岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

7 打突

2019年07月18日 09時34分00秒 | 打突

 

 

6 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

朝、ストレッチをしていて背中に変な違和感を覚える。全体的に体がだるかった。今までの無理が来たのかもしれない。体の疲れをとる為に、整体の先生のところへ行く。「おは...

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石井と俺で謝っている内に、大沢は起きだして店の外へ駆け出しまった。なんなんだ、あの野郎は…。
「おい、俺は様子見てくるから、石井、勝男、林…。あと、頼むぞ。マスターすいませんでした。」
「あ、ああ…。」
俺は財布から一万円札を取り出して石井に渡すと、外に飛び出して大沢のあとを追う。あの状態で街に出たら、あの野郎が何するか分からない。
案の定、店の外で、男三人組に絡んでいるところだった。揉み合っている輪の中に突っ込んだ。
「ごめんよ、こいつ、酔っ払っちゃってて、俺が謝るからここは引いてくれ。」
「何なんだよ、おまえはー…。偉そうによー。」
「おい、ここは引いてくれや。」
 目を見開いて、三人組に言い放つ。半分、脅しだった。気迫に押されたのか、三人組は素直に引き下がってくれた。
あれ、大沢はどこへ行ったんだ…。
辺りを見回すと、車通りがまあまある道路をお構いなしに突っ走っていた。
一台の車に向かって走っている。車が慌ててブレーキを掛けて止まる。すごいブレーキ音だった。
大沢はその停まった車に自分から派手にぶつかっていき、その勢いで道路に倒れた。本当にどうしようもない奴だ。
車のドアが慌てて開き、中年のおばさんが出てくる。明らかに人にぶつけてしまったと勘違いしている。俺はダッシュで近づき、おばさんに話し掛けた。
「連れがびっくりさせちゃって、すいませんでした。全然、問題ないんで、行っちゃって下さい。気にしないでいいですから。」
「でも…。」
 運転手のおばさんは、困惑した表情でオロオロしている。今にも泣き出しそうだった。
「こいつが、勝手にぶつかっただけですから…、あれ?」
 倒れていた場所に大沢は、また、いなくなっていた。周りを見ると、いつの間にか起き上がり、ちょっと先の方へ走り出していた。
「おいっ、ちょっと待てや、コラッ。」
 いくら酔っているとはいえ、ここまで無差別に迷惑掛けられると、頭に血が登ってくる。俺は全力であとを追いかけようとすると、大きいガラス張りのドアがある建物からチンピラ風の連中がゾロゾロ出てきていた。

