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エスせんブログ

ラノベ好きなB級小学校教師のエスせんが、教育中心に色々語るブログです。少しでも面白ければ「いいね」御願いします。

「おもちや」と「おもちゃ」

2025-08-12 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は、1年生の国語の授業を紹介します。
 札幌で採用されている光村図書『こくご一上/かざぐるま』に、「おもちやと おもちゃ」と言う教材があります。こんな教材です。
   おきゃくが ぎょうれつ
   しょうてんがい。
   おもちの ならぶ
   おもちやさん。
   おもちゃが いっぱい
   おもちゃやさん。

 リズムの良い、読みやすい教材文です。日ハムの応援歌で使われる事の多い、「1・1・3」のリズム(ドン・ドン・ドンドンドン)に合わせて読むと、子供たちもノリノリで読みます。
 でも、この教材で扱いたいのは音読ではなく、拗音(小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」を付けて表す音)についてです。「や」「ゆ」「よ」の表記上の大きさが異なる事で、発音も変わる事を理解させる訳です。
 令和7年度は、この授業の最後をこんな風に進めました。

 私「(平仮名で板書しながら)お餅屋」(繰り返す様に合図)
 子「お餅屋」
 私「お餅屋で売ってる物は?」
 子「お餅」
 私「そうだね。(平仮名で板書しながら)じゃ、おもちゃ」(また合図)
 子「おもちゃ」
 私「おもちゃを売ってる店は?」
 子「おもちゃ屋」
 私「正解。(平仮名で板書しながら)じゃ、石屋」(また合図)
 子「石屋」
 私「石屋で売ってる物は?」
 子「石」
 私「その通り。(平仮名で板書しながら)じゃ、医者」(またまた合図)
 子「医者」
 私「医者がいる店は?」
 子「…病院?」
 私「大正解! (素早く平仮名で板書しながら)医者がいるのは病院です。
   じゃ、この『よ』を大きくしたら?」
 子「…美容院?」
 私「ピンポーン! (素早く平仮名で板書しながら)美容院です。
   じゃ、ここって何をする店?」
 子「髪の毛をキレイにする店」
 私「はい、よく出来ました。
   文字の大きさが違うと、物も店も変わっちゃうんだね」

 テンポ良く授業を終える事が出来ました。
 因みに、授業終了時には以下の様な板書(本当は縦書き)が残ります。
   おもちや
   おもちゃ
   いしや
   いしゃ
   びょういん
   びよういん

 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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エスせん流 若手教師の体系的育成法④~使えそうなネタもドンドン教えよう!

2025-08-11 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は、教育現場の抱える問題について私なりの意見を述べるシリーズ…から派生した、若手教師を育成する方法について書きます。
 今回は前回に続き、最序盤で若手に教えておきたい内容について述べます。

ネタは重要
 前回の記事では、若手には技術を教える事が大事だ…と述べました。
 それと同じくらい大事なのが、子供たちを集中させる為のネタです。
 例えば、子供たちの私語が収まらず、少々教室が騒々しくなってきたとします。この時、考えられる方法として幾つかあります。

   1.「うるさい!」と一喝する。
   2.「静かにしろ!」と一喝する。
   3.「うるさいですよ」と穏やかに言う。
   4.「静かにしましょう」と穏やかに言う。
   5.「今、どうするのがイイのかな?」と問いかける。
   6.黙って子供たちを見つめる。
   7.唇の前で人差し指を立て、「シーッ」のポーズをする。
   8.「真似しましょう」と言って手拍子をする。
   9.「同じのを出して」と言って、チョキを出して直ぐ引っ込める。

 どれも指導上の技術と言えば技術ですが、8や9はネタ要素の多い技術と言えるでしょう。1~7とは異なり、真似させたい手拍子やポーズに注目させる事で、間接的な方法で静かにさせようとしているのですから。
 余談ですが、1と2は明確に異なる指導ですし、1と3も異なる指導です。
 1は、「教員が感じている事を、ただ感情的に子供へ伝えているだけ」ですが、2は、「何をするかを具体的に、ただし感情的に子供へ伝えている」指導です。1より2の方が、かなりマシな指導となります。そして3は、「教員が感じている事を、相手に伝わる様な言い方で子供に伝えている」指導です。1よりはマシな指導ですし、話す内容に工夫をすれば、2よりマシな指導になる可能性があります。
 ついでに言うと、5と6と7は子供たちに考えさせる指導です。言葉や態度で、「あれ、どうしたんだろう?」と気付かせ、「今、騒がしくなってるから静かにしなくちゃ」と子供自身に考えさせる事で、子供の行動を変容させる訳です。
 話を戻しますと、ここで紹介した8や9の様なネタがあれば、大学を出たばかりの若手でも子供を集中させる事が容易になります。そこに、前回の記事で書いた様な技術が加われば、安定的な授業を行う事が可能になってくるでしょう。
 如何でしょうか。ネタを教えておく事の重要性、伝わったでしょうか。

効果のあったネタの紹介
 では、具体的なネタを幾つか紹介します。
 ただし、ここ何年間か、私は1年生担任が多いです。そのため、ここでは主に、1年生に行ってみて有効だったネタを紹介させていただきます。もちろん、令和7年度に学年を組んでいるAさんやBさんには、4月1日から入学式当日までの期間で一通り教えたネタばかりです。

