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【ランキング①~⑩】⇒【論述・穴埋め問題】

母を尋ねて三千里  アミーチス 日本童話研究会訳

2008-07-02 11:04:15 | ▲教育
アミーチス
日本童話研究会訳



      一
 もう何年か前、ジェノアの少年で十三になる男の子が、ジェノアからアメリカまでただ一人で母をたずねて行きました。
 母親は二年前にアルゼンチンの首府ブエーノスアイレスへ行ったのですが、それは一家がいろいろな不幸にあって、すっかり貧乏になり、たくさんなお金を払わねばならなかったので母は今一度お金持の家に奉公してお金をもうけ一家が暮せるようにしたいがためでありました。
 このあわれな母親は十八歳になる子と十一歳になる子とをおいて出かけたのでした。
 船は無事で海の上を走りました。
 母親はブエーノスアイレスにつくとすぐに夫の兄弟にあたる人の世話でその土地の立派な人の家に働くことになりました。
 母親は月に八十リラずつ[#「ずつ」は底本では「ブフ」]もうけましたが自分は少しも使わないで、三月ごとにたまったお金を故郷へ送りました。
 父親も心の正しい人でしたから一生懸命に働いてよい評判をうけるようになりました。父親のただ一つのなぐさめは母親が早くかえってくるのをまつことでした。母親がいない家(うち)はまるでからっぽのようにさびしいものでした。ことに小さい方の子は母を慕って毎日泣いていました。
 月日は早くもたって一年はすぎました。母親の方からは、身体の工合が少しよくないというみじかい手紙がきたきり、何のたよりもなくなってしまいました。
 父親は大変心配して兄弟の所へ二度も手紙を出しましたが何の返事もありませんでした。
 そこでイタリイの領事館からたずねてもらいましたが、三月ほどたってから「新聞にも広告してずいぶんたずねましたが見あたりません。」といってきました。
 それから幾月かたちました。何のたよりもありません。父親と二人の子供は心配でなりませんでした。わけても小さい方の子は父親にだきついて「お母さんは、お母さんは、」といっていました。
 父親は自分がアメリカへいって妻をさがしてこようかと考えました。けれども父親は働かねばなりませんでした。一番年上の子も今ではだんだん働いて手助(てだすけ)をしてくれるので、一家にとっては、はなすわけにはゆきませんでした。
 親子は毎日悲しい言葉をくりかえしていると、ある晩、小さい子のマルコが、
「お父さん僕をアメリカへやって下さい。おかあさんをたずねてきますから。」
 と元気のよい声でいいました。
 父親は悲しそうに、頭をふって何の返事もしませんでした、父親は心の中で、「どうして小さい子供を一人で一月もかかるアメリカへやることが出来よう。大人でさえなかなか行けないのに。」と思ったからでした。
 けれどもマルコはどうしてもききませんでした。その日も、その次の日も、毎日毎日、父親にすがりついてたのみました。
「どうしてもやって下さい。外の人だって行ったじゃありませんか。一ぺんそこへゆきさえすれば[#「すれば」は底本では「すれぼ」]おじさんの家をさがします。もしも見つからなかったら領事館をたずねてゆきます。」
 こういって父親にせがみました。父親はマルコの勇気にすっかり動かされてしまいました。
 父親はこのことを自分の知っているある汽船の船長に話しすると船長はすっかり感心してアルゼンチンの国へ行く三等切符を一枚ただくれました。
 そこでいよいよマルコは父親も承知してくれたので旅立つことになりました。父と兄とはふくろにマルコの着物を入れ、マルコのポケットにいくらかのお金を入れ、おじさんの所書(ところがき)をもわたしました。マルコは四月の晴れた晩、船にのりました。
 父親は涙を流してマルコにいいました。
「マルコ、孝行の旅だから神様はきっと守って下さるでしょう。勇気を出して行きな、どんな辛いことがあっても。」
 マルコは船の甲板に立って帽子をふりながら叫びました。
「お父さん、行ってきますよ。きっと、きっと、……」
 青い美しい月の光りが海の上にひろがっていました。
 船は美しい故郷の町をはなれました、大きな船の上にはたくさんな人たちが乗りあっていましたがだれ一人として知る人もなく、自分一人小さなふくろの前にうずくまっていました。
 マルコの心の中にはいろいろな悲しい考えが浮んできました。そして一番悲しく浮んできたのは――おかあさんが死んでしまったという考えでした。マルコは夜もねむることが出来ませんでした。
 でも、ジブラルタルの海峡がすぎた後で、はじめて大西洋を見た時には元気も出てきました。望(のぞみ)も出てきました。けれどもそれはしばらくの間でした、自分が一人ぼっちで見知らぬ国へゆくと思うと急に心が苦しくなってきました。
 船は白い波がしらをけって進んでゆきました。時々甲板の上へ美しい飛魚がはね上ることもありました。日が波のあちらへおちてゆくと海の面は火のように真赤になりました。
 マルコはもはや力も抜けてしまって板の間に身体をのばして死んでいるもののように見えました。大ぜいの人たちも、たいくつそうにぼんやりとしていました。
 海と空、空と海、昨日も今日も船は進んでゆきました。
 こうして二十七日間つづきました。しかししまいには凉(すず)しいいい日がつづきました。マルコは一人のおじいさんと仲よしになりました。それはロムバルディの人で、ロサーリオの町の近くに農夫をしている息子をたずねてアメリカへゆく人でした。
 マルコはこのおじいさんにすっかり自分の身の上を話しますと、おじいさんは大変同情して、
「大丈夫だよ。もうじきにおかあさんにあわれますよ。」
 といいました。
 マルコはこれをきいてたいそう心を丈夫にしました。
 そしてマルコは首にかけていた十字のメダルにキスしながら「どうかおかあさんにあわせて下さい。」と祈りました。
 出発してから二十七日目、それは美しい五月の朝、汽船はアルゼンチンの首府ブエーノスアイレスの都の岸にひろがっている大きなプラータ河に錨を下ろしました。マルコは気ちがいのようによろこびました。
「かあさんはもうわずかな所にいる。もうしばらくのうちにあえるのだ。ああ自分はアメリカへ来たのだ。」
 マルコは小さいふくろを手に持ってボートから波止場に上陸して勇ましく都の方に向って歩きだしました。
 一番はじめの街の入口にはいると、マルコは一人の男に、ロスアルテス街へ行くにはどう行けばよいか教えて下さいとたずねました、ちょうどその人はイタリイ人でありましたから、今自分が出てきた街を指(ゆびさ)しながらていねいに教えてくれました。
 マルコはお礼をいって教えてもらった道を急ぎました。
 それはせまい真すぐな街でした。道の両側にはひくい白い家がたちならんでいて、街にはたくさんな人や、馬車や、荷車がひっきりなしに通っていました。そしてそこにもここにも色々な色をした大きな旗がひるがえっていて、それには大きな字で汽船の出る広告が書いてありました。
 マルコは新しい街にくるたび[#「たび」は底本では「旅」]に、それが自分のさがしている街ではないのかと思いました、また女の人にあうたびにもしや自分の母親でないかしらと思いました。
