅歌7-4だけではなく、創世記の30章の14節から16節の間に三回も登場している。創世記での恋なすびは単なる媚薬ではない、薬を使って男の争奪戦をする場面がある。唯心主義者であろうと唯物主義者であろうと、この箇所は誰が読んでも、宗教はアヘンであると言いたくなる場面であろう。
・8-2には「香り高いぶどう酒」とある。
・8-14には「子じかのように香草のやまやまへ」とある。
●イザヤ書には香が13箇所に発見される。それは以下である。
・1-13には「香の煙は私の忌み嫌う物」とある。香は好まれるが、煙は嫌われていた。
・3-24には「芳香は悪臭となる。帯は縄となる。編んだ髪は剃髪される。晴着は粗布になる。美しさは恥となる」とある。「晴着は粗布になる」よりも「晴着はボロ着」とナルの方が分かりやすい。
・17-8には「香炉台」とある。
・27-9には「香炉台」とある。
・39-2には「香料」とある。
・43-23には「乳香」とある。
・43-24には「香水萱を私のために買う」とある。香水萱は菖蒲の事。菖蒲萱は出エジプト記30-23、雅歌4-14、イザヤ書43-24、エレミヤ書6-20、エゼキエル書27-19に発見できる。香水萱は菖蒲のこと。菖蒲はサトイモ科の菖蒲属。原産地はペルシャからインドにかけてと推定されている。原産地が西アジアだから聖書に出てきても不思議ではない。日本でも端午の節句には菖蒲湯に入る慣わしが奈良時代から存在していた。中国からの習慣が日本に入った。庶民生活に薬湯として普及したのは江戸時代に入ってから。菖蒲に日本文化と聖書文化との共通点が発見できる。
・57-9には「お前はメレク神の元に足を運び多くの香料を奉げた」とある。メレクはイスラエルのサウル王の子孫。
・60-6には「シバの女王は金と乳香を携えてくる」とある。
・61-3には「香油」とある。
・65-3には「生贄をささげて屋根の上で香を焚いた。」とある。
・65-7には「山の上で香を焚いた」とある。
・66-3には「乳香」とある。
●エレミヤ書には香が28箇所に発見される。それは以下である。
・1-16には「神々に香を焚く」とある。
・6-20には「乳香」とある。
・7-9には「バアルに香を焚く」とある。
・8-22には「乳香」とある。
・11-12には「香を焚く」とある。
・11-13には「香を焚く」とある。
・11-17には「祭壇上で香を焚く」とある。
・17-26には「乳香」とある。
・18-15には「香を焚く」とある。
・19-4には「香を焚く」とある。
・19-13には「香を焚く」とある。
・32-29には「香を焚く」とある。
・34-5には「先祖に香を焚く」とある。
・41-5には「神殿に香を携えた」とある。
・44-3には「香を焚く」とある。
・44-5には「香を焚く」とある。
・44-8には「異教の神々に香を焚く」とある。
・44-15には「異教の神々に香を焚く」とある。
・44-17には「香を焚く」とある。
・44-18には「香を焚く」とある。
・44-19には「香を焚く」とある。
・44-21には「香を焚く」とある。
・44-23には「香を焚く」とある。
・44-25には「香を焚く」とある。
・46-11には「乳香」とある。
・48-11には「風味も香も変わらない」とある。
・48-35には「香を焚く」とある。
・51-8には「傷口に乳香を塗る」とある。乳香は傷薬にも使われていた可能性がある。
●エゼキエル書には香が12箇所に発見される。それは以下である。
・6-4には「香炉台も偶像も壊される」とある。
・6-6には「香炉台も作った物も一切壊される」とある。
・6-13には「宥めの香」とある。
・8-11には「香炉を手にしており、かぐわしき煙が立ち昇っていた」とある。
・16-18には「油と香とを供えた」とある。
・16-19には「宥めの香」とある。
・20-28には「宥めの香」とある。
・20-41には「宥めの香」とある。
・23-41には「宴の座を用意し私の香と油を其処に置いた」とある。宴には香が用意されるものであったようである。
・27-17には「乳香」とある。
・27-19には「香水萱」とある。香水萱は菖蒲の事。菖蒲萱は出エジプト記30-23、雅歌4-14、イザヤ書43-24、エレミヤ書6-20、エゼキエル書27-19に発見できる。香水萱は菖蒲のこと。菖蒲はサトイモ科の菖蒲属。原産地はペルシャからインドにかけてと推定されている。原産地が西アジアだから聖書に出てきても不思議ではない。日本でも端午の節句には菖蒲湯に入る慣わしが奈良時代から存在していた。中国からの習慣が日本に入った。庶民生活に薬湯として普及したのは江戸時代に入ってから。菖蒲に日本文化と聖書文化との共通点が発見できる。
・27-22には「シバと商人たちは、お前と取引を行い、極上の香料、あらゆる宝石、黄金をお前の商品と交換した」とある。
●ダニエル書には香が2箇所に発見される。それは以下である。
・2-46には「奉げ物と香を供えた」とある。
・10-3には「三週間は美食を遠ざけ肉も酒も口にしないで体には香油も塗らなかった」とある。体に香油を塗るのは贅沢な行為であったと推定出来る。
●ホセア書には香が4箇所に発見される。それは以下である。
・2-15には「バアルに香を焚く」とある。バアルはカナン地方に崇められた風水の神。セム語でバアルは主という意味がある。偶像崇拝信仰であった
・4-13には「丘の上で香を焚く」とある。
・11-2には「偶像に香を焚く」とある。
・14-7には「レバノン杉のように香る」とある。
●アモス書には香が2箇所に発見される。それは以下である。
・5-21には「私はお前たちの祭りを憎み退ける。奉げものの香も喜ばない」とある。
・6-6には「香油を体に注ぐ」とある。
●ハバクク書には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・1-16には「彼らはその網に生贄をささげ、投網に向かって香を焚きます」とある。翻訳文が奇妙である「彼らは投網に入った生贄をささげます。そして投網に向かって香を焚きます」ではないのだろうか。鳥や獣は投げ網で捕らえられ食料にしていた。聖書記者は、この場面は捕獲したばかりの生贄であると言いたいのである。
●マラキ書には香が1箇所に発見される。それは以下である。
・1-11には「至る所でわが名のために香が焚かれた」とある。
膨大な分量になってしまった。聖書全体では漢字「香」は287回発見できた。その内旧約聖書の「香」は251回であり、旧約聖書だけでも膨大な数の漢字「香」であった。したがって此処でひと区切りをつけてから新約聖書の「香」は次の号で取り扱うこととする。一息ついてから新約聖書の「香」に取組みたいと思う。新約は少ないもの、それでも、36箇所もの漢字「香」が発見できている。旧約の香と新約の香との違いにも注意を払いつつ調査に取組もうと思う。