   A.百玉算盤
   B.諺カード
   C.読み聞かせ
   D.各種音読

 Aの百玉算盤は、これまでも記事で紹介してきました。10個ずつの珠が10列並んだ算盤です。教室内で子供たち全員に見せながら、数を数えさせるなどの活動を行うのに使います。詳しくは、過去の記事を見ていただけると有り難いです。
 Bの諺カードも、過去の記事で紹介しています。私が使用しているのは、くもん出版から出ているフラッシュカードで、これを使って諺を言わせたり、ゲームをしたりしています。詳しく知りたい方は、過去の記事を調べていただけると有り難いです。
 Cの読み聞かせは、いわゆる普通の「絵本の読み聞かせ」です。絵本を片手で持ち、もう片方の手でめくりながら読んでいく…それだけです。
 もっとも、絵本の読み聞かせには色々な流派があるそうです。声色などを使って演技いっぱいに読む方法もあれば、声色や演技などはせず淡々と読む方法や、聞いている子供たちと掛け合いしながら読む方法、子供たちにも参加させる方法…など、それだけで1つの記事になりそうな程の種類があります。
 因みに私は、読む絵本の内容によって読み方を変えています。もっとも、私の絵本の好みの影響で、子供たちにも参加させる方法を行う事が、やや多いかもしれません…って、これはまだ記事にした事がなかったですね。今度、記事にしなくては…。
 Dの各種音読は、主に国語の教科書教材を読む時に使います。教師が範読し、子供たちが真似をして音読する…と言うのが、音読の基本的な形でしょう。でも、読ませ方によって色々な方法があります。

   ①教師が読んだ部分を子供たちが真似して読む「追い読み」
   ②教師と子供たちが一緒に読む「一斉読み」
   ③子供たちだけが一緒に読む「一斉読み」
   ④教師と子供たちが交代で読む「交代読み」
   ⑤子供たち同士が交代で読む「交代読み」
   ⑥子供たちが各自の速さで読む「個別読み」
   ⑦子供たちが選んだ部分を読む「タケノコ読み」

 ざっくり紹介しましたが、それぞれの読み方も更に細かく分ける事が出来ます。例えば⑤の「交代読み」。子供たち全体を半分に分け、それを交代で読ませる方法もあれば、机の列毎に交代で読ませる方法もあります。工夫次第で、音読の方法は無限に近いくらいの種類に分かれるでしょう。…うん、これも記事にしてなかったな。その内に、記事にしたいと思います。

ただ教えるだけでは駄目
 幾つかネタを紹介しました。他にも色々なネタがありますし、私の知らないネタも沢山あるでしょう。
 重要なのは、これらのネタを単に教えるだけでは駄目だ…と言う事です。
 若手の教員が、何とか使える状態にしなくてはなりません。何とか使える状態になっていなければ、教えてないのと同じです。
 では、どうやって「何とか使える状態」にするのか。
 前回の記事にも書きましたが、ここは模擬授業が1番です。
 教えた後、実際に模擬授業でやらせてみます。当然、上手には出来ません。それが何故かを教え、改善点も伝えます。その上で、再度、模擬授業させるのです。この辺り、技術を身に付けさせる時と同じです。
 手間も時間もかかります。大変です。
 でも、その様な努力をしないと若手は育ちません。逆を言えば、そうやって努力をして若手がついてきてくれれば、たとえ時間はかかっても、必ず若手は成長していきます。
 ですから、手間も時間も惜しまず頑張りましょう。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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エスせん流 若手教師の体系的育成法③~若手教員へ最初は技術を

2025-08-05 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は、教育現場の抱える問題について私なりの意見を述べるシリーズ…から派生した、若手教師を育成する方法について書きます。
 ここまで2回、教える側と教わる側の両方について心構えを書いてきました。今回から、いよいよ具体的な内容に入っていきます。

とにかく若手には技術を
 見出しに書いた事が全てです。
 若手を育成するなら、まず最初に教えるのは技術的な事柄です。教科論だの教材論だのは後回し。まず技術!
 何故なら若手は、大学で技術的な事をほとんど教えられていないからです。
 これは以前の記事でも書きましたが、実際に勤務校の若手に聞いてみたり、実習生に聞いてみたりして確認しました。ですから、少なくとも札幌圏にある大学では間違いない事実です。
 大学を出たばかりの若手は、例えば「板書の書き方」…細分化して言えば、「チョークの持ち方」も「黒板に書く時の姿勢」も「黒板でバランスよく見える書き方」も、何一つ教わっていません。これでは、見やすい板書が書けなくても仕方ないでしょう。
 一般的に、教育界では技術は軽視されがちです。若手に対しても、「まず、自分の研究したい教科を決めよう」などと声かけしている方々が多いです。そうやって、教科論だの教材論だのの世界に引っ張っていく訳です。
 でも、これも以前の記事に書きましたが、我々の仕事は技術職です。20~40人くらいの子供たちをまとめ、効率的に知識を与えたり考えさせたりする事は、無為無策では達成する事が出来ません。このままだと無為無策になるのが確実な若手に与えるべきは、まずは技術なのです。

やはり「授業の原則十ヶ条」が基本
 では、どんな技術を与えれば良いか。
 これも見出しに書いた通り、かつて、教育技術の法則化運動で向山洋一先生が提唱されていた、「授業の原則十ヶ条」が良い…と、私は考えています。
 以前の記事で紹介しましたが、大切な事は何度でも紹介すべきです。改めて紹介します。