 マルコは一生懸命に歩きました。と、ある十文字になっている街へ出ました。マルコはそのかどをまがってみると、それが自分のたずねているロスアルテス街でありました。おじさんの店は一七五番でした。マルコは夢中になってかけ出しました。そして小さな組糸店にはいりました。これが一七五でした。見ると店には髪の毛の白い眼鏡をかけた女の人がいました。
「何か用でもあるの?」
 女はスペイン語でたずねました。
「あの、これはフランセスコメレリの店ではありませんか。」
「メレリさんはずっと前に死にましたよ。」
 と女の人は答えました。
 マルコは胸をうたれたような気がしました、そして彼は早口にこういいました。
「メレリが僕のおかあさんを知っていたんです。おかあさんはメキネズさんの所へ奉公していたんです。わたしはおかあさんをたずねてアメリカへ来たのです。わたしはおかあさんを見つけねばなりません。」
「可愛そうにねえ!」
 と女の人はいいました。そして「わたしは知らないが裏の子供にきいて上げよう。あの子がメレリさんの使(つかい)をしたことがあるかもしれないから――、」
 女の人は店を出ていってその少年を呼びました。少年はすぐにきました。そして「メレリさんはメキネズさんの所へゆかれた。時々わたしも行きましたよ。ロスアルテス街のはしの方です。」
 と答えてくれました。
「ああ、ありがとう、奥さん」
 マルコは叫びました。
「番地を教えて下さいませんか。君、僕と一しょに来てくれない?」
 マルコは熱心にいいましたので少年は、
「では行こう」
 といってすぐに出かけました。
 二人はだまったまま長い街を走るように歩きました。
 街のはしまでゆくと小さい白い家の入口につきました。そこには美しい門がたっていました。門の中には草花の鉢がたくさん見えました。
 マルコはいそいでベルをおしました。すると若い女の人が出てきました。
「メキネズさんはここにいますねえ?」
 少年は心配そうにききました。
「メキネズさんはコルドバへ行きましたよ。」
 マルコは胸がドキドキしました。
「コルドバ? コルドバってどこです、そして奉公していた女はどうなりましたか。わたしのおかあさんです。おかあさんをつれて行きましたか。」
 マルコはふるえるような声でききました。
 若い女の人はマルコを見ながらいいました。
「わたしは知りませんわ、もしかするとわたしの父が知っているかもしれません、しばらく待っていらっしゃい。」
 しばらくするとその父はかえってきました。背の高いひげの白い紳士でした。
 紳士はマルコに
「お前のおかあさんはジェノア人[#「ジェノア人」は底本では「ジェノマ人」]でしょう。」
 と問いました。
 マルコはそうですと答えました。
「それならそのメキネズさんのところにいた女の人はコルドバという都へゆきましたよ。」
 マルコは深いため息をつきました。そして
「それでは私はコルドバへゆきます。」
「かわいそうに。コルドバはここから何百哩(まいる)もある。」
 紳士はこういいました。
 マルコは死んだように、門によりかかりました。
 紳士はマルコの様子を見て、かわいそうに思いしきりに何か考えていました。が、やがて机に向って、一通の手紙を書いてマルコにわたしながらいいました。
「それではこの手紙をポカへ持っておいで、ここからポカへは二時間ぐらいでゆかれる。そこへいってこの手紙の宛名になっている紳士をたずねなさい。たれでも知っている紳士ですから、その人が明日お前をロサーリオの町へ送ってくれるでしょう、そこからまたたれかにたのんでコルドバへゆけるようしてくれるだろうから。コルドバへゆけばメキネズの家もお前のおかあさんも見つかるだろうから、それからこれをおもち。」
 こういって紳士はいくらかのお金をマルコにあたえました。
 マルコはただ「ありがとう、ありがとう」といって小さいふくろを持って外へ出ました。そして案内してくれた少年とも別れてポカの方へ向って出かけました。
      二
 マルコはすっかりつかれてしまいました。息が苦しくなってきました。そしてその次の日の暮れ方、果物をつんだ大きな船にのり込みました。
 船は三日四晩走りつづけました。ある時は長い島をぬうてゆくこともありました。その島にはオレンヂの木がしげっていました。
 マルコは船の中で一日に二度ずつ少しのパンと塩かけの肉を食べました。船頭たちはマルコのかなしそうな様子を見て言葉もかけませんでした。
 夜になるとマルコは甲板で眠りました。青白い月の光りが広々とした水の上や遠い岸を銀色に照しました、マルコの心はしんとおちついてきました。そして「コルドバ」の名を呼んでいるとまるで昔ばなしにきいた不思議な都のような気がしてなりませんでした。
 船頭は甲板に立ってうたをうたいました、そのうたはちょうどマルコが小さい時おかあさんからきいた子守唄のようでした。
 マルコは急になつかしくなってとうとう泣き出してしまいました。
 船頭は歌をやめるとマルコの方へかけよってきて、
「おいどうしたので、しっかりしなよ。ジェノアの子が国から遠く来たからって泣くことがあるものか。ジェノアの児は世界にほこる子だぞ。」
 といいました。マルコはジェノアたましいの声をきくと急に元気づきました。
「ああそうだ、わたしはジェノアの児だ。」
 マルコは心の中で叫びました。
 船は夜のあけ方に、パラアナ河にのぞんでいるロサーリオの都の前にきました。
 マルコは船をすててふくろを手にもってポカの紳士が書いてくれた手紙をもってアルゼンチンの紳士をたずねに町の方をゆきました。
 町にはたくさんな人や、馬や、車がたくさん通っていました。
 マルコは一時間あまりもたずね歩くと、やっとその家を見つけました。
 マルコはベルをならすと家から髪の毛の赤い意地の悪そうな男が出てきて
「何の用か、」
 とぶっきらぼうにいいました。
 マルコは書いてもらった手紙を出しました。その男はその手紙を読んで
「主人は昨日の午後ブエーノスアイレスへ御家の人たちをつれて出かけられた。」
 といいました。
 マルコはどういってよいかわかりませんでした。ただそこに棒のように立っていました。そして
「わたしはここでだれも知りません。」
 とあわれそうな声でいいました。するとその男は、
「物もらいをするならイタリイでやれ、」
 といってぴしゃりと戸をしめてしまいました。
 マルコはふくろをとりあげてしょんぼりと出かけました。マルコは胸をかきむしられたような気がしました。そして
「わたしはどこへ行ったらよいのだろう。もうお金もなくなった。」
 マルコはもう歩く元気もなくなって、ふくろを道におろしてそこにうつむいていました、道を通りがかりの子供たちは立ち止ってマルコを見ていました。マルコはじっとしておりました。するとやがて「おいどうしたんだい。」とロムバルディの言葉でいった人がありました。マルコはひょっと顔を上げてみると、それは船の中で一しょになった年よったロムバルディのお百姓でありました。
 マルコはおどろいて、
「まあ、おじいさん!」
 と叫びました。
 お百姓もおどろいてマルコのそばへかけて来ました。マルコは自分の今までの有様を残らず話しました。
 お百姓は大変可愛そうに思って、何かしきりに考えていましたが、やがて、
「マルコ、わたしと一緒にお出でどうにかなるでしょう。」


















