天と地の狭間で

2007年4月3日をもって、引っ越しを行いました。

引っ越しのお知らせ

2007-04-03 | 中身
静流っぽい物言いになりますけれど、物事は絶えず流転して、始まりと終わりを繰り返します。
出逢ったならば別れがあり、生まれたならばいつか死ぬ。生じた事象は例外無く滅する、これは世界に存在する数少ない「絶対」の一つです。
どんな事にも物にも終わりは等しく訪れますから、私は終わり自体を怖れも悲しみもしません。もっと言うなら、終わり自体には関心がありません。
肝要な事は、そこに至る過程。振り返って胸を張る事の出来るモノであったかどうか、それだけです。

……等と申し上げましても別に今生の別れという訳でも無く。戦国学園から身を退いた今、此処の看板も不正確な物となってしまっていますので、リニューアルするついでに気分転換を兼ねて軽く引っ越しをする事に致しました、というお知らせです。
ちなみに転居先は
http://blog.goo.ne.jp/arvelirde/
となっています。

現時点で此処を消す予定はありませんけれど、今後は更新する予定もありません。リンクして頂いた皆様、拙い文章に目を通して頂いた皆様には心から御礼申し上げます。
本当に有り難う御座いました。

魚座の人

2007-03-21 | 中身
此処で言う所の「魚座の人」というのは当然ながら魚座ピスケスの黄金聖闘士、アフロディーテの事です。聖闘士星矢という作品のメインターゲット層を考慮すれば仕方がない部分もありますが、当時彼ほど誤った評価をされてしまった人というのも珍しいのではないか、と私は考えています。
オカマだとかナルシストだとか、黄金聖闘士最弱だとか薔薇が無ければ何も出来ないとかキャラが薄いとか世間では散々な言われようですけれど、これらの評価は全く事実無根であり、実際のアフロディーテは本当に素晴らしい殿方であるという事を、今回は立証致しましょう。

まず、彼は確かに優れた容貌を備えた男です。瞬の言葉を引用するならば
「十二宮最後の双魚宮を護る聖闘士、その美しさは88の聖闘士の中でも随一といわれる。天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士!ピスケスのアフロディーテ!!」
……む、むぅ。確かに凄いインパクト。天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士です。凄まじいキャッチコピーです。
しかし。
これはあくまでも瞬の評価であり、アフロディーテ本人は一度たりとも自身の美について言及はしていません。女装している訳でも女言葉を使ったりもしていませんし、その立ち居振る舞いは実に堂々としたモノです。確かにアフロディーテという名前は女性名詞ですけれど、名前なんて他人がつけるモノなのですから、本人を責めるのは御門違いという物。
つまり彼は、あくまでも他人からの評価として「全聖闘士の内で最も美しい」とされているのです。外見的な美しさは、このような物語においては軽んじられる傾向にありますけれど、当然の事ながら醜いよりは美しい方が素敵です。全ての存在は皆それぞれ異なる以上、オンリーワンである事は当然で、闘争というモノはそのオンリーワンを比較してナンバーワンである事こそ肝要なのですし。

次に、彼の精神について。
自分自身に酔うナルシストどころか、彼は非常にシビアな思考の持ち主である事が原作において明らかにされています。
彼の信条を端的に示す台詞を抜粋してみましょう。
「他の黄金聖闘士はいざ知らず、少なくとも巨蟹座のデスマスク山羊座のシュラ…そしてこの魚座のアフロディーテの三人は過去の教皇の行いを知った上で、敢えて忠誠を誓っているのだ。なにが正義で何が悪かもわからんヒヨコのくせに…最後だから教えてやる、いいか力こそ正義なのだ!教皇こそ、その偉大な力を持った御方だからこの聖域を手中に収めるのに相応しいのだ。幼い赤子などに何が出来た?教皇が居たからこそ大地の平和が今まで守られて来たのだ」
えぇ、完全無欠に正論です。仮にも神のくせに、たかだか白銀聖闘士の矢座のトレミー如きに胸を射抜かれて意識不明に陥る惰弱なアテナなどよりも、圧倒的な実力を誇る教皇サガに協力する事によって大地の平和を確実に維持する。これはとても理に適った事です。
確かに聖闘士の役割はアテナの守護ですが、アフロディーテは無力なアテナに盲従する事よりも大地の平和を優先させたという事。勿論アフロディーテやデスマスクが教皇を騙るサガに従っていたからといって、何か優遇を受けていたなんて描写はありません。私利私欲の為では無く、あくまでも地上の平和の為に逆賊の汚名を敢えて受け、そしてそれを恥じる事なく胸を張る。とても共感できますし尊敬できる生き方であると、私は考えます。

