サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

「気候変動の地元学」でこだわりたいこと

2020年07月24日 | 気候変動適応

 「気候変動の地元学」は、市民参加型の気候変動の影響調べにおいて、市民学習をさらに促せないか、また学習した市民を主役として気候変動適応策の検討ができないだろうかという観点で、考案し、試行してきたボトムアップによる気候変動適応策の検討手法である。

 

1.「気候変動の地元学」とは

 各地域において、適応策を計画に記述する動きが活発化しているものの、その多くは適応策に相当する関連施策を関連部局から集め、それらを列挙するスタイルとなっています。「行政内での適応策の位置づけと基本方針の作成という段階にあり、将来影響予測情報を用いた検討や取組み方針の具体的検討には至っていない場合が多い」(白井(2016))という状況は、十分に改善されていない。

 こうした原因の一つとして、適応策の検討がトップダウン・アプローチを中心としており、ボトムアップ・アプローチが不十分なことがあげられる。

 トップダウン・アプローチは「将来予測結果という科学知」を起点とする。将来予測では、気候の変化だけでなく、気候が変化した場合の水・土砂災害の起こりやすさ、農産物の生産量や品質、生物の生息分布、熱中症の患者数等といった影響の計算結果が示される。

 しかし、外部から提供される将来影響予測に依存する状況では、行政職員や地域住民、地元企業による主体的な適応策の検討が動きだしにくいのではないだろうか。

 そこで必要となるのが、トップダウン・アプローチを補完するボトムアップ・アプローチである。トップダウン・アプローチが「将来予測結果という科学知」を起点とすることに対して、ボトムアップ・アプローチでは適応策の実施主体となる自治体職員や地域住民、地元企業等の地域主体が持つ気候変動の地域への影響や適応策に関する知識、すなわち「地域主体が持つ現場知」を起点し、それを共有し、理解や行動意図を高めた地域主体が適応策の立案や実践に参加し、地域主体が自らの適応能力(気候変動適応に対する具体的な知識や備え)を高めていくプロセスとして展開される。

 このボトムアップ・アプローチは、コミュニティ・ベースド・アダプテーション(Community Based Adaptation: CBA)である。私は、CBAを進めるプログラムとして、「気候変動の地元学」を提案し、実践してきた。

 「気候変動の地元学」は、「地域住民を中心とする地域主体が、地域で発生している気候変動の影響事例調べを行い、気候変動の地域への影響事例やそれを規定する地域の社会経済的要因を抽出し、それを共有し、影響に対する具体的な適応策を話し合うことで、気候変動問題を地域の課題あるいは自分の課題として捉え、適応策への行動意図を高め、適応能力(具体的な備えや知識)の形成や適切な適応策の実施につなげるプログラム」である。

 

2.水俣流「地元学」へのこだわり

 「気候変動の地元学」というと、グローバルなこととローカルなことがくっつけていて、面白そうという人と、わかりにくいという人がいる。しかし、この言い方にはこだわりがある。

 もともと「地元学」は、水俣市の吉本哲郎氏が提唱し、実践してきた地域住民が主体となって、地域にあるもの(地域資源)を調べ、それを地域に役立てる方法を考えていく地域づくりの方法である。この水俣流「地元学」の考え方を踏まえて、あえて「気候変動の地元学」と名づけている。

 吉本(2001)は、「地元学とは…地元の人が主体となって、地域の個性を受け止め、内から地域の個性を自覚することを第一歩に、外から押し寄せる変化を受け止め、内から地域の個性に照らし合わせ、自問自答をしながら地域独自の生活(文化)を日常的に創りあげていく知的創造行為である」としている。

 水俣流「地元学」では、見えなくなっている地域資源の発見、地域資源そのものと地域資源と地域住民等との関わりの再構築を狙いとする。「気候変動の地元学」では気候変動による地域資源の変化の発見とその変化に対する地域住民の関わりの再構築を図る。この意味で、「気候変動の地元学」は、気候変動の影響による地域資源の変化という点に注視して行う水俣流「地元学」ということができる。

 

3.「気候変動の地元学」の特徴

 「気候変動の地元学」の特長として、3点をあげる。

 第1に、地域主体が参加するからこそ、気候変動による固有性のある地域資源への影響を網羅的に洗い出すことができる。トップダウン・アプローチでは抜け落ちてしまう気候変動の地域への影響、さらにはそれに対する適応策を、具体的な検討の土俵にのせることができる。

 例えば、筆者は岡山県備前市の日生地域で漁師さん10名にインタビュー調査を行ない、同地域の水産業への気候変動の影響を整理した。漁師さんたちは、気候変動によって増えてきている魚が網にかかっても、市場で売れないために持ち帰らないん。漁獲高の統計をみていてもわからない、水産資源の変化は漁師さん達に聞かないとわからないはずである。

 第2に、「気候変動の地元学」は、気候変動や適応策に関する地域主体の認知や行動意図を高める機会となる。参加者は気候変動の地域への影響を知ることで、気候変動が地球規模の将来の影響ではなく、現在、進行している地域の課題あるいは自分の課題として捉える。そして、適応策を話し合うことにより、地域主体が気候変動の問題認知や適応策の行動意図を高めることが期待できる。

