
【摩周湖】
「ぼくの大好きなソフィおばさん」のリース湖に続き、何故かまた湖が出てきました(^^;)
作中に出てくるロンシュタット湖は摩周湖がモデルっていうことでもないんですけど、でもどうしてもわたしの中で「透明度の高い湖」っていうと、バイカル湖か摩周湖っていうのがあったりして(※もちろんバイカル湖へは行ったことありません^^;)
んで、近くで温泉が出る……とかなんとかいうのは、摩周湖と割と近いところにある屈斜路湖(くっしゃろこ)のイメージですねww
確か砂湯っていって、砂を掘ったらすごく温かいお湯が出てきてたような記憶があります。。。
湖で白鳥のボートが並んでるっていうのも、こっちの屈斜路湖のイメージで(だって、摩周湖ではそんなこと出来ないから
)……あと、「ぼくの大好きなソフィおばさん」の中に出てくる「オオサンショウウオくらいしかもともと棲息している生物はいない」、「その後、地元民がヒメマスやニジマスなどを放流した」……とかいうのも、摩周湖がモデルです(^^;)
正確には、「エゾオオサンショウウオ」、「ヒメマス、ニジマス、エゾウグイ、スジエビなど」ということなのかな(ウィキさん情報よりm(_ _)m)
あと、道東の三大湖(?)っていうと、摩周湖・屈斜路湖・阿寒湖といったイメージなのですが(自分比☆)、自分的に阿寒湖も好きです(もうずっと行ってないけど^^;)
なんか、冬は結氷した湖でワカサギ釣りとか出来た記憶があります♪(ワカサギのフライ、美味しい
)
他に、道内の湖っていうと、支笏湖とか洞爺湖も好きだったり
支笏湖には去年か一昨年くらいに久しぶりに出かけていって……カエルの鳴き声がすごかったです(もう大合唱!!
)一晩中大勢のカエルたちがグアーグアー鳴いてまして……同行者さんと「これ、なんの鳴き声?
」、「カエルじゃない?
」、「えーっ、カエルかなあ
」とか話していて、翌日、チェックアウトする時に「夜中聞こえたあれ、カエルの鳴き声ですかね?」みたいに聞いたら、「そうなんです、カエルなんですう
」みたいに言われました(わたしの正解!笑)
部屋に露天風呂がついてたのですが、露天風呂に入ってる間中、ずっとカエルが鳴き通しで……それも今にしてみればまた乙☆
といったところかもしれません(^^;)
北海道にずっと住んでると、このくらい自然が豊か(?)なのが当たり前的イメージなんですけど、やっぱり本州の方にとってはこういう自然が特に魅力的とか、そういうことなんでしょうか??
他に、作中に出てくるお馬さんは、札幌で観光幌馬車を引いてる銀太くん(大好き!
)のイメージが少し入ってるかもしれません。。。
札幌観光幌馬車を「写真多数」で紹介!北海道観光で絶対に乗るべき!
作中でイーサンの言ってる「馬をやるのも楽じゃない」って、おわかりいただけますでしょうか(^^;)
いえ、この観光業者の方を責めたいとか、そういう気持ちはまるでないんですけど、わたしが昔乗った時には二階席なんてなかったんだよ……しかも料金、結構いい値段とりますね(というか、このくらいじゃないと採算が合わないとか、色々あるのだと思います
)
と考えた場合、ロンシュタット湖を一周してるおじさんの料金設定は結構良心的ってことになるのかしら??
(笑)
でもやっぱり、子供は好きですよねえ、こういうのww
なんにしても、次回はユトレイシアのマクフィールド邸へやって来たマリーの初めての子育て……といったところだったでしょうか(これから読み返します^^;)
それではまた~!!
聖女マリー・ルイスの肖像-【2】-
「あの、どうしましょうか?」
ミミがすかーっとなんとも心地好い寝息を立てていたため、マリーはどうしたらいいかわからなかった。何故といって、今自分が体を動かせば、彼女も目を覚ましてしまうだろうからだ。
「マグダ、すまない」
そう一言いって、イーサンは後ろのマグダのことを振り返った。彼女はすでに五十をすぎており、元気のいいガキめらをここまで連れてくるだけでも疲労困憊しているとイーサンにもわかっていた。だが、自分にしてもきのうは徹ジャンして疲れていたし、何よりマリー・ルイスという女と話しておきたいことがあったというせいもある。
「まあ、あの歳くらいのガキってのは、おそらくあんたが思ってる以上にしっかりしてるもんだ。ところが、しっかりしてると思ったら年相応に案外抜けてもいる……だから基本的に、親の責任として目を離すってことはできない。とはいえ、三歩あるくごとに転ぶんじゃないかと思って心配してたらこっちの身がもたないし、あいつらのほうでも鬱陶しいと思うだろう。なんにしても子育てってのは難しいもんだ。これが正解ってのがないだけにな。それであんた、こんなしょうもないガキどもの面倒みてどうしようってんだ?」
「…………………」
マリー・ルイスは林の間を抜けて吹いてくる湖からの風を感じて、そちらのほうにじっと顔を向けたままでいる。
「まさかとは思うが、十台の頃についうっかり妊娠して子供を生んじまって、だが事情あってその子を手放さなきゃならんかったとか、そういう事情があるわけでもないんだろ?たとえばな、あんたが今四十くらいで、もう子供が出来る見通しもないとか、そういうんなら俺も少しは理解できんこともない。あんた、あの親父とは実際体の関係はなかったんだろ?」
きのう、徹ジャンしている最中に、『あっちの機能が正常なら、女が上に乗っかるって手もあるよなあ』だの、『あとはお手々とお口で御奉仕したかのどっちかだな』という話を仲間内でしていたのを、イーサンは酔っ払いつつも覚えていた。だが、自分の母親と同じブロンドで胸の大きいタイプの女性を想像していたにも関わらず、実際に会った女のほうではそんなイメージとは遥かにかけ離れていたというわけだ。
「踊ったことはありません」と、ミミに言っていたのと同じ言葉をマリーは繰り返した。「実際、マクフィールドさんのほうで、何故そんなにわたしに見込むところがあったのか、わたし自身よくわかっていたわけじゃないんです。ただ、膵臓癌を宣告されてからは特に……御自身の人生を振り返って、色々と思うところがあったのではないでしょうか。マクフィールドさん、おっしゃってました。前にも話したとおり、自分には五人子供がいる、だから生きている間に父親らしいことを何ひとつしてやれなかった分、せめても金くらいは残さなきゃならない、でもあんたにも少しくらい金をやりたいみたいなこと……」
「ウェリントン弁護士の話じゃあ、あんたその話、一旦は断ったらしいな?」
「ええ。仮にいただいたとしても、どこかに寄付しますって言ったら、それじゃ何が欲しいんだって言われて」
「それで?」
「家族が欲しいんですって、半分冗談で言ったんです。そしたら……」
「…………………」
今度はイーサンが黙りこむ番だった。正直なところをいって、このマリー・ルイスという女の家族背景などということにイーサンは興味がない。実際、父親が飲んだくれのろくでなしで、母親がどうしようもないあばずれだったなんていう話は、世界中どこにでも転がっている。ゆえに、この女の両親やその他の家族が生きてようと死んでようと、そんなことにも興味はなかった。
(だが、それにしても無理がある)と、イーサンはそのことをただ不審に思うという、それだけなのだ。
「まあ、俺は休暇以外ではあの家に滅多に帰らないから、家族の数には入れなくていい。だがな、あんな出来の悪いガキどもを育てたところで、あんたになんの得なところがある?ランディとロンは、勉強もスポーツも大して出来るほうではないし、唯一ココは才気煥発なところがあるが、生意気で手に負えない性格をしているからな。まあ、天使のミミは無条件に可愛くはあるが、それにしたってな……俺ならせめてももう少しましな家族を選ぶだろう。いくら金があったにしてもな」
「だからです」と、マリーは妙にきっぱりと言った。「自分でも他に働きながら子供の面倒も見るっていうのでは、わたしにも無理だと思います。でも、この子たちなら……」
ミミの寄りかかった口のところが喪服の袖に触れて、そこにはよだれがたっぷりついていた。だが、マリーのほうでは構うことなくハンカチで少しばかり押さえるというだけだった。
(まあ、確かにそういう利点もなくはない、のか?)
