山茶花談

さざんかだん

2018-09-14 | 中原中也



錆(さ)びつく鑵の煙草とりいで

月は懶(ものう)く喫つてゐる。



(中原中也)

※ 「月」より モノプリント・ペン 2007年




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椅子

2018-08-14 | 日誌


毎日きびしい暑さと湿気が続きますが
そんな暑さの中でも、
湿気のせいで元気がない植木鉢の植物たちとはちがって
おひさまの下、土にすくっと立っている植物たちは元気ですね。

ローズマリーは湿気をものともせず
炎天下毎日すこしずつ背丈をのばし
木々は秋に向けて
豊かな実をびっしり葉の下に付けています。

人の世界もお盆をひと区切りに
植物や小さな生き物が秋に向かっているように
自分の体を感じたいなと思います。

先日、夫とデンマークの家具の展覧会を見に行ってきました。
木工を学んだ夫は、日頃から椅子が大好きです。

椅子の背もたれの棒がクジャクのかたちからデザインされていたのも
元は中国の椅子の背もたれの部分を変えたものだそうで
中国→ドイツ→各国・・といろいろな国のデザインが混ざって
名作ができているのも面白いですね。

昔、仕事で出張の帰りに青山の家具店に立ち寄ったとき
上の階の立派な書斎に座っていた男性が
部屋の中の椅子に座ってみてください、と勧めてくれました。

アメリカの大統領が使っていた椅子や
とても高価なものばかりだったので気後れしてしまいましたが
そのお店の、ある女性のお客様は椅子を一脚買って、
またお金が貯まったらもうひとつ椅子を買う、
ひとつの椅子を長年、大事に大事に使うんです・・とお聞きした話が
印象深く思い出に残っています。

椅子の生活に変わってきた日本の新築の家ですが
時間をかけてすこしずつ
自分の家の家具をそろえていくのもいいですね・・。



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ウイリアム・モリス

2018-07-30 | 日誌


先日美術館で、ウイリアム・モリスと英国の壁紙展を見て来ました。
大きな額に入った壁紙のデザイン画の中に
皮にエンボスをして銅や金が塗られた
細密画のレリーフのような重厚感のある
贅が尽くされた壁紙もありました。

わたしたちの生活で壁紙というと
機械でプリントされたものが思い浮かびますが
厚い木の版で、職人の手で一版一版刷られた壁紙は
家の中が宝石箱のようです。

昔、わたしの版画を買ってくださった方が
モリスの本を和訳(共訳)されていて
ギャラリーのオーナーがいただいたその本を
譲っていただいたことがありました。

一人の王子が、世界の果ての泉を求めて
途中女性と出会い、二人でその泉にたどり着き
泉の水を飲んだ二人は祖国の城に戻ります。


この世の果てに、不死の
永遠を求めて泉にたどりついた後
もとの生活に戻るところに惹かれました。
世界の果てで、人の自我の枠を超えてしまうと
なかなかもとの生活に戻りにくいようなのですが
苦労しながらもとの世界(国)に戻り
自分の生活を再び送る・・という最後が好きです。

モリスの植物画を見ていると
日本の千代紙や着物の小紋が浮かんできて
どの国の人も意匠が好きですね。



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ナショナルジオグラフィック

2018-07-16 | ペン画


先日、図書館で、ナショナルジオグラフィックを見かけて
懐かしくなって手に取りました。
昔勤めていた会社の本棚に、仕事の資料も兼ねて
毎月たくさんの雑誌がならんでいたのですが
その中にこの本もありました。
図書館のバックナンバーの中に、ジェーン・グドールさんの特集が入っていて
つい吸い込まれるように、彼女の写真に見入ってしまいました。

タンザニアのゴンベ国立公園で(当時はゴンベ・ストリーム猟銃保護区)
チンパンジーの研究をされている彼女の昔の写真は
初めて見たときに感じたのと変わらず
なにか独特の静逸感が写真の彼女から感じられて
心ひかれる人も多いような気がします。

以前テレビで短い時間、
ジェーン・グドールさんの対談インタビューを見て
彼女の出した声に衝撃を受けました。
写真のように静かで細く美しい女性が
スタジオ内でチンパンジーの鳴き声を出したとき、
スタジオ内に響き渡った
わたしたち人間が喉から出す叫び声でも、歌のようにお腹から出す声でもない
野生の動物がお腹の底から出す、森中に響き渡る叫び声。

雑誌を読んで、ナショナルジオグラフィックとの深い関わり、
ナショナルジオグラフィックが撮影した
彼女の研究と彼女の森での生活の撮影内容に
具体的な指示があったことや
放映された映像の説明に
事実と反する内容もあったことなどを知りました。


世間はそのつくられたイメージを抱いている限り
私の言うことに耳を傾けてくれる・・・・
そしてそのことがチンパンジーの保護をはじめ、
私がやりたいことを実現する上で役に立つと思った、
というグドールさんの言葉。

事実から離れて動いていく、人間の世界と
まず何より、チンパンジーの森での暮らしが保護されることと。

現在は野生の個体にさわるのは適切でないと記されていた
グドールさんがチンパンジーに触れ、
また、触れられている写真は
人の言葉が入れないような、静かな世界でした。


※ 「ゆりかご」 ペン




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牡丹と青桐

2018-06-28 | 日誌


白牡丹というといえども紅ほのか

ある庭で白い牡丹を見た、白い牡丹といっても・・・という映画監督の黒澤明さんの
言葉に次いで挙げられた虚子の句です。

花の名随筆集という本の中に収められたもので
黒澤さんが友人と一緒にたまたま見た、庭の白い牡丹と青桐。

紅い着付けの上に白い水衣をつけているような牡丹、と
枝をきれいに払われた空を突っ切って立つ青桐から
自然に謙虚でなければならぬ、と感銘させられたそうです。

同じ場所で、同じものを見た友人も
不思議とまったく同じことを述べていたそうで
その後二人で話し合ったという内容。

黒澤さんが一口にいうと
柳は緑、花は紅、ということだと書いていました。
牡丹は牡丹の美しさ、青桐は青桐の美しさに徹していて
そのもの独自な生命に徹していないものは、自然の中に絶対ない、

・・そこから映画の話につながるのですが
いい映画は最も映画的である以外にはない、
日本映画が底をついた原因は、映画は映画であるというわかりきった真実を
間違った意識でふみにじった結果だ、と言われるのですが
わたしは映画にあまり詳しくないので難しいです。

ただ先日、熟練のガラス作家の方の作品を一堂に拝見する機会があって
長い時間手がけられてみえた高い技術と
鮮やかな水彩絵の具のように、透明なガラスに落とされて染みた色ガラスに
作家の方への尊敬と
自分の制作への、随筆と似たような反省を感じました。

随筆の最後に黒澤さんが挙げたもう一句

ちりて後おもかげにたつ牡丹かな

蕪村の句のような映画がもし出来たら、胸がドキドキする・・と。
昔ふらっと入った名古屋の地下の映画館で観た「まあだだよ」で
わたしはとてもドキドキしました。


最初、図書館でこの随筆本の美しい装丁に目がとまったのですが
高松松平藩の藩主松平頼恭が絵師に描かせた写生画帖の植物画で
くらげや魚類も有名ですね。
わたしも植物学の採集に描かれた植物画が好きなのですが
この小さな淡い黄色の花の外枠を白でくくってあるのが
とてもモダンだなぁ・・と
素敵でした。




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