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Forth!

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2013/12/31 ヒジハラ

近松門左衛門

2011-03-23 | 歴史の小旅

先日尼崎に行った。隣町の尼崎。近松門左衛門のお墓がある。
近くまで行ったので寄ってみようかと。いやー実は行った事無かったんだ。
 


近松公園。お墓の側にある近松公園。左に見えている建物が近松記念館。
 

 
写真でかすぎた。笑。
元々福井県の武士出身だそうで。武士から浄瑠璃作者に転身した訳ですが、…思い切ったなー…
そして歩いてすぐの所にあるのが広済寺。
  

 
こちらの開山、日昌上人の父の家(大阪松島の船問屋)で近松が浄瑠璃を書いていた関係から、広済寺にも度々足を運んでいたそうです。
 

  
こちらには近松本人の遺言で葬られたと書かれていた。奥さんのお墓は大阪で、そちらにも分骨されているようです。
まあ尼崎と言えば中世には度々名前が出てきます。
合戦場になっているんですが、その他でも織田信長に焼き打ちされたり、秀吉の中国大返しの時も名前が出て来る。
でも尼崎で有名人というと誰がいるのかなあ… 近松門左衛門とダウンタウンしか知らん(笑) 
忍たま乱太郎の作者さんも尼崎ですな。
 

 
乱太郎見てると上級生の名前に尼崎の古い地名が使われている。
近松公園の住所は久々知(くくち)ですが、いたよね?こういう名前の上級生…。潮江も近くにある。

***
 
尼崎にはソニーのウォークマン買いにケー○デンキまで。安かったんだ!5980円だったんだ!
ケー○デンキ、神戸の長田にもあって、晴れてたら散歩がてらそっちに行く積りだったんです。
だって場所を確かめるべく付近の地図見たら、腕塚町がすぐ傍!うっそー!
腕塚町っていって分かる人います?いたら友達になろう!(笑)
薩摩守忠度の腕塚がある所です。ちなみにそのそばに胴塚もある。てか薩摩守忠度て…わ、分かります…?(^^;
平清盛の弟で、千載和歌集に詠み人しらずで「さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」の歌が載っている。
『青葉の笛』の2番で歌われている人でもあります(1番は敦盛)。
私好きなんです。薩摩守。へへ。
昔はキセルの事を「薩摩守」と言っていた。今は流石に言わないですよね。
というか私も実際には聞いたことないよ。笑。
これ平忠度から来ています。忠度、ただのり、と読むんですが、これを タダ乗り と掛けている。
忠度が薩摩守であったから、タダ乗り→薩摩守 になっている。
 
ウォークマンを買いに行ったのは、一ヶ月ほど前、わんこの散歩中に落としてしまったんです。ギガビート…(号泣)
すぐに探しに行ったのに見つからなくて、しかもその日大雪が降った…orz
音楽ないとやっぱり駄目だ。
携帯無くても平気だけど ← 今手元にない(え) いや、もうすぐ戻って来るんですが…
無かったら無かったですむんですよね。私余り携帯好きじゃないので余計に(笑

今年は27K無理かなー。だって全然準備してないんだもん orz
まああんまり見ている人もいないかなっちゅう感じもするので、通常通り更新しようかと思ってます。
今年は江戸時代の話が中心になりそうです。というか「お奉行様!」のリメイクをお届けします(ものは言いよう)
いざ手をつけ始めると酷い事になった。加筆訂正どころかほぼ全面書き換え。
昔上げていた文章を読むと内容が結構ひどくて(面白いんだけど)、我ながら凹みました。
麻田剛立の話なんかも手直しした上でアップする積りです。
大塩平八郎の話はなあ…これも関西人としては上げたい所ですが、最近新しい角度からのアプローチ出てます?
あれ?と思う文章を目にしたので、これは保留だな、と。
大塩の乱関係史跡の写真なんかもあるんですが、出すに出せない状態だしなあ。
いやー…
アンケートで江戸時代読んでるよ!と言って下さった方がいて、やっぱりそう言って頂けると嬉しいんです。
サイトでもコーナーを作っているにも関わらず大した内容じゃないですから、ちょっと気にはなっていたんですが…
途中で止めようかと思った「お奉行様!」の手直しも読んでると言って頂いたので何とかモチベーション上がって続けられた。
まあいつもの事ですが、ぼちぼちゆるゆると更新していこうかなと思っています

Comments (2)
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岩倉実相院@京都

2010-05-09 | 歴史の小旅

岩倉実相院です。

 京阪電鉄で出町柳まで出て、そこから叡山鉄道。

 出町柳から岩倉まで20分位かな?