女の望みが、夫のいない、しかも金の自由のきく専業主婦になりたい――というものだというのであれば、イーサンにも少しはわからなくもない。それでもまだ、引っかかる点というのは無数にいくつもあったにしても。
「だが、あんたはまだ若いからな。こう言っちゃなんだが、そんなに不細工ってわけでもなければ、極端に太ってるってわけでもない。俺がこれまで見てきた経験上でものを言わせてもらえば、女ってのはな、ただ女ってだけでそれなりの容姿をしてれば黙っていても自然と男が寄ってくる。これは自然の摂理みたいなもんだ。だから、ユトレイシアの本邸にあんたが暮らしはじめたら、そこで社会生活を営む過程のどこかにおいて、必ずそういう男っていうのは現れるだろう。で、あんたもそういう男に口説かれて悪い気はしないってことになったらどうなる?しかも、うちには金があって、その上売れば一千万ドルは下らないという屋敷の権利まであんたが握ってるんだ。あんたの引っかかったのがもし悪い男で……」
「まあ、なんだか殺人事件でも起きそうですわね」
マリー・ルイスが呑気にも笑ってそう言ったため、イーサンのほうでは再びカチンときた。
「実際、笑いごとなんかじゃないんだ。仮に、物凄く順当にいって子供が全員あんたに懐いたとするな?だが、その頃にはあんたのほうでは他に男が出来た、もう子供はいらなくなった……なんて言うんじゃ、最初からあんたなんかいなかったほうがよかったってことになる。そういうこととかわかってんのかってこっちは聞いてんだ!」
「心配いりません。わたし、興味ないんです。恋愛とか結婚とか、男の人がどうとか、そういうこと全般に関して」
(あんた、まさかレズビアンか?)と聞きかけて、イーサンは黙りこんだ。小便をしにいっていた御者が戻ってきたからだ。そして、御者が「いい子だ、アーサーや」だの言いながらしきりと馬のたてがみを撫でるのを見て、(確かにその通りだな)とイーサンもそう思った。ただ出発の合図に鞭をくれてやるだけで、イーサンが知る限り今日、御者は125ドルばかりもすでに設けているという計算になる。おそらく、ロンシュタット近郊の農家の出身ではないかと思われるが、定年後の仕事としてはなかなかに悪くない収入といえるのではないだろうか。
「ふうん。まあ、まだこっちは色々聞きたいことがあるが、そんなことを話すのはまた明日ということにしておこう。だが、ひとつ先に言っておくぞ。あんたに仮にこっちが思ってもみないような腹黒い魂胆があったりなんだりした場合は――すぐあの屋敷から出ていってもらうからな。もちろん、土地・家屋は自分のもののはずだとあんたは主張するだろう。だが、裁判ってのは実に労力を費やすものだからな……俺も、もしあんたに裏切られたような場合には最終的にこっちが負けるのだとしても、最後の血の一滴まで絞り取るようにあんたのことを苦しめてやる。もしその覚悟があるってんなら、暫くの間あの屋敷であんたは好きなように暮らしてみるといい」
イーサンは自分でも言いながら、少し不思議だった。こんな赤の他人を受け容れて、半分血の繋がった幼い弟妹たちと暮らさせるなど、本当はあってはならぬことなはずだった。だが、落ち着いてこうしてふたりで話してみると……女の存在からはイーサンが抗うことの出来ぬ善良さのようなものが漂ってくるのがわかった。簡単に言えば、彼の父ケネスも「これ」にやられたのだろう。ようするに、これでもし女のほうで裏切りを働くとすれば、それはこちらの目が節穴だったということなのだ。
(で、親父のほうでは今ごろ天国でこの事態を見ながら楽しんでるってわけだな。あんないないほうがマシというくらいの毒マムシのような父親ではあるが、あの人なりに幼い子供を残していくのが不憫でもあったんだろう。それにしても、「人は生きてきたとおりに死んでいく」とはよく言ったもんだ。俺も、放屁する馬のことと、精力絶倫のおとっつぁんが虹に乗って天国へ行った今日という日のことは、生涯忘れることはないだろう)
やがて、長い列に並んだ甲斐あって、幸福の鐘を高らかに鳴らしたランディとロンとココが、顔を真っ赤にしながらこちらに走り戻ってくる。
「ねえねえ、こっちまで聞こえたでしょ?ぼくらが鐘をリンゴン鳴らす音!!」
「ああ、そうだな」と、欠伸を噛み殺しながらイーサンはロンに言った。「おまえらのなのか誰のなのかよくわからんが、よくもまああんなにリンゴンリンゴン鳴らして、幸福の御利益がどこにも逃げてかないもんだなと思ったよ」
「もう、イーサンったら!!」
ココは怒った振りだけして、大好きな兄に「はい、これ!」と小さなキィホルダーを渡した。見ると、それには幸福の鐘が付いており、手で左右に振ると小さな鐘の音がコロコロ鳴る仕組みになっている。
「ココ、おまえ、これいくらした?」
「んっとね、六ドル五十セントだったかな」
ココは自分用の幸福の鐘のキィホルダーも買ってきたらしく、それをコロコロ鳴らしながら言った。
前のほうの座席に戻ってきた例のカップルと中年の夫婦も、同じように幸福の鐘をコロコロ鳴らしている……(こりゃまた随分とボロいもうけだな)と思うのと同時、(迷信深いバカどもめ)とも思うが、妹のことが可愛いので、とりあえず黙っておく。
「はい、これ。お姉さんにもあげる!!だって、おねえさんだけ幸せになれなかったりしたらやでしょ?」
「ま、まあ。ありがとう」
マリーは驚くのと同時、なんとなくちらっと後ろのイーサンのことを振り返った。すると彼は、疲れきった顔をして(受け取っておけ)といった顔をする。それから彼はぴしゃっ!とランディの頭をはたいた。
「おまえも、このおねいさんのために二個幸福の鐘を買ってきたんだろ?まあ、それはあれだな。ミミが起きたらこいつにやれ。みんなに一個ずつ幸福の鐘がないと、ミミが泣きだすだろうからな」
「う、うんっ!!」
ランディが寝ているミミのことを振り返ると、マリーはにっこり微笑んだ。彼の気持ちが嬉しかったのだ。
(は~、やれやれ。なんだ、これ……)
イーサンはきのうの徹ジャンの疲れがだんだんとピークに達しつつあった。だが、帰りの列車の中でもないことには、寝るということは出来ない。後ろを振り返ってみると、マグダもどこかげっそりした顔をしている。おそらく、長い列に並ぶのに疲れただけでなく、その間も三人の子供たちがあーでもない、こーでもないとしゃべる相手をするだけで、彼女は相当疲れたに違いなかった。
(早く家に帰りてえな)と、そう思うが、湖を一周するという旅はまだ続いていた。時刻は今、午後の四時半だ。夏の間、首府ユトレイシアもそうだが、このあたり一帯の日が沈む時刻というのは大体八時くらいである。子供たちはまだまだまるで元気で、次の観光名所が近づいてくると、「あれなに、あれなに!?」ときゃあきゃあ騒いでいた。
マグダのことも気の毒だったが、イーサンも疲れきっていた。だが、子供たちはみんな元気だ。よく知らないじーじが死のうとどうしようと関係ないのだ。マリーは後ろの大人ふたりがげんなりしているのを見ると、(ここは自分が)と思って、馬車を降りることにした。
「あの、ミミちゃんのこと、見ていただけます?」
「ん?あ~、そうだな。ミミのことは俺が見てるから、ガキどものこと、よろしく頼む。くだらんものに金を使わんように、よく見ていてくれ」
肘掛けのところに頬杖をつき、半ば寝ていたイーサンはそんなふうに返事した。ココが「え~っ。イーサン、行かないのお!?」と頬を膨らませるが、「兄ちゃんはきのう、実はあんまり寝てないんだ……」と言い、なんとか納得させる。
ここロンシュタットは温泉の湧くことでも有名で、アーサーという馬と御者とは、その温泉街のあるところで馬車を停めていた。湖へ続く桟橋にはいくつもの白鳥型をしたボートが並び、砂浜を少しいったところには<海の家>ならぬ<みずうみの家>がいくつも立ち並んでいる。
