「さむ~い!さむい!」と言っても
少しも暖かくならないけど、朝に夜に、ついつい言いたくなります。
しばらく前までは、うんざりするほど暑かったのが嘘のようです。
やっぱり「暑いのより、寒いほうが苦手だな」と思ってしまうのですが、
2ヶ月前には、「冬のほうが、まだましだ」と思ってたような気がします。
まだいまの所は、暖房はエアコンのみです。
家は炬燵のない生活ですが、
実はコタツとミカンとテレビの三点セットが好きで憧れています。
でも一度炬燵に入ったが最後、極力出なくて済むように、
工夫と努力を惜しまないのが、子供の頃を思い出すと分かり切ってるし、
かたつむりのように炬燵を背負って動きだしかねません。
家からもあまり出たくないのに、炬燵から出なくなるのは避けたいと思いますし、
同居犬が居ると、炬燵が毛だらけになるのがなにより耐えられない事です。
暑いときには、「エコ」って言われると聞く耳があったのですが、
寒いのはいけません><見逃して下さい。
のちのち、老後には「掘り炬燵も良いかな」と思ってます。
暖かいお布団に包まって寝るのが幸せ~♪
去年、羊の形の「香りつき安眠枕」を買ったのですが、
よく拝見させて頂いてるブログの記事で、
湯たんぽが省エネで身体にも良いことを知って、今日買ってきました。
☆羊が一匹~羊が二匹
☆
☆羊さんのことは、わたしにまかせてね♪☆
今日、久しぶりにお昼寝をしました。(~のびのび)
ちょうど良いくらいに起きるのって難しくて
寝すぎると頭が重かったりして、その後しばらく引きずるから要注意なのです。
コーヒーを飲んで、テレビをつけて寝ると、
ちょうどカフェイン効果が出てくる30分位で目が覚め、
テレビで放送してることに関係ある夢を見てたりするから不思議です。
たぶん寝ながらも情報収集してるんでしょうか?危機管理ですね。
で、目が覚めてふと電話を見たら、留守電が入ってるのを見つけてチェックしたら、
昨日の夕方から今日のお昼にかけて同じところから3回入ってました。
昨日クッキーを買ったのですが、
「間違って、お客様が選んだのと違うのを渡したからお届けします」というお詫びの電話でした。
確かになんだか選んだのと微妙に違うような気がしつつも、
1人でコーヒーを飲んでは食べ・・紅茶を飲んでは食べ・・ほぼ無くなりつつありました。
慌ててこちらから電話して、「違うとは思いつつも、もう食べましたから・・・」と電話を入れました。
「同じ1000円の品だし、お届け物でもないから、もういいですよ」とお伝えしました。
でも「交換しなくて良いから、届けに伺います」と、なかなか誠意のある対応で、
ついでもあることですし明日取りに行くことにしました。
こんなことなら、もっと高い詰め合わせを買っておくべきでしたよ。
だいたい、役員決めとか当たりたくないくじは当たるのに、
良い物は当たった例がない・・そしてこんな時も1番安いのを買っていました。
よく、宝くじなどは無私無欲の人に当たるという話を聞きますが、
そもそも、欲のない人は宝くじなどは買わないのではないでしょうか。
なんだか得したような微妙に損したような、複雑な午後の目覚めでした。
今日は暦の上では、最後の秋晴れということで
それにふさわしく、雲一つない、ぬけるような青空でした。
健診に行くため電車に乗りましたが、比較的空いてたので、ゆっくりと座ることができて、
空に見とれているうちに、走馬灯のようにいろんな想いがめぐりました。
まだ少し若い頃、再検査を受け病院を出た時に、見上げた空もこんな青空でした。
結果が出るまでは、何もわからない不安だけの数日間
「こんなに綺麗な空を見ていられるだけで、どんなに幸せなことか」と思ったり、
寝っ転がったら、視界には空しか見えない我家の2階で