 第一条 趣意説明の原則
   指示の意味を説明せよ。
 第二条 一時一事の原則
   一時に一事を指示せよ。
 第三条 簡明の原則
   指示・発問は短く限定して述べよ。
 第四条 全員の原則
   指示は全員にせよ。
 第五条 所持物の原則
   子供を活動させる為には、場所と時間と物を与えよ。
 第六条 細分化の原則
   指導内容を細分化せよ。
 第七条 空白禁止の原則
   たとえ一人の子供でも空白な時間を作るな。
 第八条 確認の原則
   指導の途中で何度か達成率を確認せよ。
     ※「分かりましたね」と言う言葉は、出来ない子を見逃すので
      教師は発してはならない。
 第九条 個別評定の原則
   誰が良くて誰が悪いのかを評定せよ。
 第十条 激励の原則
   常に励まし続けよ。

 たった十個の原則ですが、これが奥深い。教員歴30年以上になる私ですが、この十個全部は達成出来ていません。まぁ、だからこそ、何歳になっても学び続ける事が重要なんですけどね。
 更に、これらは「原則」であって「技術」そのものではありません。もちろん、技術に直結している原則もありますが、具体的に細かく考えて技術として発揮していく為には、自分で噛み砕いて血肉化していく必要があります。
 とは言え、この十個の原則を徹底して教える事で、技術的な事も身に付いていきますから、若手でも最低限の技術を身に付ける事が出来ます。ですから、まずは「授業の原則十ヶ条」な訳です。
 まぁ、そうは言っても、一度に十個全部を徹底するのは難しいです。最初は出来れば一個、多くても三個ぐらいが限界でしょう。では、どれから教えるのが良いか…です。

「一時一事&簡明&全員」のセットで
 ここからは私の個人的な意見です。TOSSの有力な方々には違う意見があると思いますので、その場合はコメントしていただけると有り難いです。
 私の一押しは、「第二条と第三条と第四条をセットで教える」つまり、「一時一事と簡明と全員をセットで教える」です。
 実は、この三個、どれも指示や発問に関わる原則です。実際に、TOSSで発行したリーフレットには、以下の様に書かれています(太字はエスせん)。

◎まず、たった一つの明確な指示を与えよ。
 それができたのを確かめてから、第二のたった一つの明確な指示を与えよ。(第二条)
指示発問を短くせよ。(第三条)
◎輪郭がクッキリした、具体的な指示を与えなくてはならない。(第三条)
◎子どもが手に何か持っている状態で指示したのは指示したうちに入らない。(第四条)
指示の追加はしてはならない。(第四条)

 どれも指示や発問に関わる原則…と言う事は、親和性が非常に高いと言う事です。そして、セットで教えても覚えやすいと言う事でもあります。更に、一応であっても、これらを身に付ければ、子供たちに明確な指示などを与える事が出来る…となります。これは、学級集団をまとめていく上で、極めて強力な「武器」になります。
 実際、令和7年度の最初に私が、同じ学年のAさんやBさんに指導したのは上記三個の原則でした。そして、これまで何回か記事にした通り、1学期末でも落ち着いた学級状況である事を考えると、この考え方に大きな間違いはなかったと考えています。
 ただし、この三個の原則を教えるには、若手に実際の指示や発問を出させ、それを修正していく必要があります。幾つか事例を教えるだけ…だと、どうしても局面が限定されすぎてしまい、若手が使いこなせる様になりにくいからです。
 そこで、模擬授業を通して教えていく事になります。

大変だけど模擬授業で教えよう!
 模擬授業とは、子供たちがいるつもりで進める授業です。子供役が存在する場合もありますし、何も無い空間に子供がいると見立てて行う場合もあります。これから説明する模擬授業は、基本的に後者となります。
 令和7年度、私(およびAさんとBさん)は1年生担任でした。当然、初日には入学式があります。そこで私は、入学式前の学級で登校してきた子供たちに行う指導を、子供がいるつもりで実際に行ってもらいました。学級指導の模擬授業です。
 模擬授業を行う度に、先程の三個の原則に基づいて指導していきます。
 「今の指示は言葉が長すぎるから、もう少し短く言ってみましょう」
 「今の指示だと2つの内容が含まれているから、それぞれ分けましょう」
 「指示が矢継ぎ早すぎるから、間を空けて子供たちを集中させましょう」
 AさんとBさんに模擬授業させるだけでなく、自分でも模擬授業して2人に見せます。そうする事で、AさんとBさん自身が自分たちの授業と比較する事が出来ますし、三個の原則に基づいた指示は伝わりやすい…と分かるからです。
 もちろん、各自1回ずつやったら終わり…ではありません。指導した事を意識しながら、2回、3回とやっていきます。模擬授業→指導→修正模擬授業→再指導…これを繰り返していく訳です。
 努力の甲斐あって、数回の模擬授業で一応は飲み込んでくれた感じでした。これで、入学式当日も安心、安心。
 三個の原則を理解してもらうなら、こうやって模擬授業を通して教える事が効果的です。
 ただし、大きな問題があります。それは、時間がかかる事。
 入学式前の15分間を模擬授業でやってもらうなら、最短でも7~8分はかかると考えなくてはなりません。それを数回ずつ行うのですから、1時間はかかる覚悟が必要です。入学式前の1年生担任は、時間が幾らあっても足りないくらい時間に追われています。正直、私も「もっと時間が欲しい」と思っていました。そんな中で、模擬授業の為に時間を割くのです。これは、かなり厳しい。
 2年生以上の担任でも、4月の最初は時間が足りない事が多いです。それだけに、若手を育てる為とは言え、模擬授業の時間を捻出するのは大変でしょう。
 でも、ここで頑張って時間を捻出し、十ヶ条の内の三個でイイから身に付けさせる事が、若手が気持ちよくスタートする為には必要なのです。ぜひ頑張ってください。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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掛け算の順番