御者は「一時間以内に戻ってきてくだせえよおっ!」と言って乗客を降ろすと、疲れているであろう馬に水やエサを与えはじめた。「さっきは一周して戻ってきたらすぐ、また客が集まっただからな。ほら、今のうちにとっくりと食えや」……イーサンは、馬と同じく年取った御者がそう言うのを聞いたが最後、こっくりこっくりと眠りに落ちていった。
そして、一時間が過ぎたのかどうかわからなかったが、気づくとランディもロンもココもみんな、座席に戻っていたのだった。だが、ミミとマリーの姿だけがない。
「お、おい、おまえら。ミミはどうした!?」
「あ~、なんか戻ってきたらミミが「もごしちゃう」とか言って、今トイレに連れていったとこ。かなり切羽詰まってたみたい」
「そ、そうか」
イーサンは口許のよだれをぬぐうと、後ろのマグダのことを振り返った。
「すみません。気がつきませんで……ここからだと、ミミ嬢ちゃんの姿が隠れて見えないもので、そんなに我慢してるとは思ってもみませんでした」
「いや、べつにいいんだ。俺も悪い。それに、誘拐されたとかってわけじゃないんだから……」
そうこう言っているうちに、マリーとミミが手を繋いで戻ってきた。イーサンはほっとした。また、それとはまったく別にランディもロンもココもどこか満足げな顔をしていることがすぐにわかる。三人はお土産売場で買ったお土産を見せあいっこしては、何かわいわい騒いでいた。
「みんなさ、俺がじいちゃん死んで学校休むって言ったら、「いいなあ~」って言って羨ましがってたんだ。明後日また、学校いったらこの土産見せてまた羨ましがらせてやろっと!」
「ほんと、なんか得しちゃったあ~。それにもうすぐ夏休みだし、べつにガッコで授業受けても、そんなに楽しいことないもんね」
ココとランディは普段、それほど仲がいいわけではない。というのも、ココは何か自分に都合の悪いことがあると兄のことをデブ呼ばわりするからだったし、ランディもロンも基本的に口喧嘩ではこの妹に勝てないからだった。それでもやはり、何かの拍子には意気投合するもので、この時がそうだった。
また、ロンは湖の精霊が宿っているという水晶の玉を見て、それを何度もしつこいくらいに磨いてばかりいる。
(やれやれ。そんなものに一体いくら金を使ったんだと言ってやりたいが、まあいいか……)
「なんか、悪かったな」
マリーがミミと一緒に座席に着くのと同時、イーサンはそう声をかけた。ミミは「もごさなくてよかった!」とニコニコした顔で言い、トイレにいったついでに買ってもらったらしいアイスキャンディを食べている。そしてマリー・ルイスは「いえ、べつに」とだけ答えていた。
そんなこんなでようやく湖一周ツアーは終わりを迎え、出発地点のロンシュタット駅までようやくのことで戻ってきた。ところが今度は三人の豚児どもは「腹へった~!」、「お腹すいた~!」と言いだし、イーサンはレストランに二人の大人と四人の子供らを連れていかねばならない羽目となる。
というのも、列車が出発するまでに時間のあることがわかり、電車内で適当にサンドイッチでも食べさせるというわけにはいかなくなかったからだった。イーサンは手持ちの現金がなかったため(どうしたもんかな)と思ったが、幸い、駅の構内にあったそのレストランではクレジットカードが使えて実に助かったものだ。
――こうして、列車が出発する時刻になるまでファミリーレストランで時間を潰し、マクフィールド家の面々はその後三時間半ほどもかけて首府ユトレイシアの中心地近くにある自宅まで戻ってきた。帰ってくる頃には日もとっぷりと暮れ、子供たちもまた眠そうだった。というのも、列車の中でも彼らはつまらないことで喧嘩したり、物を取りあったりと、そんなことを繰り返してばかりいたからだった。
(まったく、マグダがどれだけ苦労してこいつらにちゃんとした格好をさせて、駅から田舎行きの列車に乗ったのか、目に見えるようだな)と、イーサンはつくづくそう思ったものである。そしてイーサン自身はといえば、ランディとロンとココとミミの寝仕舞いのことはマグダとマリーに任せ、自分はリビングのソファでぐったりした。テレビのほうはついているが、ニュースの内容のほうはまるで耳に入ってこないといったような状態だった。
それから、家の中が妙にしんとなり、なんの微かな話し声も聞こえなくなった頃――「あ、あの……」という、ためらいがちな女の声をイーサンは聞いた。
「どうかしたのか?」
「マグダが、どこでも自分の好きなゲストルームを使っていいっていうことだったんですけど、もし何かこのお屋敷内におけるルールみたいなものがあったらと思って……」
(そういうことか)と思い、イーサンはずっと緩めていたネクタイを引っ張って投げだし、キッチンの冷蔵庫からビールを取った。「あんた、酒は?」と聞くと、「いえ、飲みません」との案の定の返事。
「べつに、そんなルールみたいなもんはないよ。部屋のほうは一階から五階まであって、階段の他にエレベーターがついてる。俺も数えてみたことはないが、大体四十室くらい部屋があるのかね。マグダは二階で、ミミのすぐ隣の部屋で寝てる。ココも少し離れたすぐそばの部屋だ。ランディとロンは五階。バカとなんとかは高いところが好きとはよく言ったもんでな、一番てっぺんに屋根裏部屋があるんだが、そこを誰の部屋にするかでモメにモメて、結局あそこは今物置みたいになってる。時々友達が来て、隠れ家ごっことか、そんなことはやってるらしいが……と、それはさておき、だ」
テーブルクロスのかかったダイニングキッチンのテーブルに、促されてマリーはイーサンの向かい側に座った。イーサンは煙草を吸いたい気分だったが、とりあえずやめておく。
「今日からこの豪邸はまあ、あんたのものだ。よく考えてみれば、俺に何か断る必要もない。だがあんたは、どうやら至極まっとうな神経の持ち主らしいな。今までのあんたの行動を見ていて思うに、ということだが。まあ、唯一、七十のジジイと死ぬ数日前に結婚したという以外では、至極まともな人間なんだろう」
そう言って、イーサンはあらためてマリー・ルイスのことをじっと見つめた。
「俺は、明日にはもう大学のほうへ戻らなきゃならん。まあ、ここから大学へは中央駅から地下鉄で七つばかりいったところにあるから、緊急の際には戻って来れんこともない。だがな、俺にも大学における生活ってものがある。だから子供がちょっと熱をだしたの、風邪をひいたのどうだのいうことで、いちいち電話なんか受けたくないわけだ。幸い、うちにはマグダがいるから、子供たちが足を折ったくらいのことでもなければ俺に連絡なんかするなと言ってくれるだろう。ゆえに、そうした心配はしてない。つまりな、これまではずっとそれで良かったんだ。俺は学業とアメフトに専念していて、たまに休暇でこの屋敷に戻ってくるってな程度でな。だが、これからは家にあんたみたいな赤の他人がいるってことになると、暫くの間は俺も心配なわけだ。あのガキめらが本当にうまくあんたと一緒にやっていけるのかとか、そんなことがな」
「精一杯、努力します」
背筋を伸ばした姿勢のまま、マリーはそう答えたが、(こりゃ全然わかってねえな)とばかり、イーサンは何度か首を振る。
「いや、子育てってのは、あんたが一生懸命やったからって、そううまくはいかないだろう。逆に、それが普通だってことだ。俺はあんたに今からあの子らに英才教育を施せって言ってるんじゃないからな。まあ、そこそこ人としてのまともな道徳観があって、目上の人間を敬い、嘘をつかず、卑劣なことに手を出さず、素直で礼儀正しい子に育ってくれりゃ御の字ってとこか。俺にしてもそれ以上のことは特段望んじゃいないしな。あんた、どうせ子育ての経験なんかないんだろ?」
「ありません」
マリーは妙にきっぱりとそう言った。
「まあ、そのへんはマグダにでも教えてもらえとしか俺には言えんな。あとは……なんだ。あんたみたいな若い母ちゃんが出来たことを、あの子らにどう説明するかだな。ほら、学校の用事かなんかがいずれはあって、なんのかんのと世間様向けにも説明せねばならんだろ。あんた、そのへんは大丈夫か?」
