天と地の狭間で

2007年4月3日をもって、引っ越しを行いました。

愛国心。

2005-09-12 | 中身
衆議院選挙で自民党が大勝利。
また愛国教育とやらが強まるのかなぁ、なんて考えました。

私は既に随分前から学生ではありませんし、子供を産む予定も無いので直接の関係は無いと言えば無いのですけれど、アレってどうも納得がいかないのです。
教師の処分を盾にして生徒に日の丸や君が代を強制し、日本の国を愛する心を植え付け教育する。コレって完全に悪者のする事だと思うのですよね。
どこかの南斗孤鷲拳伝承者は、自分を愛して欲しいと願い人質を取って言いました。
「ユリア、俺を愛していると言ってみろ」
こんなの、逆効果に決まっています。口では言うかも知れませんが、私なら相手に軽蔑と憎悪しか感じません。
色恋沙汰には精通していると言えませんが、自分を愛して欲しいなら、まず相手に愛されるに足る自分になる事ではないでしょうか。
それを怠って、形式を強制した所で愛なんて生まれようが無いですし、仮に生まれたとしたならば、それは愛とは呼ばないと思うのです。

ちなみに生まれ故郷を愛する心や国を愛する心というモノを、私は微塵も持ち合わせてはいませんし、サッカーの国際試合で応援するのはいつもブラジルや南米のチームです。せせこましい欧州系のチームプレイよりも、南米系の各個の実力に裏打ちされた自由奔放で強引な個人技が大好きだから、というだけの理由ですけれど、これにより非国民扱いは日常茶飯事です。いいじゃないですか、普段は宇宙船地球号の仲間とか言っているのにそんな時だけナショナリズムに傾倒しなくても。

ちょっぴり話が逸れました。まぁ、私が非国民である事は兎も角と致しまして。
国を愛して欲しいなら、形式の強要よりもまず国民が胸を張って誇りとする事が出来る国を作る事が肝要だと思うのです。
例えば……無資源国なのですから開戦すれば補給もままならなくなり無駄に決まってる軍隊とか、税金の無駄遣いでしか無い天皇とか薄っぺらい飾りよりもむしろ、平和憲法護持の方が凄く有意義で困難な闘争ですから、きちんと実行出来ていたら少しは尊敬もできるのになぁ、と。
言いたい事はコレなのですけれどね。
コメント (7)
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