2025-08-04 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は、SNS(note)で頼まれた話題です。

記事化のきっかけ
 私はブログと、noteと言うSNSをやっています。そのnote仲間から、掛け算について書いてほしい…と頼まれました。大雑把に書くと、次の様な依頼です。

 小学校では掛け算を(一つのグループを構成する数)×(グループ数)の順番で書かせるが、それは「単位を意識させる事」や「文章の読解力の向上」の為だろうか?
 中学校で文字式を習ったら、掛け算の順番は「数字→文字」になる。そう考えると、小学校で習う、この順番に拘る事は「百害あって一利なし」とさえ感ずるのだが…。
 実際は、どうなのだろうか?


 メッチャ重たい課題ですが、頑張って答えを書きます。
 その前に大前提として、「公立小学校の教員は地方公務員である」を押さえておきます。つまり、地方公務員なので色々と法律などに縛られます。だから例えば、文部科学省が検定した教科書に書かれている内容は、きちんと指導する事が求められます。これを指導しないでいると、法律違反で罰せられる事もある…そこは御承知おきください。
   ※実際に北海道では、教科書を使わない算数指導をしていた教員が、
    裁判で有罪となった事件があります。

結論は…
 では、端的に結論から書きましょう。
 小学校で掛け算の順序に拘る理由…それは掛け算の本質を、その様に押さえて指導する事になっているから…です。
 ただし、これは、現段階では小学2年生で学習する事についてのみ…の結論です。

掛け算の本質とは?
 もう少し詳しく説明します。
 札幌市で使っている教育出版『小学算数2下』では、掛け算の導入で遊園地のイラストが出てきます。メリーゴーランドやジェットコースター、観覧車、コーヒーカップなどに乗っている人数を数える課題なのですが、人数がバラバラだと数えにくいです。
 その中で、ジェットコースターは乗ってる人数が揃っているので、数えるのが楽だと分かります。5人ずつ3両ありますから、5+5+5=15となりますので。
 そこで、同じ様にコーヒーカップや観覧車も揃えてみます。すると、コーヒーカップは3人ずつ乗ってるカップが4つ、観覧車は4人ずつ乗っている観覧車が5つあります。ですから、
  3+3+3+3=12
  4+4+4+4+4=20
…と答えが出せる訳です。
 でも、こうやって延々と足し算していくのは大変です。そこで、どこかの賢い人が思い付きました。3を4回足す事を「3×4」と書けばイイんじゃないか…と。その考え方で言えば、4を5回足す事は「4×5」となります。その賢い人は、「この計算を『掛け算』と呼ぶ事にしよう」と考えました。
 そして更に、その賢い人は考えました。「3はコーヒーカップ1つに乗ってる人数で、4はコーヒーカップの数だ。つまり、これを短く言えば『1つ分の数』が3で、『いくつ分』が4になる。出てきた答え、12は『ぜんぶの数』だ。だから掛け算とは、以下の様になる」と。
  掛け算 (1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)
 まぁ、今の賢い人の部分は作り話ですが、実際に、教科書には上の言葉の式が書かれています。そして、下の補足欄(「なるほど」と書かれている)には、
  同じ数のまとまりがいくつかあるときは、かけ算の式にあらわせるね。
…と、しっかり書かれています。つまり掛け算とは、
  1.同じ数のまとまりが複数ある時、使う事の出来る計算方法である。
  2.その、同じ数のまとまりを基準とし、それが何個あるかを式にする。
  3.小学校の(少なくとも教育出版の)教科書では、同じ数のまとまりを
    「1つ分の数」、何個あるかを「いくつ分」と書いている。
  4.結果、(1つ分の数)×(いくつ分)と立式する事になる。
…となる訳です。
 こんな感じで教科書に書いてあるのですから、教える方も、こんな感じで教えなくてはならないですよね。小学校2年生段階で、
  掛け算 (1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)
…を徹底するのは以上の様な理由です。