バスでも30分は軽くかかると思います。ホント遠い。
駅から歩きます。

 

左側の写真は駅に貼ってあった地図です。
多分バスでやって来る人の方が多いかと。
バスの方が安いし、実相院の目の前で下りられるので便利。
時間も早いんじゃないかなあ
川に沿って15分位。
赤↑の所に橋があるのですが、そこを左に曲がって暫く歩くと

 こんな感じに。

左側に石碑が建ってますが、そこを曲がって更に暫く歩くと岩倉具視の幽棲旧居に。
そちらのレポートはサイトに載せていますので、そちらをご覧くださいな。
(サイト>WORKS>史跡・旅行レポ>日本史全般)

 岩倉実相院。

床に映る紅葉で有名な門跡寺院です。
門跡寺院というのは、青蓮院のエントリでも紹介しましたが、皇族や摂関家の子弟が出家して入る寺院のことです。
真言宗では仁和寺、天台宗では青蓮院が筆頭に上げられる事が多いかと。
頂いた解説書を見ると単立寺院で、不動明王を御本尊としているそうです。
ちなみに現在の門主さんは原敬のご親戚です(確かお孫さん

 



時節柄、紅葉の緑がとってもきれいでした。
緑の床紅葉も見てきたのですが、写真NGということで。
残念ながら写真OKな場所は庭園のみ。
 
 

訪れた際には、「龍馬とその時代」というテーマで当時の門跡の日記が展示されていました。
といっても同時代人の記した幕末の世相という感じで、特に龍馬関係なかった。笑。
展示されている日記では一ヶ所だけ名前が出ていました。
薩摩の寺田屋事件の時の日記の部分。

 

天気もいいし、緑もきれいだし、居心地いいな~。
秋はこのもみじが紅葉するんですねえ。それもきれいだろうな。
映像や写真でしか見た事無いですが、実際に見たら本当に美しい光景でしょうね。

 



ついでなのでちょっとだけ。
 
 

トモミンち(の拝観入り口)。
訪れたものの幽棲旧居は来年3月まで修復工事中で、近づくことすらできませんでした。
対岳文庫は資料館です。
小さいのでそんなに沢山の資料が展示されている訳ではないのですが。

肝心のトモミンちは、
 
 こういう状態でした…

分かりにくいっスね。シートですっぽりと覆われていましたorz
こちら、どうやら実相院の宿坊だったようです。

もうひとつ。木戸さんち。

 石長松菊園@丸太町

これも先日サイトにUPした分ですね~。
石碑が建ってます。家もまだ立ってます。


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青蓮院、青不動御開帳

2009-10-24 | 歴史の小旅
 
 
京都東山の青蓮院で青不動(青不動明王二童子像)の御開帳がありまして、それを見に行ってきました。
こちら国宝です。
日本の三不動で赤不動、青不動、黄不動というのがありますが、その内のひとつ。
因みに赤不動は高野山、黄不動は園城寺。
仏教の五色は赤青黄黒白で、確かお不動さんも五色あったのではないかと。
そしてその中で一番位が高いのが青だったのではないかと記憶しておりますがうろ覚えです。
普段お堂に飾られているのはレプリカというか写真だったかな。
行ったら見られるという明王様ではなく、普段は確か奈良国立博物館(仏教専門の博物館なのです)に預けられていた筈。
今回は青蓮院が開かれて以来初めての御開帳、一般公開となります。
青蓮院の創建が1144年ですから実に865年ぶり!
因みに前九年の役が終わったのが1052年。
1156(イイゴロ)合わせ保元の乱、
1192(イイクニ)作ろう鎌倉幕府ですので平安時代末期より初めてですか。
また青蓮院は門跡寺院の中でも主に皇族が入られた格式の高い寺院ですので、一般庶民が目に出来るような明王様ではなかった筈です。
そういう意味でも中々貴重です。
今度いつ御開帳になるか分からないと思って出かけて来ました。

去年青蓮院にお参りした際に、2009年秋に御開帳があるからぜひおいでと世間話をしたお寺の方に誘われていたんですが、その時は今迄出していなかったものをなんでまたと…
頂いた解説には、混迷の時代に青不動のお力で世の中のを少しでも良い方向に、豊かな社会に導いて頂きたいと考え御開帳に及んだとあります。
まあ色々ありますからねえ。

青蓮院には割と足を運んでいますので、人も集まるだろうしあの空間でどう飾られてるんだろうと思っていたのですが、お堂に普通に掛けられておりそちらにお参りするスタイルでした。
時間が丁度11時頃、護摩を焚く時間にお参りした事もあってちょっと慌ただしくもあったのですが、とてもよかったです。
それにしても驚いたのが、 滅茶苦茶きれい! 
本当に平安時代のものですか?と思うほどきれいでした。
同じ事を感じるのか、係りの方に「本物ですか」と尋ねている人も結構いました。
それ位色がきれいに残っていた。

そして参拝客も随分多かったですねえ…
普段閑散とした所ですので、人の多さに引きました(笑
11時前到着でも少し遅いかと思いましたがまだ少し空いていた。
それでも11時半頃になるともう随分な人だかり。
寺院前にバスが並んでいた事もあり、バスツアーが組まれてもいるようです。
そういえば地元の情報誌でも似たような案内が出ていました。…近いのにな(笑
行かれる方は朝早めがいいかもしれませんね。