大沢は先頭に出てきたチンピラ風の男に、そのままの勢いで大声を出しながら、いきなりぶつかって行った。ガラスの割れる音がして、二人がもつれ合うように倒れる。
「何じゃ、テメーは?」
「コラッ。」
 チンピラ風の連中はパッと見、十五人はいる。その集団が一斉に大沢をリンチしだした。確かに悪いのは完全に大沢だ。チンピラじゃなくても、いきなりあんな事されたら、誰だって怒るだろう。大沢は多勢に無勢で、手も足も出ずにやられ放題だった。
しかし、傍から見ていて明らかにやり過ぎだった。こいつは腐っても、昔からの同級生だ…。
「やめろよ、おいっ。」
 大沢は完全に伸びているのに、顔を容赦なく蹴った奴に向かって、体当たりした。
プロテストに合格したというプロ意識みたいな感情が、この時、すでに芽生えていたので手は出さなかった。それでも、こいつを放っておく訳にはいかない。
「何じゃー、オメーは?あっ?」
「明らかにやり過ぎだ。この辺でもういいだろう。」
 一人のチンピラと言い合っていても、他の連中はピクリとも動かない大沢を殴っていた。
「おいっ、やめろって、言ってんだろうが!」
 大沢のほうヘ行こうとした時に、横から不意打ちで殴られる。俺は殴った奴を一睨みして、構わずに近づく。大沢に群がっているチンピラどもの襟首をつかみ、片っ端から引き剥がす。その間に何度も殴られ、蹴られた。
さすがにこの人数じゃ話にならない。仰向きで意識を失っている大沢の体に、俺は迷わず覆い被さった。
「何、偉そうに言ってんだよ、おいっ。」
「何だ、この野郎。」
「粋がってんじゃねーぞ、コラッ。」
 沢山の罵詈像音とともに、無差別に蹴られまくる。うつ伏せ状態で全身に力を込めながら、俺はひたすら耐えた。正直、情けない気持ちでいっぱいだった…。もの凄い屈辱感。いつまで無抵抗の俺に殴る蹴るしてやがんだ。俺はまったく手を出してないのに、やられたい放題だ。この人数にこれだけ無抵抗でやられているんだ。少しぐらい俺がお返ししてもいいよな…。その時、嫌な音が聞こえた。
「ウゥー、ウゥー…。」
 近所迷惑も考えないやかましいサイレンが聞こえたと思うと、俺にあれだけ加えてた攻撃が一気にやんだ。
手首を誰かにつかまれている感覚がする。顔を上げると、制服を着た警官が、俺の手首をつかみ、手錠を掛けるところだった。さっきのチンピラたちは…。
起き上がって、周りを見てもその場にいたのは、四人の警官を除くと、俺と大沢の二人だけだった。チンピラはサイレンの音を聞いて、うまく逃げたみたいだった。
やり切れない思いが、全身を覆いつくす。警察官に連行されてパトカーに乗せられると、目の前が真っ暗になる。大沢は、もう一台のパトカーに乗せられたみたいだった。
「派手に暴れやがって、このガキが…。」
 俺の横に座っている警官が睨んできた。俺も睨み返すと、はっきりと言い返してやる。
「俺は一回も、手を出してないっすよ。」
 両手首に掛けられた手錠を見ながら思う。今日、この一日は、一体、何だったのだろう…。

 地元の本署まで連行され、俺と大沢は別々の部屋に入れられる。意地悪そうな顔つきをした警官が、俺の正面の椅子に腰掛けた。俺を睨みながら尋問してくる。
「貴様、名前は?」
「神威龍一…。」
「年は?」
「二十一…、一体、何なんですか?」
「おい、あそこで、何してたんだ。相手は何人いたんだ。」
「俺は手…、手なんか、出してないっすよ。」
「ふざけんなっ。」
 警官は凄み出すが、やってもない事を言うつもりは毛頭もなかった。はなっから疑ってかかる警察官の態度が気に喰わない。
「手は出してねーよ。」
「何だ、貴様。その口の聞き方は?それに酔っていやがるな。」
「出してねーって言ってんのに、しつけーからだよ。」
 最悪の展開になってきたのを感じる。確かに、酒は結構、飲んでいた…。
「じゃー、何で体中、そんなに血がついてんだ。」
「こっちは無抵抗のまま、殴る蹴るやられ続けただけなんだよ。その時、出来た出血だろ。こっちは被害者なんだ。」
「あそこの通りのお店から通報があったんだ。ガラス張りのドアまで壊しやがって。」
 しつこいオマワリだ。面を見ているだけで吐き気がしてくる。
「俺じゃねーんだよ。」
「ふざけんなよ。」
「ふざけてねーよ。」
「仕事は?」
「大和プロレスだよ。」
「何?」
「大和プロレスだって言ったんだよ。聞こえねーのかよ?こっちはついこの間、プロテスト受かったばっかりで、プロ意識ってもんがあんだよ。だから相手のチンピラが十五人ぐらいいたってな、絶対に手を出してねーんだ。分かったかよ?こんな手錠掛けて、こんなところ連れてきやがって…。」
「おい。」
 尋問している警官は、別の警官を呼んで、何か話をコソコソしていた。話し終えると、一人の警官は部屋から出て行く。
「俺の連れは、どうなってんだよ?」
「おまえには関係ない。こっちの質問に答えろ。」
「何で関係ねーんだよ?ふざけんじゃねーぞ、おい。」
 遠くで大沢らしき声が聞こえてくる。別の部屋で暴れているみたいだ。何であんな奴、助けに行ってしまったのだろう…。出てくるのは、溜息と後悔の連続ばかりだった。
「おい、こっち来い。」
「あ?」
「こっち来い、おまえに電話だ。変われ。」
 親にでも電話しやがったのか…。警察のやり方は本当にムカつきやがる。受話器を警官からひったくるように取り上げる。しかし、この状況じゃ、何を言われても仕方ないか…。
「もしもし…。」
「何をやったんだ、おまえは?」
 電話の声は親じゃなかった。でも、聞き覚えのある声だった…。誰なのか、すぐに理解出来た。俺は、必死に受話器に向かって喋った。
「俺…、絶対に…、手は…、出してません…。本当です…。」
「何だね?」
「絶対に、手を出してません。信じて下さい。」
 チョモランマ大場社長に、初めてはっきりと言えた台詞がこんなんじゃ、本当に泣けてきそうだった。でも、大場社長に、信じてもらわないと困る…。必死だった。
「いいかね。」
 静かに大場社長は語りかけてくる。俺の体はそのひと声で緊張に包まれる。
「は、はい…。」
「手を出した出さないじゃなくて、問題は、君がそこにいたというのが問題なのだよ。」
「す、すいません。」
「峰から、明後日、来ると聞いていたが、来なくて結構だ。」
「えっ?」
「ガチャッ…、ツー…、ツー…。」
「社長―…!大場社長――――――――――――――――――――――――っ…!」
 いくら叫んでも電話は切れていたので、俺の叫びは届かなかった…。体中の力が抜け、その場にへたり込んでしまう。涙で目の前が、どんどん真っ白になっていった…。