 白井ら(2014)、白井ら(2015)は、気候変動の影響実感が、環境配慮行動あるいはリスク対応行動における阻害側面を解消させることを、アンケート調査による明らかにした。気候変動の影響実感は、気候変動を(地域課題とは無関係な)地球規模の課題ではなく、地域課題あるいは自分の課題として捉えさせ、緩和行動を促す。また、気候変動が不確実性のある将来リスクではなく、現在、確実に起こっていると実感されれば、適応行動が促される。

 第3に、「気候変動の地元学」では、気候変動の地域への影響だけでなく、それを規定する地域の社会経済的要因の抽出・共有を行う。気候変動の影響は、温度や降雨の変化という気候外力の変化だけでなく、地域の社会経済的要因によって規定されるが、その社会経済的要因の解消が適応策だといえる。この気候変動の影響を規定する地域の社会経済的要因を、地域の状況を理解していない外部専門家が見出すことは困難なため、「気候変動の地元学」が有効である。

 例えば、豪雨の頻度が増加し、地区内の側溝から水が溢れる内水氾濫が起こっているが、地区の過疎化と高齢化による互助による側溝の清掃等の維持管理ができなくなっており、適応策としては”側溝の維持管理ができなくなっている地域コミュニティの弱体化”という社会経済的要因の解消を図ることが重要である。この場合、豪雨でも氾濫しない、維持管理が不要な側溝に付けかえるという対処療法的な適応策もあるが、地域コミュニティの弱体化という根本的治療を行うことが望まれる。社会経済的要因の解消に踏み込んだ適応策への理解と実施を目指すことが、「気候変動の地元学」の特徴である。

 

4.「気候変動の地元学」の実践事例

 「気候変動の地元学」の実践事例としては、①地球温暖化防止活動推進センターにおける地球温暖化防止活動推進員研修等で実施したもの、②神奈川県相模原市の藤野地区で実施し、自助・互助による適応策の立案まで実施したもの、③長野県高森町の市田柿という特産品の適応計画策定を行なったものがある。

 こららの取組みは、白井ら(2017)、白井ら(2018)に報告している。

 この他、「気候変動の地元学」と言わずに、地域への気候変動の影響事例を出し合い、適応策を検討するワークショップ等が各地で開催されているが、筆者は適応策の立案・実践につなげるCBAを行なうことが大事であり、1回きりのワークショップで終わってしまっては不十分だと考えている。

 いずれにせよ、全国各地でボトムアップでの適応策の検討が進行中であり、進行中の取組みが水平方向でネットワーク化されることで、ノウハウを共有していくことが求められる。

 

5.「気候変動の地元学」の実施上のポイント

 最後に、「気候変動の地元学」を実施するうえで留意すべき点(実施上のポイント)をまとめる。

① 私(たち)が、気候変動の問題の被害者であること、被害者となり得ることへの実感を高める。対策が後手後手となり、各地で豪雨や猛暑の被害が生じている。私(たち)の危機であることを自覚する。

② 気候変動の身近な地域への影響について、私(たち)は知らないことが多い。地域の変化に詳しい地域に長く住んでいる人に聞くこと、影響を受けている人の状況や専門家の持つ知見も集めて学ぶことが必要である。

③ 気候変動の地域の影響の現状や将来予測を踏まえて、これまでの防災や熱中症対策では不十分であり、さらに追加的適応策の必要性があることを知り、考える。

④ 気候変動の影響は、心身の弱者及び社会経済的な弱者に深刻であり、弱者を支援するという視点を持つ。

⑤ 気候変動の影響は、私(たち)の暮らしを支える農林水産物や工業製品の生産地にとっても深刻であり、消費者はその影響を受ける。生産者を支える視点と特定の外部に過度に依存しない視点の両方が必要となる。

⑥ 気候変動の影響に対する適応策を行政に期待するだけでは不十分であり、自助(一人ひとりができること)と互助(助けあって行なうこと)の取組みを、私(たち)自身が企て、実践していくことが求められる。

 

参考文献

白井信雄「地域に期待される気候変動適応と取組状況、次なる課題」環境管理Vol.52 No.9,30-34,,2016

吉本哲郎「地域から変わる日本 地元学とは何か」2001 年現代農業増刊号,195,2001

白井信雄・ 馬場健司・田中充「気候変動の影響実感と緩和・適応に係る意識・行動の関係~長野県飯田市住民の分析」環境科学会27(3),127-141,2014

白井信雄・田中充・青木えり「気候変動への緩和・適応行動の意識構造の分析-地域における気候変動学習のために-」環境教育25(2),62-71,2015

白井信雄・田中充・中村洋「「気候変動の地元学」の実証と気候変動適応コミュニティの形成プロセスの考察」環境教育学会27(2), 62-73, 2017

白井信雄・中村洋・田中充「気候変動の市田柿への影響と適応策:長野県高森町の農家アンケートの分析」地域活性研究, 9, 2018.

 


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