「は、はい。父兄会とか、そういう場所へ出席することは当然の義務と思ってますけど……」
「いや、そうじゃなくさ。あの女たらしのケネス・マクフィールドが死ぬ少し前に結婚した女だってことになると、俺と同じくほとんど全員が金目当てに結婚した娼婦かなんかだとしか思わんだろうって話さ。世間様から後ろ指さされても、自分はこの子たちを守るんだとか、自分は何も悪いところのない潔白な身なのに、しくしくとか、そういう覚悟は今からしとけって話」
「ええ。そういうことでしたら、何も問題ありません」
急にマリーが、あんまり自信ありげににっこり笑ったため、イーサンは彼女から目を逸らし、話題を変えることにした。
「この屋敷の中にはな、あっちこっちにイルカのなんかが飾られてるんだが、まあ、あまり気にしないで暮らしてくれ。というのもな、あの子らの母親のシャーロットが、占い師にあなたの守護聖獣はイルカですとかなんとか言われて、そのせいでクリスチャン・ラッセンの絵画が屋敷中に飾られてるだけじゃなく、クリスタルのイルカの置物なんかが部屋のどっかこっかに必ずあるし、蛇口のひねり口まで全部イルカときてる。なんでも、クリスタルってのは悪い気や病気を吸いとってくれるとかで、あの可哀想な占い狂いのおっかさんは、最後にはそれで自分の癌は治るとまで信じてたらしい。生まれる前、自分はイルカだったし、次もまたイルカに生まれ変わるだろうとか、本当に信じてたらしいからな……なんにせよ、そんな頭のおかしいおっかさんでも、あいつらにゃ血の繋がったこの世にただひとりの母ちゃんだと思って、そういうものを壊したり捨てたりするってことだけはやめてほしい」
「わかりました」
話はここまでと見てとって、マリーは椅子を後ろへずらした。そしてふと、心に浮かんだ疑問を口にしてみる。
「マクフィールドさんは、何故ここでお暮らしになってないんですか?大学のほうも、郊外とはいえ、同じ市内にあるのに……」
「ああ。だからさっき言ったろ?俺には俺の生活があるって。こんな四人ものクソやかましいガキめらのいる環境で、学業に専念したり、自分のやりたいことをやりたいように出来ると思うか?大体、あの子たちの母親の死んだのが三年前で、それ以前に何か親しく交流してたってわけでもない。俺はパブリックスクールの寄宿舎を出たあとは、そのまま大学の寮に入った。ところが、突然半分血の繋がったガキめらのお守りをさせらることになったってわけだ。マクフィールド家の家長としてな。そうだ、思いだしたから言っておくけどな」
ここでイーサンはビールをぐびくび飲み干してから言った。
「俺はあいつらにとっての、いい兄ちゃんでも、父ちゃん兼兄ちゃんってのでもない。あんたはどう思ったか知らんがな、俺はガキって生き物が大嫌いだし、あの子らがそれなりに成長して大きくなったら、子供なんて生き物とは金輪際関わりあいになりたくないとすら思ってるんだ。にも関わらず、俺がそれなりにあいつらの面倒を見てるのがなんでか、あんたにわかるか?」
「いえ……」
「あいつらがもし――今なんの躾けもしてなくて大きくなったとしたら、結局最後は俺に迷惑がかかってくるからさ。たとえ半分でもな、血の繋がりっていうのはそういうもんなんだ。仮にこの家に金が大してなけりゃそれでもいいんだろう。だが、放っておいたらランディは食欲の赴くままにムシャムシャなんでも食って、無制限に太ってやがて部屋から出てこれないくらいのデブになるだろう。ロンはいじめにあったくらいですぐめそめそして、そのうちこの屋敷のどこかで首を括って死ぬかもな。ココは確かに可愛い妹ではあるが、悪い男に金を貢いでアル中のジャンキーになるか、そういう矯正施設のご厄介になるかもわからない。唯一、ミミは……ミミだけはまだよくわからん。なんにしてもあの子だってようするに今どう躾けて教育するかがすべてなんだ。俺はな、自分が愛していない父親の残した財産が一番大事なんだよ。何故ってあの男が残したものはそんなものくらいしかないからさ。ところがだ、血の半分繋がった面倒な弟と妹がいるゆえに、俺の財産は常に脅かされっぱなしなんだ。いいか、勘違いするなよ。俺はあの子たちの財産まで取って自分のものにしようとするような守銭奴じゃない。だが、あの子らが自分の手元にある金をおかしな方向に使いだしたら、俺が代わりに借金を返すなりなんだりする羽目になるかもしれないだろ。俺は自分が何より一番大事で、自分の財産が可愛いと思えばこそ、あんな将来性のないガキどもの面倒を見てるっていう、それだけなんだ」
一息にそこまで言うと、イーサンはなんだか罰が悪くなって、冷蔵庫まで二本目のビールを取りにいった。そしてテーブルまで戻ってくるとマリーは、すでに部屋から出ていきかけていた。最後に振り返ると、イーサンのほうを真っ直ぐに見つめ返して、言う。
「でも、それでもやっぱり、あなたはあの子たちにとって、とても大切なお兄さんなんだと思います。それじゃあ、おやすみなさい」
「…………………」
イーサンは返事をしなかった。正直なところを言って、自分の本音を吐露したことが恥かしかった。むしろ、この重要な点についてはあの女によくよくわからせなければならないと昼間思っていたことをそのまま口に出して言っただけなのに――何故だか、そのことを口に出して言ったことを後悔していた。何故なのかはよくわからなかったにしても。
そしてイーサンは、一階にある客間のひとつでこの日は寝た。眠りに落ちる前、彼の頭の中にあったのは次のようなことだったかもしれない。一、馬の放屁と馬糞ではじまった旅はすこぶる愉快だったこと、二、おとっつぁんは虹に乗って天国へ行ったらしきこと、三、幸福の鐘などいくら鳴らしても、幸せを感じる力は自らが発見すべきこと、四、ミミは自分を起こしたくなくて、もごしそうになるまで我慢していたのだろうということ、五、ランディがグルメを気取り、ファミレスの店員に「もっとミディアムなほうがぼかぁいいな」と言ったこと、六、明日こそは銀行から現金を下ろすべきこと、七、あの頭のおかしい女は、もしかしたらそこそこ利用価値があるのかもしれないこと……。
そこまで考えてからイーサンは、寝る前に確認しておいた警報装置のことを思いだしていた。あのセットの仕方と、警報機が誤作動した際の解除する方法や、警備会社への連絡方法のことなど――(明日、あの女には一通り教えておかねばならんだろうな)と、最後に思ったというのが、彼の覚えている限りの、実の父の死んだ夜に思考したことである。
>>続く。
「ぼくの大好きなソフィおばさん」のリース湖に続き、何故かまた湖が出てきました(^^;)
作中に出てくるロンシュタット湖は摩周湖がモデルっていうことでもないんですけど、でもどうしてもわたしの中で「透明度の高い湖」っていうと、バイカル湖か摩周湖っていうのがあったりして(※もちろんバイカル湖へは行ったことありません^^;)
んで、近くで温泉が出る……とかなんとかいうのは、摩周湖と割と近いところにある屈斜路湖(くっしゃろこ)のイメージですねww
確か砂湯っていって、砂を掘ったらすごく温かいお湯が出てきてたような記憶があります。。。

湖で白鳥のボートが並んでるっていうのも、こっちの屈斜路湖のイメージで(だって、摩周湖ではそんなこと出来ないから

正確には、「エゾオオサンショウウオ」、「ヒメマス、ニジマス、エゾウグイ、スジエビなど」ということなのかな(ウィキさん情報よりm(_ _)m)
あと、道東の三大湖(?)っていうと、摩周湖・屈斜路湖・阿寒湖といったイメージなのですが(自分比☆)、自分的に阿寒湖も好きです(もうずっと行ってないけど^^;)
なんか、冬は結氷した湖でワカサギ釣りとか出来た記憶があります♪(ワカサギのフライ、美味しい


他に、道内の湖っていうと、支笏湖とか洞爺湖も好きだったり

支笏湖には去年か一昨年くらいに久しぶりに出かけていって……カエルの鳴き声がすごかったです(もう大合唱!!