「貴様、暴れるな。」
「離せよー。離しやがれっ。」
 廊下の方から声が聞こえてきた。俺は、腹の底から怒りが湧きあがってきた…。無言のまま立ち上がり、声のするほうへ歩いていく。
「離せよー。」
 廊下に出ると、大沢が三人の警官に取り押さえられながら暴れていた。まだ酔っている状態で、状況を何も把握してない。俺の姿が目に入ると、声を掛けてきた。
「おい、神威。あいつらやりに行こうぜ。おい…。」
 視界が狭まって、俺の目は大沢以外、映らなくなっていく。右拳をガチガチに握り締め、ゆっくりと大沢に近づいた。絶対に俺は許せない…。俺は絶対に、こいつを許さねぇ…。
「おい、貴様。何するつもりだ。」
 傍にいた警官が、俺の体をつかみだすが、もう、俺にとってそんな事は関係なかった。
「邪魔すんな。」
 俺の肩をつかんでいる手を払いのけると、ムキになって迫ってくる。
「何だ、貴様―。」
「どけ、おまえら、邪魔するな…。」
 邪魔する警官の手首をつかみ捻りあげる。
「貴様っ。」
その光景を見ていた多数の警官が俺につかみ掛かってくる。
「どけよ。おまえらも殺すぞ…。」
振り払い、どかしながら、大沢に近づいていく。
「大沢―っ!」
 ありったけの力を込めて、大沢の顔面目掛け、右拳を叩きつけた。
大沢の唇がグチャッと潰れる感触がして、歯が取れる瞬間が、スローモーションのように見える。
散々鍛えてきた。初めてその力を解放したのが、大沢の顔面だった。
鍛えぬいた自分の力がここまで威力あるとは、思ってもいなかった。大沢は警察本署の廊下で仰向きに倒れ、細かく痙攣していた。口からおびただしい鮮血がほとばしり、床を赤く染める。
「何してんだ、貴様―。」
 背後から何人かに抱きつかれ、地面に倒され、身動き取れなくなってしまった。目の前の風景が歪み、涙が溢れて出してきた。
今までの一年が無駄になったのだと、自分自身、悟った瞬間であった…。