そして、彼の実力ですけれど。
これは黄金聖闘士の中で最弱どころか、屈指の戦闘能力を誇る事は明らかです。双子座ジェミニのサガや乙女座バルゴのシャカ等のインチキな強さであるかは兎も角として、少なくとも牡牛座タウラスのアルデバランや蠍座スコーピオンのミロ辺りとは比べモノにならない実力者であると断言出来ます。
端的な例を挙げてみましょう。アフロディーテは十二宮の闘いにおいて瞬と相討ちになったのですが、この瞬という青銅聖闘士の坊やは……はっきり言ってしまうなら、最強なのです。必殺技のネビュラストームは「出せば勝つ」という物であり、アルデバランに完勝した海魔女のソレントをも討ち倒す反則気味な絶技。コレを喰らいながらも相討ちに持ち込んだというのは、それはもう途轍もない事。
無論アフロディーテ本人の技を一つ一つ検証してみても、その恐ろしさには戦慄を禁じ得ません。
まずは「その花粉を僅かにでも吸い込めば、相手は五感が低下し一切の苦しみも無く陶酔の内に死に至る。無論アフロディーテ本人には無効」という遅効性死亡技ロイヤルデモンローズ。
更に「触れる物全てを砕き滅ぼす漆黒の薔薇を生み出し放つ。一切の防御行動は無効であり、回避する以外に死から逃れる方法は無い」という即効性死亡技ピラニアンローズ。
そして極めつけは彼の最大の奥義、ブラッディローズです。アフロディーテが語るその脅威の効能は、以下の通り。
「この白薔薇はブラッディローズといって、わたしの手から離れた瞬間きみの心臓に突き刺さる、どんなことをしてもかわすことは出来ない!そしてこの白薔薇がきみの血を全て吸い尽くし真っ赤に変わった時、きみはもはやこの世に居ない…」
……凄すぎですよ。放った瞬間に心臓に突き立ち、どんな事をしても回避不可能なんて、まさに必殺技と呼ぶに相応しい。こんなの撃てばポセイドンだろうがハーデスだろうが倒せます。……多分。

まぁそんな訳で、魚座ピスケスのアフロディーテこそは88の聖闘士の中でも随一の才色兼備、素敵極まりない殿方です。デスマスクと共にハーデス軍の目を完全に欺いた戦勝の立役者でもある訳で、何の役にも立たない射手座サジタリアスのアイオロス等よりも余程、聖闘士の鑑と呼ぶに相応しいという事が明々白々となりました、ね。

暁の女神

2007-02-24 | 中身
どうにも他人とは思えないタイトルですけれど(謎)、「ファイアーエムブレム 暁の女神」が漸く発売となりました。
私はファミコン版の「暗黒竜と光の剣」からシリーズの全作品をリアルタイムで制覇してきた筋金入りのエムブレマー、幾ら前作である「蒼炎の軌跡」の難易度が最高難度の「マニアック」でも生温過ぎて気に入らなかったとはいえ、勿論予約購入致しました。えぇ、どうせ数週間後には大きく値下がりして、最終的にはワゴン行きになるであろう事は承知しています。基本的にマニアックなゲームですから、万人受けなんてする筈が無く、そんなに数が売れる訳もありません。
でも、良いのです。一般的な評価がどうであろうと、コレはファンには堪らない代物なのですから。

ファイアーエムブレムシリーズは私がデータ改造を行わない数少ないソフトの一つであり、オープニングテーマを聞いているだけでワクワクしてくるのですが、何と言うかもう刷り込みのような物なのかも知れません。小学生だった頃、20章の「ブラックナイト・カミュ」で何度やりなおしても全員銀装備のグルニア黒騎士団の猛攻に耐えきれずユニットを殺され、データを消して完全に最初からリトライする羽目になったのも今となっては良い想い出です。
……ゲームをプレイしていて悔しさに涙したのは後にも先にもあの一回だけ。無論次のプレイでは闘技場その他あらゆる手段を用いて全軍必要以上にたっぷりと経験値稼ぎを行い、グルニア黒騎士団も敵将カミュも叩き刻んで腐土と化して差し上げましたけれど、ね。