部屋に露天風呂がついてたのですが、露天風呂に入ってる間中、ずっとカエルが鳴き通しで……それも今にしてみればまた乙☆

北海道にずっと住んでると、このくらい自然が豊か(?)なのが当たり前的イメージなんですけど、やっぱり本州の方にとってはこういう自然が特に魅力的とか、そういうことなんでしょうか??

他に、作中に出てくるお馬さんは、札幌で観光幌馬車を引いてる銀太くん(大好き!


札幌観光幌馬車を「写真多数」で紹介!北海道観光で絶対に乗るべき!
作中でイーサンの言ってる「馬をやるのも楽じゃない」って、おわかりいただけますでしょうか(^^;)
いえ、この観光業者の方を責めたいとか、そういう気持ちはまるでないんですけど、わたしが昔乗った時には二階席なんてなかったんだよ……しかも料金、結構いい値段とりますね(というか、このくらいじゃないと採算が合わないとか、色々あるのだと思います

と考えた場合、ロンシュタット湖を一周してるおじさんの料金設定は結構良心的ってことになるのかしら??

でもやっぱり、子供は好きですよねえ、こういうのww

なんにしても、次回はユトレイシアのマクフィールド邸へやって来たマリーの初めての子育て……といったところだったでしょうか(これから読み返します^^;)
それではまた~!!

聖女マリー・ルイスの肖像-【2】-
「あの、どうしましょうか?」
ミミがすかーっとなんとも心地好い寝息を立てていたため、マリーはどうしたらいいかわからなかった。何故といって、今自分が体を動かせば、彼女も目を覚ましてしまうだろうからだ。
「マグダ、すまない」
そう一言いって、イーサンは後ろのマグダのことを振り返った。彼女はすでに五十をすぎており、元気のいいガキめらをここまで連れてくるだけでも疲労困憊しているとイーサンにもわかっていた。だが、自分にしてもきのうは徹ジャンして疲れていたし、何よりマリー・ルイスという女と話しておきたいことがあったというせいもある。
「まあ、あの歳くらいのガキってのは、おそらくあんたが思ってる以上にしっかりしてるもんだ。ところが、しっかりしてると思ったら年相応に案外抜けてもいる……だから基本的に、親の責任として目を離すってことはできない。とはいえ、三歩あるくごとに転ぶんじゃないかと思って心配してたらこっちの身がもたないし、あいつらのほうでも鬱陶しいと思うだろう。なんにしても子育てってのは難しいもんだ。これが正解ってのがないだけにな。それであんた、こんなしょうもないガキどもの面倒みてどうしようってんだ?」
「…………………」
マリー・ルイスは林の間を抜けて吹いてくる湖からの風を感じて、そちらのほうにじっと顔を向けたままでいる。
「まさかとは思うが、十台の頃についうっかり妊娠して子供を生んじまって、だが事情あってその子を手放さなきゃならんかったとか、そういう事情があるわけでもないんだろ?たとえばな、あんたが今四十くらいで、もう子供が出来る見通しもないとか、そういうんなら俺も少しは理解できんこともない。あんた、あの親父とは実際体の関係はなかったんだろ?」
きのう、徹ジャンしている最中に、『あっちの機能が正常なら、女が上に乗っかるって手もあるよなあ』だの、『あとはお手々とお口で御奉仕したかのどっちかだな』という話を仲間内でしていたのを、イーサンは酔っ払いつつも覚えていた。だが、自分の母親と同じブロンドで胸の大きいタイプの女性を想像していたにも関わらず、実際に会った女のほうではそんなイメージとは遥かにかけ離れていたというわけだ。
「踊ったことはありません」と、ミミに言っていたのと同じ言葉をマリーは繰り返した。「実際、マクフィールドさんのほうで、何故そんなにわたしに見込むところがあったのか、わたし自身よくわかっていたわけじゃないんです。ただ、膵臓癌を宣告されてからは特に……御自身の人生を振り返って、色々と思うところがあったのではないでしょうか。マクフィールドさん、おっしゃってました。前にも話したとおり、自分には五人子供がいる、だから生きている間に父親らしいことを何ひとつしてやれなかった分、せめても金くらいは残さなきゃならない、でもあんたにも少しくらい金をやりたいみたいなこと……」
「ウェリントン弁護士の話じゃあ、あんたその話、一旦は断ったらしいな?」
「ええ。仮にいただいたとしても、どこかに寄付しますって言ったら、それじゃ何が欲しいんだって言われて」
「それで?」
「家族が欲しいんですって、半分冗談で言ったんです。そしたら……」
「…………………」
今度はイーサンが黙りこむ番だった。正直なところをいって、このマリー・ルイスという女の家族背景などということにイーサンは興味がない。実際、父親が飲んだくれのろくでなしで、母親がどうしようもないあばずれだったなんていう話は、世界中どこにでも転がっている。ゆえに、この女の両親やその他の家族が生きてようと死んでようと、そんなことにも興味はなかった。
(だが、それにしても無理がある)と、イーサンはそのことをただ不審に思うという、それだけなのだ。
「まあ、俺は休暇以外ではあの家に滅多に帰らないから、家族の数には入れなくていい。だがな、あんな出来の悪いガキどもを育てたところで、あんたになんの得なところがある?ランディとロンは、勉強もスポーツも大して出来るほうではないし、唯一ココは才気煥発なところがあるが、生意気で手に負えない性格をしているからな。まあ、天使のミミは無条件に可愛くはあるが、それにしたってな……俺ならせめてももう少しましな家族を選ぶだろう。いくら金があったにしてもな」
「だからです」と、マリーは妙にきっぱりと言った。「自分でも他に働きながら子供の面倒も見るっていうのでは、わたしにも無理だと思います。でも、この子たちなら……」
ミミの寄りかかった口のところが喪服の袖に触れて、そこにはよだれがたっぷりついていた。だが、マリーのほうでは構うことなくハンカチで少しばかり押さえるというだけだった。
(まあ、確かにそういう利点もなくはない、のか?)
