マイコン工作実験日記

Microcontroller を用いての工作、実験記録

東京に戻ってきた

2011-03-13 08:03:45 | Weblog
金曜の地震。わたしは、京都にでかけていて大地震を知りました。もともと土曜に戻る予定でしたが、金曜は新幹線も上りは運休したこともあり土曜に帰れるのか不安もあったのですが、朝から平常通りの運転がなされたことには安堵するとともに、運転再開の早さに驚きもしました。

昼間、京都にいる間は繰り返し流れるTVの報道で地震の恐怖は頭で充分に理解できるものの、実際に体感したわけではない者にとっては、やはり遠くのできごととです。なにしろ、日常の生活はまったく普通に流れています。土曜の繁華街には人や車が行きかい、バスも地下鉄も平常どおりに運行されているのです。

そして予定どおりの新幹線に乗車して、予定どおりの時刻に新横浜着。横浜線に乗り換える段になって、運行本数が少なくなっており発着に遅れが出ているのを見て、ようやくと地震の影響を我が身で感じることになったのでした。横浜線に乗車中は、多くの人が携帯の画面を眺めています。その人たちの携帯が一斉に、めいめいの音色で鳴りだしました。緊急地震速報ですが、みんなそれほど驚くわけでもないようです。繰り返される余震に速報にも慣れてしまっているのでしょうか。すぐに横浜線が運転速度を落とすのがわかりました。1分ほど待って、速度を戻したようです。まだしばらくは、余震も続くでしょう。

いろいろな意味でこの地震は人々の、そして日本の生活を変える機会になる/なったことは間違いないでしょう。そして、その影響は日本だけにとどまることもないでしょう。何しろ全ての出来事は、そして判明する事実はアッというまに全世界に通達される時代です。地震の後、わたしは都内に住む母親に連絡をとろうとしましたが、ドコモもNTTも関東向けの回線はなかなか通じませんでした。呼び出しても、親の方が移動に苦労しており応答できなかったり。夕方6時過ぎになってようやく互いの安全が確認できました。その後、留学のためにイギリスに在住している姪とも連絡。彼女はリビア情勢を確認しようとしてアルジャジーラを点けたところ、津波の映像が飛び込んできて驚いたそうです。そんな姪の連絡基本手段はもちろん、Facebookでのwallやmessageです。