 主人はおかあさんが病気だから手術を受けるのだといいました。
 と不意に女の叫び声が家中にひびきました。
 マルコはびっくりして「おかあさんが死んだ。」と叫びました。
 医者は入口に出て来て「おかあさんは助かった、」といいました。
 マルコはしばらくぼんやりと立っていましたが、やがて医者の足許へかけていって泣きながら、
「お医者さま、ありがとうございます[#「ございます」は底本では「ざざいます」]。」
 といいました。
 しかし医者はマルコの手をとってこういいました。
「マルコさん。おかあさんを助けたのは私ではありません。それはお前です。英雄のように立派なお前だ!」

                                 



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底本:「家なき子」九段書房
   1927(昭和2)年10月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「或る→ある かも知れ→かもしれ 位→くらい 毎→ごと 沢山→たくさん 只→ただ 一寸→ちょっと (て)見→み (て)貰→もら」
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
※底本中、混在している「コルドバ」「コルトバ」「ゴルドバ」「エルドバ」「マルドバ」は原文をチェックの上、「コルドバ」に統一しました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(前田一貴)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:

童謠集 歌時計   水谷まさる

2008-07-02 11:03:54 | ▲教育
歌時計
童謠集

   序

 この小さな童謠集を「歌時計」と名づけたのは、べつに深い意味はない。
 わたくしはただ、驚異のねぢを卷いて、そのほどけるがままに、澄み切つた歌をうたひたいと思ふから、あへてかういふ名をつけたのであるが、赤や紫や青の、夢のきれはしを投げつけて、少年のわたしの心をさざなみ立たせたところの、あの「歌時計」の歌のやうな、それほどの魅力がわたしの童謠にあるかないか。
 だが、そんな反省にくすぶると、この小さな童謠集に、小さいながらにも、この兩三年間の選集であるだけに、わたしの眉はくもらざるを得ないが、とにかく、歌時計のねぢは健全なる自製であるから、その快よき理由で、自分だけとしては、眉のくもりは追ひ拂ふことにしよう。
 なほ、この童謠集のために、いろいろお世話していただいた大島庸夫君に感謝したい。
  昭和四年四月


著者
[#改丁]

   目次
小鳥
風と繪本
露の小人
ジヤム地獄
トランプちやん
桃太郎
ポケツト
すみれとてふてふ
つかまへたいな

さくらの花道
春の山
あがり目さがり目
だだつ子
柳と松
りんごの皮むき
春が來た
野の花
白い齒
葉山の海
おもひで話
白いお手
風と月
あがり双六
雲の羊
口わる烏
野原と小川
足柄山
ふしぎな人形
自動車
五つの色
ねむり姫
押しくらまんぢゆう
さくらと雀
白いマント
いい毛布
お菓子
手紙
巨きな百合
芒と月
青いかげ
秋風
ほんとにしないけど
おとぎばなし



とんてんかん
岐阜提灯
おるすばん
泥の鳩
白い百合
父さんのマント
[#改丁]

歌時計
  ――今のわたしにとつて、子供は
     小さいフェーヤリである。――
[#改丁]