まぁそんな訳で、画面からびしびしと殺意を感じるような難易度こそがエムブレムシリーズの醍醐味。私は敵意を向けられると胸が躍り、プレッシャーが心地良くて堪らず、強敵や困難な状況が嬉しくて嬉しくて「オラ、なんだかすっげえワクワクしてきたぞ!」というサイヤ人じみた感性ですから、当然難易度は最高に設定……と思ったら最初はお約束通りノーマルとハードしか選択不能。どうせ最低でも二回はやりますから、初回は焦らず物見遊山気分という事で難易度ハードで我慢しましょう。

(プレイ開始。1時間経過。)

……はっはっは。筋金入りのエムブレマーを自称する私が、2章やら3章やらで死人を出すとは。
天狗の鼻も結構簡単に折れました。なんとなくコツは掴みましたけれど、これはもう難易度マニアックが楽しみで仕方がありません。
とりあえず自室用にもう一台Wiiを用意しようと思います。家族の見ている前でちまちまと経験値稼ぎ、というのは……なかなかに格好悪い物ですから。

「烈火の剣」覚え書き その3

2007-02-20 | 中身
エリウッド編簡易チャート

11章 旅の始まり
この章から仲間になるレベッカは最強の弓兵の一人。
マーカス・ロウエンの二人は正直な所かなり微妙。エリウッドとレベッカに経験値を集中させると良い。

12章 比翼の友
初期配置でヘクトルとオズイン加入。
どちらも優秀だが、ヘクトルは特に素晴らしい。というか、ヘクトルがいればオズインは不要かも。
ちなみにヘクトルのヴォルフバイルもエリウッドのレイピアも、貴重な専用武器。それぞれ普段は鉄の斧と鉄の剣でも使わせておくのが吉。

13章 真実を求めて
初期配置でマシューとセーラが加入。
敵の剣士であるギィは、マシューで話しかけると仲間になる。キルソードを持っていて危険なので、マーカスあたりを囮にして誘き寄せると良い。
剣士のままだと心許ないが、クラスチェンジしてソードマスターになれば常に必殺率+15%というクラス特性がつく為、かなり使える。
外伝条件は左上の村を訪問する事。

13章外伝 行商人マリナス
暗闇マップ。
初期配置でマリナスが仲間になる。
出しておくだけで1章に1つレベルアップする特殊なユニットで、成長率は鬼。しかも出撃枠に含まれないので、以後必ず出撃させるべし。クラスチェンジするとテントから馬車になり、移動も可能になる。

14章 うごめく者たち
南西の村を訪問するとプリシラが仲間になる。
同盟軍扱いのエルクにプリシラかセーラで話しかける事により、エルクも加入。
プリシラが居る村は増援の海賊に狙われるので、早めに向かわないと危ない。

15章 キアランの公女
初期配置でリン・セイン・ケント・フロリーナ・ウィルのキアラン騎士団が加入。
リンとフロリーナだけ居れば充分という説もある。
リン編で充分に育成していたならば、今後がぐっと楽になる事間違い無し。

16章 謎の行方
城内戦。扉が多いのでマシューを出撃させておくと良い。
また、このマップで敵として現れるレイヴァンを説得出来るのはプリシラだけ。故にプリシラを出撃させる事を忘れずに。
プリシラで会話すると、レイヴァンが仲間に。そしてそのレイヴァンで話しかけることでルセアも仲間になる。
レイヴァンは超優秀ユニット。クラスチェンジ前でも充分強いが、勇者にして手斧を持たせると鬼神の如き強さになる。
外伝条件は、同盟軍ユニットが一人以上生存している事。

16章外伝 港町バドン
初期布陣の近くの村を訪問するとカナスが加入。
自軍唯一の闇魔法の使い手であり、ニノと並んで魔導系最強の一人。闇魔法はとにかく卑怯な強さのモノが多いが、特にイクリプスとルナは異常。ラスボス相手に最もダメージを与える事が出来るユニットでもあり、育成必須。
また、このマップでダーツを撃破してしまうと18章でダーツが仲間にならなくなるので要注意。
闘技場があるので使ってみたくなるが、現時点では安全に利用する事が出来ない。レイヴァンのような強いユニットでも百戦百勝とはいかないので、ここはスルーしておいた方が安全。