 生きているのが嫌になった。どのぐらいこうやって、警察に拘留されているのだろう。もうどうなっても良かった。俺の右拳には、ベットリと赤い血がついていた…。
大沢はしばらくしてから、酒が抜けたようだ。俺の所に来てさっきから土下座をして平謝りしている。
顔の下半分は俺の殴った痕で、お化けみたいにパンパンに腫れ上がっていた。いくら謝られても、俺は、大沢を許すことなど出来やしなかった。
警察官もその状況を黙って見ていた。
「失せろ…。俺の目の前に、汚ねー顔、近づけんじゃねーよ。」
 大沢を殴る気力すら湧いてこない。こんな奴は殴る価値すらない…。天井についている一点のシミを意味もなく、ずっと見ていた。
「おい、そこのでかいの。親が迎えに来たぞ。」
 大沢の親が、警察本署に迎えに来たらしい。
その姿が見えてくる。俺は自然と睨みつけた。大沢の親はいかにも公務員といった感じの固そうな親で、自分の息子のグチャグチャになった顔を見ても、一切表情を崩そうとせず、平然としていた。
「よし、おまえは帰っていいぞ。」
「ほら、昌彦。警察の方々にちゃんと謝りなさい。お前が壊したガラスのドアは弁償してきたんだぞ。あとでそっちにも謝りに行くぞ。」
 その台詞を聞いて、一気に怒りが湧いてきた。大沢の親父に近づき、睨みを効かす。
「おい、ふざけんじゃねーよ。納得いかねんだよ。あんまり舐めんなよ。」
「何だね、君は…。こっちが弁償したんだからもういいだろ。」
 俺の魂は、一枚のガラス以下だと抜かすのか…。
「あっ、偉そうにしてんじゃねーぞ。何が弁償だ、おいっ!」
 警察官が、慌てて間に入る。俺は構わずに大沢の親父に詰め寄った。
「やめろ、龍一。」
 振り返ると、俺のおじいちゃんが背後に立っていた。
「何で、おじいちゃんが…。」
「まったくお前の親父は、私が迎えに行けって言うのに、行かないから私が来たんだよ。まったくしょうがない奴だ。お前もよそ様に迷惑を掛けるんじゃない。」
「ご、ごめんよ…、おじいちゃん…。」
「私にじゃない。警察の方々に謝りなさい。」
 おじいちゃんだけには頭が上がらなかった。言われるように形だけ頭を下げた。本心では、絶対に謝らなかった。おじいちゃんに言われたから形だけ、頭を下げただけだ…。
「神威…、本当にごめん…。」
 大沢が俺に謝ってくる。俺は一切、無視した。許せるはずがなかった。
「もういい、昌彦。行くぞ。」
 大沢の親父の台詞にムカッとくるが、おじいちゃんの手前、怒鳴る訳にはいかなかった…。おじいちゃんがいなければ、確実に殴っていただろう。拳を握り締める。
「峰から明後日、来ると聞いていたが、来なくて結構だ。」
 大場社長の電話越しの言葉が蘇る…。とても重く、そして冷たい言葉だった。
俺は明日からどうやって生きていけばいいのだろうか。今まで、お世話になった整体の先生…、土方の親方…、高校時代の先生…、先輩の月吉さんに、最上さん…。そして清美やさおり…。さざん子ラーメンのマスターもそうだ…。
俺は何て弁解すりゃーいいんだ。あれだけ頑張って積み重ねてきたものが、こうも脆く崩れ去るとは思えなかった…。夢であってほしかった…。

 あれからちょうど半日の時間が過ぎた。本当なら明日になれば、大和プロレスの合宿に行くはずだった。シャボン玉の泡が簡単に弾けるように、その話もなくなってしまった。
無気力とは、こういう事をいうのだろう。
何の為に、今までやってきたのだ。リングにあがる為じゃなかったのか。何故、こんな目に合わないといけない。俺が何をした。どれだけの人が応援して協力してくれたんだ。
どの面下げて、みんなに弁解すればいいのだろう。
生き恥をさらすぐらいなら、いっその事、俺など…。
壁を右の拳で、思い切り殴った。拳の皮がむけた。気にせず、何度も繰り返し、壁を叩きつけた。真っ白な壁が、赤く染まる。俺の拳から出る血で、赤く染まる。
いっその事、壊れてしまいたい。
光が消えたのだ。一筋の光を辿りながら、あと少しでというところで、道は閉ざされた。
大沢を呪った…。
大沢の親父を呪った…。
警察を呪った…。
あのチンピラ連中を呪った…。
しかし、どうにもならない。誰を呪おうと、現状は何も変わらない。
右の拳だけが、赤く染まる。もう、この拳も使う事はない。どうなってもいいや…。