刻々と姿を変えて行く雲が面白くて、つい見入ってたら、
雲の形がちょうど、うちのシェルが走ってるような姿になり、
あまりにもそっくりで可笑しいから写真に撮りたいな…と思ってる間もなく
また刻々と姿を変え、流れていってしまったのです。
自由自在にただ風に身を任せて吹かれていくだけの雲。
暫らくして結果が出て、不安は解消して一件落着で良かったのですが、
もしも…と思ったあの時、何を大切に思ったかは、ずっと忘れません。
と言いたい所ですが、
「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」どころか、
「3歩あるいて自分を忘れる」いきおいの今日この頃。
今日血圧も計ったので、犬、猫、鳥、の血圧はどうなのかしら?と思ってしまいます。
起きてからも、すぐには動き出さないで、活動するまでの準備が必要な猫は
私と同じようなので、低そうなのですが、いつでもサッと、動く体勢のとれる犬や鳥は、
高そうに見えます、でもそれだけで判断できるほど単純ではないのかも知れません。
献血は、血圧が上が100以下なので出来ませんが、以前もう少し高い時があり、
数回は協力できました。先日出掛ける途中で、献血車を見かけましたが、
な、な、なんと、一回で400mlなのです、前は200mlだった記憶があります。
400mlって聞いたら、今日検査のために少し採取しただけでも大変なのに@@
元気な人でも躊躇してしまう、気が遠くなるような数字ではありませんか??@@
多くの人から、少しずつ(50ml)というわけにはいかないものなのか、と思いましたが
やはり、それなりの医学的な事情があるようです。
健診に行って、いろいろ思いをめぐらせた1日でした。
カラオケでストレス解消できる人は羨ましい。
人前で歌うのは、逆にストレスそのものです。
歓送迎会とかで流れに乗って、1人だけパスできない時もあります。
そんな時
上手であれ下手であれ、心から楽しめる人は人生満喫してますね。
きっぱりことわり、帰れる人は人生の達人で尊敬します。
気が進まないけど、時間限定または最後まで付き合う人。に分かれます。
ちなみに私は途中で消える派です。
社会人になったばかりの頃、カラオケ全盛期のあの落ち着かない部屋。
マイクを握ったが最後、ヘタな歌を歌い続ける上司に鳩ポッポまで聞かされました
そんな悪いイメージもあって、なるべく近づかない場所ですが、その中で学んだ事もありました。
1曲のみ十八番を歌って、早めに消える。
おあとがよろしいようで、とは言いませんが、歌った印象は残るので定番です。
つわものは、いつも「枯れ葉」などを原語で一曲のみ歌ってその微妙な下手さ加減でうけてました。
絶対歌わないと、かたくなに構えてる人が、ある時みんなで歌ってる時、
小さい声で歌ってるのが、横にいて聞こえたときは、ホントにヘタで、
「歌わないのも無理はない」と微笑ましくて、隠れファン?になりました。
どんな状況でも、それなりの大人って、
周りの人にいい印象をあたえるコツを知ってるんだな~と感心しました。
私以外の家族達は、みな上手、下手に関係なく歌える派です。
先日は出かけたついでに、1時間ほど子供に練習を付き合わされました。
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私は“ユーミンのユーミンらしくない歌・まちぶせ”が唯一うたえる歌で、
ストーカーっぽい歌詞?が微妙かも?と思いつつ歌ってますが、
「しるし(Mr・chidren)」とか「雪の華(中島美嘉)」なども、憧れてるので、
どんな感じか流してみました。
♬♪♫ ♬♪♫ ダダダ…ン???#ζ∮ダ~~リン?