しかし、重大な問題が…
 ただ、これだと1つ問題が発生します。それは、「交換の法則」の問題です。
 実際、2年生の教科書でも、先程の頁の3頁後に次の様な問題が出てきます。
  ①トマトが4こずつ入ったさらが2さらあります。
   トマトはぜんぶで何こあるでしょうか。
  ②トマトが2こずつ入ったさらが4さらあります。
   トマトはぜんぶで何こあるでしょうか。
さすがに2年生ですので、「交換の法則」と言う言葉は教えませんが、4×2と2×4の答えが同じになる事は確認されます。
 でも立式では、①は4×2はOKだけど、2×4は間違いとなります。私に質問してきた方の言葉で言えば、「文章の読解力の向上」の為と言われても仕方ありません。実際、この部分で混乱する子もいるでしょう。
 実は、この部分、我が家でも妻と私で論争になりました。
 妻の主張は、「小学校は基礎中の基礎を教える学校だ。だから、基礎的な内容を徹底する必要がある。掛け算の基本的な考え方を理解しているかどうかを見取るためにも、立式では言葉の式に正しく当てはめなくてはならない」です。
 それに対する私の反論は、「しかし、私もそうだが、掛け算九九には得意な数と不得意な数がある。私も、9×4=36が苦手で、脳内で4×9=36と入れ替えて計算していた。だから、計算式を言葉の式に正しく当てはめていなくても、認めて良いのではないか」でした。
 すると妻の再反論。「もちろん、計算途中で、そう書いたり、脳内変換したりするのは構わない。しかし、ノートへ最初に書く式やテストに書く式は、その子が、どう考えたかを見るものなので、正しく立式されていないものを認めるべきではない。それは、小学校の役割から逸脱している」との事でした。
 う~ん…私も妻も、ここ数年間、1年生と2年生しか担任していません。だから、
  掛け算 (1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)
…を徹底する事は全く何も困らない内容となりますが、「交換の法則」を学習してから以降については、どう立式するのが正解なのか断言は出来ません。小学校は基礎中の基礎をおしえる場…であれば、妻の主張が正しい様にも感じますが…。

取り敢えずの結論
 う~ん…取り敢えず、小学校2年生段階での指導は、
  掛け算 (1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)
…を徹底するで良いかと思います。これは、「単位を意識させる事」や「文章の読解力の向上」の為ではなく、「掛け算の本質を、その様に押さえて指導する事になっている」からです。
 問題は、「交換の法則」を学習してから以降です。これについては、今後も調べていきます。新しい情報が分かったら、また記事にしようと思います。
 中途半端な記事になってスミマセンでした。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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エスせん流 若手教師の体系的育成法②~若手教員に望みたい姿勢

2025-07-29 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は、教育現場の抱える問題について私なりの意見を述べるシリーズ…から派生した、若手教師を育成する方法について書きます。
 前回の記事では、育てる側の心構えを書きました。今回は、育てられる側に求めたい心構えを書きます。

令和7年度に組んでる若手の素晴らしい点
 令和7年度に入ってから何度も書いていますが、令和7年度の私は若手2人と学年を組んでいます。3月に大学を卒業したばかりの臨時採用教員のAさんと、新卒新採用4年目のBさんです。
 この2人、とても素晴らしいです。私が教えた事を素直に受け入れ、実行しようと努力し、実際に出来る様になってきています。また、AさんとBさんで頻繁に情報交換し、分からない事があると一緒に考えています。更にAさんは、自分から様々な教員に質問しに行き、空き時間があれば、他の学年学級の授業を積極的に参観しに行っていました。この様なAさんに対しては、職員室で「学ぶ事に貪欲だよねぇ」と話題になる事もしばしば。
 こう言った努力の甲斐あって、何回か記事にも書きましたが、1学期末の段階で2人とも、ほとんど心配な事はなくなりました。
 noteで親しくしている方の記事を読むと、これは最近だと珍しい事の様です。基礎的な技術などを身に付けようとしなかったり、周囲からアドバイスされても受け入れようとしなかったり…そんな若手が多いと言う記事を幾つも読みました。また妻からも、妻の勤務校に来た若手は、アドバイスしても改善しようとしない為に学級の雰囲気がヤバくなっている…と聞きました。
 ちょっと話がズレますが、こう言った話を読んだり聞いたりして私は、「こんな素晴らしい若手と学年を組めている私は、かなり幸せなんだなぁ」と感じました。そしてまた、「この若手をしっかり育てる事は、私の大きな責務だ」と感じてもいます。
 話を戻しますと、育てられる若手が伸びる為に必要な要素を、AさんやBさんの姿からまとめると、次の様になると考えられます。
  1.アドバイスを受け入れる姿勢
  2.改善しようと努力する姿勢
  3.疑問があれば質問する姿勢
  4.積極的に学ぼうとする姿勢
 では、どうすれば、この様な姿勢で仕事へ取り組む様になるのでしょうか。

仕事に対する「おそれ」が必要
 学年を組んでいるAさんは、ある言葉を頻繁に口にしています。それは、「不安です」とか「心配です」と言う言葉です。つまりAさんは、仕事に対して頻繁に「おそれ」を感じている訳です。
 因みに、ここで「おそれ」と平仮名書きにしたのは、「恐れ・畏れ・虞と言う3種類の漢字の、どれも有り得るなぁ」と考えたからです。
 「恐れ」は「こわがる事」で、これはAさんの普段の言動から、何となく恐さを感じているのが伝わってきますから、該当すると言って間違いではないでしょう。「畏れ」は「敬い、かしこまる事」で、これは少々離れるかもしれませんが、仕事に対して真摯に取り組むAさんの姿勢を見ていると、全然違うとも言えなさそうです。そして「虞」は「よくない事が起こりそうな心配」です。「授業で失敗するんじゃないか」とか、「授業を参観した人から叱られるんじゃないか」など、Aさんは日常的に失敗イメージを口にしているから、これも当てはまると言えそうです。そう考えていくと、Aさんの「おそれ」は3種類全部に関わっています。
 そんな訳で、この記事では「おそれ」と平仮名書きにさせてもらう事にしました。
 話を戻しましょう。
 仕事に対して頻繁に「おそれ」を感じている人は、傲慢さが生まれにくくなり、謙虚さが強くなると考えられます。だから、他の人からのアドバイスを受け入れたり、改善の努力をしたり、質問したり、学ぼうとしたりする…私は、そう考えます。逆に言えば、仕事に対して「おそれ」を感じていないと、前の章で書いた4つの姿勢は生まれないと考えられます。
 そう言い切れる理由…それは、私に「おそれ」がなかった事が原因となる、大きな失敗経験があるからです。

