インターネットの憂鬱

仮想空間と現実の狭間で

年棒2億円の視点

2012年05月23日 | 雑感

「流行っている物はなにか?」「何が売れているのか?」を知りたいと思ったら、あなたは
どんな資料やデータを調べ、どのような行動をとるだろうか? そこにカスタマーのニーズがあるとしたら、
必死に調べるだろう。新商品の開発だったら、ちょっとした経費が使えるかもしれない。

「TVや新聞といったマスコミ」

まさか、マスコミの報道を見て、なんて人は間違ってもいないだろう。あれこそある意味で、
「現代の大本営発表」だ。自分たちとスポンサー(金主)に都合の良い情報しか流さない。
とくに最近は、そのインチキぶりがエスカレートしている。雑誌も同じ。大半は壊滅的に情報の精度が低い。
(そんなマスコミ報道をソースに、ブログを書いているコンサルタントもいる。大丈夫なのかと思う)

「リサーチ会社」

お金を払えば去年のデータはすぐに手に入る。しかし、欲しいのは今とこれからの「ネタ」だ。
それを調べさせるには相当な金額が必要。それでもなお、調査方法から始まり、その情報の精度は
本当に信用できるのか懸念が残る。大企業は膨大な予算を使ってリサーチするが、それでも外れることがある。

「インターネット」

検索、売り上げランキング、口コミサイト、急上昇ワード、ブログにSNS…これだけ調べれば
なんとかなるはずだ。と思ったら大失敗する可能性が高い。確かに、情報の真贋が見極められるのなら、
かなりの手応えを感じることもできる場合がある。だが、嘘を嘘と見抜ける経験や資質を持っていなかったら、
これはもうステルスマ—ケティングの餌食である。ガセネタを掴まされて、エラい目に遭う。

結局は全部、他人の褌(ふんどし)だ。

労せずに情報を手に入れることが悪いと言っているわけではない。簡単にできるほうが良いに決まっている。
問題なのは、これらは全てが誰かが発信した情報であって、そこにあなた自身の「実感」が伴っていないことだ。

例えば、誰かが発信した情報を集め、その真贋を最終的に判断するための材料は、自分自身の「五感」によって生まれる
「確信」だ。それがないままの判断は、きっと不安で、頼りなく、物事を進める前から「失敗」を考えてしまうはずだ。
事実、そういう場合は、大抵うまくいかないことが多い。



以前、有名な外資系投資信託のファンドマネージャーに、詳しく話をうかがう機会があった。

ファンドマネージャーは、顧客から預かった資産を株式投資で運用するための「ファンド(金融商品)」を
策定する仕事だ。一般投資家向けのファンドの場合、多くはリスク分散のために複数の企業の株を
組み合わせて「ポートフォリオ」を組む。

要は、鉄板銘柄とリスクのありそうな銘柄を幕の内弁当のように組み合わせて、リスクヘッジするわけである。
そのファンドが高い運用成績を発揮できるか否かは、企業を選定するファンドマネージャーの判断にかかっているのだ。
小さなファンドでも何億という運用になる「商品」なので、その策定や管理は並大抵ではないだろう。

私が話をうかがった方は、40代前半で年棒2億円に届こうかという、ファンドマネージャーだ。
それだけの収益を会社にもたらす能力が認められた結果の年棒だから、さぞや優秀で先鋭的な手腕を振るって
いるのだろうと容易に想像がついた。そして、日常業務の内容などをうかがいながら、カバンの中身の話になった。

出て来たのはパソコンと、書店で売っている「会社四季報」と、企業ごとのデータや報告書といった「ただの書類」だった。

“やはり基本に忠実であることが大切です”と言う。早朝にミーティングをしたら、日中はファンドに組み込んだ企業や、
これから組み込もうとする企業を訪問して、そこで“自分の五感によって感じたことが判断材料になります”と言う。

なんだか、頭をハンマーでぶん殴られたような気がした。

ハイテクだ、ITだと盛り上がり始めた時代だった。高等数学を使ったヘッジファンドが世界を翻弄していた時代だった。
それなのに、そこにあったのは言ってみれば「昭和の香り」がするアナログなセオリーだった。

それでも、企業の成長を確信させる「需要」や「流行」の気配を探し当てるノウハウは絶対にあるはずだ。
混乱しながらも、“あえて御自身の秘訣を言うなら?”としつこく食い下がると、少し困ったような顔をしてこう言った。

「毎日、歩くときに街をよく眺めています。あそこのビルの看板が変わったとか、あそこのビルでは店舗工事を
してテナントが変わったとか。そんなところに、これから伸びる会社の気配がある。流行なんかも同じですね。
人の服装とか、新しく開店したお店の人の数とか。そこで分かる。なんとなく感じるものがある」

それを受けて、部下の女性は笑いながら言った(この方は年棒7,000万円)。

「本当によく歩くんですよ。一緒に回っていますが(重いカバンを持つから)腕は太くなるし、靴は1年で何足もダメになる」

このように、かの悪名高い外資系金融会社といえども、東大だ、一橋だ、ハーバードだといえども、書類でパンパンに膨らんだ
重いカバンを両手に提げて、靴の底を減らしながら、自分の眼で物事を観察して、自分の頭で考えて、地道に仕事をしている
方々がいるという事実は、「無知の徒」であった私にとっては驚きだった。

しかも彼らは、いちおうにジェントルで勤勉で自己抑制の効いた人格者だった。おまけに驚くほどの高額所得者である。
正直に言うと、その仕事にどれだけの裏表があるのかは分からない。会社にあっても、彼らにはないかもしれない。
ともかく、その人間としての圧倒的な存在とセオリーは、私を打ちのめしてくれたと言ってもいい。

この経験は、その後の私の仕事や生き方にも少なからず影響を及ぼしている。

実際、この街を観察するという方法で、当時まだ急成長する前段にいたあるアパレル小売業に注目してみたところ、
まさにファンドマネージャー氏がおっしゃっていた兆候が見受けられたので、確信を持って株を買ってみた。

数ヶ月でその株は3倍近くになった。以来、自分の足と五感を使って、街や人を眺めることは私の基本でもある。
その後も、飲食店の新規出店に関して同じようなリサーチを行なったが、これもまた上々の結果を残したのだ。