※今日はぺこぱのことはあんまり出てきません。
なんかシリーズになってきちゃった。《笑いにおける優しさとはなんだろうか》をテーマにお送りしております。(後付け)
前回かが屋のことを書いて、で、その流れでネサフをしていて知ったのですけど、やはりかが屋に対しても『世間では優しさの代名詞みたいに扱われているけどそれほど優しいわけでもない』と思っている人はいるらしいです。
私は本当に謝りたい。かが屋のことを良く知りもしないのに知った風なことを言ってすみませんでしたと土下座して謝罪したい。
嘘です。謝りたいのは本当ですが土下座はしません。(されても困るでしょう)
そうかといって果たしてぺこぱのことは良く知っていて的確なことを言っているのかというとそんな自信もないのだが。
前回の解説に付け足したいことがあるのでまぁ聞いてくださいそこなお方。
(そこな=そこなる=そこの、そこにいる)
このネタ小道具の使い方が秀逸だと思います。
この左の黒シャツの彼(加賀さん)が持っているものをよく見ていただきたい。
カップラーメン、それもレジ袋に入れず手で直接持ってる。
(レジ袋の中には飲み物が入っているのが後に分かるがそれは気にしないでいい)
これだけで彼の状況の説明になってる。シャーロックホームズでなくても色々推理できる。
あまり解説しすぎると野暮になるので避けたいところなんですが解説したい。すっごい解説したい。
別に見たままなのでネタバレでもないのですけど。色を擬態(?)しておきますので読みたい方は文字をドラッグしてみてください。(Shiftキー+矢印キーでもいいぞ)
up後にスマホで見たら丸見えでワロタ。白地に白い文字で書いてます
- このラーメンには既にお湯が入ってる
- (ということは)彼はここから自転車で2~3分のところに住んでいる
- 2人の会話を聞いてるうちに、いつもだったら家に着いて、何だったらもう食べ終わってる時間が流れている
- このままここに突っ立ってたらのびる。のびるし冷める
最近のラーメンの容器は優秀でなかなか冷めないと思いますが、分かっていても心配になる - 迷惑。だけど割って入る勇気もない。それにこのドラマみたいなシチュエーション、結局どうなるか見届けたい
…と、思いながら僕は今ここに立っています。
という時間と想いをお客さんと共有しているのだよ。このラーメン一個で。
すごくない?
少なくともオンエア上では審査員が誰も指摘した記憶がないのだが、私はこれネタ中ずっと気になって(笑えて)仕方なかったです。誰かほめてやってww
さて、前回勢いで巻き込み事故を食らわせてしまったラフレクラン。(申し訳ない)
今更取って付けたようですが、彼らのネタも面白かったんです。
孤独な少年と、それにうっかり同情してしまいそうになる誘拐犯のコント。
この設定を聞けば察しが付くと思いますが、これも結局『この犯人結構優しいじゃんw』てゆう話しなんですよ。
途中で、え、こっちがツッコミ?w ってなるところも今風と言えるんじゃないですか。
話すと長くなるんですが、もう一組最終決戦に残ったしゃもじも優しいネタで、元々のその人の性質もあるのでしょうけど、ここまで重なるとこれはもう時代の要請なんでしょうね。
時代が優しさを求めていると言ったら安っぽくなりますけど。
きついツッコミや、イジメぎりぎりのイジリでは、笑えない人が多くなってきてるということなのじゃないでしょうか。
笑えななければ(ウケなければ)芸人さんにとっては死活問題ですから、それは自然に避けるようになるでしょうね。すべるくらいならまだましだけど…。
その辺の感覚を見誤るとぉ、炎上したりぃ、するんでしょうなぁ。
考えてみたら…、これは私たちも一緒ですよね。
傷つけて傷つけられて、人は優しさを育てていくのですねぇ。
上手いこと言うたった みたいになったところで本日はお開きでございます。