   小鳥

あかるい日ざし
小枝(こえだ)のなかの
小鳥(ことり)のかげが
障子にうつる
ちらちらうつる。

障子を開(あ)けりや
びつくりしたか
小鳥は飛(と)んで
小枝がゆれる
こまかくゆれる。

あかるい日(ひ)ざし
小鳥は逃げて
姿(すがた)を見(み)せぬ
見せぬがうたふ
どこかでうたふ。
[#改ページ]

   風と繪本

だあれもゐない
あたしの部屋(へや)で
風がぱたぱた
繪本をめくる

おいしいお菓子の
繪のあるペーヂ
風はしばらく
見とれてゐたよ。

きつと小(ちひ)ちやい
子供の風だ
遊(あそ)ばうと思つたら
すぐ逃(に)げちやつた。
[#改ページ]

   露の小人

白百合 白百合
花のなかに
露の小人が
五六人。

おねども白い
まくらも白い
みんなぐつすり
ねむつてた。

白百合 白百合
風が來て
ゆすぶりや露の
小人たち。

お目々さまして
あくびして
ころころころと
ころげ出(で)た。
[#改ページ]

   ジヤム地獄

落ちた落ちたよ
小さな蠅が
赤いあんずの
ジヤム地獄。

出よう飛ばうと
あせつたけれど
羽根や手足(てあし)が
ねばつくばかり。

泣いた泣いたよ
小さな蠅は
助けておくれと
聲はりあげて。

けれどぼくなら
もし落(お)ちたつて
落ちてうれしい
ジヤム地獄。
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   トランプちやん

かはいい
あかちやん
トランプちやん。

あかちやん
お口(くち)は
ダイヤの一。
お顏(かほ)のなかで
たつた一つ
赤い。

かはいい
あかちやん
トランプちやん。

あかちやん
ひとみは
クラブの二。
お顏のなかで
ならんで
黒い。
[#改ページ]

   桃太郎

桃から桃太郎
生(うま)れたとさ
桃太郎生れる
桃はないか。

たくさん桃買(か)つて
さがさうか
いくつも桃割(わ)つて
さがさうか。

それとも川へ
行(い)こかしら
桃がながれて
來るかしら

もしも桃から
もうひとり
桃太郎生れりや
うれしいな。
[#改ページ]

   ポケツト

ぼくの上着(うはぎ)にや
ポケツトが
二つあるけど
つまんない。

だつてお菓子(くわし)と
ゴムまりと
ピストル入れりや
いつぱいだ。

手帳(てちやう)や獨樂(こま)や
ほそびきや
ぼくにや入れたい
ものばかり。

大きなポケツト
四(よつ)つある
父(とう)さんの上着は
すてきだな。
[#改ページ]

   すみれとてふてふ

かすみのこめた
ゆふまぐれ
小山のかげの
話しごゑ。

――とめて下さい。
  すみれさん
  けふはほんとに
  つかれたわ。

――どうぞおとまり
  てふてふさん
  あたしのとこで
  よかつたら。

なんてやさしい
話しごゑ
のぞいて見れば
てふてふは

小(ちひ)さいすみれの
花のかげ
とんとんとろりと
もうねてた。
[#改ページ]

   つかまへたいな

つかまへたいな
まつ白い雲(くも)を
お空でをどる
まつ白い雲を。

つかまへたいな
小(ちひ)ちやな風を
葉(は)つぱをゆする
小ちやな風を。

つかまへたいな
かはいい聲を
あかちやんの笑ふ
かはいい聲を。
[#改ページ]

   熊

のつそり のつそり
檻(をり)のなか
行(い)つたり來(き)たり
黒い熊(くま)。

暑(あつ)さも暑(あつ)いし
日は長(なが)い
朝からあくびは
十六ぺん。

しかたがなしに
首(くび)ふつて
のつそり のつそり
黒い熊。
[#改ページ]

   さくらの花道

さくらの花道(はなみち)
花のかげ
白いほんぼり
灯(ひ)がとぼる。

とぼりやほんのり
夢のいろ
さくらの花が
うすあかい。

もしも雪駄(せつた)で
稚子髷(ちごまげ)で
ゆらり袂(たもと)で
通(とほ)つたら

さくらの花道
花のかげ
むかしの夢が
見れるだろ。
[#改ページ]

   春の山

霞の蒲團に
くるまつて
ぬくぬくお晝寢(ひるね)
春の山。

そよ風そより
吹いてるに
まだまだお肩(かた)が
まるござる。

霞の蒲團は
ふうわふわ
いつまでお晝寢
春の山。

鳶(とんび)がとろり
啼(な)いてるに
まだまだお背(せな)も
まるござる。
[#改ページ]

   あがり目さがり目
     ――むかしの遊戲唄につけ足して
       今の子供たちにおくる――

あがり目(め) さがり目(め)。
ぐるつとまはつて猫(ねえこ)の目。

あがり目はおこり目
あがり目をしたらば
おこりたくなあつた。

さがり目はわらひ目
さがり目をしたらば
わらひたくなあつた。

猫(ねえこ)の目は猫(ねえこ)の目。
猫の目をしたらば
ねずみが見えた。

あがり目 さがり目
ぐるつとまはつて猫の目。
[#改ページ]

   だだつ子

だだつ子こねた
だだこねた
靴屋の店で
だだこねた。

これもいやだよ
あれもいや
顏をしかめて
だだこねた。

そんならどれが
買(か)ひたいの?
やさしくかあさん
きいたけど

だだつ子こねた
だだこねた
頭(あたま)ふりふり
だだこねた。
[#改ページ]

   柳と松

そらそらお庭を
見てごらん
柳はやさしい
おぢやうさん
松はがうじやう
おぼつちやん。

遊びませうと
風が來て
あんなに誘(さそ)つて
ゐるけれど
松はだまつて
知らぬ顏。

風ともつれて
遊ぶのは
しなしな青い
ふり袖(そで)の
やさしい柳の
おぢやうさん。
[#改ページ]