「おそれ」を感じた者は学ぼうとする!
 かなりの黒歴史なので紹介したくないのですが、前の章の意見を補強する為に紹介します。
 大学を卒業した私は、「学校の教員なんて楽勝、楽勝! 誰でも簡単に出来る」と思い込んでいました。仕事に対する「おそれ」なんて「0」です。だから、教員採用試験に落ちて臨時採用された時も、メッチャ甘く考えて仕事を始めました。
 臨時採用で担任したのは、前の担任が丁寧に育てていた2年生の子供たち。最初は落ち着いた雰囲気で授業が出来たので、「うん、やっぱり教員なんて楽勝、楽勝」って思っていました…が、その内に学級内がガタガタしてきました。当たり前です。教師としての技術をほとんどもたず、適当な授業ばかりしているのですから。
 結果、まだ、その言葉が生まれてない時代にも関わらず、見事な「学級崩壊」状態となってしまいました。
 今、思い出すと「有り難いなぁ」と感じるのは、当時の教頭先生が放課後にガッチリ指導してくれた事です。もちろん、指導は厳しかったですよ。「前の担任が作り上げた学級を滅茶苦茶にしたのは君だ。だから君は反省して、本気で立て直さなきゃ駄目なんだ」とか、「君のやり方で教えたら、こう言う結果になったんだ。だから君のやり方を捨てて、より良いやり方を学ばなくてはならない」とか…まぁ、今から思えば当たり前の言葉ばかりですが、毎日、泣きそうになりながら指導され続けました。
 この、私の経験談の素晴らしいところは、そうやって努力した結果、私の学級が立ち直った…と言う美談(ハッピーエンド)ではなないところです。
 厳しい指導を受け、改善の兆しが見えた頃、私は校長室に呼ばれました。そして、「君との契約は打ち切らせてもらう」と言われてクビになってしまったのです。まぁ、これは妥当な判断です。学級崩壊させた臨時採用教員を継続雇用するより、もっとマシな実績のある臨時採用教員を雇う方が、改善の可能性が高いですから。
 でも、当時の私にとっては大きなショックでした。
 そして、思い知った訳です。「小学校教員の仕事は甘くない」と。心に刻まれた訳です…仕事への「おそれ」が。
 それからの私は、小学校教員と言う仕事に対し、「おそれ」を感じながら取り組んできました。今では、かなり自信もついてきましたが、まだまだ「おそれ」を感じていますし、それが「学び続ける教員であろう」と言う意欲に繋がっています。

手遅れにならない事を願う
 結論です。
 若手の方々には、ぜひ「仕事に対する『おそれ』」を感じてほしいです。それが、
  1.アドバイスを受け入れる姿勢
  2.改善しようと努力する姿勢
  3.疑問があれば質問する姿勢
  4.積極的に学ぼうとする姿勢
…などの、自分を向上させようという姿勢に繋がるからです。これらの姿勢があれば、時間がかかっても成長出来ます。私みたいなドン亀でも成長出来たのですから、若い方々なら間違いなく成長出来るでしょう。
 私の場合、大失敗をして「おそれ」を感じる事になりました。これは辛い。
 この記事を読んだ若い方々が、そんな失敗をする前に「おそれ」を感じられたらイイなぁ…と願っています。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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令和7年度の「銀(シロガネ)の三日間」は?

2025-07-28 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は、前々回(R7.7.21)、前回(R7.7.22)に続けて「銀(シロガネ)の三日間」の話を。
 前々回の記事で書いたのですが、令和6年度や令和7年度は、日常の中で問題点に気付いたら、その都度、対策を取る様にしてきました。その為、極端に大きな問題点を残した状態で、夏休みを迎える事にはなっていません。
 とは言え、細かい部分に目を向けると、色々と気になる事があります。そして、それが令和5年度と似た様な内容だって点が、なかなか成長しないB級教師らしい感じです。
 例えば、令和5年度に比べると大人しいモンですが、令和7年度も授業中の立ち歩きが見られます。これは主に、水分補給の為に水飲み場へ行く事と、水分を大量に摂取する事から来るトイレへ行く事が理由となっています。
 この辺り、熱中症対策もあって自由に水分補給して構わない…と言う、全校的(と言うか、全市的)な方針の影響も大きいです。当然、全面的に禁止する事は出来ません。
 ただ、「場面を考えて行動する」とか、「自分の行動の責任は自分で取る」と言った事は、1年生であっても教える必要があるでしょう。その辺りの細かな進め方は、夏休み中に計画しておきたい部分です。
 また、令和6年度の担任児童は割と積極的に挑戦する姿が見られたのですが、令和7年度は今イチ消極的です。雰囲気としては、やや令和5年度に近い印象です。これは、令和7年度の担任児童は幼い子が多い為に、まだまだ視野が狭く自分の事しか考えられないから…と言う事が1つの理由です。また、その結果、経験している事柄が少ないので、自分に自信がなく、挑戦する勇気が出てこない…と言う事もあるでしょう。
 そうなると方向性としては、「様々な経験をさせ、経験の幅を広げてあげる」とか、「成功体験を積ませて、自分に自信をもたせる」などが考えられます。
 前者で言えば、せっかく会社活動(詳細については別の記事を御覧ください)をしていますから、私から新しい内容を提示して挑戦させても良いと思います。もちろん、授業で新しい内容に挑戦させる事も取り入れたいです。
 また、後者で言えば、授業の中で挑戦させて成功体験を積ませる…は、是非とも行いたいです。出来れば緊張する様な場面を作り、それを乗り越えたら褒めて価値付け、「やった~! 出来た~!」って感じさせたいです。
 この辺も、夏休み中に詳細を検討し、「銀の三日間」でドンドン行える様にしていきたいと考えています。
 うん、こうやって考えると、案外、令和7年度も「銀の三日間」は重要性が大きいですね。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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令和5年度の「銀(シロガネ)の三日間」

