インターネットの憂鬱

仮想空間と現実の狭間で

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貧者の核兵器=インターネット

2012年05月29日 | 雑感

地球上の兵器で、人類が最も恐れるのは、NBC兵器(過去にはABC兵器)と呼ばれる大量破壊兵器だ。
この呼び名は、Nuclear=核兵器、Biological=生物兵器、Chemical=化学兵器の
頭文字を組み合わせたものだが、最近ではこれにRadiological=放射能兵器を加えてNBCR兵器ともいう。

核兵器はご存知のように、高度な技術と施設、それを支える膨大な予算が必要なため、製造できる国家は限られている。
このため、技術も予算もない貧しい国家は、核兵器を製造・保有することができない。このパワーバランスの上に
世界の覇権は成り立っていると言ってもいいだろう。これもまた、みなさんご存知の通りだ。

しかし、そうはいっても、貧しい国家にも権利や野望はある。核兵器を持たずに、核兵器を所有する大国に
張り合うために彼らが手を出すのが、生物兵器と化学兵器だ。どちらも、核兵器ほどの技術も予算も必要なく、
とくに化学兵器(大半は毒ガス)は、ちょっとした知識があれば、市販の薬品からでも作ることが出来る。

このように核兵器に比べて圧倒的に安く作れる化学兵器は、無差別に大量殺戮できるという点では、
核兵器並みの威力を持つことから「貧者の核兵器」と呼ばれて来たのだ。



面白いのは、このような国家の貧富の差と、それぞれが選択する大量破壊兵器の関係は、
そのまま企業とメディアの関係、あるいは企業と情報伝達手段の関係に置き換えられることだ。

大国が保有する核兵器は、大企業が牛耳るマスメディア、という図式が成り立つ。
製造に必要な高度な技術=広告代理店、膨大な予算=大企業の資本に置き換えられるというわけだ。
これによって電波媒体(TVとラジオ)、印刷媒体(新聞と雑誌)、そしてインターネット媒体などが融合し、
大きなボリュームになって大量に、無差別に(ときに限定して)、企業の情報をばらまいているのだ。

もちろん、そこには「大国の覇権」=「情報統制」が明らかに存在している。

では、貧困国=予算のない中小企業や、私たちのような零細企業は、これまでどうやって情報を発信したのか。
チラシ、ポスター、DM、口コミ、電話、飛び込み、時々は無理をしてローカル新聞の広告。
いずれも、(予算が少ないから)局地的で、費用対効果が不安定で、無駄骨になることも多々あったはずだ。

言ってみれば、自動小銃や迫撃砲、よくて通常のTNT爆弾かバルカン砲程度の破壊力。
それも優れた兵士が操作した場合のみ、その威力を発揮できるという条件付き。
とてもじゃないが、ボタンひとつで何十万人の、核兵器の足下には及ばない。


ところが、核兵器に匹敵する化学兵器が普及した。それはインターネットだ。


ちょっとした「技術」と「知識」があれば、「市販」のパソコンと「極めて安価」なレンタルサーバーを使って、
名も無い零細企業でも「やり方」によっては、世界規模の戦い=情報発信を行なうことが出来る可能性がある。

さらに、大企業にとってのインターネットは、実はやっかいな存在だ。なぜなら、これまで大半の大企業では、
その告知に電波および印刷媒体を使い、販売には実店舗を使い、そのための設備や人員も確保しているから、
そう簡単にそのシステムを変えることができないからだ。

いきなりのように登場したインターネットは、彼らにしてみれば既存のシステムを補完する程度であり、
通販をやってみたり、資料やデータの配布をしてみたり、顧客サービスに使われたりというのが現状だ。
つまり、ブランドや知名度の向上、販売促進の主流には、なかなか成り得ないのだ。
これは「マス」を相手にする「大企業」ならではの、ジレンマだと言ってもいい。

もっと言えば、企業風土や会社の評価制度が足を引っ張っている場合が多い。
ことface bookなどのソーシャルメディアは、最も日本の大企業に向いていないだろう。
封建主義的な年功序列、あるいは全体主義など、どこがソーシャルなのかと(笑)。