17章 海賊船
船上戦闘となる。7ターン目に6時方向から敵船が接触してくるので注意が必要。
ボスのゾルダムが疾風の羽を持っているが、これはマシューで盗まなければ手に入らない。

18章 魔の島
16章外伝でダーツを倒していなければ、初期配置で仲間になる。
4ターン目に登場する同盟軍のフィオーラは、フロリーナの姉。フロリーナで話しかければ仲間になる。
霧に覆われていて視界が悪いが、外伝条件は15ターン以内にクリアする事。
あまり臆病な進軍をしていると間に合わない可能性が高い。

18章外伝 魔封じの者
3ターン目に登場するキシュナは15ターン目に撤退するので、その間にカタをつけてしまう方が良い。
なお魔封じエリアは「その内側に居るユニットは魔法を使用出来ない」というモノ。外側から内側には魔法攻撃可能なので、上手く利用すると面白い。

19章 竜の門
個人的にお気に入りなラガルトが加入するマップ。
エリウッドかリンで話しかければその場で仲間になる。
また、7ターン目に東の回廊の階段から増援として現れる盗賊はメンバーカードを所持している。貴重なアイテムを販売している「秘密の店」に入店する為の必須アイテムなので、必ずマシューで盗み取るべし。
ちなみに秘密の店はこのマップにも二つ存在していて、場所は「マップ右下端の森」と「マップ左上の壊れる壁に挟まれた細い通路の突き当たり」。売っているモノでお勧めはキラー系武器とリブロー。

20章 新たなる決意
21章 二つの絆
22章 生きた伝説
外伝条件・ホークアイを仲間にしている事。更にこの章での取得経験値700以上である事。
22章外伝 創られし命
この時点でロード三人のレベル合計が49以上ならライナスルート、以下ならロイドルートへ。
23章Aロイドルート/23章Bライナスルート 四牙襲来
24章 届かぬ手、届かぬ心
導きの指輪系ユニットのレベル上昇合計が、英雄の証系ユニットのレベル上昇値より高ければケネスルートへ。低ければジュルメルートへ。
25章Aケネスルート/25章Bジュルメルート 闇の白い花
26章 夜明け前の攻防
外伝条件・ニノを仲間にして、ジャファルに隣接させて会話を行い、ニノとジャファルが共に生存している状態でクリアする事。
26章外伝 決別の夜
27章 運命の歯車
28章 勇者ローラン
29章 悠久の黄砂
外伝条件・無し。必ず外伝に進む事が出来る。
29章外伝 戦支度
30章 背水の戦い
終章 光

……うわぁ

2007-02-13 | 中身
色々と前置きの文章も考えたのですけれど、まだるっこしい事は抜きにしましょう。
近年稀にみる頭が痛くなる文章というモノを発見しましたので、今日はその感想などを述べようと思います。

http://syumizenkai.vox.com/

はい、コレです。
冷泉カレンさんのブログの、現時点での最新記事の事です。
私は明らかに特定の事象を指しているのに「どこかの誰か」とか「某所」とか称する、良く言えば空気を読んだ行動が大嫌いなので、今回はダイレクトに記してみました。
まぁ私信や身内の回覧板では無く、ネット上に公開されている文章ですから何も問題は無い筈ですし。

さて、これは読めば読む程に文頭から文末まで実に素敵な代物です。念の為に申し上げておきますが、この場合の「素敵」は言うまでもなく皮肉ですので。
まず「運営は暇人じゃないと出来ない」と決めつけてかかっている所からして既に終わっています。時間は誰にとっても有限であり、命と等価と言っても差し支えない程に貴重極まりないモノ。しかしそれでも大切な物、愛情と情熱を注ぐ物の為ならばと時間を工面する人間を「暇人」呼ばわりとは、全く恐れ入ります。
更に、カレンさんは運営を「奉仕」と捉えていらっしゃる。なるほど、つまりカレンさんにとって運営とは「暇人による御奉仕」な訳ですね。私はそういう認識を「下僕扱い」と言うのだと思っていましたけれど、御本人は連絡掲示板において否定していらっしゃいました。このあたり、どういう思考回路なのか実に興味深い所です。
しかし、そのような勘違ったお姫様思考だからこそ、好き勝手に要望だけを述べて自分自身は具体的に何も動かないという行動が出来るのかも知れません。目も開かない乳呑児ならば兎も角、仮にも他人を管理する立場と吹聴する人間の態度とは思えませんが……いやはや、私生活で関わりのない人間で本当に良かったと言う他ありません。

