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蕎麦屋帳

蕎麦屋帳更新記録

蕎麦屋の天ぷら、谷中の質屋

2013-07-04 14:04:14 | 蕎麦ノート
「蕎麦屋の天ぷら、谷中の質屋」

藤村和夫著、「蕎麦屋のしきたり」の一項に「蕎麦屋の天麩羅、谷中の質屋」があります。昭和30年代の後半、当時まだ私は、蕎麦を食べる習慣がありませんでしたので、うどん屋の天丼の天麩羅の記憶ですが、まさに、ここでいう、「蕎麦屋の天麩羅」そのものだったように思います。たっぷりと汁を吸った衣が御飯の上に広がって、もうしわけ程度にエビの尻尾が付いた天丼がじつに美味しかった。
 20年ほど前に、蕎麦を食べることを覚えて以来、蕎麦屋の天麩羅にお目にかかっていないなあ。という感慨にふけりながら、蕎麦屋の天麩羅の変貌を現代の皆さんがどうとらえているのか、調べてみました。

◆項題の「蕎麦屋の天ぷら、谷中の質屋」については「芝大門更科布屋のHP」に、こんな形で説明があります。

「蕎麦屋の天ぷら谷中の質屋」などと、からかわれることもありますが、
これは、谷中(台東区)には寺が多く、持ち込まれる質草は「ころも」ばかりという意味で、天麩羅屋に比べて衣が厚いのです。
(芝大門更科布屋のHP、店主の独り言)

「ころも」:僧尼が袈裟(けさ)の下に着る衣服。法衣(ほうえ)。僧衣。(大辞泉)

「蕎麦屋のしきたり」の「蕎麦屋の天ぷら、谷中の質屋」の項で、「蕎麦屋の天麩羅」の変貌について記載された部分を見てみます。

◆蕎麦屋の天麩羅の所以についてこうあります。

長いこと蕎麦屋では、天麩羅は「蕎麦屋の種汁」でしかお客様がメシャガらないことになっていたのです。これは。「天つゆ」の倍くらい薄いのですから、ただつけてメシャガっただけでは味はぼけます。それと、「油」に対する拒絶から、油が大好きなお客様でも現代ほどの脂っこさは要求されませんでした。
そこで、
一、汁の薄さに対応して、「飲んじゃあ辛いが、食っちゃあ旨い(甘い?管理人)」程度の汁で天婦羅を煮込むことでころもに味を染みこませ、
二、ころもは、うどん粉なのでぼてつくのを利用し、煮込みに耐え、「ころもっ食い」にも良いように(これは、中国の点心風でしょう)厚くして、
三、煮込んでもはがれないように冷まして締め、
四、その間、「敷き紙」をして油気を吸い取り、余計な油を取り除き、
五、油臭さが蕎麦の香りを妨げぬようにした。
といった工夫がしてあるのです。

◆蕎麦屋の天麩羅が「岡にあがる」経緯を次のように書いてあります。

昭和25年ごろのこと、(中略)石町さん(「室町砂場」のこと)では天麩羅はかき揚げでしたので、ご自分のところの「もり汁」を少々薄め、その汁でかき揚げを煮込み、「天もり」と称して売り出したところ、それをメシャガったお客様が、違う暖簾の店に行き「天もりをよこせ」と言うと、「それはいったい何ですか」「天麩羅ともりが別になっているんダ」「アア、もりに『岡天』(水に浸かっていない、岡に揚がっている天麩羅)が付いたものですネ」という次第で普及しました。そのうち「揚げ出しの天麩羅」が親切ということになり、本家の「天もり」とはまったく違った格好で定着してしまったものなのです。
つまり蕎麦屋の天麩羅が「天麩羅屋」の天麩羅になったわけです。すると、煮込むと、ころもはばらばらに剥がれてしまいますので、天麩羅をトッピングしただけのものも「天麩羅蕎麦」になりました。これは、古い蕎麦屋からすると「場違い物」です。
天麩羅も「歯に熱い」「油の香り」で食べさせるものになりました。だから、天麩羅屋で天婦羅に塩をつけて食べるようになったでしょう。ロクな「天つゆ」がこしらえられなくなったのは、「出し汁」の引き方が「吸い物風」しか知られなくなったからです。
(藤村和夫、蕎麦屋のしきたり、2001/11初版 2010/1 12版、NHK出版)