女の望みが、夫のいない、しかも金の自由のきく専業主婦になりたい――というものだというのであれば、イーサンにも少しはわからなくもない。それでもまだ、引っかかる点というのは無数にいくつもあったにしても。
「だが、あんたはまだ若いからな。こう言っちゃなんだが、そんなに不細工ってわけでもなければ、極端に太ってるってわけでもない。俺がこれまで見てきた経験上でものを言わせてもらえば、女ってのはな、ただ女ってだけでそれなりの容姿をしてれば黙っていても自然と男が寄ってくる。これは自然の摂理みたいなもんだ。だから、ユトレイシアの本邸にあんたが暮らしはじめたら、そこで社会生活を営む過程のどこかにおいて、必ずそういう男っていうのは現れるだろう。で、あんたもそういう男に口説かれて悪い気はしないってことになったらどうなる?しかも、うちには金があって、その上売れば一千万ドルは下らないという屋敷の権利まであんたが握ってるんだ。あんたの引っかかったのがもし悪い男で……」
「まあ、なんだか殺人事件でも起きそうですわね」
マリー・ルイスが呑気にも笑ってそう言ったため、イーサンのほうでは再びカチンときた。
「実際、笑いごとなんかじゃないんだ。仮に、物凄く順当にいって子供が全員あんたに懐いたとするな?だが、その頃にはあんたのほうでは他に男が出来た、もう子供はいらなくなった……なんて言うんじゃ、最初からあんたなんかいなかったほうがよかったってことになる。そういうこととかわかってんのかってこっちは聞いてんだ!」
「心配いりません。わたし、興味ないんです。恋愛とか結婚とか、男の人がどうとか、そういうこと全般に関して」
(あんた、まさかレズビアンか?)と聞きかけて、イーサンは黙りこんだ。小便をしにいっていた御者が戻ってきたからだ。そして、御者が「いい子だ、アーサーや」だの言いながらしきりと馬のたてがみを撫でるのを見て、(確かにその通りだな)とイーサンもそう思った。ただ出発の合図に鞭をくれてやるだけで、イーサンが知る限り今日、御者は125ドルばかりもすでに設けているという計算になる。おそらく、ロンシュタット近郊の農家の出身ではないかと思われるが、定年後の仕事としてはなかなかに悪くない収入といえるのではないだろうか。
「ふうん。まあ、まだこっちは色々聞きたいことがあるが、そんなことを話すのはまた明日ということにしておこう。だが、ひとつ先に言っておくぞ。あんたに仮にこっちが思ってもみないような腹黒い魂胆があったりなんだりした場合は――すぐあの屋敷から出ていってもらうからな。もちろん、土地・家屋は自分のもののはずだとあんたは主張するだろう。だが、裁判ってのは実に労力を費やすものだからな……俺も、もしあんたに裏切られたような場合には最終的にこっちが負けるのだとしても、最後の血の一滴まで絞り取るようにあんたのことを苦しめてやる。もしその覚悟があるってんなら、暫くの間あの屋敷であんたは好きなように暮らしてみるといい」
イーサンは自分でも言いながら、少し不思議だった。こんな赤の他人を受け容れて、半分血の繋がった幼い弟妹たちと暮らさせるなど、本当はあってはならぬことなはずだった。だが、落ち着いてこうしてふたりで話してみると……女の存在からはイーサンが抗うことの出来ぬ善良さのようなものが漂ってくるのがわかった。簡単に言えば、彼の父ケネスも「これ」にやられたのだろう。ようするに、これでもし女のほうで裏切りを働くとすれば、それはこちらの目が節穴だったということなのだ。
(で、親父のほうでは今ごろ天国でこの事態を見ながら楽しんでるってわけだな。あんないないほうがマシというくらいの毒マムシのような父親ではあるが、あの人なりに幼い子供を残していくのが不憫でもあったんだろう。それにしても、「人は生きてきたとおりに死んでいく」とはよく言ったもんだ。俺も、放屁する馬のことと、精力絶倫のおとっつぁんが虹に乗って天国へ行った今日という日のことは、生涯忘れることはないだろう)
やがて、長い列に並んだ甲斐あって、幸福の鐘を高らかに鳴らしたランディとロンとココが、顔を真っ赤にしながらこちらに走り戻ってくる。
「ねえねえ、こっちまで聞こえたでしょ?ぼくらが鐘をリンゴン鳴らす音!!」
「ああ、そうだな」と、欠伸を噛み殺しながらイーサンはロンに言った。「おまえらのなのか誰のなのかよくわからんが、よくもまああんなにリンゴンリンゴン鳴らして、幸福の御利益がどこにも逃げてかないもんだなと思ったよ」
「もう、イーサンったら!!」
ココは怒った振りだけして、大好きな兄に「はい、これ!」と小さなキィホルダーを渡した。見ると、それには幸福の鐘が付いており、手で左右に振ると小さな鐘の音がコロコロ鳴る仕組みになっている。
「ココ、おまえ、これいくらした?」
「んっとね、六ドル五十セントだったかな」
ココは自分用の幸福の鐘のキィホルダーも買ってきたらしく、それをコロコロ鳴らしながら言った。
前のほうの座席に戻ってきた例のカップルと中年の夫婦も、同じように幸福の鐘をコロコロ鳴らしている……(こりゃまた随分とボロいもうけだな)と思うのと同時、(迷信深いバカどもめ)とも思うが、妹のことが可愛いので、とりあえず黙っておく。
「はい、これ。お姉さんにもあげる!!だって、おねえさんだけ幸せになれなかったりしたらやでしょ?」
「ま、まあ。ありがとう」
マリーは驚くのと同時、なんとなくちらっと後ろのイーサンのことを振り返った。すると彼は、疲れきった顔をして(受け取っておけ)といった顔をする。それから彼はぴしゃっ!とランディの頭をはたいた。
「おまえも、このおねいさんのために二個幸福の鐘を買ってきたんだろ?まあ、それはあれだな。ミミが起きたらこいつにやれ。みんなに一個ずつ幸福の鐘がないと、ミミが泣きだすだろうからな」
「う、うんっ!!」
ランディが寝ているミミのことを振り返ると、マリーはにっこり微笑んだ。彼の気持ちが嬉しかったのだ。
(は~、やれやれ。なんだ、これ……)
イーサンはきのうの徹ジャンの疲れがだんだんとピークに達しつつあった。だが、帰りの列車の中でもないことには、寝るということは出来ない。後ろを振り返ってみると、マグダもどこかげっそりした顔をしている。おそらく、長い列に並ぶのに疲れただけでなく、その間も三人の子供たちがあーでもない、こーでもないとしゃべる相手をするだけで、彼女は相当疲れたに違いなかった。
(早く家に帰りてえな)と、そう思うが、湖を一周するという旅はまだ続いていた。時刻は今、午後の四時半だ。夏の間、首府ユトレイシアもそうだが、このあたり一帯の日が沈む時刻というのは大体八時くらいである。子供たちはまだまだまるで元気で、次の観光名所が近づいてくると、「あれなに、あれなに!?」ときゃあきゃあ騒いでいた。
マグダのことも気の毒だったが、イーサンも疲れきっていた。だが、子供たちはみんな元気だ。よく知らないじーじが死のうとどうしようと関係ないのだ。マリーは後ろの大人ふたりがげんなりしているのを見ると、(ここは自分が)と思って、馬車を降りることにした。
「あの、ミミちゃんのこと、見ていただけます?」
「ん?あ~、そうだな。ミミのことは俺が見てるから、ガキどものこと、よろしく頼む。くだらんものに金を使わんように、よく見ていてくれ」
肘掛けのところに頬杖をつき、半ば寝ていたイーサンはそんなふうに返事した。ココが「え~っ。イーサン、行かないのお!?」と頬を膨らませるが、「兄ちゃんはきのう、実はあんまり寝てないんだ……」と言い、なんとか納得させる。