公式HP:天台宗 青蓮院門跡 青不動ご開帳

 




後は一緒に行っていたママンのリクエストで近くの平安神宮をぶらぶら。

 

時代まつりの後片付けしてた(笑

もう一度青蓮院前を通って知恩院前を過ぎ円山公園を通って八坂神社を過ぎてお昼御飯を食べに。
豆腐・湯葉料理をという事で今回のチョイスは祇園やまと。
お昼食べた後は建仁寺に行き六波羅蜜寺に寄って帰ってきました。


そういえば朝10時頃に南座の前を通ったらテレビの収録をしていました。
「あー中村梅雀がいる!」と思いきや、安住アナもいた。
ぴったんこカンカンかな?
頻りに写メを撮ろうとする修学旅行生(今シーズン真っ盛り)に写真撮らないでくださーいって。あー大変だ。
というかあんな人通りの多い道の狭い所で…迷惑…(笑

 
 
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奈良へ

2009-09-27 | 歴史の小旅
今日は朝からに奈良に行ってきました。
東大寺とか、15年ぶり位。

 南大門。

再建で確か800年位前の。鎌倉時代。

 

阿吽の金剛力士像。
どっちかが運慶・快慶で、どっちかが堪慶の。
ひしめく修学旅行生(笑

 大仏殿



東大寺が作られたのは聖武天皇の時代。
天平文化というと正倉院展などで華やかなイメージがある半面、地震や飢饉、遣唐使が持ち込んだ天然痘が流行るなど非常に不安定な時代でもあった。
その社会不安を解消してほしいという願いを込めて作られた。
鎮護国家の中心地。

 毘盧遮那仏

 

東大寺は何度か兵火に逢っており、奈良時代に作られた部分はほんのわずかしか残っていない。
1度目が平家の時代。
平重衡が火をつけたと言われるし、そう紹介されることが多い。
平重衡の軍勢が直接火をつけたのではなく、その日は風が強かった
という事はあまり言われない。
2度目は戦国時代、松永弾正と三好氏。
詳しい事は忘れた。



正面向かって右後ろ辺りに穴のあいた柱がある。
通れたらいいことがあるそうな。大仏様の鼻の穴の大きさと聞いたことがある。

とはいえ目的はこちらの大仏様ではなく戒壇院にいらっしゃる四天王。



写真不可…
四天王は多聞天、広目天、増長天、持国天。
リーダーは多聞天。一番偉い。別名毘沙門天という戦の神様。 
一体しかおられない時は毘沙門天という。奥さんは吉祥天。
楠正成の幼名は多聞丸。私はこちらの広目天が好き。
戒壇院の四天王は鑑真和上が日本に来られた時に一緒に連れて来られたのだそうな。
しかしながら残念なことに安置されているのはレプリカだそうな…orz
天井の梁には戒壇院を作った大工の手や足の跡がたくさん残っている。
当時は裸足で作業をしていたらしく、その皮脂がそのまま木に。

もうひとつの目的は新薬師寺。

 新薬師寺

新薬師寺と言えばこの方。

 伐折羅大将

バサラかと思いきやバザラ。
この方は500円切手になってます。
持ってますがベッドの下にあるので今日出すのは勘弁して。



薬師如来を12の大将が守護している。それで12神将という。
それぞれ守護する方角が決まっていて、それぞれが子丑寅…と守護する干支もある。
方角はともかく、この干支の順番がばらばらでこれが昔からの疑問だった。
…ので聞いてみた。
ら、元々12神将はインドの神様。
インドには十二支がないのだが、干支のある中国に入った時にそれが勝手に当てはめられた云々。
つまり適当だそうだ。ホンマかいな(笑)


 東大寺で。

 新薬師寺付近で

 奈良公園。鹿。



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あーレス諸々、次回にさせてください…
疲れたー

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屏風祭り

2009-07-16 | 歴史の小旅
祇園祭の宵山の日に行われる屏風祭り。
各山鉾町の老舗や旧家の所蔵品を公開するというものです。

 南観音山の辺り
 
 みなさん覗いてますねえ

 

こんなかんじで屏風が飾ってあります。
随分奥行きがありますよ~
奥のお部屋で打ち合わせだか、話だかがされていました。
展示といってもどこか1箇所に集めてと、そういうのではなく、町屋を一部開放する形。



↑の町屋のお隣。とても涼しげ。
日本家屋って夏向きだなと思う瞬間…

 

こっちは松坂屋さん。
屏風と一緒に甲冑が展示されてました。
この写真はほんの一部。
どこの家が参加されているというのは京都市のHPにも載ったりしてますねえ。

いやあ京都はホント、お金持ち文化です…

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