タマのブログ

70過ぎのシングル女性の日々

素封家 小西平兵衛氏のルーツを探しに

2016年03月02日 | お出掛け

 春とは言え、未だ風の冷たい今日、何とか〔小西平兵衛〕氏の情報を得たい欲求に駆られ,朝早くから張り切って堺筋本町の大阪産業創造館の地下にある大阪企業家ミュージアムと池田の歴史民俗資料館を尋ねてみました。

 

大阪企業家ミュージアムは,最近のNHKの朝の連続テレビ小説を反映して、入口には大阪の繁栄を最初に築いたと言われる『五代友厚』氏の胸像、大きな写真が目を引きました。私の個人的な感想で恐れ入りますが,テレビの俳優『ディーンフジオカ」さんのハンサムなのに驚きましたが,何と本物は,ずっとずーっとハンサムでした。写真を撮ってくれば良かったのですが,その場の雰囲気でそんなことは出来ませんでした。その中でやっと探し当てた(職員の方のご協力を得て)〔岩井百年史〕「日商岩井の前身〕〕の中に、《明治十年代の大阪の貿易商人達》小西さんのお名前がありました。

「明治十一年大阪商法会議所設立当時の、大阪における洋品取扱者の著名なものを上げると次の通りである。と十四名の名前と自宅住所が掲載されていました。

ご自宅は大きな邸宅であると書いてあるのも見ましたが、別宅を五軒ぐらいお持ちであったようです。私の町内に在った別宅は、大きな白い塀に囲まれた広いお宅でした。私が幼い頃には、中に一族の方であろうと思われる年取ったお婆さんが鶏を飼って、卵を販売しておられました。

今では辿ることも出来ないですが、住所は〔大阪市東区伏見町五丁目〕となっていました。昔船場と言った所では無いでしょうか

やっと得られた情報に満足して、池田の図書館と民俗資料館を尋ねてみました。

 

そこで戴いた〔大阪府下 池田町便覧〕には、吉田町の公民館開館に掛かり、和漢の書籍二千四百冊、洋書百数十冊を臣民教育の普及向上を補翼すると書いてありました。後にご寄付戴いた〔細河文庫〕篤志家としての小西平兵衛氏の足跡を辿るつもりです。

何れの所でも毎日のルーチンワークのお忙しい時間を割いて、私の勝手なお願いに対応して下さいました。紙面で心からのお礼を申し上げさせて戴きます。

何の為に何をしているのかと思われる方もおありだと思いますが、私は〔細河文庫〕の所で書きます。

篤志家〔小西平兵衛〕氏に感謝する人々の一人として此処に深く御礼申し上げます。

 


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