サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

気候変動適応策のフレーミングとコデザイン

2020年02月28日 | 気候変動適応

環境新聞「地域の教育・研究機関と持続可能な地域づくり」第18回目より転載

 

気候変動適応研究における市田柿との出会い

 

 気候変動の悪影響が顕在化する中で、緩和策(温室効果ガスの排出削減)では避けられない気候変動の影響に対する適応策の検討が進められている。これまで適応策の検討は、気候変動の地域への影響の将来予測という“専門知”を起点とするトップダウン・アプローチが中心である。

 しかし、専門的な将来予測データを地域に渡しさえすれば、地域の能動的なアクションを立ち上がるものではない。そこで必要となるのがボトムアップ・アプローチである。これは気候変動の地域への影響や適応策に対する地域主体(住民や生産者等)の持つ“現場知”を掘り起こして共有し、地域主体の学習と能動的な取組みを促す方法である。

 法政大学地域研究センターに所属していた筆者は、国の研究プロジェクトの一環として、ボトムアップによる適応策検討の試行を全国各地で行っていた。そこで出会ったのが南信州の特産品である市田柿(干し柿)であった。11月頃に生柿を干して乾燥させるが、高温化によるカビの被害が深刻になっているという。

 

大学から高森町に提案して調査を実施

 

 筆者は、高森町において市田柿の地球温暖化対策に対する計画が策定済であることを知り、町産業課の担当者に連絡し、農家へのインタビューやアンケートを提案し、実施することができた。この結果から次の2点が明らかになった。

 第1に、標高の高い地域ほどに影響を深刻に受けとめているという結果であった。高温がカビ被害の原因であるならば標高が低いほど気候変動の影響を受けやすいと考えたが、その逆の結果であった。これは、標高の高い地域の農家は新しい農家が多いためであった。

 第2に、アンケートでは「市田柿は高森になくてはならない」と思いつつ、「生産が大変だ」、「将来続けるかどうかわからない」といった回答が多かった。生産がストレスになり、楽しさや生きがいになっていない状況にあるとすれば、楽しさやいきがいとなる市田柿生産となるように、適応策の検討が必要であると示唆された。

 

高森町からの提案による事業協定

 

 その後、町産業課より、事業協力に関する協定書を締結できないかという希望が提案された。町産業課としては、本研究を町の施策として位置づけ、より積極的に内外にアピールしていきたいという考えがあった。公式的な関係を形成することで、町長を含めて町ぐるみで法政大学との共同事業を行いたいとのこと。

 2017年春に高森町と法政大学との協定を締結し、「市田柿の適応計画」策定に受けた3年間が動きだした。農家あるいは高校生・大学生によるワークショップを3回開催。市田柿の価値を高め、生産を楽しくし、後継者を増やしていくような、新たに実施する地域協働のアクションのアイディアを出し合い、さらに重点的に実施すべきアクションの選定と具体化を話し合った。

 2018年には、農家、南信州改良普及センター、南信農業試験場、JAみなみ信州高森支所等のスタッフを構成員とするワーキングを設け、ワークショップで出されたアクションへの追加と重点的なアクションの絞り込みを行った。さらに、町産業課や農協等の実施主体により重点的なアクションの5W1Hを具体化し、ワーキングにおいて協議し、内容を精査した。

 そして、2019年8月に「将来の気候変動を見通した市田柿の適応策計画推進協議会」において審議し、計画を決定した。その後、町内でのシンポジウム、町の広報、CATVの自主番組により、計画の内容を町民に広く報告してきたところである。

 

市田柿の気候変動適応計画の先進性

 

 高森町と法政大学の連名となった「市田柿の適応計画」は、5つの点で先進的である。

 第1に、2018年12月に気候変動適応法が施行され、地方自治体のすべてに地域の気候変動適応計画の策定が進められているが、“町”として適応計画を策定したのは高森町が初めてである。

 第2に市田柿に限らず、固有な地域資源に着目した本格的な適応計画はこれまで作成されていない。

 第3に町内の農家や高校生等がアイディアを出し合った参加型の検討プロセスが先進的である。

 第4に技術開発と普及だけでなく、農家の持つノウハウの共有、農家の連携による経営基盤の強化等を適応策として整理したという計画構成において、先進的である。

 第5に、大学の研究所と地方自治体の事業協定により、適応策のアクション立ち上げまでの共創ができたことも先進的といえよう。

 

研究面からあるべきプロセスのデザインとフレーミングの提示

 高森町における市田柿の適応計画に示されたアクションは、町の主体が具体化したものであり、町の主体が実施の担い手となる。しかし、町だけでこの先進的な適応計画はできなかった。大学の研究所の果たした役割として、2点をあげる。

 第1に、農家の調査からワークショップ、ワーキング、協議会、シンポジウム等といった全体のプロセスを町担当と一緒にデザインし、その実行を常に一緒に行ってきた。

 第2に、適応策のアイディア出しにあたって、小規模農家の撤退、後継者難等を見通して、経営改善にも踏み込んだ対策が必要ではないかという点を強調し、長期を見通して、現在の対策に追加する対策のアイディアが出てくるように促した。

 計画が策定され、今後はその実行段階となる。市田柿の適応策の推進ともに、他の分野での適応策、さらには地域の緩和策についても展開していくことが今後の課題となる。住民アンケートを現在、実施しているところであり、そのデータを用いた次の展開も今後の課題となる。


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