サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

構造転換策をどのように実現するか:気候変動適応策の検討事例をもとにして

2018年06月15日 | 気候変動適応

【背景と概要】

「第二次環境基本計画」(2000年)では、第一の道(これまでの大量生産、大量消費、大量廃棄の生産と消費のパターンを今後とも続けていく道)、第二の道(現在の社会のあり方を否定し、人間活動が環境に大きな影響を与えていなかった時代の社会経済に回帰する道)に対して、第三の道(これまでの生産と消費のパターンを見直し、これを持続可能なものに変えていく道)の必要性を提示した。しかし、2000年代後半以降の環境政策は、環境と経済の統合的発展というエコロジー的近代化路線が中心となり、慣性システムの構造転換を図る環境政策が強調されることはなくなってきている。こうした中、2017年3月に策定された「長期低炭素ビジョン」では、「温室効果ガスの長期大幅削減」と「経済・社会的課題解決」の方向性は同じであるという認識を示し、明示的ではないものの、諸問題の根本にある慣性システムの構造転換に踏み出す政策(構造転換策)の必要性を示唆した。

では、この構造転換策とは、どのような政策・施策・事業として具体化され、その生成・普及・波及のダイナミズムをどのように形成していくべきか。本報告では、既往研究をもとにして構造転換策の理論的枠組みを整理したうえで、気候変動の適応策(緩和策ではなく)を事例として、構造転換策の推進上の課題とその解消方策の検討・考察を行う。

 

【構造転換策とは何か】

 構造転換策は、諸問題を規定する土地利用、産業・生産・流通、ライフスタイル・価値観、政治・行政等の構造を再構築するものである。

 構造転換策の具体例を体系化したものはないが、①コンパクトシティの形成、②スマートシュリンク・集住化、③大都市の集中緩和、地方の農山漁村の放棄抑制のための移住、④グローバル化に対抗する地産地消、④木材循環の形成、⑤長寿命化、脱物質、サービサイジング、メンテナンス志向、⑥ICT(情報通信技術)による脱物資化、移動代替の推進、⑦足るを知るライフスタイルの主流化、等をあげることができる。

 

【構造転換策の生成・普及・波及の阻害要因】

 構造転換策は、その必要性が示されながらも、実効性のあるものとなっていない場合が多い。 構造転換策を阻害する要因として、次の点をあげることができる(白井(2017)参照)。

①既存の社会経済システムの規範や構造を維持しようとする経路依存が強く働き、構造転換という課題が具体化されにくいこと(経路依存)

②構造転換には多くの時間を要するが、経済や政治、行政のシステムが短期的な成果を優先する仕組みとなっており、長期的な成果を待てないこと(短期成果主義)

③将来の危機が危機として認識されておらず、構造転換が必要であることが理解されていないこと(危機の認識不足)、

④構造転換のために必要となる分野の横断的取組、あるいは科学と政策の連携が不十分であること(インターディシプリナリー、トランスサイエンスの障害)

⑤構造転換のマネジメントを担う組織や人材が形成されていないこと(マネジメントシステムの欠如)

 

【気候変動の適応策における構造転換策の位置づけ】

 気候変動の適応策とは、環境省の「第四次環境基本計画」(2012年)に記述されたように、「緩和策を最大限に実施したとしても気候変動の進行は不可避であり」、緩和策の最大限の実行に加えて、安全・安心の確保という観点から適応策の導入が必要だと認識されてきた。2015年11月には「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定となり、適応策が公式に位置づけられてきた。

 白井ら(2014)は、「気候変動の影響は、気候外力と社会経済的要因(適応能力と感受性)によって規定され、気候外力の改善が緩和策、社会経済的要因の改善が適応策である。さらに、適応策には、適応能力の向上とともに、影響の受けやすさを規定する社会経済の構造的要因である感受性の改善がある。」という理論的枠組を設定し、適応策には3つのレベルがあると設定した。レベル1は防御、レベル2は影響最小化、レベル3が転換である。レベル1とレベル2が適応能力の向上に相当し、レベル3が感受性の改善という構造転換策に相当する。

 

【事例:気候変動適応策における構造転換策】

 市田柿は、長野県高森町の市田地区が発祥であり、現在では南信州(飯田・下伊那地方)の特産品となっている。重要な地域資源である市田柿であるが、生柿の生産、干柿への加工ともに気候条件の変化の影響を受けやすい。気候条件の変化の影響としては、秋の気温上昇によるカビの発生が深刻である

 この市田柿のカビ被害に対する適応策としては、「硫黄燻蒸の徹底」、「設備の導入」、「生産場所の移転」、「生産物の転換」、「消費者との連携」、「経営統合や連携」といった方法があるが、このうち、生産場所の移転以降が転換策に相当する。町内の生産者に対して実施したアンケート調査(2016年8月中旬から9月上旬実施、高森町内の農協・園協に加入している市田柿農家対象:発送数424件・回収数340件(80.2%)、配布・回収ともに郵送による)によれば、「生産場所の移転」、「生産物の転換」、「消費者との連携」、「経営統合や連携」の実施意向は「硫黄燻蒸の徹底」、「設備の導入」によりも弱い。しかし、年間生産量2.5t以上で「消費者との連携」、収入依存度7~8割で「経営統合や連携」の実施意向が強い傾向にある。また、小規模農家は「生産物の転換」という撤退に意向を持つこと等が明らかになった。

 

【事例を踏まえた考察と今後】

 長野県高森町の例では、経路依存や短期的成果主義が農家にあり、長期的な気候変動の進展に対する危機の認識不足やその危機を農家に伝えるインターディシプリナリー、トランスサイエンスの障害があると解釈することができる。

 これに対して、長野県高森町では、法政大学と事業協定を結び、気候変動の将来予測を学習し、農家主導で構造転換策に踏み込んだアクションを具体化するワークショップを継続的に実施し、地域ぐるみでの構造転換策を立ち上げていく途上にあり、構造転換策のマネジメントの形成を試みている。

長野県高森町の気候変動適応策の構造転換策のマネジメントを今後、どのように進めるべきか、他のテーマにおける構造転換策はどうあるべきかを提示し、さらに各方面での意見交換ができればと考えている。

 

白井信雄(2017)、特集企図 長期的環境ガバナンスに向けた道具と仕組みの開発、環境情報科学46(4)、1-4.

白井信雄・田中充・田村誠・安原一哉・原澤英夫・小松利光(2014)、気候変動適応の理論的枠組みの設定と具体化の試行-気候変動適応策の戦略として-、環境科学会 27 (5)、 313-323.

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