次に、「運営が抗争に関わるとロクな事にならない」云々について。
何をどのように判断してこんな妄言を書き記していらっしゃるのか、かなり悩ませてくれる文章です。
この場合の抗争とは、文脈から察するに最近のアレなのでしょう。その前提で考えた場合、PC感情として書かれたのならば、それは単に精神が闘争に向いていない構造をしているというだけの事。弱い癖に闘って、怪我をして痛い痛いと泣き喚くのは勝手ですが、それならそもそも闘わなければ良い話。
そして、もしもPLとして「ロクな事にならなかった」と感じていらっしゃるのならば、精神が闘争向きでは無い事は当然とした上で、それこそ御門違いも甚だしい事です。運営のキャラクタが、たとえば「抗争の当事者を出入り禁止にする」とか「どちらかの陣営の乱数に補正を加えると公示する」等の強権を発動したのならば非難されて当然でしょう。しかしそんな事は一切無かった筈です。
どちらにしても「闘争の才能も無いばかりか闘う気概も持たず、暢気に戦場に赴いたら血生臭くて気分が悪くなった」というレベルの、甘ったれた認識に感じます。「個人的に何か気に入らない」というだけの事なのではないでしょうか。
それならそれで、胸を張ってそう宣言なされば宜しい。「生理的に嫌」というのも充分立派な主張です。しかしその「個人的な好き嫌い」を公理であるかの如く理屈で飾ろうとするからボロが出る訳で……「運営が抗争に関わるとロクな事にならない」のでは無く、「運営が抗争に関わると私は個人的に何となく嫌だ」と正確に表記なさる事をお勧めしたいものです。

更にヲチ部屋と称する下水のドブネズミの溜まり場についての記述に至っては、噴飯物でしかありません。「偏った思考でこり固まり、新人が入りづらい世界観になるのを防ぐ」との事ですが、そういう事はキャラクタの行動で示すのがロールという遊びの原点ではないでしょうか。
人間ならば嫌な事があれば愚痴の一つも吐きたくなるのでしょう。それは自然な事だと思います。そして愚痴を吐くならば誰かに聞かせたいと願うのも、解らなくは無い話。故に、下水で愚痴を吐くに留めるならば私は何も言うつもりはありません。世界から全ての醜い物を排除しようなんて考える程に潔癖では無いつもりです。目の届かない所で、どうぞ存分に愚痴を吐き傷を舐め合えば良いでしょう。
が、しかし。
匿名で好き勝手な事を言うだけに留まらず、太陽の領域にまで影響を及ぼそう等と考えているのなら、笑止の極み。「楽しくキャラを動かしたい気持ちでいっぱい」ならば、それこそキャラを動かせば済む事です。
あのドブネズミの巣窟は「出る杭を打ち、責任の伴わぬ勝手放題を言い散らし、自分達の意に添わないキャラクタをPLレベルで排斥し、参加者に圧力をかけてロールに依らず部屋の空気を改変する」為の場であると私は認識していましたけれど……奇しくも同意見であったようで、複雑な気分です。

おまけに「まぁ、そんな訳で希望を書いたんですけどねぇ~。それすらダメなんですかねぇ……。」とは……何と申し上げましょうか、根本的に理論的思考という物が出来ない人のようです。
「意見を表明したならば、その意見に対する責任を負う」のは当然の事です。ドブネズミの巣窟では違うのかも知れませんが、これは私のように反社会的な個人主義者でも弁えている、言論の基本。
自分は好き勝手に意見を言うけれど他人がそれに対して抗弁する事は嫌だ、等というのは幼稚園児かお姫様だけにして頂きたいものです。
ダメとか良いとかでは無く、自分の希望と称して何か意見を述べたならば異なる意見をぶつけられる事もある。ただそれだけの事に、何を埒もない言葉を書き連ねていらっしゃるのやら。「趣味だけで記事を綴りたい」のにそれが出来ないのは、他でもない御自身が原因だと認識していらっしゃらないのが、また深い味わいを醸し出しています。