ここをふまえて、現在の蕎麦屋さんが自分の天麩羅についてどうとらえているのか、サイトから探してみました。

◇「ゆらゆら草」というブログに

漫画『そばもん』で得た知識としてまとめてあるのでまずここから、『そばもん』は藤村和夫氏が監修とあるので、基本的には同じ内容になるということか。以下

明治時代からある、あったかい汁に浸ける天ぷら蕎麦の天ぷらは・・・

① まず、衣を多めに付けて揚げる。
揚げてる途中にも、さらに衣を付け足す。
汁に浸かっても、衣がとれないようにだな。

② それから、和紙などの紙の上に置いて油をぬきながら、冷ましておく。
これは僕は、ホントは、冷ましておいたのではなく、置いといたら冷めた、のだと思う。
つまり、「作り置き」だよな。
蕎麦は、昔の日本の人気ファストフーズのひとつだったんだから、注文が入ってから天ぷらを揚げたりなんかしないはず。
かまぼこも、薄焼き玉子も、海苔も、キノコや山菜、ねぎも・・・・
蕎麦屋の具材は、みんな作り置きか既製品の温かくないものと決まってる。

でも、この冷ましておくことで衣が締り、
あったかい汁に入れても溶けない衣になるのだそうだ。

③ その天ぷらを今度は、濃いめの甘汁を入れた行平鍋などに入れて少し煮る
・・・という手間をかけて、蕎麦の器に載せてできあがり。

この時に、冷めた厚めの衣だけではうまくもない天ぷらに、出しと醤油の旨味をなじませて、種の温度も上げて、さらに油っ気も抜くというマジックがかけられるというわけだ。かつ丼もこの原理で、蕎麦屋で発明されたんだぜ。

そういえば、昔食べた天ぷら蕎麦の海老天って、衣が厚くてふんわりしてて、味がよく浸みてたなあ、と思い出すねー。
そんな天ぷら蕎麦、老舗と呼ばれる蕎麦屋に行ったら食わせてくれるかなぁ。

よし、今度Hくんと老舗名店のどれかに行って確かめてみっか。

ゆらゆら草 by つかりこ


◇もうひとり食べる側から「関心空間」の”蕎麦屋の天ぷら”by コトヲ から、蕎麦屋の天麩羅の変貌を悲しむ男がここにいた。

蕎麦屋の天ぷらが好き。天ぷら屋の天ぷらも、もちろん大好きなんだけど。

最近は天ぷらに凝った蕎麦屋も増え、「コレ天ぷら屋の天ぷらじゃん!」みたいな、薄い衣でさっくり軽く揚がった天ぷらを注文ごとに揚げて出してくれる蕎麦屋も多いです。勉強熱心でいろんなコトに挑戦する店主さんには敬意を表します。

でも蕎麦屋の天ぷらに限定して言うなら、僕の好きなのは昔ながらのボッテリした衣のかき揚げ。衣と具の体積比が、衣 2:具 1、くらいでしょうか。揚げ置きの天ぷらも全然オッケーです。と言うより揚げ置きで時間のたったモノの方が油の香りが飛んで蕎麦と汁の香りを邪魔しないと思います(異論はありましょうが)。

僕は「オカで天ぷら」があまり好みじゃないので種物でいただきます。

かき揚げ蕎麦が出てきたら、先ずこのぼってりとしたかき揚げを箸でちぎって食べ、蕎麦を食べ易いくらいのスペースを確保します。そうしたら、おもむろに箸でかき揚げを汁に沈め、好きなように蕎麦を頂きます。この間、衣がたっぷり汁を吸ってくれるように箸でかき揚げの浮いてる部分をつっついて沈めたりします。あらかた蕎麦を食いつくしたら、たっぷり汁を吸ったかき揚げを箸でちぎっていただきます。汁を吸った衣(とりあえず具はもうどうでもよい)を口に入れると汁がじゅわーっと沁み出し、ほのかな油の香りとともに口の中に広がります。むー。

そう、ここで汁を吸ったかき揚げを箸でちぎって持ち上げるには、グルテン質が多くぼってりとした大量の衣が必須なんです。天ぷら屋の天ぷらのようなさっくりと薄い衣じゃ汁につけたとたんに溶けちゃってバラバラになっちゃうし、汁を吸った衣も食べられない。僕としては、それじゃダメなんです。ダメなんですってばぁ(泣)。