桜井さんすごいです、言うまでもなく無謀でした。
~~~~~以下の理解に苦しまれた方は済みません高尚な方です。
理解して下さった方、近いかもです。ありがとうございました。
☆アロマキャンドルを部屋の隅に飾って、良い香りを楽しんでみました☆
軽いストレス解消です。
<振り返る>
他の動物にはない人間だけの習性…修正はできませんが。
うちの犬はよく振り返りますが、それは意味が違います。
思えば小学校に入学して以来、何かの区切りの時には必ず振り返らされました。
「今日の反省」
「一学期の反省」~~等々
何かの委員とか回ってきた後などは、「反省点、及びこれから活かしたい事」
就職をする時も、「今まで頑張って来た事、それをこれからどう活かしたいか」
最初の就職先でも、「報告書~問題点~改善案」等々。
結婚してからも、家計簿で「傾向と対策…棚上げになってます。」
それから、いろんなパートをめぐり、「日報」「申し送り」等々。
今までの半生で、すっかり反省癖が身についてしまったようなのです。
『愛と追憶の日々』という、とてもいい映画がありましたが、
『追憶と反省の日々』と言わせて下さい。
というわけで、まわりくどくなってしまいましたが、
ただちょっと、今までのブログを振り返ってみたくなっただけなのですが・・・。
良くも悪くも、表現して発信すると言う事は、ある種の緊張感があるものです。
そして、アクセス数と閲覧数の違いさえ知らなかったこの私のブログも、
「ちゃんと見て下さっている方達がいらっしゃるんだ」という事を実感して、
ある意味新鮮な感動を覚えています。
こんなつたない文章に、コメントを下さる方がいらっしゃる事が励みになってると思います。
最初に、「振り返っても修正が出来ない」と書きましたが自分のブログに関しては、
過去はいくらでも修正できるようです…現実もそうだといいんですけどね。
だだ一点、私はあちこち訪問して、お気に入りのところでコメントさせて頂いてます。
「振り返って見て」とんでもない誤字脱字、意味不明を発見して、恥じ入る事が多々あります。
昔からケアレスミスの多い私・・・
こんな所でまで発揮して「そんなの関係ない~」とは言えませんね。
よそ様のブログでも、自分のコメントは自分で修正できるようになるといいですね。
でも「単なる間違いだと分かってもらえるだろう」「いい意味に解釈して下さるだろう」と気にしない、
スルー力(りょく)も身に付けつつある今日この頃です。
暫らく前に携帯電話の機種変更をしたのですが、
まだ一年も使用してないのに変えたのは、「最大の字」にしても私にとっては小さいので、
もっと大きい字が表示されるものにしたかっただけなのですが、
元々機種変に興味がなく、「携帯は一度買ったら壊れない限り使えるものだ」と思ってたので、
一つ前のが、充電がもたなくなって替えることになった時は、
良く出来てるな~売る側にとって・・・と感心したのですが、
ただ形が気に入って持ち易さだけで選んだら、すぐに替えることになったので、
今回は「よ~く説明を聞いておこう」と思って、
「一緒に機種変したい」という子供と行ったのですけど、説明を聞いてるうちに、
「ほぇ~~?私ってこんなに理解力のない人間でしたっけ」と落ち込みたくなりました。
子供の方は、「さっさ」と決めてしまって、私と担当者のやり取りを聞いてたのですが、
この光景ははるか昔、子供が入園する時に付き添って行き、説明を聞いてた時と
立場が逆なだけのような気がしました。
「あーだ、こーだ」と、聞いてるうちに面倒になって、結局スタンダードなものにしたのだけど、
後で子供に、「保険も入ったし、二年間解約しなければ結局お得なんでしょ?」と確認したら、
「店員さんの説明とおかあさんの質問が全然かみ合ってなかったよ」と言われました。
「ガーン」、「でも結果的に選択は間違ってはいなかったよ
」ということで…。
ところで、「いくら話しても、ただ(無料)」と言われても、
最近「長電話」自体しないし、ありがたみがありません。
固定電話も常時「留守電状態」で、必要ない気もしますが、
公的に教えたりとか、この電話番号が必要なケースも、まだあります。
※携帯電話にも、いろんなタイプの使用方法に合ったプラン…たとえば、
