サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

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農水分野の公設試験研究機関における気候変動適応策の研究動向

2015年01月17日 | 気候変動適応

 2013年度から2014年度の前半にかけて、全国各地の農業あるいは水産分野の公設試験研究機関を訪問し、気候変動適応に関する研究開発の実態と課題、展望等について、インタビュー調査を実施してきた。

 

 この結果は、研究推進の促進要因と阻害要因のメカニズムの分析結果として、後日、論文にしていくが、ここでは対象とした研究機関における分野別研究概要を整理し、適応研究の内容が地域状況に応じてどのように多様であるか、現在的影響と中・長期的影響に対する研究に分けたとき、どのような研究が進められているかを概括する。

 

(1)水稲

 山形では、新品種であるツヤヒメについて、「適地マップ」を作成している。ツヤヒメは、高温耐性というより、ハエヌキ、ドマンナカに次ぐ、高付加価値の品種開発を狙ったもので、結果として、高温耐性が強い品種を選定した。このツヤヒメを、毎年の県内各地の気候条件を予測し、おいしく作れる地域に限定して、作付けをしようというのが適地マップである。つまり、高温耐性の新品種についての普及支援を図る研究だといえる。

 富山では、これまで、早稲についてはテンタカクを早い時期に開発し、普及させてきた。現在は、中生について、コシヒカリをこえる、高温条件下でも高品質・良食味の品種育成に取り組んでいる。

 長崎では、元々はコシヒカリを生産していたが、高温化により品質が低下してしまった。そこで、高温耐性の品種の選定を開始している。長崎では、品種開発を独自に行うのではなく、他県で開発された品種の県内での適正を試験している。 

 

(2)果樹

 山形ではサクランボ、岡山ではモモ、高知ではナシ、宮崎ではマンゴ等の亜熱帯果樹に関する研究が実施されている。

 山形のサクランボは収穫期が6~7月上旬であるが、近年30度を超え、日焼けが発生している。この対策はこれまで、3段階で実施されてきた。1つは、樹層・生育診断と剪定方法の改善である。サクランボは歴史が浅く、産地も少ないが、そうした中、剪定のプロが各地で出てきており、そうしたノウハウを各地に広げるという方法をとってきた。剪定方法によって高温障害の出方も変わるため、ガイドラインを改定してきた。2つめは、短期対策としては細霧を木の上から散布する方法を開発している。細霧はハウス栽培で導入実績があったが、コストがかかるため、高単価で販売できるハウスで実施されてきた。しかし、近年では高温障害の被害額が大きいため、露地でも細霧を行うことになり、現在この技術開発を進めている。3つめは育種である。育種は15年程度かかる。5年一度、育種目標を変更するが、高温耐性は目標の1つになってきている。このように、現在的影響については、既往の栽培技術の高度化が行われ、中・長期的影響を見通し、品種開発を進めている。

 高知のナシについては、温暖化の影響と思われる現象として、栽培の困難化、品質の低下、収量の減少の3つがある。栽培の困難化は、開花・発芽不良が2007年、2009年、2010年に発生している。品質の低下は、夏季の高温によるもので、ナシのみつ症や焼け果の多発が2010年に起こっている。収量の減少としては、開花期の晩霜害が2006年と2019年に発生している。晩霜害は、暖冬により、芽が動きだしてしまい、そこに霜がくくることで被害となる。これに対して、短期的には原因究明と対応、長期的には適応品種の選定を進めている。短期的対策では、気温と発育速度の関係を数式化するとともに、休眠打破剤の効果を実験している。

 宮崎の亜熱帯果樹の研究は、この地域独自のものである。気候変動により亜熱帯果樹の生育が容易になっていると思いきや、気候変動は亜熱帯果樹にマイナスの影響を与えている。例えば、秋の高温によるマンゴーの生育障害が課題となっている。9月後半から温度が下がり、1~2か月の低温で新梢が伸びるが、秋の高温により障害が出てきた。マンゴーの障害を防ぐために、冷房を使う必要があるが、ヒートポンプを使い、夜間の3~4度下げることで、花や葉を安定させる。これにより、マンゴーを早く出荷することでできる。冷房費が問題になるため、如何に省エネでつくるかということが課題となる。