壁を何度も叩きつける音で、弟が部屋に来た。昨日の話を聞き、ショックを受けていた。
悲しみの共有…。しかし、俺の心は癒されない。悲しみの深さが違い過ぎる。
しばらく無言で、そのまま時間だけが過ぎた。
「兄貴、これからどうするの?」
「正直、分かんねーよ…。」
「何で、警察なんかに…。」
「俺は、大沢をかばっただけだ。」
「大沢って奴、一体、何なの?」
「知らねーよ。頼むから、一人にしてくれよ…。」
「ああ、分かったよ。でも、元気だしなよ。」
「……。」
 一人になって何か考えようとしても、頭の中は真っ白だった。俺の存在は無意味なものになってしまった。これから何を目的に、生きていけばいいのだ。
「兄貴―。ちょっといい?」
「一人にしてくれって、言ったろうが。」
「違うって、兄貴の知り合いが来てるんだよ。」
 一体、誰が来たのだろう。今の俺は、完全なふぬけ状態で、何の覇気もない。出来れば一人でいたかった。それよりも生きているのが、嫌になっている。
「おーい、元気かー?」
「も、最上さん…。」
「ちょっと小耳に挟んだんだ。やっぱ元気ねーよな…。ある訳ねーか。」
「当たり前じゃないですか!こんな状態で、どうやって元気でいろって言うんです?俺が間違っていたんですよ。所詮、体重が六十五キロしかなかった俺が、レスラーを目指す事自体、間違っていたんです…。」
 溜め込んでいた感情が爆発した。涙があふれ出す。先輩の前で泣きたくなかったが、止めようがなかった。
「確かにおまえの気持ちは、俺には分からないよ。でも、同情ぐらいは出来る。」
「俺の夢だったんですよ…。一生懸命、頑張ってやったって何の意味もなかったんです。同情されたって、もう、時間は戻ってこないじゃないですか…。」
「後悔してるの?」
「めちゃめちゃ後悔してますよ。」
「プロレスを目指した事をだよ。」
 鋭いところを指摘されて、考え込んでしまう…。
レスラー目指した事については、どう考えても後悔はしていない。プロテストに受かるまでは苦しかったけど、喜びも半端じゃなかったはずだ。
合宿が近いのに、俺は少々浮かれて過ぎていた…。あの時に飲みに行かなければ、あんな事にならなかった。結局は自分の不徳が招いた惨事なのである。
でも、今までの事を振り返ると、そう簡単には割り切れやしない。今、俺の置かれている現状がすべてだった。
「レスラーを目指した事については、まったく後悔してません。でも、俺にこれ以上どうしろって言うんですか?俺はあんな形でプロ入りを取り消されたのが、絶対に納得出来ません。はっきり言って、大沢の野郎は殺したいです…。」
 自分で話していて悔しさのあまり、地面に拳を叩きつける。憎悪があふれ出てきた。世の中のすべてを憎みたかった。
「神威、ちょっと方向転換して考えてみようよ。本来、明日から合宿行くはずだったんでしょ?」
「ええ…。でも、今更そんな事、言ったって、何も始まらないじゃないですか。」
 今の俺は、あきらかに短気になっていた。心配して来てくれた最上さんにまで、完全に八つ当たりしている最低野郎だ。
「事務所に一度、押しかけたのなら、合宿にも押しかけてみればいいじゃん。」
「えっ?」
「レスラーになりたいんでしょ?でも、コネはプロテストの時で出来たでしょ?」
「大場社長に来るなと、はっきり言われたんです…。」
「それで言われた通りにして、満足なの?」
「満足な訳、ないじゃないですか!」
「じゃー、反抗しちゃえばいいじゃん。」
 この状態で俺が大和の合宿に行ったらどうなるのだろうか…。まったく想像がつかない。ちょっとだけ、光明が見えた気がする…。
「行ってどうするんですか?」
「そんなの分からないよ。」
「じゃー、簡単に言わないで下さいよ!」
「甘えんなよ。俺は神威がリングに上がる姿が見たいから、一緒に考えてるんじゃねーかよ。おまえは、もう、レスラーになるのを諦めるのか?」
 最上さんの言葉が胸に突き刺さる。俺が自分で勝手に望んで始めた事なんだ。ここまでやってきて、諦めたくなかった。そんな簡単な気持ちでやってきた訳じゃない。