もちろん例外もあって、インターネットでの仕掛けが成功し、収益に大きく貢献している場合もある。
しかし、こと製造と販売を行なう企業にとっては、インターネットは費用対効果に優れないばかりか、
技術的にも扱いきれず、広報や営業担当者などは関わりたくないと思っている人も多いはずだ。
当然ながら、実作業は広告代理店や制作会社に丸投げである。

大きい組織故に身動きの遅い大企業には、インターネットの持つ高い自由度は相反する部分があるのだ。
逆に、組織や上下関係に囚われない小さな企業には、その自由度が武器になる。個人ならさらにだ。

内容の変更や情報の入れ替えが好きなときに行なえる。ホームページとSNS、さらに他のメディアを組み合わせて、
商品の告知やブランド訴求を行なえる。販売窓口になる。顧客とのコミュニケーションにも使える。
それらを圧倒的に低コストで行なえる。技術と時間さえあれば、これら全部をひとりの人間が管理できる。

これが、多くの経営コンサルタントが言う「インターネットは零細企業ほど向いている」という理由だ。

ただし、「技術」と「知識」、あるいは「洞察力」と「感性」、さらには「矜持」と「美学」など、
ひとつの仮想空間に最大限の威力を持たせるためには、さまざまな「材料や要素」が求められる。
要するに「戦略」と、それを支える「熟練」が必要なのだ。

それがあれば、まさに「毒ガス」を使った「ゲリラ戦」が可能になり、大国に勝負を挑めるだろう。
理屈の上では、トヨタやキヤノン、三菱やNTT、資生堂などと同じ土俵で戦うことも可能になる。
もっとも、本当にそうなったら彼らは全力で潰しにかかってくるだろうが…


ここで、日本の素晴らしいことわざをひとつ。

「宝の持ち腐れ」

核兵器だろうが、毒ガスだろうが、インターネットだろうが、使い方を間違えれば、何の意味も無い。
それどころか、自分で自分を殺しかねない。威力のある道具ほど、使う人間の資質を問うものである。

あなたに、その資質があることを祈ってやまない。








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年棒2億円の視点

2012年05月23日 | 雑感

「流行っている物はなにか?」「何が売れているのか?」を知りたいと思ったら、あなたは
どんな資料やデータを調べ、どのような行動をとるだろうか? そこにカスタマーのニーズがあるとしたら、
必死に調べるだろう。新商品の開発だったら、ちょっとした経費が使えるかもしれない。

「TVや新聞といったマスコミ」

まさか、マスコミの報道を見て、なんて人は間違ってもいないだろう。あれこそある意味で、
「現代の大本営発表」だ。自分たちとスポンサー(金主)に都合の良い情報しか流さない。
とくに最近は、そのインチキぶりがエスカレートしている。雑誌も同じ。大半は壊滅的に情報の精度が低い。
(そんなマスコミ報道をソースに、ブログを書いているコンサルタントもいる。大丈夫なのかと思う)

「リサーチ会社」

お金を払えば去年のデータはすぐに手に入る。しかし、欲しいのは今とこれからの「ネタ」だ。
それを調べさせるには相当な金額が必要。それでもなお、調査方法から始まり、その情報の精度は
本当に信用できるのか懸念が残る。大企業は膨大な予算を使ってリサーチするが、それでも外れることがある。

「インターネット」

検索、売り上げランキング、口コミサイト、急上昇ワード、ブログにSNS…これだけ調べれば
なんとかなるはずだ。と思ったら大失敗する可能性が高い。確かに、情報の真贋が見極められるのなら、
かなりの手応えを感じることもできる場合がある。だが、嘘を嘘と見抜ける経験や資質を持っていなかったら、
これはもうステルスマ—ケティングの餌食である。ガセネタを掴まされて、エラい目に遭う。

結局は全部、他人の褌(ふんどし)だ。

労せずに情報を手に入れることが悪いと言っているわけではない。簡単にできるほうが良いに決まっている。
問題なのは、これらは全てが誰かが発信した情報であって、そこにあなた自身の「実感」が伴っていないことだ。