ここロンシュタットは温泉の湧くことでも有名で、アーサーという馬と御者とは、その温泉街のあるところで馬車を停めていた。湖へ続く桟橋にはいくつもの白鳥型をしたボートが並び、砂浜を少しいったところには<海の家>ならぬ<みずうみの家>がいくつも立ち並んでいる。
御者は「一時間以内に戻ってきてくだせえよおっ!」と言って乗客を降ろすと、疲れているであろう馬に水やエサを与えはじめた。「さっきは一周して戻ってきたらすぐ、また客が集まっただからな。ほら、今のうちにとっくりと食えや」……イーサンは、馬と同じく年取った御者がそう言うのを聞いたが最後、こっくりこっくりと眠りに落ちていった。
そして、一時間が過ぎたのかどうかわからなかったが、気づくとランディもロンもココもみんな、座席に戻っていたのだった。だが、ミミとマリーの姿だけがない。
「お、おい、おまえら。ミミはどうした!?」
「あ~、なんか戻ってきたらミミが「もごしちゃう」とか言って、今トイレに連れていったとこ。かなり切羽詰まってたみたい」
「そ、そうか」
イーサンは口許のよだれをぬぐうと、後ろのマグダのことを振り返った。
「すみません。気がつきませんで……ここからだと、ミミ嬢ちゃんの姿が隠れて見えないもので、そんなに我慢してるとは思ってもみませんでした」
「いや、べつにいいんだ。俺も悪い。それに、誘拐されたとかってわけじゃないんだから……」
そうこう言っているうちに、マリーとミミが手を繋いで戻ってきた。イーサンはほっとした。また、それとはまったく別にランディもロンもココもどこか満足げな顔をしていることがすぐにわかる。三人はお土産売場で買ったお土産を見せあいっこしては、何かわいわい騒いでいた。
「みんなさ、俺がじいちゃん死んで学校休むって言ったら、「いいなあ~」って言って羨ましがってたんだ。明後日また、学校いったらこの土産見せてまた羨ましがらせてやろっと!」
「ほんと、なんか得しちゃったあ~。それにもうすぐ夏休みだし、べつにガッコで授業受けても、そんなに楽しいことないもんね」
ココとランディは普段、それほど仲がいいわけではない。というのも、ココは何か自分に都合の悪いことがあると兄のことをデブ呼ばわりするからだったし、ランディもロンも基本的に口喧嘩ではこの妹に勝てないからだった。それでもやはり、何かの拍子には意気投合するもので、この時がそうだった。
また、ロンは湖の精霊が宿っているという水晶の玉を見て、それを何度もしつこいくらいに磨いてばかりいる。
(やれやれ。そんなものに一体いくら金を使ったんだと言ってやりたいが、まあいいか……)
「なんか、悪かったな」
マリーがミミと一緒に座席に着くのと同時、イーサンはそう声をかけた。ミミは「もごさなくてよかった!」とニコニコした顔で言い、トイレにいったついでに買ってもらったらしいアイスキャンディを食べている。そしてマリー・ルイスは「いえ、べつに」とだけ答えていた。
そんなこんなでようやく湖一周ツアーは終わりを迎え、出発地点のロンシュタット駅までようやくのことで戻ってきた。ところが今度は三人の豚児どもは「腹へった~!」、「お腹すいた~!」と言いだし、イーサンはレストランに二人の大人と四人の子供らを連れていかねばならない羽目となる。
というのも、列車が出発するまでに時間のあることがわかり、電車内で適当にサンドイッチでも食べさせるというわけにはいかなくなかったからだった。イーサンは手持ちの現金がなかったため(どうしたもんかな)と思ったが、幸い、駅の構内にあったそのレストランではクレジットカードが使えて実に助かったものだ。
――こうして、列車が出発する時刻になるまでファミリーレストランで時間を潰し、マクフィールド家の面々はその後三時間半ほどもかけて首府ユトレイシアの中心地近くにある自宅まで戻ってきた。帰ってくる頃には日もとっぷりと暮れ、子供たちもまた眠そうだった。というのも、列車の中でも彼らはつまらないことで喧嘩したり、物を取りあったりと、そんなことを繰り返してばかりいたからだった。
(まったく、マグダがどれだけ苦労してこいつらにちゃんとした格好をさせて、駅から田舎行きの列車に乗ったのか、目に見えるようだな)と、イーサンはつくづくそう思ったものである。そしてイーサン自身はといえば、ランディとロンとココとミミの寝仕舞いのことはマグダとマリーに任せ、自分はリビングのソファでぐったりした。テレビのほうはついているが、ニュースの内容のほうはまるで耳に入ってこないといったような状態だった。
それから、家の中が妙にしんとなり、なんの微かな話し声も聞こえなくなった頃――「あ、あの……」という、ためらいがちな女の声をイーサンは聞いた。
「どうかしたのか?」
「マグダが、どこでも自分の好きなゲストルームを使っていいっていうことだったんですけど、もし何かこのお屋敷内におけるルールみたいなものがあったらと思って……」
(そういうことか)と思い、イーサンはずっと緩めていたネクタイを引っ張って投げだし、キッチンの冷蔵庫からビールを取った。「あんた、酒は?」と聞くと、「いえ、飲みません」との案の定の返事。
「べつに、そんなルールみたいなもんはないよ。部屋のほうは一階から五階まであって、階段の他にエレベーターがついてる。俺も数えてみたことはないが、大体四十室くらい部屋があるのかね。マグダは二階で、ミミのすぐ隣の部屋で寝てる。ココも少し離れたすぐそばの部屋だ。ランディとロンは五階。バカとなんとかは高いところが好きとはよく言ったもんでな、一番てっぺんに屋根裏部屋があるんだが、そこを誰の部屋にするかでモメにモメて、結局あそこは今物置みたいになってる。時々友達が来て、隠れ家ごっことか、そんなことはやってるらしいが……と、それはさておき、だ」
テーブルクロスのかかったダイニングキッチンのテーブルに、促されてマリーはイーサンの向かい側に座った。イーサンは煙草を吸いたい気分だったが、とりあえずやめておく。
「今日からこの豪邸はまあ、あんたのものだ。よく考えてみれば、俺に何か断る必要もない。だがあんたは、どうやら至極まっとうな神経の持ち主らしいな。今までのあんたの行動を見ていて思うに、ということだが。まあ、唯一、七十のジジイと死ぬ数日前に結婚したという以外では、至極まともな人間なんだろう」
そう言って、イーサンはあらためてマリー・ルイスのことをじっと見つめた。
「俺は、明日にはもう大学のほうへ戻らなきゃならん。まあ、ここから大学へは中央駅から地下鉄で七つばかりいったところにあるから、緊急の際には戻って来れんこともない。だがな、俺にも大学における生活ってものがある。だから子供がちょっと熱をだしたの、風邪をひいたのどうだのいうことで、いちいち電話なんか受けたくないわけだ。幸い、うちにはマグダがいるから、子供たちが足を折ったくらいのことでもなければ俺に連絡なんかするなと言ってくれるだろう。ゆえに、そうした心配はしてない。つまりな、これまではずっとそれで良かったんだ。俺は学業とアメフトに専念していて、たまに休暇でこの屋敷に戻ってくるってな程度でな。だが、これからは家にあんたみたいな赤の他人がいるってことになると、暫くの間は俺も心配なわけだ。あのガキめらが本当にうまくあんたと一緒にやっていけるのかとか、そんなことがな」
「精一杯、努力します」
背筋を伸ばした姿勢のまま、マリーはそう答えたが、(こりゃ全然わかってねえな)とばかり、イーサンは何度か首を振る。