   りんごの皮むき

さあさりんごの
皮むきだ
きれずに長く
つながつて
するするむけば
いいんだよ。

お人形(にんぎよう)さんの
帶(おび)のよに
腕(うで)[#ルビの「うで」は底本では「で」]の時計(とけい)の
紐(ひも)のよに
ちやんときれいに
むくんだよ。

さあさりんごの
皮むきだ
銀(ぎん)のナイフは
よく切れる
手(て)を氣(き)をつけて
むくんだよ。
[#改ページ]

   春が來た

そよそよ春風(はるかぜ)
吹いて來て
やさしい聲で
いひました。

「かはいいつぼみよ
みなお起(お)き
起きなきやそうれ
くすぐるよ!」

そこでつぼみは
目をさまし
花を咲かして
いひました。

「おやもう春が
來(き)てたのか
あたり近所(きんじよ)が
まぶしいな!」
[#改ページ]

   野の花

つくしんばうは
お坊(ばう)さん
おつむはいつも
くうるくる。

たんたんたんぽぽ
兵隊(へいたい)さん
かぶつた帽子(ばうし)にや
金(きん)かざり。

かはいい小娘(こむすめ)
れんげさう
あかい花櫛(はなぐし)
ちいらちら。

それぢやすみれは
なんだろな
むさらき頭巾(づきん)の
お尼(あま)さん。
[#改ページ]

   白い齒

櫻(さくら)のつぼみが
まだ小(ちい)さい。
坊(ばう)やの齒(は)ぐきは
まだかたい。

櫻のつぼみが
ふくらんだ
坊やの齒ぐきも
ふくらんだ。

櫻のつぼみが
色(いろ)づいた。
坊やの齒ぐきも
色づいた。

櫻のつぼみが
ひいらいた。
坊やの白い齒
そら生えた。
[#改ページ]

   葉山の海

葉山の海は
青(あを)かつたよう
波(なみ)がさびしく
寄(よ)せてたよう。

御用邸(ごようてい)にや松(まつ)が
ならんでたよう
枝(えだ)をさびしく
まげてたよう。

だつて天子(てんし)さま
おわづらひだよう
長(なが)くふせつて
おいでだよう。

ぼくはさびしく
おがんだよう
おいのりささげて
來(き)たんだよう。
[#改ページ]

   おもひで話

ゆうべのことだ
ストーブのなかで
ぼくだけ聞(き)いた。

むかしのむかし
土(つち)ンなかにゐた時の
石炭たちの
おもひで話

くすくす笑(わら)つて
まつ赤(か)になつて
石炭たちの
おもひで話。

ゆうべのことだ
ストーブのなかで
ぼくだけ聞いた。
[#改ページ]

   白いお手

ひとりぼつちでゐる時に
ぼくはいつでも思ひだす

それはきれいなねえさんの
ほんとにやさしい白いお手

「おりこうさんね」といひながら
ぼくの頭をなでたお手

いつのことやら忘れたが
どこのだれやら忘れたが

ぼくはいつでも思ひだす
そしてなぜだか涙ぐむ。
[#改ページ]

   風と月

子供よ 子供よ
どこへ行く?
はりがね持つて
どこへ行く?

風をしばりに
行くんだよ
だつてかあさん
ご病氣で
風が吹くのが
さみしいの。

子供よ 子供よ
どこへ行く?
ふろしき持つて
どこへ行く?

月をつつみに
行くんだよ
だつてかあさんは
ご病氣で
月が照るのが
かなしいの。
[#改ページ]

   あがり双六

あがり双六(すごろく)
東海道
五十三次
長道中(ながどうちゆう)。

振つた賽(さい)ころ
ころがして
目數(めかず)かぞへて
急(いそ)ぎやんせ。

泊りかさねて
おくれると
連(つ)れは追ひ越す
先へ行く。

わけて箱根と
大井川
たんと氣をつけ
通りやんせ。

さても御無事(ごぶじ)で
長道中
あがりや西京
花ざかり。

花を見ながら
御褒美(ごほうび)の
お菓子たくさん
食(た)べしやんせ。
[#改ページ]

   雲の羊

ふはりふはりと
空をゆく
雲の羊に
乘りたいな。

空の牧場を
ひとめぐり
乘つてまはれば
たのしかろ。

ちりんちりんと
鳴る鈴は
羊のくびに
ないけれど、

かはりにぼくが
口笛を
じやうずに吹いて
ひびかせる。

思ふだけでも
うれしいな
雲の羊に
乘りたいな。
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   口わる烏

いつも學校の
ひけどきに
口(くち)わる烏(からす)が
やつて來る。

今日もあたいが
算術で
乙をとつたら
知つてゐて、

屋根にとまつて
下(した)向(む)いて
大きな口で
ガアと啼(な)いた。

石をほうつて
やりたいが
甲でなかつた
はづかしさ。

今度はきつと
甲とらう
口わる烏が
笑ふから。
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   野原と小川

丘にのぼつて
眺めたら
まるで姉さんの
お羽織を
ひろげたやうな
野原です。

赤や黄色に
咲く花は
青地に染めた
飛模樣(とびもやう)
のどかなのどかな
五月です。

丘にのぼつて
眺めたら
まるで母さんの
丸帶を
ほどいたやうな
小川です。

水のおもての
かがやきは
浮(う)き織りにした
銀の糸
のどかなのどかな
五月です。
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   足柄山

足柄山(あしがらやま)の
かすみは深い
山道すつかり
かくれてしもた。

金太郎さんは
困つてしもた
仕方がないから
おういと呼んだ
まつかな顏(かほ)して
おういと呼んだ。

するとのつそり
熊が顏出した
金太郎さんは
おどろいてしもた
なんだそんなに
近くにゐたか

足柄山の
かすみは深い
山道すつかり
かくれてしもた。
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   ふしぎな人形

