E.M.ロジャースは「イノベーション普及学」を表し、イノベーションの普及に係る知見(実証された命題)をまとめている。これらの知見は、環境イノベーションの普及にも当てはめることができそうであり、また環境イノベーションならでは普及メカニズムもありそうである。
筆者の研究で得らえた実証命題を整理しておく。ただし、これらの実証命題は住宅用太陽光発電や特定地域でのスタディの結果を一般化したものであり、さらに他の環境イノベーションや他地域での実証を行っていく予定である。
命題1 環境イノベーションは、環境面での革新者や初期採用者としての特性を持つ層から普及し、その次に追随する層に普及する。
例)住宅用太陽光発電の設置者は、環境オピニオンリーダー性やイノバティブネス度が高い層から、より一般的な層に移行しつつある。また、新築時の設置から既築への設置が増えてきており、住宅用太陽光発電の普及は広がりを見せている(ただし、これは設置補助金や売電制度といった国の支援施策の効果であり、これらをなくして、普及の広がりは見られなかったであろう)。
命題2 環境イノベーションの採用意向はその便益性の認知により高まるが、実際の採用行動は便益認知だけでは促されず、費用負担の容易性の認知を必要とする(
例)住宅用太陽光発電の設置意向は、太陽光発電の「広義の便益性」(地球温暖化防止等の問題解決と家計便益等)認知に規定される。これに対して,設置行動は,「広義の便益性」認知に加え、「広義の負担容易性」認知に強く規定されている可能性が示唆された。
命題3 環境イノベーションの採用は、経済合理性だけで促されるわけではなく、その公益性(環境面での有効性)の認知向上が採用を促す。
例)住宅用太陽光発電の設置意向は、主に初期投資の負担額と売電収入額、太陽光発電の便益性あるいは負担容易性の評価に規定される。すなわち、地方公共団体においては,補助金だけでなく、太陽光発電の評価を高めるような普及啓発や情報提供にも力を入れることで,設置意向を高めることができる。
命題4 環境イノベーションによって、採用要因が異なる。環境イノベーションは環境面の便益性だけでなく、それ以外の面の便益性(両面性)を持つが、両面性の側面が環境イノベーションによって異なるためである。
例)住宅用太陽光発電の設置や市民共同発電への出資は、地球温暖化問題等への危機認知や行動意図、あるいは環境オピニオンリーダー度や地域活動参加度が高い。しかし、木質バイオマス機器の設置意向を持つ者は、環境オピニオンリーダー度や地域活動参加度が高いが、地球温暖化問題等への危機意識や行動意図が高いとは言えず、災害対策や暮らしの楽しみ等を理由している。
命題5 環境イノベーションの普及を促すうえで、マスメディア・パーソナルメディア、あるいはコスモポライトメディア・ローカルメディア等によって認知に与える影響が異なることを踏まえ、それらを上手く組み合わせることが有効である。
例)太陽光発電の「広義の便益性」認知と「広義の負担容易性」認知に相対的に影響を与えている可能性がある情報入手先が抽出できる。太陽光発電の「広義の負担容易性」認 知に影響する可能性がある情報入手媒体は、「書籍」と「インターネットの掲示板やブログ,コミュニティ等」といった専門性の高いメディアである。これに対して、「広義の便益性」認知は、マスメディアや国,企業,家族・知人等の働きかけ等、幅広い情報入手媒体が影響している。
命題6 地域に密着した主体による地域での環境活動や環境教育は、環境イノベーションへの認知を高め、環境イノベーションの普及を促す効果が十分にある。
例)飯田市の市民共同発電事業は、出資に配当する営利事業であるとともに、太陽光発電を公共施設に率先的に設置することによるデモンストレーション効果を狙いとし、太陽光発電を設置した保育園等での環境教育にも力を入れている。飯田市の市民共同発電事業は20歳代を除き、男女を問わずに幅広い年代の世代に認知され,影響を与えている。そして、市民共同発電事業は、温暖化防止行動の共演性(おもしろさや周囲の活発性)の認知、また太陽光発電の評価に関する認知を高め、このことで間接的に住宅用太陽光発電の設置意向を高めている。
命題7 環境への取組の先進地域では、訴求対象の異なる様々な環境施策・活動が地域で積み重ねられ、これにより地域環境力(主体の意識、主体間の関係)が高まり、環境イノベーションの普及を促す基盤となる。
例)長野県飯田市では、特に3つの環境施策等は異なる影響を市民に与えている。飯田市環境基本計画の影響を受けた市民は、特に環境配慮行動の実施度を高めている。地域ぐるみ環境ISO等は20歳代にも影響を与えていることが特徴であり、地球温暖化防止の行動意図の形成に結びついている。市民共同発電事業(おひさま進歩)は総じて多くの世代に影響を与えているが、特に20歳代に影響を与えていないことが特徴である。おさひま進歩の影響は環境配慮行動の実施度よりも、住宅用太陽光発電の設置意向、市民共同発電への出資意向に結びついている。すなわち、飯田市では、特性の異なる環境施策等が、実施主体を変えて導入され、異なる対象に訴求し、各活動内容に応じて、環境配慮意識・行動の形成や意図に結びついていると考えられる。3つの環境施策等に差異があり,対象や影響を補完しあう関係にあるとみることができる。
命題8 強い結合型社会関係資本(地縁的コミュニティ)への接続は、環境面でのつながりではなくとも、社会的責任意識等から、環境イノベーションの採用を促す。
例)結合型社会関係資本への接続度の高さが住民の環境配慮度を規定するが、その理由は、地区公民館活動等で環境をテーマにした地区レベルでの直接的な学習機会が多く、そこに結合型社会関係資本への接続が強い層が参加しているということではない。結合型社会関係資本に強く接続する主体は、行政からの環境情報に接触する機会が多く、環境情報の入手が円滑になされていること、また他者の目を気にする、あるいは社会的責任意識が高いこと等の理由が考えられる。
命題9 環境イノベーションの普及は「地域環境力」を高め、それを基盤にして、別の「環境イノベーション」の普及が進む。こうした相互作用のダイナミズムを形成する長期的な地域づくりを意図的に展開する地域環境施策が環境イノベーションの普及において必要である。