身近にも約3名、“発信着信のみでメールもなし”という、つわものがいます。
固定電話も“留守電のみ”とかいうのが、ないのでしょうか。
※すでにあるのかも知れませんが、防犯機能付きは、
子供用だけではなく、大人用もあっていいのではないでしょうか。
我家の同居人たちは探し物は私に聞けば分かると思ってるようです。
「あれはどこ?」「あれって何?」
物には、所定の位置があります。
「使った物は元の場所に戻しましょう」って、確か小学校の教室のどこかにも貼ってあったような。
「ツメ切り使ったの誰?ちゃんと戻しておいて」
「新聞読んだの誰?元通りに畳んでおいて」
このようなセリフ、同居人達に何回言った事でしょう。
でも、誰かが無くした物を見つける名人なのは事実です。
あたふたと探す前に「最後に使ったのはどこか」「最後に見た時はいつか」
そこから推理して、死角になりそうなところに目星をつけて、占い師のように、「ここが怪しい」といって見事に当たった時は少し得意になり、「物は自分では動けないわよ、人が最後に置いたところにあるのよ」というセリフをいつも言いますが誰も聞いてないようです。
でもせっかく犬が居るのだから、その嗅覚をいかして、探しもののできる犬に訓練しておけば私とコンビで楽しいかも知れません。
今さら無理だろうけど災害時だって役に立つし心強いでしょう。
子犬の頃よくやってた遊びで、中の見えないコップを3個伏せて、1個だけにジャーキーを入れて、お鼻でツンツンとしたものを開けて入ってたらあげるのを高い確率で当てていました。
今でも右手か左手にジャーキーを握って「どーっちだ?」と差し出して、ちょんと手を乗せた方を開いて、ジャーキーが入ってたら食べれるのですが、これも高い確率で当てます。
もう少し向上心のある飼い主だったら、訓練して探し物犬になれてたかなぁ・・
そうしたら今頃は「探し物はワンですか?」って有名犬になれたかも知れない!?
惜しいことです。
結婚の話題となると、友達の間では年齢的に子供の結婚についてになってしまいます。
先輩として子供に良きアドバイスをしたいと思って、
自分の経験不足を友達との情報交換によって補おうと思うのは皆同じみたいで、
結局答えはでないのですが、というか元々正解はないのですから、
ケースバイケースといってしまえばおしまいですが…。
子供との会話の中に、本で得た知識をさりげなく自分の意見と織り交ぜて話したり
「友人のお子さんは、これこれこうらしいよ~」と話したり、そういう会話を通して
母と子という以外の、友達関係とも違う、人間関係が築かれたように思います。
もちろん子供の性格によっては、母親とはそういう情報交換は一切しないタイプもいるでしょうし、
男の子の場合はそういう意味では寂しい…と言ってる友人も多いようです。
そういう時期は書店に行ったら、随分長い間手に取る事がなかった恋愛本を
ちょっとのぞいてみたり、若い人達に人気のある本を手にとってみたりしました。
唯川恵さんの本は共感できる本が多かったし、一条ゆかりさんの「実践恋愛倶楽部」などは、
証拠を握られた犯人のような心境…そんな心境は知りませんが、
反論できない程当たってるという意味で、そんな心境になります。
そしていつも、「ズバリそれは正解でしょう」とちびまる子ちゃんのマルオ君風に言いたくなるような
ヒントをいつも与えてくれる友人から聞いた話は、一理あるかも!とインパクトを感じました。
それは、<結婚は就職と似ている>ということです。
昔言われてた<結婚は女性の永久就職>、と言う意味ではありません。
<恋愛はしようと思ってなくても出来る、ある意味「落ちる」ものだけど、
結婚は「するという意志」と、「それに伴う活動」がないとできないみたい。
妥協して結婚するくらいなら、一人で自由でいたほうがまし、
意に沿わない所に就職するくらいなら、フリーターがましと思うか、
理想通り希望通りではないけど、自分を受け入れてくれるところで、
努力してみよういう決意があるか、というところに鍵がある。
または理想通りの相手に巡り会っても、言いかえれば希望通りの就職をしても、
努力や忍耐がないと継続できない>と、だいたいこのような内容でした。
うーん*?*?*結婚したって事は、ある意味冷静に自分を見極めたということかな?