まぁ要するに。
人間には向き不向きというモノがあります。理論の構築が苦手なら、ストレートに感情だけで物を言えば良いのになぁ、と思ってしまいます。
「私は好き勝手な事を言うし、それは汲んで欲しいけれど、責任なんて負いたくない。暇人の運営が私に奉仕して楽しめる環境を作ってくれなくちゃイヤだ。ヲチ部屋は居心地が良いから存続して欲しい。そして私の意見に対して反論されるとムカつく。」
と、このように書けば済むのですから。

「ずっと俺のターン!!」

2007-02-12 | 
なんだか最近中の人が色々書いてるケド、まぁボクに言わせれば「だから何?」って話。言葉ってのはある程度認識が共通した相手に対してじゃないと意図した通りには伝わらないんだから、つまんないコトに時間使ってる暇があるなら少しはボクを動かして欲しいって感じ。

ソレはソレとして、タイトルにある「ずっと俺のターン!!」は遊戯王の海馬瀬戸が元ネタ。単行本だと4巻になるのかな。

双六「『青眼の白龍』カードを引いた このカードを場に出せば勝負は決まる!」
海馬「ならば…オレは その前にこのカードを場に出そう」←どう見ても双六のターン
海馬「次のターンでさらに…」←ターン終了宣言してないから双六のターン
海馬「さらにもう一枚!」←相手のターンにやりたい放題。通常、モンスターカードは1ターンに一枚しか召喚出来ない

……ってのが本家本元なんだケド、主人公の遊戯がヤった残虐ファイトの方が有名だし、今回ボクが触れるのもこっち。とりあえずコレを見て貰うと話が早いね。

http://www.youtube.com/watch?v=ZMeGnPJnqFA&eurl=

うん。完膚無きまでってゆーか、凄いカードの才能。
M&Wってゲームは魔法カードと罠カードがスゴく重要で、モンスターカードばっかり8枚連続とか、この状況じゃ無かったら完全に終わりだよ。カードゲームは運の要素が大きいモノで、だからこそ凡才は運によるブレを最小限にしようって考えて頑張るモノ。
でも、天才ってのは運とかその他の要因によるアクシデントも自分のチャンスに変えて勝利を掴む。カードが偏ったらどうしようとか、有効なカードは上限いっぱいまで入れて引き当てる確率を高めようとか、そーゆー小手先の技術に逃げないで、単に運命と丸裸で向き合うんだ。
運命に対して怯えたり媚びたりしないで、ねじ伏せる心意気で真っ向勝負。
やっぱ天才ってのは、そーゆーモノだと思うね、ボクは。

これからの事

2007-02-11 | 中身
前回の記事でも書きましたが、私は自分の歴史を否定したり抹消したりする事が嫌いです。故に戦国学園という場から離れるにしても、キャラクタを抹消したりブログを削除したりするつもりはありません。

休学中のキャラクタを名簿から取り除こうとか、個人のブログにまで立ち入って規制を行おうとか、そんな流れも極一部には存在するようですけれど……まぁ御自由に。そういう理不尽に対して闘うのは私ではなく、場に残る人達の権利であり責務なのでしょうから。
ちなみにチェスの試合では、対局中の休憩時間に他人からアドバイスを受ける事が禁止されていません。これは「仮に禁止しても、やるヤツは結局やってしまう」からであり、要するに「正直者がバカを見るシステムは欠陥品」という事です。もはやどうでも良い事ですけれど、ね。

話が少々脇道に逸れましたけれど、結局これからも自分の誇りと美学に基づき行動するだけの事。元々私はかなり頑固な個人主義者ですから、畜群である事を最大級に忌み嫌います。超人と僭称するつもりはありませんが、自由意志を貫き一匹の獣として生きて死ねたなら満足です。
具体的には、とりあえず燦の物語に一区切りをつけるつもりです。それが終わったなら……おそらく、ひとまずのお別れという事になるかと。

誇りと責任

2007-02-07 | 中身
私は自分の行動に誇りを持っています。
無論、神ならぬ身ですから間違いはあります。失敗を後悔する時だって多々あります。
しかしそれでも、自らの過ちを隠したり消し去ろうとはしていないつもりです。
どのようなミスであろうと、それは自分自身が行った事。ならば真っ直ぐに向き合い受け入れた上で糧と為し、今後に活かさなければ更なる一歩を踏み出す事なんて出来ません。