「諦めたくないに、決まってるじゃないですか!」
「じゃー、まず手始めに、合宿行ってくるしかないじゃん。行って駄目なら別の手を考えればいいさ。」
 抜け殻のようだった体が、熱気を帯びてくるのを感じる…。絶望しかなかったのに、希望が少しだけど生まれていた。
「初めはみんなに体が細くて笑われたって、言ってたじゃねーかよ。自分しか味方はいなかったって…。今はどうよ?少なくても俺や月吉は、完全におまえの味方だぜ。味方っていうより、応援してるし、おまえに期待してるんだ。おまえがリングに上がる姿が見たいから無責任にあおってる。」
 あの事件があって、自分自身で勝手に幕を閉じようとしていた…。最上さんの言葉は、一見めちゃくちゃだが、実に理に叶っている。優等生らしく、生きていく訳じゃない。だったら俺らしく、生きたっていいんじゃないか…。俺は、もう一人じゃない…。
「ありがとうございます…。そこまで言われちゃ、やるしかないですよね。」
 体が震えてくる。武者震いとはこの事なのだろうか。
「よし、元気出たみたいだな。俺に感謝してるか?」
「当たり前じゃないですか。」
「じゃー、飯奢ってくれよ。今日パチスロで、すっちゃって飯代もないんだよ…。」
「何だって奢りますよ。さっきまで俺は死んでた人間ですから…。好きな物、喰って下さいよ。」
「悪いな。本当、腹ペコペコで死にそうだったんだ…。」
 最後でガクッときたが、最上さんにはこれから足を向けて眠れないな。一生かかっても返せそうもない借りを作ってしまったようだ。
「兄貴―、電話だよー。」
 ドア越しに弟の声がする。誰からだろう。
「最上さん、ちょっとすいません。少しだけ待っててもらえますか?」
「ああ…、早めに頼むよ…。」
 電話に出ると、石井からだった。
「大丈夫か、神威?本人から聞いたけど、大沢の野郎…、どうしょもねーな…。」
「あー、その事はもういいよ。」
「林も鈴木もすごく気にしてるけど、俺から電話、掛けとくからって言ってあるんだ。これからどうするんだよ?」
「明日に、大和プロレスの合宿に押しかけるつもりだ。」
「はあっ?」
「俺はしつこく出来てるんだ。そんな簡単に諦めねーよ。」
「そんな事して、大丈夫かよ?」
「そんなの分かんねーけど、今のとこ、それしかないしな。それとも石井は俺がリングに上がるの見たくないのか?」
「そんな訳ねーだろ。これでも昔から神威の強さは見てきてるからな。おまえがリングに上がったら、どうなんだろうって、ワクワクするに決まってんだろ。」
「じゃー、もう少し、時間掛かるかもしれないけど、キッチリ俺の強さ見せてやるよ。」
「思ったより元気で安心したよ。」
「ありがとう。でも、大沢の奴に会ったら言っといてくれ。」
「何て?」
「オメーのした事だきゃー、絶対に許さねえって…。」
「あ、ああ…。でも、ごめんな、神威…。」
「何でおまえが謝るんだよ?」
「俺が祝賀会なんて言いださなきゃ、あんな事にはならなかったんだよなと思ってさ…。ちょっと軽はずみだったよ。」
「くだらねーこと言ってんじゃねえって。素直にみんな、俺を祝ってくれただけじゃねーかよ。大沢はともかく、石井たちの事は全然、恨んでないよ。」
「そう言ってもらえると、俺は何て言っていいんだか…。」
「また俺の事、応援してくれよ。」
「もちろん。」
「じゃー、石井、悪いけど、今、立て込んでるから、またな。」
 気分はある程度、回復していた。電話を切り、最上さんと、飯を喰いに行く事にする。明日に備えてガツガツ食べることにしよう。

 

 

8 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

7打突-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)石井と俺で謝っている内に、大沢は起きだして店の外へ駆け出しまった。なんなんだ、あの野郎は…。「おい、俺は...

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