そして、この先家庭(会社)生活が良くも悪くも、堪える努力次第って事?
結婚も就職も選ぶ側か選ばれる側か立場が状況によって変化するところは似てるかも知れません。
そろそろ美容院に行かなくてはいけない頃になりました。
たまには、自分にも投資しなくては・・・。
いえ、投資はそれが生かされる意味が含まれるから、補修かしら?
このところ、行く美容院が決まっていました。
「前と同じで、揃えるくらいでお願いします」といえば特に注文しなくてもいいし、
楽だから自然とそうなったのですが、前回新しい美容院に行ってみました。
というのは、そこに行った人から割引券を頂いたということもあり
たまには、気分転換に違うところもいいかなと思ったからですが、
やはりしっくりこなくて、今回、元の美容院に戻ることにしました。
しばらく来てないわりに、それほど伸びていませんし、
カットも少し変化してるし、「お久しぶりですね」って言われたら
「ホントにそうですね」だけでいいのでしょうか?なにも聞かれもしないのに、
よけいな言い訳するのも変ですし、でも気付かれるかも知れないし・・・。
新しい所はちょっと不安ですが、元のところに戻るのも少しドキドキします。
追伸 このところ、文体を「・・・だ」にするか「・・・です」にするかで迷ってました。
私自身は本などは、「・・・です」はまどろっこしくて、
「・・・だ」のほうがスッキリして読みやくて好きなので、今まで使ってきましたが、
ブログっていうのは、読み物なのに、話しかけるのに近い性質のものであることを
最近感じますので、これからは一応「・・・です」の文体にしてみようかと思います。
これは、タイトルの「いいわけ」には全然関係なく、一応報告です。〝(^^;)
☆写真は本文と関係ありません・白糸の滝☆
この時期は夕飯を作り始める時間がつい早くなってしまう。
時計を見ると、まだ5時
皆遅いので、のんびり支度して構わないのだけど
随分、日が短くなったので、気持ちが急いでしまう。
子供が小さい時は、夜8時頃までに寝かせるのを目標にしてたから、
その時間から逆算して、ご飯の支度は一年中5時頃から始めていたが
今は夏などはついつい遅めになってた。
早く出来ると早く食べたくなるので、一人だけ先に食べ終わると
あとがゆっくり出来て、これが秋の夜長かな?と思ったりする。
夕方、お豆腐屋さんの呼び声・・・ラッパ?笛?正式には何という名称なのだろう?
その音が聞こえた・・・売れるのだろうか?気のせいかしみじみと物悲しく聞こえる。
前々から売りに来てるらしいことは知ってたが、すでに買い置きがあったりして、
未だにタイミング的に一度も買う機会がない。
もう少し寒くなると、焼き芋屋さんも来るし
夜にはたまに、ラーメン屋さんのチャルメラの音も聞こえる。
需要があるから来るのだろうが、なぜか一抹の寂しさをさそう音色。
子供が小さい頃、近所にとても心優しい、誰にでも親切な友人がいた。
その友人が焼き芋屋さんがいつも来るから、たまには買ってあげようと買ったら、
いくらだったか忘れたが、とにかく「エッ!ウソ!」というくらい
値段のわりに少ない量で、ショックを受けてた。
その友人がまた次に、「傘を修理します」というおじいさんが、いつも坂道を
大変そうに自転車をひいてくるので、同情して頼んであげたら、
「次から自分で直せる」という道具を買わされたとかで、
お腹を抱えて大笑いしたことがあった。
どこから来てたのか不思議だが、そのおじいさんもいつの間にか来なくなって久しい。
秋の夕暮れ時、物売りの音を聞くと遠くに引っ越してしまった、その優しい友人を思い出す。