例えば、誰かが発信した情報を集め、その真贋を最終的に判断するための材料は、自分自身の「五感」によって生まれる
「確信」だ。それがないままの判断は、きっと不安で、頼りなく、物事を進める前から「失敗」を考えてしまうはずだ。
事実、そういう場合は、大抵うまくいかないことが多い。



以前、有名な外資系投資信託のファンドマネージャーに、詳しく話をうかがう機会があった。

ファンドマネージャーは、顧客から預かった資産を株式投資で運用するための「ファンド(金融商品)」を
策定する仕事だ。一般投資家向けのファンドの場合、多くはリスク分散のために複数の企業の株を
組み合わせて「ポートフォリオ」を組む。

要は、鉄板銘柄とリスクのありそうな銘柄を幕の内弁当のように組み合わせて、リスクヘッジするわけである。
そのファンドが高い運用成績を発揮できるか否かは、企業を選定するファンドマネージャーの判断にかかっているのだ。
小さなファンドでも何億という運用になる「商品」なので、その策定や管理は並大抵ではないだろう。

私が話をうかがった方は、40代前半で年棒2億円に届こうかという、ファンドマネージャーだ。
それだけの収益を会社にもたらす能力が認められた結果の年棒だから、さぞや優秀で先鋭的な手腕を振るって
いるのだろうと容易に想像がついた。そして、日常業務の内容などをうかがいながら、カバンの中身の話になった。

出て来たのはパソコンと、書店で売っている「会社四季報」と、企業ごとのデータや報告書といった「ただの書類」だった。

“やはり基本に忠実であることが大切です”と言う。早朝にミーティングをしたら、日中はファンドに組み込んだ企業や、
これから組み込もうとする企業を訪問して、そこで“自分の五感によって感じたことが判断材料になります”と言う。

なんだか、頭をハンマーでぶん殴られたような気がした。

ハイテクだ、ITだと盛り上がり始めた時代だった。高等数学を使ったヘッジファンドが世界を翻弄していた時代だった。
それなのに、そこにあったのは言ってみれば「昭和の香り」がするアナログなセオリーだった。

それでも、企業の成長を確信させる「需要」や「流行」の気配を探し当てるノウハウは絶対にあるはずだ。
混乱しながらも、“あえて御自身の秘訣を言うなら?”としつこく食い下がると、少し困ったような顔をしてこう言った。

「毎日、歩くときに街をよく眺めています。あそこのビルの看板が変わったとか、あそこのビルでは店舗工事を
してテナントが変わったとか。そんなところに、これから伸びる会社の気配がある。流行なんかも同じですね。
人の服装とか、新しく開店したお店の人の数とか。そこで分かる。なんとなく感じるものがある」

それを受けて、部下の女性は笑いながら言った(この方は年棒7,000万円)。

「本当によく歩くんですよ。一緒に回っていますが(重いカバンを持つから)腕は太くなるし、靴は1年で何足もダメになる」

このように、かの悪名高い外資系金融会社といえども、東大だ、一橋だ、ハーバードだといえども、書類でパンパンに膨らんだ
重いカバンを両手に提げて、靴の底を減らしながら、自分の眼で物事を観察して、自分の頭で考えて、地道に仕事をしている
方々がいるという事実は、「無知の徒」であった私にとっては驚きだった。

しかも彼らは、いちおうにジェントルで勤勉で自己抑制の効いた人格者だった。おまけに驚くほどの高額所得者である。
正直に言うと、その仕事にどれだけの裏表があるのかは分からない。会社にあっても、彼らにはないかもしれない。
ともかく、その人間としての圧倒的な存在とセオリーは、私を打ちのめしてくれたと言ってもいい。

この経験は、その後の私の仕事や生き方にも少なからず影響を及ぼしている。

実際、この街を観察するという方法で、当時まだ急成長する前段にいたあるアパレル小売業に注目してみたところ、
まさにファンドマネージャー氏がおっしゃっていた兆候が見受けられたので、確信を持って株を買ってみた。

数ヶ月でその株は3倍近くになった。以来、自分の足と五感を使って、街や人を眺めることは私の基本でもある。
その後も、飲食店の新規出店に関して同じようなリサーチを行なったが、これもまた上々の結果を残したのだ。