◇今度は提供する側から 「芝大門更科布屋」”店主の独り言”のなかから

蕎麦屋のてんぷらの独自性についてのべた箇所、

蕎麦店の天ぷらの衣が厚くなった原因は、そば汁によるものなのです。

天ぷらそばに使う汁をかけ汁(甘汁)と申しますが、これはお蕎麦に合わせられたもので天麩羅屋の天つゆに比べて醤油味が薄く作られています。
そこで衣によく染み込ませれば薄味でもちょうどよくなるだろうと言うことで厚くなったというのが真実で、 種を大きく見せるためではございません。
蕎麦店の天ぷらが、にぎやかに花を咲かせた衣が決まりごとなのも、 衣が蕎麦汁の中に溶けだし汁と渾然一体となることで、天ぷら蕎麦ならではの風味を生み出すためと言えます。
種を数多く食べてほしい天麩羅屋と、1杯の天ぷら蕎麦で満足して頂きたい蕎麦店の違いとも申せます。 

さて、最近はわざわざ天ぷらを揚げ置きする店は、ほとんどありませんが、昔は揚げ置きが当たり前でした。
その訳は、揚げたての天ぷらは余分な油が切り切れておらず、蕎麦の淡泊な風味を損なうと考えたからです。
そこで昔の蕎麦店は高温のごま油でカラリと揚げ、時間をかけて冷まし、 油の臭いが蕎麦の邪魔にならなくなってからお客様に出しました。
いちいち揚げるのが面倒だった訳ではないのです。とは言え、天ぷらはやはり揚げたての方がおいしい。
現在当店でも、すべての揚げ物はご注文があって揚げ始めますし、衣は花は咲かせるものの、昔より薄めとなっております。

◇金生庵 本店サイトのうちの”まめそば”に「天ぷらそばの話」という文があり蕎麦屋の天麩羅の特性について述べています。以下

簡単に結論を述べますと・・・
そば屋の天ぷらは蕎麦に入れる為の天ぷらだから違うんです!

天つゆに浸して、、塩を振って、、、
天ぷら屋さんならこうして天ぷら自体を楽しむ食べ方で召し上がることも多いと思います。
だから天ぷらはサクっとした食感を楽しむ為と具材を引き立たせるように、衣は薄く具材は火が通り過ぎない位で揚げる、そして揚げたてを供するこれが天ぷら屋の天ぷら。

それに対してそば屋の天ぷらは、衣は厚め、そもそものタネはまるでお好み焼きを作るようなボテボテとしたタネ。
これを具材の上からチョンチョンとつけ、表面をボコボコと仕上げるのがそば屋流。

天せいろなどの場合は揚げたてを供することもあるけれど、少し揚げ置きして油が抜けきった位の方が熱い汁に浮かべるにはちょうどいい具合なんです。

やっぱり天ぷらはサクサクじゃなきゃ!それ入れてくれない?

ちょっとお待ちくださいっ!
天ぷら屋さんで出されるようなサクサクとした天ぷらを温かい蕎麦に浮かべると…。

みるみる衣はつゆに溶けだし丸裸。
油分がすぐに溶けだしてしまったそばつゆはなんだか油っぽいだけのものに…。
最後に残ったのは素揚げされただけのような具材だけ。

これがオチです。
だからこうならない為に そば屋の天ぷらは衣厚めのボコボコ仕様
となっているってわけなんですよ。

◇蕎麦屋の天麩羅を知らない世代の蕎麦屋の天麩羅にたいするカルチャーショックぶりが、小樽の「藪半」のサイトにあります。ご主人の蕎麦屋の天麩羅についての思いと蕎麦屋の天麩羅のなんたるかがわかる記述になっています。下手な要約は失礼にあたると思い、一部を原文のまま引かせてもらいます。(蕎麦屋・籔半

『「天ぷら蕎麦の旨さは、蕎麦に天ぷらの油が絡み、互いの良さを引き出しあうことがポイントなんだ。
蕎麦(麺)の中の僅かの脂分を「天ぷら」の油成分が、誘い引き出すからそもそも旨い。
そのためには衣が「天麩羅屋」のように、薄くサクサクしてちゃ意味がない。少し大きめの衣でなきゃならない。

