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2013/12/31 ヒジハラ
先日尼崎に行った。隣町の尼崎。近松門左衛門のお墓がある。
近くまで行ったので寄ってみようかと。いやー実は行った事無かったんだ。
近松公園。お墓の側にある近松公園。左に見えている建物が近松記念館。
写真でかすぎた。笑。
元々福井県の武士出身だそうで。武士から浄瑠璃作者に転身した訳ですが、…思い切ったなー…
そして歩いてすぐの所にあるのが広済寺。
こちらの開山、日昌上人の父の家(大阪松島の船問屋)で近松が浄瑠璃を書いていた関係から、広済寺にも度々足を運んでいたそうです。
こちらには近松本人の遺言で葬られたと書かれていた。奥さんのお墓は大阪で、そちらにも分骨されているようです。
まあ尼崎と言えば中世には度々名前が出てきます。
合戦場になっているんですが、その他でも織田信長に焼き打ちされたり、秀吉の中国大返しの時も名前が出て来る。
でも尼崎で有名人というと誰がいるのかなあ… 近松門左衛門とダウンタウンしか知らん(笑)
忍たま乱太郎の作者さんも尼崎ですな。
乱太郎見てると上級生の名前に尼崎の古い地名が使われている。
近松公園の住所は久々知(くくち)ですが、いたよね?こういう名前の上級生…。潮江も近くにある。
***
尼崎にはソニーのウォークマン買いにケー○デンキまで。安かったんだ!5980円だったんだ!
ケー○デンキ、神戸の長田にもあって、晴れてたら散歩がてらそっちに行く積りだったんです。
だって場所を確かめるべく付近の地図見たら、腕塚町がすぐ傍!うっそー!
腕塚町っていって分かる人います?いたら友達になろう!(笑)
薩摩守忠度の腕塚がある所です。ちなみにそのそばに胴塚もある。てか薩摩守忠度て…わ、分かります…?(^^;
平清盛の弟で、千載和歌集に詠み人しらずで「さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」の歌が載っている。
『青葉の笛』の2番で歌われている人でもあります(1番は敦盛)。
私好きなんです。薩摩守。へへ。
昔はキセルの事を「薩摩守」と言っていた。今は流石に言わないですよね。
というか私も実際には聞いたことないよ。笑。
これ平忠度から来ています。忠度、ただのり、と読むんですが、これを タダ乗り と掛けている。
忠度が薩摩守であったから、タダ乗り→薩摩守 になっている。
ウォークマンを買いに行ったのは、一ヶ月ほど前、わんこの散歩中に落としてしまったんです。ギガビート…(号泣)
すぐに探しに行ったのに見つからなくて、しかもその日大雪が降った…orz
音楽ないとやっぱり駄目だ。
携帯無くても平気だけど ← 今手元にない(え) いや、もうすぐ戻って来るんですが…
無かったら無かったですむんですよね。私余り携帯好きじゃないので余計に(笑
今年は27K無理かなー。だって全然準備してないんだもん orz
まああんまり見ている人もいないかなっちゅう感じもするので、通常通り更新しようかと思ってます。
今年は江戸時代の話が中心になりそうです。というか「お奉行様!」のリメイクをお届けします(ものは言いよう)
いざ手をつけ始めると酷い事になった。加筆訂正どころかほぼ全面書き換え。
昔上げていた文章を読むと内容が結構ひどくて(面白いんだけど)、我ながら凹みました。
麻田剛立の話なんかも手直しした上でアップする積りです。
大塩平八郎の話はなあ…これも関西人としては上げたい所ですが、最近新しい角度からのアプローチ出てます?
あれ?と思う文章を目にしたので、これは保留だな、と。
大塩の乱関係史跡の写真なんかもあるんですが、出すに出せない状態だしなあ。
いやー…
アンケートで江戸時代読んでるよ!と言って下さった方がいて、やっぱりそう言って頂けると嬉しいんです。
サイトでもコーナーを作っているにも関わらず大した内容じゃないですから、ちょっと気にはなっていたんですが…
途中で止めようかと思った「お奉行様!」の手直しも読んでると言って頂いたので何とかモチベーション上がって続けられた。
まあいつもの事ですが、ぼちぼちゆるゆると更新していこうかなと思っています
岩倉実相院です。
京阪電鉄で出町柳まで出て、そこから叡山鉄道。
出町柳から岩倉まで20分位かな?
バスでも30分は軽くかかると思います。ホント遠い。
駅から歩きます。
左側の写真は駅に貼ってあった地図です。
多分バスでやって来る人の方が多いかと。
バスの方が安いし、実相院の目の前で下りられるので便利。
時間も早いんじゃないかなあ
川に沿って15分位。
赤↑の所に橋があるのですが、そこを左に曲がって暫く歩くと
こんな感じに。
左側に石碑が建ってますが、そこを曲がって更に暫く歩くと岩倉具視の幽棲旧居に。
そちらのレポートはサイトに載せていますので、そちらをご覧くださいな。
(サイト>WORKS>史跡・旅行レポ>日本史全般)
岩倉実相院。
床に映る紅葉で有名な門跡寺院です。
門跡寺院というのは、青蓮院のエントリでも紹介しましたが、皇族や摂関家の子弟が出家して入る寺院のことです。
真言宗では仁和寺、天台宗では青蓮院が筆頭に上げられる事が多いかと。
頂いた解説書を見ると単立寺院で、不動明王を御本尊としているそうです。
ちなみに現在の門主さんは原敬のご親戚です(確かお孫さん
時節柄、紅葉の緑がとってもきれいでした。
緑の床紅葉も見てきたのですが、写真NGということで。
残念ながら写真OKな場所は庭園のみ。
訪れた際には、「龍馬とその時代」というテーマで当時の門跡の日記が展示されていました。
といっても同時代人の記した幕末の世相という感じで、特に龍馬関係なかった。笑。
展示されている日記では一ヶ所だけ名前が出ていました。
薩摩の寺田屋事件の時の日記の部分。
天気もいいし、緑もきれいだし、居心地いいな~。
秋はこのもみじが紅葉するんですねえ。それもきれいだろうな。
映像や写真でしか見た事無いですが、実際に見たら本当に美しい光景でしょうね。
※
ついでなのでちょっとだけ。
トモミンち(の拝観入り口)。
訪れたものの幽棲旧居は来年3月まで修復工事中で、近づくことすらできませんでした。
対岳文庫は資料館です。
小さいのでそんなに沢山の資料が展示されている訳ではないのですが。
肝心のトモミンちは、
こういう状態でした…
分かりにくいっスね。シートですっぽりと覆われていましたorz
こちら、どうやら実相院の宿坊だったようです。
もうひとつ。木戸さんち。
石長松菊園@丸太町
これも先日サイトにUPした分ですね~。
石碑が建ってます。家もまだ立ってます。