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幸福商法の重要性

2012年05月21日 | 雑感

エスキモーに氷を売るという、マーケティングについて書かれた本をご存知の方も多いと思う。
中身はエスキモーに関係なく、人気のないバスケットボールチームを人気No.1チームに仕立て上げたという話だ。
これは「需要のない商品を、どのように売り込んで行くか」というマーケティング論である。

では、この本の標題通り「氷の家に住んでいるエスキモーに、氷を買ってもらう」にはどうすれば良いのだろうと考えてみる。

だいたい今のエスキモーは氷の家なんかには住んでないわけだが、環境汚染の影響で外の氷は「汚れてて危ない」と言えば、
簡単に飲食用のロックアイスを買ってくれそうだ…実はこれが、売り方のひとつ。

いわゆる「恐怖商法」

「~を使わないと大変なことになる」、「~だけが、安心できる」という脅しのロジックで売り込むわけだが、
人間の潜在恐怖につけ込んだ方法はいつの世も常套手段だ。食品・健康関係や生活関係の商品に多い。
大災害や病気の流行に便乗し、このロジックでボロ儲けするのが「パニック商法」である。

そして「流行商法」

これもカンタンで、「みんな使ってますよ」、「流行なんですよ」と言えば、自分だけが取り残されてしまうのではないか、
あるいは持ってないのが恥ずかしいという、孤立する不安感や恥の気持ちを利用した方法だ。「神の山から取って来た
聖なる氷で、村中みんなが買ってるぞ」と言えば、エスキモーも買ってくれそうだ。宣伝に有名人やタレントを使い、
「誰々が使っているから(安心)」という強い動機を与える方法も、この気持ちの裏返しの心理を利用したもの。

さらに「幸福商法」

「~したい」、「~になりたい」という欲求や願望に対し、「これがあれば~できる」という答えを用意する方法
それまでにない新商品の場合も同じで「これまでになかった物が、新しい歓びをつくる」と言うロジックになる。
「これがあれば、もう氷を切り出さなくても家が簡単に作れる」とか「アザラシの保管に最適、マイナスイオンの氷」とか。

と、いうわけで、世の中の商品の宣伝は、おおかた以上の3タイプに分類できる。いずれも、人間の心理や欲望に根ざすものだが、
この中で実利がちゃんと確保されているのなら、最も正当でカスタマーに喜ばれるのは「幸福商法」ではないだろうか?

最近、これを再認識させてくれた話がある。

ゴールデンウィークに宿泊先でたまたま観たTV番組が、ジャパネットたかたの高田明社長を特集していた。
佐世保のカメラ屋から大きな企業にのし上がるまでの物語には、非常に興味深いものがあったが、
その中で一番感心したのは、出回り始めた頃のマイクロレコーダーを大量に売り上げた手法だ。

これをみなさんだったら、どう売ろうとするだろうか?

普通に考えれば、マイクロレコーダーの使い道は、会議、取材、音声メモ、あるいは証拠保全に基づく記録用といった
ところだろう。まあ、いずれも仕事向けの用途であり、よほどの訴求ポイントがなければ大量販売は難しく思える。
しかし、ジャパネットたかたは、なんと主婦層にマイクロレコーダーを大量販売してしまったのである。

高田社長から視聴者に向けた宣伝トークには、家庭用伝言メモに使うと便利という提案があった。
要するに、主婦が出かける時に、子どもや夫に対して残して行くメッセージを録音しておこうと言うもので、
音声ならホワイトボードやメモ用紙よりも、格段に心の伝わるコミュニケーションツールになるという内容だ。

もちろん、買い物や料理のメモにも重宝するが、プラスαでどういう使い方が出来るかを考え抜いた結果の提案が、
この家庭用伝言メモとしての使い方だった。これが主婦層の心に響いたのだ。

購入して「こう使うと便利で楽しい」、そのときに「この機能が役に立つ」、だから「みんなに喜ばれる」という、
具体例とそのロジックを徹底的に訴求するスタイルは、ジャパネットたかたが売上高をどんどん増やしていった秘訣の
ひとつであると言っても良い。そして、これが「幸福商法」の王道であると思うのだ。

地元からの人材採用、過剰なまでの福利厚生による社員への利益還元、個人情報流出事件の際に繰り返した謝罪と
自発的業務停止、あるいは東北の震災時にはいち早くチャリティー販売を行ない売り上げ5億円を寄付、このように
カスタマーや他者を慮(おもんぱか)る同社の姿勢にはブレが無い。この点で、私は以前からシンパシーを感じている。
(そういえば100億寄付すると言った電話屋の先生は、寄付を実行したのだろうか?)

