水・土砂災害や熱中症対策、農業の被害等、気候変動のマイナスの影響への対策を強化したり、長期的に備えることが「適応策」である。
しかし、「適応策」には、気候変動のマイナスの影響を回避するだけではなく、プラスの側面を活かすという側面がある。また、「適応策」を通じて地域再生を図ろうという動きもみられる。
気候変動を追い風にする研究開発の動き
気候変動(地球温暖化)による気温上昇や強い雨の増加により、これまで地域で生産してきた農産物の生産量や質の低下というマイナスの影響を受けることが多い。しかし、気温上昇により、これまで生産できなかった農産物が生産できるようになるなど、気候変動はプラスの影響の可能性をもたらすことが指摘されている。
例えば、気温上昇が進むと現在のリンゴやミカンの主産地はそれらの栽培に適さなくなる一方で、これまで栽培に適さなかった地域が産地になる可能性があると予測されている。この予測は、気候モデルによって予測される温度上昇とリンゴやミカン等の栽培適地の温度条件に対照により判定した結果である。
こうしたプラスの側面を活かそうとする研究開発が各地で始まっている。例えば、山形県では気候変化を積極的に活用した新規作物の導入試験を行った。すだちや温州みかん等の果樹や南方系の高菜・からし菜等の野菜、あるいはヒノキの造林等について、県内の栽培敵地の選定と栽培技術の検討がなされた。埼玉県でも、農水省から出向の副知事がいたこともあり、温州みかん、トマト、観賞用パイン、ニッケイやタブノキといった樹木の導入試験がなされた。これらの試験結果から本格的な導入に至っている事例はないものの、気候変動が進行しまう可能性があるなか、新規農産物の導入試験はこれからも各地で実施されていくものと考えられる。
気候変動時代を結果として先取りした産地形成
気候変動の時代を見越していたかのように、気候変動による産地の北上を先取りし、既に産地としての地位を確保しているケースもある。「かづの北限の桃」というブランドを打ち出している秋田県鹿野市である。同市のホームページでは、同市の果樹栽培はりんごが主体で明治19年頃から始まったが、気象被害や高齢化等から栽培面積が減少してきたため、「平成12年頃から地域で適応性が確認され、遅出し出荷により高単価が期待できる桃を積極的に導入し産地化に取り組み、「かづの北限の桃」(商標登録番号第5599041号)としてブランド化を進めています」とアピールしている。桃を少しだけ栽培している地域の北限は他にもあるが、この地域で栽培されている桃は約20種類あるとされ、福島県、長野県等の主要産地より後に収穫、出荷することで市場での地位を確立している。
この桃の例は、気候変動の進行を予測して、適応策として産地形成をしてきたわけでないが2つの点で今後の適応策の参考になる。1つは、様々な果樹を植えて試したなか、最も育ちがよいのが桃だと判断し、その栽培技術の確立を図ってきたことである。適応を考える産地では、ある程度の予測情報を活かしつつも、多様な品目のテストプランティングを行いながら、適応作物を選定していくという手法が活用可能ではないだろうか。
もう1つは、桃の栽培技術の確立にあたり、長野県や山形県等の桃農家と連携して、技術導入を図る生産者がおり、その生産者が自分だけでなく、研究会を通じて地域の他の農家にも桃栽培を広げたという点である。地域間連携や地域ぐるみであることが、適応策の導入・普及において有効であることを示している。
かねてより導入してきた新作物が気候変動時代を結果的に先取りすることになり、産地形成の可能性を高めているという地域は他にもある。例えば、富山県氷見市は、日本で最北端のみかん農園があり、りんごとみかんを同時に本格栽培している。同地域は暖流と寒流が交わり、富山県内でも暖かいと言われるためであるが、気候変動はこの地にとって追い風といえるだろう。
気候変動適応を通じた価値創出
ここまで紹介した事例は、気候変動をプラスの影響として活かす試みである。これに対して、気候変動適応を地域産業の振興につなげる、つまり、「(気候変動という)ピンチを(地域づくりの)チャンスと捉える」取組みも見られる。
例えば、暑さ日本一を争う岐阜県多治見市は、タイル生産の街でもあるが、「クールアイランドタイル」を開発、生産している。このタイルは太陽熱を遮断し、建築物内をクールにするだけでなく、太陽熱を地上ではなく天空方向に反射させ、街も暑くしないという設計をなされている。原材料もタイル廃材を利用している。地域の気象条件と地場産業を活かし、気候変動という外部環境のピンチをチャンスとして捉える試みである。
神奈川県川崎市では、気候変動適応方針の中で、「産業の振興等の視点からの適応の取組」を掲げ、事業者が有する環境技術等を気候変動適応策に活かす取組を支援すると記している。市内に立地する気象観測システムの技術を持つIT企業等を活かすとともに、環境ビジネスにより地域振興を図ってきた産業都市としての地域特性を踏まえた適応方針である。
また、筆者は、気候変動適応を通じた地域づくりの例として、和歌山県畜産試験場養鶏研究所による「山椒卵」の開発を紹介してきた。同所では、暑熱によりストレスをうけ、産卵率の低下や卵の質の低下が見られることから、抗酸化作用のある素材として、県特産品である山椒の種子を飼料に混ぜ、効果を調べる研究を進めてきた。鶏舎内の扇風機や遮熱塗料といった施設対策は大規模農家では出来ても小規模農家には負担が大きい。山椒の種子は産業廃棄物として処理されてきたため低価格である。山椒の種子の飼料への配合は飼料メーカーが行い、農家は従来どおり飼料をあげるだけでよいという点も、高齢化が進む農家への配慮になっている。
さらに、この研究のコンセプトの良いところは、山椒の種子を餌にした卵を「山椒卵」としてブランド化し、協議会を組織化して地域ぐるみで経営支援をしていくという点である。この研究は、適応策を農家の経営支援につなげるという出口までを構想した研究として注目すべきものであった。残念ながら、3年間の研究の結果、肝心の産卵の量や質への効果が不十分であったというが、適応策の導入を地域づくりにつなげる発想に学ぶべき点がある。
おわりに
今回は、気候変動を追い風と捉える地域づくり、また気候変動という向かい風への取組みを通じた地域づくりについて、いくつかの事例を紹介した。どこの地域においても、気候変動は地域資源に影響を与える可能性があり、追い風であれ、向かい風であれ、地域づくりにつなげる取組みの具現化が望まれる。
注)地方自治職員研修2016年8月号に掲載された原稿を転載