「いや、子育てってのは、あんたが一生懸命やったからって、そううまくはいかないだろう。逆に、それが普通だってことだ。俺はあんたに今からあの子らに英才教育を施せって言ってるんじゃないからな。まあ、そこそこ人としてのまともな道徳観があって、目上の人間を敬い、嘘をつかず、卑劣なことに手を出さず、素直で礼儀正しい子に育ってくれりゃ御の字ってとこか。俺にしてもそれ以上のことは特段望んじゃいないしな。あんた、どうせ子育ての経験なんかないんだろ?」
「ありません」
マリーは妙にきっぱりとそう言った。
「まあ、そのへんはマグダにでも教えてもらえとしか俺には言えんな。あとは……なんだ。あんたみたいな若い母ちゃんが出来たことを、あの子らにどう説明するかだな。ほら、学校の用事かなんかがいずれはあって、なんのかんのと世間様向けにも説明せねばならんだろ。あんた、そのへんは大丈夫か?」
「は、はい。父兄会とか、そういう場所へ出席することは当然の義務と思ってますけど……」
「いや、そうじゃなくさ。あの女たらしのケネス・マクフィールドが死ぬ少し前に結婚した女だってことになると、俺と同じくほとんど全員が金目当てに結婚した娼婦かなんかだとしか思わんだろうって話さ。世間様から後ろ指さされても、自分はこの子たちを守るんだとか、自分は何も悪いところのない潔白な身なのに、しくしくとか、そういう覚悟は今からしとけって話」
「ええ。そういうことでしたら、何も問題ありません」
急にマリーが、あんまり自信ありげににっこり笑ったため、イーサンは彼女から目を逸らし、話題を変えることにした。
「この屋敷の中にはな、あっちこっちにイルカのなんかが飾られてるんだが、まあ、あまり気にしないで暮らしてくれ。というのもな、あの子らの母親のシャーロットが、占い師にあなたの守護聖獣はイルカですとかなんとか言われて、そのせいでクリスチャン・ラッセンの絵画が屋敷中に飾られてるだけじゃなく、クリスタルのイルカの置物なんかが部屋のどっかこっかに必ずあるし、蛇口のひねり口まで全部イルカときてる。なんでも、クリスタルってのは悪い気や病気を吸いとってくれるとかで、あの可哀想な占い狂いのおっかさんは、最後にはそれで自分の癌は治るとまで信じてたらしい。生まれる前、自分はイルカだったし、次もまたイルカに生まれ変わるだろうとか、本当に信じてたらしいからな……なんにせよ、そんな頭のおかしいおっかさんでも、あいつらにゃ血の繋がったこの世にただひとりの母ちゃんだと思って、そういうものを壊したり捨てたりするってことだけはやめてほしい」
「わかりました」
話はここまでと見てとって、マリーは椅子を後ろへずらした。そしてふと、心に浮かんだ疑問を口にしてみる。
「マクフィールドさんは、何故ここでお暮らしになってないんですか?大学のほうも、郊外とはいえ、同じ市内にあるのに……」
「ああ。だからさっき言ったろ?俺には俺の生活があるって。こんな四人ものクソやかましいガキめらのいる環境で、学業に専念したり、自分のやりたいことをやりたいように出来ると思うか?大体、あの子たちの母親の死んだのが三年前で、それ以前に何か親しく交流してたってわけでもない。俺はパブリックスクールの寄宿舎を出たあとは、そのまま大学の寮に入った。ところが、突然半分血の繋がったガキめらのお守りをさせらることになったってわけだ。マクフィールド家の家長としてな。そうだ、思いだしたから言っておくけどな」
ここでイーサンはビールをぐびくび飲み干してから言った。
「俺はあいつらにとっての、いい兄ちゃんでも、父ちゃん兼兄ちゃんってのでもない。あんたはどう思ったか知らんがな、俺はガキって生き物が大嫌いだし、あの子らがそれなりに成長して大きくなったら、子供なんて生き物とは金輪際関わりあいになりたくないとすら思ってるんだ。にも関わらず、俺がそれなりにあいつらの面倒を見てるのがなんでか、あんたにわかるか?」
「いえ……」
「あいつらがもし――今なんの躾けもしてなくて大きくなったとしたら、結局最後は俺に迷惑がかかってくるからさ。たとえ半分でもな、血の繋がりっていうのはそういうもんなんだ。仮にこの家に金が大してなけりゃそれでもいいんだろう。だが、放っておいたらランディは食欲の赴くままにムシャムシャなんでも食って、無制限に太ってやがて部屋から出てこれないくらいのデブになるだろう。ロンはいじめにあったくらいですぐめそめそして、そのうちこの屋敷のどこかで首を括って死ぬかもな。ココは確かに可愛い妹ではあるが、悪い男に金を貢いでアル中のジャンキーになるか、そういう矯正施設のご厄介になるかもわからない。唯一、ミミは……ミミだけはまだよくわからん。なんにしてもあの子だってようするに今どう躾けて教育するかがすべてなんだ。俺はな、自分が愛していない父親の残した財産が一番大事なんだよ。何故ってあの男が残したものはそんなものくらいしかないからさ。ところがだ、血の半分繋がった面倒な弟と妹がいるゆえに、俺の財産は常に脅かされっぱなしなんだ。いいか、勘違いするなよ。俺はあの子たちの財産まで取って自分のものにしようとするような守銭奴じゃない。だが、あの子らが自分の手元にある金をおかしな方向に使いだしたら、俺が代わりに借金を返すなりなんだりする羽目になるかもしれないだろ。俺は自分が何より一番大事で、自分の財産が可愛いと思えばこそ、あんな将来性のないガキどもの面倒を見てるっていう、それだけなんだ」
一息にそこまで言うと、イーサンはなんだか罰が悪くなって、冷蔵庫まで二本目のビールを取りにいった。そしてテーブルまで戻ってくるとマリーは、すでに部屋から出ていきかけていた。最後に振り返ると、イーサンのほうを真っ直ぐに見つめ返して、言う。
「でも、それでもやっぱり、あなたはあの子たちにとって、とても大切なお兄さんなんだと思います。それじゃあ、おやすみなさい」
「…………………」
イーサンは返事をしなかった。正直なところを言って、自分の本音を吐露したことが恥かしかった。むしろ、この重要な点についてはあの女によくよくわからせなければならないと昼間思っていたことをそのまま口に出して言っただけなのに――何故だか、そのことを口に出して言ったことを後悔していた。何故なのかはよくわからなかったにしても。
そしてイーサンは、一階にある客間のひとつでこの日は寝た。眠りに落ちる前、彼の頭の中にあったのは次のようなことだったかもしれない。一、馬の放屁と馬糞ではじまった旅はすこぶる愉快だったこと、二、おとっつぁんは虹に乗って天国へ行ったらしきこと、三、幸福の鐘などいくら鳴らしても、幸せを感じる力は自らが発見すべきこと、四、ミミは自分を起こしたくなくて、もごしそうになるまで我慢していたのだろうということ、五、ランディがグルメを気取り、ファミレスの店員に「もっとミディアムなほうがぼかぁいいな」と言ったこと、六、明日こそは銀行から現金を下ろすべきこと、七、あの頭のおかしい女は、もしかしたらそこそこ利用価値があるのかもしれないこと……。
そこまで考えてからイーサンは、寝る前に確認しておいた警報装置のことを思いだしていた。あのセットの仕方と、警報機が誤作動した際の解除する方法や、警備会社への連絡方法のことなど――(明日、あの女には一通り教えておかねばならんだろうな)と、最後に思ったというのが、彼の覚えている限りの、実の父の死んだ夜に思考したことである。
>>続く。