そんな訳で、私は自分の書いた文章にも誇りを持っていますし、その責任に背を向ける気は微塵もありません。
運営掲示板を衆目に晒されたと知った時も、「今から掲示板を削除しても既に見た人の記憶を消せる訳では無いし、この事実は事実として受け入れるべきである。あの場で運営チームの面々が交わした言葉の数々は、全て真摯に取り組んだ結果なのだから誰に恥じる事も無い。槍玉に挙げられていたPLの方々は不快になるだろろうし、それは運営としてけじめをつけなければいけない。しかし掲示板を削除する事は自分達の歴史と行動を否定する事に他ならず、話を有耶無耶に終わらせようとする悪足掻きに過ぎないのだから、情報の格差と不正確な憶測を未然に防ぐ為にも堂々と構えよう」と主張しました。
……結果として運営掲示板は何者かに突如消去され、そうなった以上全ては言い訳にしかなりませんから、敢えて触れませんでしたけれど。

このブログにしても同様です。
私は今までに一度も、自分の記事は言うに及ばず、匿名のコメント一つにしても削除した事はありません。……まぁ、誤字脱字の修正くらいはしますけれど、文意を変えた事は無い筈です。自分が書いた文章を削除するという事は、詰まる所責任逃れでしかありませんから。コメントにしても同様で、たとえどのように不快な物であろうと、目を背け削除する事は自己の精神の脆弱さの証明に他ならないと考えるが故です。

好き勝手に書き散らした代物を、感情の赴くままに抹消する。
他人がそのような行動に出る事は、まぁ当人の勝手です。私が干渉する問題ではありませんし、御自由になされば宜しい。
しかし私にとって、それは自分自身の歴史を誇りとせず、責任を放棄する卑劣な行為。そんな真似だけはしたくないモノだと、心から思います。

とりあえず

2007-01-30 | 中身
諸々一区切りしたならば、私自身の美学と矜持に従い行動します。
責務から解放されたなら、私は燦より更に身勝手な女です。

やるべき事はきっちり済ませてから、ですけれどね。

PLとPC、その区別

2007-01-30 | 中身
今更言うまでもなくPCとはPLが操るモノです。
そうである以上、PLとPCは不可分である訳ですが……では、「PL感情をPCに反映させない」とはどのような事でしょうか。
これは、とても簡単な事。要するに「PCに対して向けられた行動や感情は、あくまでもPCの物として、PCの思考で処理する」だけです。
友情や愛情、憤怒や憎悪、その他諸々の感情と、それに伴う行動。それらが「PCとして」行われた物であるならば「PCとして」対処する。とても単純明快で、間違えようのない事です。

以前も少し書きましたけれど、自分のPCが相手PCを攻撃する度に一々
【これから私のPCは貴方のPCを殴りますが、これはあくまでもPCとしての行動であり、私というPLが貴方というPLに対して怒りや憎しみがある訳ではありません。どうかお気を悪くなさらないで頂けると幸いです。】
なんて書き送っていては興を削ぐ事甚だしいですし、逆に友好的なロールを行う時に
【今、こうして貴方のPCに抱きついていますけれど、これはあくまでもPCとしての行動であり、私というPLが貴方というPLに対して友愛を示している訳ではありません。変な誤解をしてPLレベルで付きまとったりしないで下さいね。】
みたいな事を書いていても場は一気に白けます。
ロールというのは御芝居ですから、演じている間はキャラクタになりきって全力でぶつかり合っても、演じ終えたならば余計な確執は残さないというのが大前提であると、私は考えます。

役者と役柄は別物。こんな事は極々当然であり、くれぐれも混同しないように注意したいものです。
役柄に役者の個性が滲み出なくては、役者の存在価値がありません。
しかし閉幕後に役柄への感情を役者にぶつけられても、役者としては困ってしまいます。
極悪非道のギャングを演じた俳優に対して「この人でなしめ!死ね、地獄に堕ちろ!」等と叫ぶ事は……まぁ言われた俳優はある意味で役者冥利に尽きますが、叫んだ者は幼稚であると言う他ありません。