銀のお月さま
かたいかな
かたくないなら
小刀(こがたな)で
ぼくは人形が
きざみたい。

できたら星を
目にはめて
夕日の紅(べに)を
口(くち)にさし
雲をちぎつて
髮にする。

とてもふしぎな
人形だ
きつとみんなは
ほしがるが
ぼくはだいじに
しまつとく。
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   自動車

花の小徑(こみち)を
走るのは
おもちやの赤い
自動車よ。

小徑のみぎと
ひだりには
きれいに咲いた
春の花。

みんな笑つて
うれしそに
走る自動車
見送るに、

ほんにおしやれの
ばらばかり
さも乘りたそに
のびあがる。
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   五つの色

今朝(けさ)のお膳(ぜん)は
きれいだな
五つの色が
ならんでる。

赤い梅ぼし
黒い海苔(のり)
燒いた玉子は
まつ黄色(きいろ)。

御飯(ごはん)は白く
味噌汁に
浮(う)いて青いは
ほうれんさう。

おとぎばなしの
王さまが
召しあがるよな
朝御飯。

ぼくはすつかり
よろこんで
五つの色に
見とれたよ。
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   ねむり姫

黄金(きん)のお城の
ねむり姫
ねむつたままで
かはいさう。

冬のなぎさに
あげられた
貝のふたより
まだかたく、

春待つ花の
つぼみより
まだまだかたく
ぴつちりと、

つむつたままの
二つの目
三年三月
ねてしもた。

黄金(きん)のお城の
ねむり姫
魔法をといて
あげたいな。
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   押しくらまんぢゆう

押しくらまんぢゆう
ぎゆう ぎゆう ぎゆう。

やれ押せ それ押せ
みんな押せ
押したら寒さが
逃げてくぞ。
押しくらまんぢゆう
ぎゆう ぎゆう ぎゆう。

押してりやぽかぽか
あつたかい
出來たてまんぢゆう
けむが出る。

押しくらまんぢゆう
ぎゆう ぎゆう ぎゆう。
苦しい痛(いた)いで
飛び出すな
つぶれたまんぢゆう
しやうがない。
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   さくらと雀

三月さくらの
花ざかり
枝をくぐつて
花のなか
ちよんちよん雀が
ちよんと飛ぶ。

飛べば小枝が
ゆすぶれて
惜しやさくらの
花びらが
ぱらぱらぱらり
散るけれど、

三月さくらの
花ざかり
花にうかれて
うれしいか
ちよんちよん雀は
ちよんと飛ぶ。
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   白いマント

富士山が
富士山が
白いマントを
ぬいぢやつた。おや、ぬいぢやつた。

今日見りや白い
帽子だけ
横つちよかぶりに
かぶつてた。おや、かぶつてた。

富士山の
富士山の
白いマントは
どうしたろ、おや、どうしたろ。

おてんとさんと
春風が
どつかへ隱して
知らぬ顏、おや、知らぬ顏。
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   いい毛布

春の野原は
いい毛布(けつと)
草はやさしく
やはらかい
ごろんと横に
ころがれば、

ほかほかぬくい
日が照つて
どうやらすこし
ねむくなる。

春の野原は
いい毛布
草はふはふは
やはらかい
ひばりのうたを
ききながら、

草のにほひを
かいでれば
うとうといつか
花のゆめ。
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   お菓子

わたしがもしも王子なら
家來(けらい)を呼んで云ひつけよう。

子供をみんなつれて來て
おいしいお菓子を分けてやれ。

二つのお手にのらぬほど
たくさんたくさん分けてやれ。

けれど、わたしは王子ぢやない
お菓子屋の店(みせ)の前に立ち、

今日もお菓子に見とれては
さういふことを思ふだけ。
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   手紙

家(うち)へ歸れば
机のうへに
そつとのつてる
手紙が一つ。

讀まぬさきから
すつかりわかる
だつて手紙は
もみぢの枯葉。

そろそろ冬に
なり候
御用意なされ
たく候。

出したお方(かた)は
神さまだらう
冬の來たのを
知らせる手紙。
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   巨きな百合

とても巨(おほ)きな
白い百合
なかには露が
たまつてる。

ぼくははだかに
なつちやつて
露の水風呂(みづぶろ)
つかふんだ。

花のにほひの
とけこんだ
露は身體(からだ)に
しむだらう。

ぼくは顏だけ
出したまま
ララララララと
うたふんだ。

とても巨きな
白い百合
咲いてるとこを
知らないか。
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   芒と月

さつさ、すすきの
白い穗は
風に吹かれて
みなうごく

さつさ、うごけば
白い手よ
おいでおいでと
みなまねく。

さつさ、まねけば
雲(くも)のかげ
月がちらりと
顏出した。

さつさ お月さん
出した顏
にこにこわらつて
まんまるい。
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   青いかげ

青いね、青いね
森のなか
お顏のうへの
青いかげ
白い服にも
青いかげ。

青いね、青いね、
森のなか
心にもさす
青いかげ
心がひつそり
澄んで來(く)る。

青いね、青いね、
森のなか
ときどきみんなで
來てみよね
なんだかふしぎな
ところだね。
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   秋風

この風こそは
秋風よ
さらさらさらと
さびしいよ。

山の兎は
長い耳
立ててひつそり
聞いたらう。

山の小萩(こはぎ)は
ほろほろと
花をこぼして
吹かれたらう。

この風こそは
秋風よ
山から吹いて
さびしいよ。
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   ほんとにしないけど

みんなはほんとにしないけど
ぼくはたしかに見たんだよ。

あの夕やけの西の空
赤くそまつた雲のうへ
肥つたはだかのかはいい子。

みんなはほんとにしないけど
ぼくはたしかに聞いたんだ。

その子が鳴らす金の鈴
遠くかすかにさはやかに
胸にしみ入るいいひびき。

みんなはほんとにしないけど
ぼくはたしかに知つてゐる。

その子はぼくを好(す)いてゐて
鈴を鳴らしてうれしそに
おいでおいでと誘ふんだ。
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   おとぎばなし

