林住期に突入!何処に住む?何処をめぐる?

仕事や世間から自由になり、己の人生を振返り森や林の自然を感じ静かに生きる林住期に突入!さて、何処に住み何処を巡るか?

夏、京都、祇園祭!!

2022年07月26日 | Weblog
関西に居を移したからには、
行かねばならぬ
夏の京都を代表する「祇園祭」、
やっぱり行きたい!!

2年ぶりということで、かなりの人出が予想される。

ということで、
後祭に、行くことにした!
後祭は7月24日に、橋弁慶山(はしべんけいやま)を先頭に
山鉾11基が順番に、烏丸御池から出発(9時30分)し、
御池通りから河原町通り、四条通りを巡行する。


そして、
スタートより1時間ほど前に行き、
準備スタンバイする山鉾たちを見に、
新町通に!

この細い道に、出番を待つそれぞれの山鉾がいました!

「北観音山」



破風の彫刻や欄縁、柱の金具細工の精巧さが華麗な山。




「南観音山」


「役行者山」



三体の人形を御神体とする。人形の数が多い。

「大船鉾」

神功皇后ゆかりの鉾ということで、美しさ随一。


それぞれ特徴ある姿を間近で見る。




後祭の「山鉾巡行」は
「御池通り」からスタートするので、
全ての「山鉾」が「御池通」に集合する。

烏丸御池のスタート地点に、
9時ごろから続々と山鉾が集まり、
9時半のスタートを待つ。

カメラマンもスタンバイ!


「鷹山」

在原行平の鷹狩の様子を表す山。江戸後期より休み山となっていたが、
今年2022年より巡行へ復帰。

「浄妙山」

平家物語の宇治川の合戦で、瞬間を表している。

「鈴鹿山」

盗賊が転じたという鬼を退治した鈴鹿明神の伝説に由来。
「盗難除け」の絵馬が有名とか。

「鯉山」

竜門の滝を登る鯉は竜になる『登竜門』の故事に由来。

最後尾を担う「大船鉾(おおふなぼこ)」。

応仁の乱以前からの歴史があり、大火で多くを焼失し休んでいましたが、
平成26年(2014)から復活。


そして四条烏丸のゴール地点へ。

四条通に「山鉾」が戻ってくると、
各鉾町に戻るため新町通で最後の”辻回し”が見れるということでしたが、
やはり人がいっぱいで、新町通りの中に入り、
帰りを待ちます!

「八幡山」

石清水八幡宮が祭られている山。向かい合った2羽の鳩がトップに。


”祇園祭”は、
現在の八坂神社の神事として受け継がれてきました。

2009年には「京都祇園祭の山鉾行事」は、
ユネスコ無形文化遺産に登録されています。

間近で見られた山鉾たち。

これらを準備するためには、たくさんの京都人が、
時間をかけて創り上げたのだろうと・・・

歴史を受け継ぐことに込める
京都の底力を、感じた”祇園後祭”でした!


猛暑の中、奈良・橿原市を歩く!

2022年07月10日 | Weblog
2022年7月7日、
七夕の日は、酷暑~だった!!

何故かこの暑さの中、奈良へ。

奈良盆地の南部に位置し
奈良市に次ぐ第二の都市橿原市に
行った!

50年以上前に住んでいたという
橿原市の「今井町」を懐かしむ”兄弟”に同行。

橿原市今井町は、
江戸時代に商業の町として繁栄。
その後の火災にも合わなかったため、
町並みや贅沢な商家建築が残され、重要文化財となっている。

今井まちなみ交流センター「花甍/はないらか」



大切に保存された町並みが続く。
住んでる人は大変だなと思うが・・・


代々続く酒屋があったり、

醤油醸造店でご主人の話を聞いたり、
子供のころ住んでいたのは、この辺かな??
と、記憶をたどる兄弟の話を聞きながら、

築300年の町屋を改造した茶屋で休む。

猛暑のため人も少なく、
ゆ~ったりとした時間が流れる。

その後、
橿原神宮に向かう!

途中、神武天皇陵に立ち寄り、




橿原神宮へ!
神武天皇が第一代天皇として即位されたのが紀元元年、
今からおよそ2600余年前。

畝傍山の東南、橿原の地に皇居を造り即位。
明治時代に入り、天皇の御聖徳を永遠に尊び敬いたいという思いから、
この地に神宮創建をしたという。



畝傍山を背に、荘厳なたたずまいを見せる!




橿原は、
日本の歴史と文化の発祥の地である、
と謳っている。

橿原神宮前駅に置かれている
”幸せを呼ぶ"黄色いポスト。