しいたけの伊豆高原情報と放浪旅

(伊豆をバイクで回って10年、伊豆高原に住んで26年目に突入、いろんな事がおこりますねえ!)

横浜:ドンドン商店街は寂れる一方です

2022年01月15日 | 雑感&放浪

・      【昔の栄華を誇ったドンドン商店街です】

(横浜には松原商店街、横浜橋商店街と庶民の市場は多いのですが、店舗も少ない商店街もあるのです)

この商店街にある八百屋さんの戸板を外して運ばれていったおバカさんがいたのでした、信じてもらえないでしょうが

決して僕ではないです

(寮の新入生歓迎コンパでしたたかに飲まされるストームと称する飲み会が繰り返されていました)

・       【商店も少ないしアーケードもありません】

ここは保土ヶ谷に抜ける裏道が通っているのですので車の通りはあります、昔は喫茶店もあったし、洋品店等も並んでいました

(南太田のドンドンの名前は横浜に住んだ人なら一度は聞いたはずで歴史のある商店街でした)

・ 【学校がバリケードで封鎖された時も出前のお兄ちゃんだけが学内に入れたのです】

当時は各セクトも学内で共存していて、僕から見れば呉越同舟のような按配でした、次第に陰惨な内ゲバ事件が起きて寮での

安穏した暮らしが出来なくなってしまいました

(夜明けに窓ガラスが破られ、鉄パイプを持った者達につるし上げを食らった恐怖は忘れられません)

・        【学校は高校になっていました】

建物は暫く間立っていましたが、今は門柱だけになりました、内ゲバが激しくなって僕は寮をでてママの所に

逃げ込みました

(鎌倉の教育学部、弘明寺の工学部が統合されて今は一つのキャンパスとなって移設されました)

・        【名残の石碑が立っていました】

石碑だけが昔を思いださせてくれます

・      【学校の隣にあった寮も無くなってます】

寮は取り壊されて新しく建物が建っていました、周りの木々だけが思い出となって残っていました

・    【建物は無くなってますが立木は残ってました】

2階の廊下にあった穴から1階を通り越して地面が覗けるぼろぼろの木造建物でした、兵舎のような建物が向かい合って

2棟立っていました、皆が驚くようなトイレがあって排泄物が便器を通り越して小山のように突き出ていました

悪臭が包み、背の低い排泄物の山を選んで、床が今にも落ちそうで宙づりにでもなった不安定な個室で用を足していました

でも若さというのは苦にならないものです

(遅れてきた僕の青春の1ページでした)

昨日は雨でしたから伊豆には来れませんでしたが、ママは電車で前日にはついておりました、冬の雨はスクーターでも寒くて

堪えられません、朝方は晴れてはいますがシートが凍っていてごわごわになっています、シートの氷を剥がしていざ出発です

ヘルメットがフルフェイスでないので風が回ってきて寒く感じます、西湘バイパスは工事中ですから無料の大磯で降りていきます

ので猶更時間が掛かります、道は比較的に空く水曜日ですから後は順調です、伊東のマリンタウンを覗くと車中泊のベテランYさん

が来ていましたので情報交換でした、赤沢の露天風呂がロープでシャットアウトです、徒歩で行けば入れるそうです、ぬるい温泉の

あまり湯が間欠泉で出ていて無料のお風呂なのです、今は足湯の看板になっています、かつてこの風呂に長風呂で集っていた者としては

懐かしい情報でした、他にもマリンタウンにはベテランの車中泊の人も来ていましたが話題豊富なYさんの話だけで十分満足しました

(城ケ崎に行けば老人センターの温泉が待ってます、温泉に入れば冷えた体もぽかぽか再生してきました)


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