おとぎばなしを探(さが)さうと
町へ出かけてみたけれど
町はほんとにつまらない。

青い乘合自動車は
青いあひるのやうだけど
金の卵は生まないし

角(かど)の大きなビルデイング
お城のやうだが窓からは
さびしい王子は見てないし

いろんな人も通るけど
銀の魔法の杖をもつ
お爺さんは通らない。

やつぱり庭の芝のうへ
空を見ながらねころべば
おとぎばなしは見つかるよ。
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   雪

吹雪(ふぶき)の山でまた一人
死んだと出てる新聞を
見ながらぼくは思つてた。

山の獸(けもの)はそんな日に
すみかの穴にかたまつて
親子で吹雪を聞くのかな。

だけども餌(えさ)をとりに行き
死んぢやうこともありさうだ
けれど新聞にや出やしない。
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   月

月がほしいと
泣きながら
背(せな)の赤兒(あかご)は
手をのばす。

あれは取れぬと
云ひながら
子守はやけに
脊ゆする。

だけど子守も
つい昨夜(ゆふべ)
月を見てたら
かなしくて

郷里(くに)に歸つて
行きたいと
泣いてせがんで
ゐたさうな。
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底本:「叢書 日本の童謡「歌時計 童謠集」」大空社
   1996(平成8)年9月28日発行
底本の親本:「歌時計 童謠集」行人社
   1929(昭和4)年6月1日発行
※本文「青いかげ」第三連、四行一文字目「來」と六行一文字目「と」は、底本では誤って逆に植字されています。
入力:大久保ゆう
校正:土屋隆
2006年7月26日作成


