子供の頃には家の手伝いをよくした
方だと思います。当時はテレビなど
ありません。囲炉裏で裸電球という
のが一般的でした。薪は貴重な火力
でしたので、子供用の背負子で山へ
取りに行ったりしました。又家では
牛を飼っていましたから搾乳のお湯
沸かしを責任もって毎日やりました。
親も子もまた祖父母も一丸となって
食べるため生きるため頑張りました。
「一丸となって家族の生きた跡」
「助け合いながら家族の絆編む」
「労働のよろこび知った幼少期」
「六十年経って孫らに見せる背」
本日の歩数11,377歩
(背負子)
(この絵手紙は2016年3月に描いたものです)
我が家も、私が小さいころは、薪で風呂を焚いていました。
おぼろな記憶ながら、薪割りをした経験もあります。
初めて見たのに、何やら懐かしいです♪
同じでしたね、たぶん歴史の中では語ら
れていないので・・近代になってのもの??
毎年秋にはこれで冬の暖房用の薪などを
背負ってきたものですよね~私のおじいさまが
よく使ってぃた記憶があります。
私は登山で使いました (●^o^●)懐かしい
今は使う人は稀です。
便利な道具が開発されたので、これはお蔵入りですな。
これは身近なところでは小学校の銅像、二宮金次郎が
薪を運ぶのに使っていました。
今は下向いて本を読みながら歩くのは交通道徳上
悪いとかで撤去する学校が多いそうです。
人をたまに見かけますがね。
これを使うと両手で持って運ぶより楽です。
そして量も一度に多く運べるし。
如何せん、前時代の遺産の為 作る人も使う人も
減り続けています。
今はドローンで瞬時に運ぶ時代になりました。