2025-07-22 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話です。今回は、前回(R7.7.21)書いた「銀(シロガネ)の三日間」の令和5年度の振り返りです。
 令和5年度の「銀(シロガネ)の三日間」、重点として考えていたのは以下の3点です。

1.「学びからの逃走」の余地を減らす。
2.「真面目に取り組む姿勢」の価値を高める。
3.「自分で考える事」の重要性を伝える。

 この内、1を重点とせざるを得なかったのは、1学期の指導が甘かったからです。まだ低学年という事を考え、トイレへ行きたい時は行って構わない…など、授業中に立ち歩き出来る要素を多くしていました。その結果、何となく授業に参加したくないという気持ちの子が、頻繁にトイレへ行くようになってしまうなど、正に、「学びからの逃走」とも言える状態になってしまったのです。 (^_^;)
 こういうミスをするのがB級教師らしいですが、ミスしたなら修正すれば良いだけです。
 2学期は、授業中に立ち歩く要素を極力減らし、授業に参加したくないという気持ちが逃げ込める余地を減らそう…と考えました。ですから、トイレへ行く事をはじめとする各種ルールを再確認し、「銀の三日間」で再度定着させる事を目指した訳です。これが、上記1を重点にした理由です。
 上記2も、1学期に見られた諸問題への対応として必要でした。お恥ずかしい話ですが、授業をサボろうとする子がいたり、掃除を真面目に行わない子がいたりしたのです。そのまま2学期を始めたら、面倒な事から逃げる子が増えかねません。
 そこで具体策として、例えば掃除であれば、まず、正しい掃除の仕方を再度教え、その上で、掃除の最中に教えた通りに行っている子を褒めます。そして、掃除の後、教えた通り行っていた子を再度褒めます。この様な感じで、「真面目に取り組む事は素晴らしいんだ」と価値づけていく事にしました。
 上記3も、1学期に私が問題だと感じた部分へ対応する為の重点です。ただ、上記1や2の様な問題行動があった訳ではありません。むしろ、失敗する事を恐れて何もしない…そう言う態度が気になりました。
 ですから具体策として、例えば学習の際、自分なりの考えを発表した子に対して、正誤に関わらず、「自分で考えた事が素晴らしい」と価値づける様にしました。地道な取組になりますが、B級教師は、こう言う事を粘り強く行っていくしかありません。
 令和5年度は、これら「銀の三日間」の重点項目と具体策が効果を発揮し、2学期以降は少しずつ落ち着きが見られる様になりました。また、学習なども活発になったので、じっくり「銀の三日間」の計画を練り、実行した甲斐があったと感じています。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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銀(シロガネ)の三日間の必要性

2025-07-21 04:30:00 | 教育
 毎週、月・火曜は学校教育について書いています。今回は、2学期の最初の三日間について書きます。
 1学期の最初の三日間を「黄金の三日間」と呼ぶのは、もう、すっかり定着した感じがします。それだけに、「黄金の三日間」の指導に力を入れる方も、以前よりは多くなってきました。
 その「黄金の三日間」程ではありませんが、2学期の最初の三日間も重視されています。私も重視しています。何故なら、B級教師にとっては、1学期のミスを挽回する事が可能な三日間だからです。
 因みに、この三日間をTOSSでは「シルバーの三日間」と呼んでいる様です。私は「銀(シロガネ)の三日間」と呼んでいます。どうせ4音の言葉にするなら、横文字ではなく、昔から日本にある言葉にしたい…と思っているからです。
 話を戻しますと、A級教師であれば、ほとんどミス無く手を打って、1学期で完全に学級を掌握してしまうでしょう。それが私みたいなB級教師だと、何かとミスしてしまい、反省点の多い1学期になっている事もしばしば…。
 でも、この「銀の三日間」で修正する事ができれば、案外、何とかなるものです。
 だから私は、夏休みの最後の何日間かは、「銀の三日間」に向けて色々と計画を立てていました。1学期の反省点を洗い出し、それをどう変更すれば良いかを考え、指導の仕方を決めていきます。令和5年度の夏休みの場合、指導する際に必要な物も列挙し、夏休み中に全部準備するようにしました。
 もちろん、反省点が見えてきたら、いつでも修正していくべきだとは思いますし、最近の私は常時修正しています。そのため令和7年度は、これまでよりは「銀の三日間」の扱いは軽めになっています。
 それでも、「黄金の三日間」や「銀の三日間」は普段より効果が高くなります。ですから、この貴重な「銀の三日間」は大いに活用したいところです。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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合唱文化が変わってきた 後編