寺田寅彦   茶わんの湯

2008-07-02 11:03:33 | ▲教育
茶わんの湯
寺田寅彦



 ここに茶わんが一つあります。中には熱い湯がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来るはずです。ただ一ぱいのこの湯でも、自然の現象を観察し研究することの好きな人には、なかなかおもしろい見物(みもの)です。
 第一に、湯の面からは白い湯げが立っています。これはいうまでもなく、熱い水蒸気が冷えて、小さな滴になったのが無数に群がっているので、ちょうど雲や霧と同じようなものです。この茶わんを、縁側の日向(ひなた)へ持ち出して、日光を湯げにあて、向こう側に黒い布でもおいてすかして見ると、滴の、粒の大きいのはちらちらと目に見えます。場合により、粒があまり大きくないときには、日光にすかして見ると、湯げの中に、虹(にじ)のような、赤や青の色がついています。これは白い薄雲が月にかかったときに見えるのと似たようなものです。この色についてはお話しすることがどっさりありますが、それはまたいつか別のときにしましょう。
 すべて全く透明なガス体の蒸気が滴になる際には、必ず何かその滴の心(しん)になるものがあって、そのまわりに蒸気が凝ってくっつくので、もしそういう心(しん)がなかったら、霧は容易にできないということが学者の研究でわかって来ました。その心(しん)になるものは通例、顕微鏡でも見えないほどの、非常に細かい塵(ちり)のようなものです、空気中にはそれが自然にたくさん浮遊しているのです。空中に浮かんでいた雲が消えてしまった跡には、今言った塵のようなものばかりが残っていて、飛行機などで横からすかして見ると、ちょうど煙が広がっているように見えるそうです。
 茶わんから上がる湯げをよく見ると、湯が熱いかぬるいかが、おおよそわかります。締め切った室(へや)で、人の動き回らないときだとことによくわかります。熱い湯ですと湯げの温度が高くて、周囲の空気に比べてよけいに軽いために、どんどん盛んに立ちのぼります。反対に湯がぬるいと勢いが弱いわけです。湯の温度を計る寒暖計があるなら、いろいろ自分でためしてみるとおもしろいでしょう。もちろんこれは、まわりの空気の温度によっても違いますが、おおよその見当はわかるだろうと思います。
 次に湯げが上がるときにはいろいろの渦(うず)ができます。これがまたよく見ているとなかなかおもしろいものです。線香の煙でもなんでも、煙の出るところからいくらかの高さまではまっすぐに上りますが、それ以上は煙がゆらゆらして、いくつもの渦(うず)になり、それがだんだんに広がり入り乱れて、しまいに見えなくなってしまいます。茶わんの湯げなどの場合だと、もう茶わんのすぐ上から大きく渦ができて、それがかなり早く回りながら上って行きます。
 これとよく似た渦で、もっと大きなのが庭の上なぞにできることがあります。春先などのぽかぽか暖かい日には、前日雨でもふって土のしめっているところへ日光が当たって、そこから白い湯げが立つことがよくあります。そういうときによく気をつけて見ていてごらんなさい。湯げは、縁の下や垣根(かきね)のすきまから冷たい風が吹き込むたびに、横になびいてはまた立ち上ります。そして時々大きな渦ができ、それがちょうど竜巻(たつまき)のようなものになって、地面から何尺もある、高い柱の形になり、非常な速さで回転するのを見ることがあるでしょう。
 茶わんの上や、庭先で起こる渦のようなもので、もっと大仕掛けなものがあります。それは雷雨のときに空中に起こっている大きな渦です。陸地の上のどこかの一地方が日光のために特別にあたためられると、そこだけは地面から蒸発する水蒸気が特に多くなります。そういう地方のそばに、割合に冷たい空気におおわれた地方がありますと、前に言った地方の、暖かい空気が上がって行くあとへ、入り代わりにまわりの冷たい空気が下から吹き込んで来て、大きな渦ができます。そして雹(ひょう)がふったり雷が鳴ったりします。
 これは茶わんの場合に比べると仕掛けがずっと大きくて、渦の高さも一里とか二里とかいうのですからそういう、いろいろな変わったことが起こるのですが、しかしまた見方によっては、茶わんの湯とこうした雷雨とはよほどよく似たものと思ってもさしつかえありません。もっとも雷雨のでき方は、今言ったような場合ばかりでなく、だいぶ模様のちがったのもありますから、どれもこれもみんな茶わんの湯に比べるのは無理ですがただ、ちょっと見ただけではまるで関係のないような事がらが、原理の上からはお互いによく似たものに見えるという一つの例に、雷をあげてみたのです。
 湯げのお話はこのくらいにして、今度は湯のほうを見ることにしましょう。
 白い茶わんにはいっている湯は、日陰で見ては別に変わった模様も何もありませんが、それを日向(ひなた)へ持ち出して直接に日光を当て、茶わんの底をよく見てごらんなさい。そこには妙なゆらゆらした光った線や薄暗い線が不規則な模様のようになって、それがゆるやかに動いているのに気がつくでしょう。これは夜電燈の光をあてて見ると、もっとよくあざやかに見えます。夕食のお膳(ぜん)の上でもやれますからよく見てごらんなさい。それもお湯がなるべく熱いほど模様がはっきりします。
 次に、茶わんのお湯がだんだんに冷えるのは、湯の表面の茶わんの周囲から熱が逃げるためだと思っていいのです。もし表面にちゃんとふたでもしておけば、冷やされるのはおもにまわりの茶わんにふれた部分だけになります。そうなると、茶わんに接したところでは湯は冷えて重くなり、下のほうへ流れて底のほうへ向かって動きます。その反対に、茶わんのまん中のほうでは逆に上のほうへのぼって、表面からは外側に向かって流れる、だいたいそういうふうな循環が起こります。よく理科の書物なぞにある、ビーカーの底をアルコール・ランプで熱したときの水の流れと同じようなものになるわけです。これは湯の中に浮かんでいる、小さな糸くずなどの動くのを見ていても、いくらかわかるはずです。
 しかし茶わんの湯をふたもしないで置いた場合には、湯は表面からも冷えます。そしてその冷え方がどこも同じではないので、ところどころ特別に冷たいむらができます。そういう部分からは、冷えた水が下へ降りる、そのまわりの割合に熱い表面の水がそのあとへ向かって流れる、それが降りた水のあとへ届く時分には冷えてそこからおりる。こんなふうにして湯の表面には水の降りているところとのぼっているところとが方々にできます。従って湯の中までも、熱いところと割合にぬるいところとがいろいろに入り乱れてできて来ます。これに日光を当てると熱いところと冷たいところとの境で光が曲がるために、その光が一様にならず、むらになって茶わんの底を照らします。そのためにさきに言ったような模様が見えるのです。
 日の当たった壁や屋根をすかして見ると、ちらちらしたものが見えることがあります。あの「かげろう」というものも、この茶わんの底の模様と同じようなものです。「かげろう」が立つのは、壁や屋根が熱せられると、それに接した空気が熱くなって膨脹してのぼる、そのときにできる気流のむらが光を折り曲げるためなのです。
 このような水や空気のむらを非常に鮮明に見えるようにくふうすることができます。その方法を使って鉄砲のたまが空中を飛んでいるときに、前面の空気を押しつけているありさまや、たまの後ろに渦巻(うずまき)を起こして進んでいる様子を写真にとることもできるし、また飛行機のプロペラーが空気を切っている模様を調べたり、そのほかいろいろのおもしろい研究をすることができます。
 近ごろはまたそういう方法で、望遠鏡を使って空中の高いところの空気のむらを調べようとしている学者もいたようです。
 次には熱い茶わんの湯の表面を日光にすかして見ると、湯の面に虹(にじ)の色のついた霧のようなものが一皮かぶさっており、それがちょうど亀裂(きれつ)のように縦横に破れて、そこだけが透明に見えます。この不思議な模様が何であるかということは、私の調べたところではまだあまりよくわかっていないらしい。しかしそれも前の温度のむらと何か関係のあることだけは確かでしょう。
 湯が冷えるときにできる熱い冷たいむらがどうなるかということは、ただ茶わんのときだけの問題ではなく、たとえば湖水や海の水が冬になって表面から冷えて行くときにはどんな流れが起こるかというようなことにも関係して来ます。そうなるといろいろの実用上の問題と縁がつながって来ます。
 地面の空気が日光のために暖められてできるときのむらは、飛行家にとっては非常に危険なものです。いわゆる突風なるものがそれです。たとえば森と畑地との境のようなところですと、畑のほうが森よりも日光のためによけいにあたためられるので、畑では空気が上り森ではくだっています。それで畑の上から飛んで来て森の上へかかると、飛行機は自然と下のほうへ押しおろされる傾きがあります。これがあまりにはげしくなると危険になるのです。これと同じような気流の循環が、もっと大仕掛けに陸地と海との間に行なわれております。それはいわゆる海陸風と呼ばれているもので、昼間は海から陸へ、夜は反対に陸から海へ吹きます。少し高いところでは反対の風が吹いています。
 これと同じようなことが、山の頂きと谷との間にあって山谷風(さんこくふう)と名づけられています。これがもういっそう大仕掛けになって、たとえばアジア大陸と太平洋との間に起こるとそれがいわゆる季節風(モンスーン)で、われわれが冬期に受ける北西の風と、夏期の南がかった風になるのです。
 茶わんの湯のお話は、すればまだいくらでもありますが、今度はこれくらいにしておきましょう。





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底本:「日本の名随筆33 水」井上靖編、作品社
   1985(昭和60)年7月25日第1刷発行
※底本の誤記等を確認するにあたり、「寺田寅彦全集」(岩波書店)を参照しました。
入力:砂場清隆
校正:田中敬三
2000年10月3日公開
2003年10月30日修正
青空文庫作成ファイル:





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●表記について

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