例えば、それほど画期的な内容も無く、競合商品もあるような商品を売ろうとした時、どうやって効果的な
セールストークを考えればいいのか? その商品を徹底的に知り、分析することは当然だ。

ところが、社員や経営者が自社の商品を満足に理解できていない場合がある。商品に関して質問をしたときに、
立て板に水のごときにしゃべられても逆に警戒するかも知れないが、言葉に詰まったり、「後ほど調べて…」という
反応をする人がいる。その商品を買ってもらうことで、自分が生計を立てている自覚がないのだろう。

これではお話しにならない。

では、熟知した商品知識にどのようなエッセンスを振りかけて魅力を創出するのかといえば、
それは「経験と観察力」を基にして「他者の歓び」を考えることではないかと思う。ビジネス啓蒙などの話で、
「商品への愛」というフレーズをよく耳にするが、私はそれよりも先にカスタマーや世の中に向けた
「他者への愛」が大切になるのではないのかと感じている。

結局、販売や宣伝にしても、その愛情がにじみ出るもので、それが世の中の支持につながっていく。
最終的に横並びの商品群の中から選ばれるのは、そういった経営者や社員のいる会社の商品ではないだろうか。

「愛」などと言うと、なにやら大上段に振りかぶった、理想論にしか聞こえないかもしれない。
しかし、売れる商品を作る人、仕事で成功している人はみんな、何かしらの愛情を感じさせるものだ。
これまで、さまざまな経営者や生産者に会ってきた私の経験上、このことは断言してもいい。

私自身も改めて「商売の王道とは、どんなことなのか」を考え、ブレのない商品プロモートや
販売システムを構築し、クライアントとそのカスタマー双方に歓んでいただきたいと思う。

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ビジネス書を読むと失敗します

2012年05月17日 | 雑感

のっけから乱暴なタイトルで恐縮だが、今回はインターネットから少し離れたお話を。

世の中には「ビジネス書」というものが、それこそ腐るほど売られている。商品として需要があるから
それだけ出版されているわけだが、その内容はと言ったら玉石混合なのはご存知の通りだと思う。
と、いうよりも、大半は役に立たない「成功者の自慢話」か「インチキなでっち上げ」だ。
広告・出版業界で長年仕事をしてきた私の経験では、そう思わざる得ない。

壊滅的な出版不況の下、出版社も生き残りをかけて必死だ。そうなると金を回すために
後から後から中身の無い本を出すようになる。そう言った意味で、現在は粗製濫造の状況にある。
で、手っ取り早く買ってもらえそうなのがビジネス書なので、ヘソで茶を沸かすような話を
さもありがたいように見せて売りつけるのだ。F出版なんていうのが、その典型かと思う。

では、まともな、身のありそうなビジネス書はどうかというと、これもまた大して役に立たない。

先ほど言った「成功者の自慢話」はもちろんだが、「成功のノウハウ」「逆転の法則」「儲けるルール」といった
“こうしたら儲かった”的な話も、参考になる部分は確かにあるが、本当のところは役に立たない。

そこに書かれている話は「過去」のことである。
そこで成功しているのは「あなたではない」。


つまり、あなたとは生まれも育ちも学歴も経験も人間関係も、まったく異なる「アカの他人の過去」が
あなたの現実の人生や仕事にどれだけ関わることができるのか。

そして、そこで書かれていることと同じことをトレースできるのか。仮にトレースできたとしても、
それは二番煎じどころか百番煎じがいいとろで、あなたが成功する保証なんかどこにもないのである。
むしろ頭から信じてマネをして失敗するのが関の山だ。

