生活保護問題対策全国会議blog

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有期保護導入に反対する意見書

2010-10-20 19:00:00 | Weblog
2010年10月20日


生活保護の有期化は最後のセーフティネットの形骸化を招く暴論

~指定都市市長会・生活保護制度改革案についての意見書~



生活保護問題対策全国会議(代表幹事 尾藤廣喜)

全国生活保護裁判連絡会(代表委員 小川政亮ほか)

生活保護支援ネットワーク静岡(代表 布川日佐史)

近畿生活保護支援法律家ネットワーク(代表 竹下義樹・辰巳裕規)

生活保護支援九州ネットワーク(代表 永尾廣久・椛島敏雄)

         反貧困ネットワーク埼玉(代表 藤田孝典)

         特定非営利活動法人 ほっとポット(代表理事 藤田孝典)

社会保障解体に反対し公的保障を実現させる会(代表 手塚隆宏)

         二五の会(代表 岩崎淳子)

         ホームレス総合相談ネットワーク(代表 森川文人)

         ホームレス法的支援者交流会(代表 木原万樹子・後閑一博)

         特定非営利活動法人 神戸の冬を支える会(代表 森山一弘)

                               (以上、12団体)




第1 意見書の趣旨

1 生活保護制度の形骸化を招く市長会案の撤回を求める。

生活保護の有期化や医療扶助一部負担等を内容とする指定都市市長会の生活保護改革案は、やっと生活保護による救済が始まった失業者やワーキングプア層を生活保護から排除する危険な構想である。

生存権を保障した憲法25条に明確に違反し、生活保護制度という最後のセーフティネットを事実上崩壊させ、餓死者などを出しかねない重大な結果をもたらすものであり、断じて容認できない。市長会にはこの改革案の撤回を求める。



2 生活保護利用者の増加は雇用状況の悪化や、低額な年金など社会保障の不備が要因で

ある。貧困の拡大のもとで求められているのは、生活保護の有効活用である。

生活保護利用者の増加は、失業率の高止まり、非正規雇用の増大や社会保障制度の不備等を要因としており、生活保護制度に問題があることが原因なのではない。生活保護制度は増大するワーキングプア(働く貧困層)をはじめ、生活困窮者の救済には欠くことができない制度である。また日本の貧困率(標準的所得の半分以下の所得人口15.7%、6.4人に一人が貧困状態。2009年10月厚労省発表)や捕捉率(生活保護費未満の低所得者で、かつ貯金無しの世帯中、現に保護を利用している世帯は32%。2010年4月厚労省発表)から考えれば、もっとその役割を果たさなければならない。

現在求められているのは、労働者派遣法の抜本改正など企業に雇用責任を果たさせること、さらに、失業給付や年金の充実など社会保障の充実とあわせて、生活保護も最大限に有効活用することであって、その制限ではない。



3 財政負担増は国家責任により解決し、自立支援は期限を切らない支援計画によって行うべきである。

生活保護費の負担軽減の方策は、有期保護によって、生活保護から利用者を追い出すことに求めるのではなく、市長会も要望している通り、生活保護に至る前段階での第2のセーフティネットの充実等によるべきである。また、同会も要求しているように、もともと生活保護は国家責任の制度であること、またリーマンショック以降の雇用状況の悪化は国全体で起こっていることから、国が生活保護費の全額を負担することによって解決しなければならない。当会議の見解とも一致するこの方向での運動を、市民とともに強化することが重要である。

また、生活保護利用者の自立支援は、長期的な支援計画の下で、働く場を用意することも含め、資格等を獲得していくステップバイステップの取組が有効であることが明らかになっている。また、公的就労の充実がなければ、自立支援は有効に機能しない。

期限を切って利用者を追い詰めるのではなく、このような取組によってこそ、正規雇用など安定した就労に就くことができ保護からの安定的脱却が可能となる。



第2 指定都市市長会生活保護制度改革案の検討

1 改革案の概要

改革案のもとになった骨子案が大阪市のホームページに掲載されており、本意見書では、この骨子案を検討することにする。

骨子案は、(1)制度の抜本的改革、(2)生活保護の適正化、(3)生活保護費の全額国庫負担という3つの柱で構成されているが、本意見書では、(1)の抜本改革と、医療費の一部負担化について検討する。

「制度の抜本的改革」の内容は、基本的に2006年の全国知事会・市長会の「新たなセーフティネットの提案」をベースに、①ボーダーライン層への「雇用・労働施策」、②稼働可能層を対象にした「有期保護」と「集中的かつ強力な就労支援」、③高齢者層に対する「年金制度と整合する生活保護制度」という3つの柱で構成されている。「稼働可能層対策」の内容の中には、「就労へのインセンティブが働く制度設計」、「稼働年齢層で就労できない場合には、自立支援の一環として社会奉仕・貢献へ参加」などが列挙されているが、基本的には、期限を定めて就労を迫り、期限が来ても就労できない場合には、いったん保護を打ち切り、その上で、「自立支援の一環として」の社会奉仕・貢献を行うことを条件に保護の継続があり得るような運用が想定されている。