2025-07-15 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今回は前回(R7.7.14)に続いて、小学校における合唱文化の変化について。
 昔の話が長くなったので、ここで話を戻します。
 この合唱文化の話、最初に考えたのは我が家ででした。学習発表会に向け、何か歌を行うなら、そろそろ取り組み始めたいな…と考えたからです。そして、妻と話題にしている内に、「合唱文化が最近廃れてきているのではないか」と、「最近の合唱で歌われる曲は変わってきているのではないか」の2点を感じました。
 前者に関する理由の1つは、「最近の学校は忙しくなってきたから」です。
 昔、それこそ私が小学生の頃なんて、朝の会が20分以上ある事は「普通」でした。その日の「めあて」を決めて、学級の歌を歌って、担任からの話があって…1時間目の授業なんて、いつも10~20分くらい食い込んだ状態から始まっていたものです。
 しかし今、学校の朝は忙しいです。札幌の場合、保護者から届いた欠席等の連絡を確認し、連絡無しで休んでいる児童には確認の連絡をする必要があります。更に、児童の心身の健康状態を確認するアプリを入力させ、その内容を担任が確認し、必要なら児童対を鵜せねばなりません。
 これらを真面目に行った上で、昔みたいな朝の会を行っていたら、1時間目は半分くらい潰れてしまうでしょう。だから、昔の様に朝の会で合唱曲を歌う…は、行いにくくなっています。
 そもそも、最近の学校は「余裕時数」を削る方向で進んでいます。文部科学省が定めている年間の授業時数に近付け、余分な授業時数はカットする方向です。これは、定められた時数内で授業をきっちり進める為でもありますし、それにより子供たちへの負担を減らす意図もあります。そして、それは同時に教員の負担を減らし、「働き方改革」にもつながる事になります。
 そうなると、合唱の指導などは音楽の授業内で進めざるを得ません。1年生なら、教科書に載っている曲が少ないので、合唱曲を入れる余地がるでしょうが、他の学年だと難しいでしょう。曲数が多いですし、難易度も高いですから。
 こう言った事が、合唱文化が廃れる要因になっている…そう、私は考えています。
 後者(「最近の合唱で歌われる曲は変わってきているのではないか」です)については、妻が明確に答えました。「今の時代に合わない曲が多くなったからじゃないかな」と。
 例えば、先程の例に挙げた「空がこんなに青いとは」は1970年頃に作られた曲で、公害問題をイメージさせる歌詞となっています。実際、後に公害ドキュメンタリー番組の主題曲にも使われています。かなり時代性の強い曲と言えるでしょう。それだけに、現代だと「時代に合わない」印象が強くなります。
 成る程、時代性の影響はあるかもしれません。それで最近は、合唱をする事があっても、流行の曲とかTV番組の曲が多くなってきたのでしょうね。
 歌は世につれ、世は歌につれ…だなぁ。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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合唱文化が変わってきた 前編

2025-07-14 04:30:00 | 教育
 月・火曜は学校教育話。今日は、小学校における合唱文化の変化について。
 私が小学校教員になった30年以上前…って言うか、自分が小学生だった1970年代後半から、2000年代になる直前くらいまで、小学校では合唱文化とでも言うべき「何か」がありました。学級の歌が決められていて、朝の会で毎日歌ったり、学年の歌が決められていて、学年集会で歌ったり…割と、歌う機会が多かったと記憶しています。
 その頃の歌と言えば、いわゆる「合唱曲」です。歌集などに載っている曲が多く、人気のある曲は何度も歌われていました。今、パッと思い付く歌の題名を挙げると…
  ◆気球に乗ってどこまでも
  ◆未知という名の船に乗り
  ◆青い空に絵をかこう
  ◆歌えバンバン
  ◆大空賛歌
  ◆少年の日はいま
  ◆空がこんなに青いとは
  ◆手のひらを太陽に
  ◆天使の羽のマーチ
  ◆ドキドキドン! 一年生
  ◆野原で手をたたけ
  ◆夕日が背中を押してくる
…って、12曲も列挙しちゃったよ。結構、覚えているものです。
 もちろん、どの曲もサビは間違いなく歌えます。全曲通して…は少々自信ありませんが、歌詞カードさえあればBGM無しで歌えますよ(つまり、メロディは頭に入っているって事です)。
 因みに、学年を組んでいる若手(AさんとBさん)に質問してみたところ、AさんBさん共に1曲も知りませんでした。成る程…2人が小学生だった頃には、もう、合唱文化は廃れていたのでしょうね。
 因みに、因みに、AさんBさんとの会話は職員室で行ったのですが、横で聞いていた担任外の先生方は、「知ってる~」と盛り上がっていました。ふむふむ…私より10~15歳くらい若い方は知ってると言う事は、合唱文化が廃れたのは、ここ10~20年くらいの事かもしれません。
 そろそろ話を戻しますが、ちょっと長くなっています。続きは次回で。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
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