そういった点で、巷にあふれるビジネス書は、情報商材とそっくりだ。

なにしろ、成功している経営者や、仕事ができる人間は、絶対と言っていいほどビジネス書なんか読まない。
彼らが好んで読むのは古今東西の文学や哲学書、あるいは誰かの回想録や自伝であることが多い。
これがなぜなのかと考えてみると、そこに多く見受けられるのは、失敗事例や悲哀ではないかと思うのだ。
それは人生で避けて通れない、真理であるからだ。

同時に、「成功」には様々な形態や規模があり、それこそ人の数だけそのスタイルがあるが、「失敗」にはそれがない。
言ってみれば「失敗」した結果は誰にでも平等で絶対的なものである。不渡り、倒産、民事賠償、刑事罰、終着点はみんな同じだ。

光あるところに陰がある。成功の裏には失敗がある。人生、楽ありゃ苦もあるさ。

どうにも人は弱い生き物で、良いところしか見たがらない。でも、同時に悪いところも見なくてはいけないし、
実際に「失敗」した時にどのような行動をとるかが、その後の「成功」を決定づけるのも真理である。

「失敗は成功の母」
「失敗を恐れるな」
「人間の価値は逆境で試される」

これは、古今東西、言われ続けてきた言葉であり、あなたも自分の部下や子どもに言ってきたはずである。
なのに、あなたはどうしてビジネス書を読むのか。どうして出来もしない他人の成功事例に関心を持ち、お金を払うのか。
理由はいろいろあるだろう。こうして偉そうなことを言っている私とて、同じような人間だ。僻(ひがみ)も嫉妬も羨望もある。

ひとつだけ、はっきりしているのは「覚悟」の違いではないかと思う。成功と失敗には必ず「責任」が伴うわけで、
そのどちらにおいても、まさに文字通り「誠心誠意の、最大限の、自己犠牲も厭わない責任をとる」という「覚悟」がある人は、
他人の成功など気にならないのだろう。そういう人は、いつでも自分の仕事や、商品のことや、会社の明日を考えているから、
余計なことを考えているヒマもないし、自ずから成功する人だろうから他人の成功など気にしないのである。

また、ちょっとしたことでも、ちゃんと謝れない人間が増えている今の世の中、頭の下げられない経営者も多い。
そんな人は「失敗」したときにどうすればいいか分からないし、逆境の中で自分の活かし方も分からない。
謝らないから、謝り方をしらないから、誰も手を貸してくれないし、その「失敗」の情状も汲み取ってもらえない。
本来、そこで得られるはずの反省や経験、信頼関係こそが、「成功」への大きなステップになるはずだったのに。

こうして「失敗」のフォローができない人に限って、頼るものがないから、ただやみくもに「成功」の糸口ばかりを
見つけようとするわけである。おそらくそれは、進歩がなく、悪循環で、破滅への行進にもなりかねない。

要は「覚悟」がある人とは、自己の小ささを知っていると同時に、他人の「怖さ」と「優しさ」を知っている人ではないだろうか。

そういう点で、参考になるのは経営に終わりはないという本だ。

これは、本田技研工業の初代副社長だった藤澤武夫さんの回顧録で、世の中的にはビジネス書のような扱いになっているが、
ご本人は当然ながら成功したとも失敗したとも言ってない(笑)。私としては「経営」の在り方を考えるにはもちろんだが、
失敗や逆境に直面したときの行動など、人として周囲とどう向かい合って行くべきかを教えてくれる貴重な一冊だと思っている。

そして、倒産の危機など何度かあった苦境を乗り越え、浜松の町工場から世界的企業へとホンダを発展させた
実質的な経営者であった藤澤さんと同様に、私の中で壮絶な「覚悟」を持った経営者として畏敬の念を抱いているのは
ジャパネットたかたの高田 明社長だ。

51万人分の個人情報が漏洩した事件では、一切の宣伝と販売を1ヶ月半に渡って自粛しその社会的責任を示した。この間の損失は150億円。
会社の清算すら考えたという高田社長の誠実で実直な対応は結果的に消費者の好感と支持を呼び、さらなる業績向上を果たしたわけだが、
この会社も佐世保にある街場のカメラ屋から年商1,700億円にまで発展した企業である。