 また、宮崎では、気候変動を活かして、さらに亜熱帯果樹の商品化を目指す研究を進めている。ゴレンシ(スターフルーツ)はディスプレイ的に消費されているが、美味しく生で食べられるものを研究している。パパイヤは農家レベルでの増殖技術の開発、ライチは隔年結果の解消など、それぞれに課題があり、その解消方法を研究している。

 気候変動の活かした新たな果樹栽培は、山形でも検討されている。かんきつ類の新規導入を検討しており、3年間のうち2年間が終わったところである。現在のところ、マイナス15度になる場合がある条件では栽培が難しいという。

 

(3)野菜(とお茶)

 神奈川では、三浦半島で栽培が盛んな春キャベツが、暖冬化により、被害を受けているため、作付け時期の最適化の研究している。秋にキャベツを早く植え、暖冬だと早く成長してしまい、凍害を受ける。逆に遅く植えると成長をしないため、最適な作付け時期を探る必要がある。このため、キャベツの成長モデルを作成し、シミュレーション実験を行っている。

 野菜ではないが、宮崎のお茶も、初冬期の再萌芽による寒害が問題となっており、お茶が対凍性を獲得しているかどうかを判定する手法の開発を行っている。対凍の判定については、鹿児島では気温を測定し、何度に下がった防霜施設を稼働されるという警報を、前後5日間の平均気温からHPに掲載する仕組みをつくった。これに対して、宮崎では、お茶の成分を分析し、体内水分と耐凍性との相関をみて、そこから簡便で迅速に対応できるような方法を開発している。この判定を的確に行うことで、被害を防ぐともに、対策設備の運転コストを減らすことが可能となる。

 以上の野菜とお茶に対する対策は気候の状況に応じた対策の最適化を支援するものであり、短期的な対策として位置づけられる。

 

(4)畜産

 和歌山では、夏場に鶏が弱り、採卵率・生産性が落ちることから、暑熱ストレスが酸化作用をおこしているのではないかという仮説をたて、抗酸化飼料を餌に混ぜる方法を研究している。抗酸化飼料としては、和歌山の特産品を使うことを考えたという。肉用鶏(ブロイラー)は鶏舎がファンで換気されており、夏でも生産性が落ちない。採卵用は大規模な場合はウインドレスが多い、小規模な場合は開放になっているため、被害が深刻になる。このため、小規模農家の採卵用を対象として、研究を進めている。

 畜産分野の暑熱対策は、富山でも研究されている。富山では水田が多い地域として、飼料用米を栽培し、米ぬか等も含め、暑熱対策に利用するというものである。牛の第1の胃にPHセンサーを入れ、胃の中の酸性状態を調べている。また、乳牛ストレスとして、繁殖機能への影響を分析している。大型扇風機、細霧システム等の設備はもともとあり、気温を測りながら、早めに対策をとる方法を研究している。

 

(5)水産

 和歌山県では、紀伊水道東部海域等において藻類が衰退する「磯焼け」がみられ、アワビ類やトコブシ類の漁獲量が減少している。この2つの地区の磯焼けの原因として、熱ストレスにより回復力の低下、魚類(アイゴ、ブダイ、イスズミ等)やウニの活動の活発化による食害等が、水温上昇に関連する。このため、カジメ類の交雑試験を行い、既存株よりも高水温で成長する優良株を開発し、その現場展開として、漁師に苗を提供して、どこまでできるかを試験している。

 また、和歌山ではコンブ目(カジメ、クロメ、アントクメ等)であるが、長崎ではホンダワラが高温耐性品種となる。長崎においても、急激な水温上昇と高水温の安定により、魚の活動期間が長くなり、食害が生じている。このため、食害を受けても再萌芽をする品種を開発し、その普及を図っている。

 神奈川の研究は、適応策と明示したものではいが、ヒラメの高水温耐性系統の開発、東京湾の溶存酸素量と貧酸素水塊調査、酒匂川の濁流影響調査等が関連する。これらの研究は、気候変動による水温上昇だけでなく、水温上昇あるいは豪雨による水質の問題に関連する。また、神奈川では、急潮による定置網の破壊があり、そのモニタリングを行っている。低気圧がきた際に房総半島に水がたまり、それが押し戻されるのが急潮である。定置網は2億円程度するため、被害がでると大きい。2000年ころに大きな被害があったため、そのモニタリングと警報システムの運用を水産試験研究所が行っている。

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