第一、天麩羅屋のような薄い華の咲いた衣だと熱い、蕎麦つゆの中ではすぐ衣は剥げてしまう。海老天のストリップなんぞ見たかねぇだろうが。でもな、油っこいのはもっといけねぇ、蕎麦やつゆの味が油で邪魔される。程ってぇものがある。
揚げ置きして油を切らんとな、蕎麦つゆが天ぷらの油でギトギトになる。舌に油の膜なんかできて、蕎麦の味なんかも分かんなくなっちゃあ、お終い。
高温で短時間で一気に揚げるてぇ、ナンデかてぇとな。短時間だと揚げ色合いが仲々つかないから高温にわざとする。で、それだけじゃ、駄目だってぇんで使い古しの油を足して、色つけにする。それに新しい油だと、味が尖っていけねぇ。別にケチってやるわけじゃねぇ。ゴマ油でもいいんでぇ。高温だから衣はってぇと、表面だけ固い揚げ加減になる。それでアツアツの蕎麦つゆに負けない、早く溶けてモロモロにならんような、天ぷらに仕上がる。
わけのわからん、若い食通気取りが売りのタレント・レポーターは「それじゃ、レアだ」なんて蘊蓄ぶったが、衣が全部揚がっちゃこれもお終い。そんな天ぷら揚げたら若い衆はけっ飛ばされる。衣のな、生の部分が少し残っているてぇと、それが蕎麦つゆに溶けだし蕎麦自身の旨味も引きだす役をする。

  芸達者なやつなんだ、「天ぷら蕎麦」は。

天麩羅盛り合わせ 蕎麦屋だって天麩羅屋に食いに行く。で、華の咲いたサクサクの衣の天麩羅を堪能する。が、そんなあっさりの天麩羅屋の天麩羅などをアツアツで蕎麦つゆに置いたら、見る間に蕎麦つゆに油がまわる。ラーメンなら脂が浮いたのが売りかもしらん。が、蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」は「蕎麦」の旨味を消しちゃなんねぇ、って分けなんで。

 要は、「天麩羅屋の天麩羅」と「蕎麦屋の天ぷら蕎麦」は全く次元が違う、似て非なるものなんでぇ。

蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」は、天麩羅という衣装を着た「演技もの」。
蕎麦屋は永年の経験で、わざとそういう「天ぷら蕎麦」を作ってきた。
素人っぽい演技をもわざと出来る芸人と、
素人そのものしか売りに出来ないタレントとの違いみたいなもんだわ。

あのタレント・レポーターさんは、まだわからんだろうがね。そりゃ、お客様の中にもナンデおまえんとこの「天ぷら蕎麦」は棒揚げじゃねぇんだ、てぇおっしゃるお客様もいるし、アツアツじゃねぇって怒られる場合もある。お客様に出す案配加減がちょっとズレテ、「天麩羅盛り合わせ」が冷めて出ちゃそりゃ怒られても仕方ねぇ、板場から謝りにいかにゃなんねぇ。
だがね、「天ぷら蕎麦」に関しては同じクレームつけられても謝りにはいかねぇ。そういうメニューなんだから。
 
勿論、蕎麦屋だって蕎麦屋酒の酒肴の「天麩羅」には、薄い衣の華の咲いた天麩羅を出す。
が、「天ぷら蕎麦」は違うわけで。TVで、柳家小さん師匠の落語で蕎麦の食べ方を見たことあるかい?  
小さん師匠は演題で蕎麦を食べるシーンの時には、大げさに蕎麦を手繰った箸を頭より上に持ち上げ猪口にいれる演技をする、
そうした方が寄席の客の目にまるで蕎麦を食べている錯覚をつくらせる。
自分が食べる時はそんなことしないんでぇ。  
みな、計算された、永年の蓄積に基づく演技・芸なんで。

蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」も、本当に演技ものなんだ。」 』

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本質としては、現在の天麩羅盛合わせ用ではなく、天麩羅そば用の天麩羅がもともと蕎麦屋の天麩羅であることがわかります。室町砂場の「天もり」は、”蕎麦屋の天麩羅”でなければならないだろうし、昔からの「天ぷら蕎麦」も同じだろう。トッピング式天麩羅蕎麦や「つけ天」「天麩羅盛合わせ」岡天の「天もり」は”天麩羅屋の天麩羅風”がふさわしい。

両者の違いは、「種を数多く食べてほしい天麩羅屋と、1杯の天ぷら蕎麦で満足して頂きたい蕎麦店の違い」という「芝大門更科布屋」の言が、納得できる。

食文化もテレビやネットに流される日本では、蕎麦屋の天麩羅もさらに変貌をして行くことでしょう。

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