「エラそうなことを言うな。まだ成功もしてないのに、失敗のことなんか考えられるか。まずは成功する話を書け!」と怒られそうなので、
次回はこの「ジャパネットたかた」が成功した理由などを中心に、商品の売り方について書いてみます。

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コンテンツが重要な理由

2012年05月14日 | 雑感

前々回のこのブログで、googleが検索アルゴリズムを大きく変更した話を書いた。

不正なSEO対策を封じ込むためであろうこの施策で、インチキSEO屋は終了し、
正攻法で勝負するサイトが少しは報われるであろうと感じている。もっともSEO業者の中にも
努力と研鑽で得た的確なノウハウを持つ会社もあるし、グレーなことをやってでもきっちり結果を出す
会社もある。ただし、どちらも数少ない存在だと認識している。

さて、googleの検索で弾かれない模範的なサイトとは、以下のようなものだろう。

・不正とされる小細工をしていない 
・テキスト等、内容に整合性がある
・オリジナルの内容で情報の更新・追加がある
・ちゃんとしたトラフィックがある


つまり「小細工をせず、堂々とアピールし、中身も充実し、その内容で人気を集めて行くサイト」ということになる。
まあ、あまりにも当たり前すぎて「バカにするな。それが出来れば誰も苦労はしない」と言われそうだが、
これが本当のことだから仕方がない。

要するにホームページでは、「内容があって」かつ「それが魅力に思える」作りが重要だという話。
それがコンテンツと呼ばれる「中身」のことなのだが、それがない結果、小細工に走ることになる。

中身がない→見てくれない→アクセス数が増えない→SEO対策する→アルゴリズム変更→新たにSEO対策するという、
イタチごっこを続けることになる。あの手この手を駆使して、なんとか検索上位にもっていこうというのが、
これまでの図式だったが、これはSEO業者が悪いのではない。根本原因は「中身」であり「魅力」の有無なのだ。

中身がある→見てくれる→アクセス数が増える
本当に生意気な、上から目線の物言いで申し訳ないが、どうしてこの根本的な原理を考えないのか?
商品やサービスを売るということは、どういうことなのか、この部分をおろそかにしている経営者が実は少なくない。
逆に成功している経営者は、日夜そのことばかりを考えている。と、いうのが、これまでの私の経験上の結論だ。

そして今後、「コンテンツ」のないホームページは、その存在意義をどんどん失って行くだろう。

では、その「中身」や「魅力」を形にして表現するのは誰か?となると、経営者や社員が自らできるのなら完璧である。
しかし、ほとんどの場合は、それが苦手だったり不可能だったりする。そして、これはホームページ制作業者や
システムエンジニア、SEO業者にも絶対と言っていいほど出来ない作業でもある。

「誰に、何を、どうのように」アピールするのか? を考えるとき、ひとつの商品や物事を多面的に捉え、
その中からひとつの最適解を形にしていく作業は「編集」であり、そこでは「表現」の多様性や親和性が問われる。
そして、このようなコンテンツづくりで「何が最適で、何が支持されるか」を判断する基準は、
豊富な「経験」と多方面に渡る「情報量」に他ならない。

様々な人物に会い、様々な事象を目撃し、様々な仕事を手掛けること。硬軟、古今東西と広範囲におよぶ雑学的情報。
そして、それら経験と情報をひとつの形に紡いで行く訓練があってこそ「編集」の仕事は成立する。

当社の代表は長年、出版社で編集を務めて来た。かく言う私も、彼と組んで仕事をしたライターであり、他方では
フリーの編集者であり、さらには広告業界で多くの企業の広告制作やPR業務をお手伝いさせていただいてきた。
その経験に基づいた「コンテンツ」の提案と整備こそが、私たちの仕事であると自負している。

そういう点では、インターネットは「便利」な媒体=メディアだが、あくまでもメディアのひとつに過ぎない。
問題は使い方であり、使う人間の気持ちの在り様が大事なのではないだろうか。

と、いうわけで、今回は少しだけ会社のPRをさせていただきました。

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