2 改革案の問題点

 骨子案は、生存権を具体化した生活保護法の変質をもたらすと言ってよい重大な問題を含む。明らかに憲法違反の提言である。


(1)改革案の基本認識  ~貧困の自己責任化、生活保護「問題」論

 骨子案の最大の問題点は、あたかも、集中した支援があれば、一定の期限内に、失業等による保護利用者は誰でも、就労により生活保護から脱却できるかのような前提に立っていることである。骨子案には、貧困は個人の責任であり、利用期間を切った「支援」によって、個人が頑張れば克服できるという考えが根底にあると思われる。

しかし、貧困の拡大が、失業や非正規労働の拡大という、個人に責任のない雇用の問題に大きな原因があることは明らかである。依然として、失業という蛇口は全開状態のままである。にもかかわらず社会保険などのセーフティネットや2009年から実施されている第2のセーフティネットも十分に機能していないから、最後のセーフティネットである生活保護利用者が増大しているのである(いわゆる「すべり台社会」)。生活保護制度に問題があるわけではない。反対に、派遣切りされた労働者や失業者は、生活保護によって辛うじて救済されているのが現実である。

現在必要なのは、派遣法等の改正により失業の「蛇口」を閉め、生活保護に至らない段階での第2のセーフティネットの充実を図り、生活困窮者を生活保護できちんと受け止め、さらには、公的就労の場を創出することも含めた自立支援策を強化することである。


(2)有期保護の問題点 

ア 憲法25条、生活保護法2条違反

基本的人権である生存権を予め期間制限することはできない。生活保護法2条の無差別
平等の原理は、困窮に至った原因を問わずに経済的な困窮状態に着目して保護が利用できることを保障している。経済的に困窮している市民に対して、「あなたは受給期間3年ないし5年が終了しているからもう保護は受けられない」とはいえないはずである。

イ 生活保護が有期化されれば、最後のセーフティネットがなくなる

雇用の崩壊が改善されない下で、生活保護が、最初で最後のセーフティネットとなって
いる。その生活保護が利用期間が過ぎたからもう使えないということになってしまっては、
後には救済できる制度は何もなく、生活困窮者はたちまち生存の危機に瀕することになる。


ウ 3年~5年で貧困から脱却できる実証的な根拠がない

骨子案は集中的な支援によって保護利用者は5年で自立せよという。しかし、これは現
実的には5年経過したら貧困のまま放り出されることを意味する。1996年からアメリカで実施されている5年有期保護であるTANF(貧困家庭一時扶助)の施行後、保護率は急激に減少したが、半分ほどの元受給者は貧困状態のまま放置されている。日本においても生活保護の就労支援を行なっても8割が保護から脱却できていない(2008年1月1日「読売新聞」)。
 アメリカのフードスタンプ(食料の現物給付)のような制度のない日本でこれを導入すれば、より悲惨な悲劇を招くことは明らかである。


エ 実効性のある自立支援とはまったく逆行

現下の雇用情勢の下では、適切なアセスメントを踏まえた、段階的、ステップバイステップ(一歩一歩)の視点による、しっかりしたキャリアアップの取組が不可欠である。北海道釧路市、京都府山城北福祉事務所など厚労省も推薦する先進的な取組みはそのことを示している。期間を切ればうまくいくものではなく、保護利用者を追い詰めるだけとなってしまう。


(3)医療扶助一部自己負担化の問題点

 骨子案では制度の詳細は不明であるが、もし、医療扶助の利用者一部負担化であるとすれば、最低生活を割り込む一部負担を生活保護制度に埋め込むことになり、これも憲法25条に明確に違反する。また、多大な受診抑制をもたらし、利用者の医療を受ける権利を正面から侵害することになる。

生活保護に至る原因の4割は病気である。また生活保護利用者の9割は何らかの治療を行っている。病気と貧困は現代でも密接な関係がある。生活保護利用者の病気の治療を保障し、健康を回復し、自立を進めるためには、医療へのスムーズなアクセスと治療の継続は不可欠である。このような権利を侵害する医療扶助一部負担化はけっして容認できない。

 この構想が、たとえ保護利用者が医療機関受診時にいったん一部負担し、後に福祉事務所から償還される制度を想定しているものであっても事態は変わらない。最低生活しか保障されていない利用者にとっては、後で戻ってくるとはいっても、受診時の一部負担があるために、受診から遠ざかることになってしまうのは明らかである。


以 上