無明長夜もかくばかり…

食のこと、家族のこと、ペットのことや日々の雑感… 
手探りをしながら、書き綴っていきたいと思います。

漫画の神様

2006-07-24 | 趣味


娘の誕生会での事。
将来は漫画家になりたいという娘に向かって
例によって義母や、いつもの印刷屋の社長らの
例によってお小言めいた説教に近い、アドバイスが始まった。

実は義母の姪、ニョウボには従兄弟に当たる女性の旦那さんが
漫画家だということを最近知った。
大変申し訳ない話だが、オレは全然知らなかったのだが
名前を挙げれば、結構有名な漫画家なのだという。
叔母がその著作を送ってくれたのだが、なるほど言われてみれば
マニア受けのしそうな作品だが、叔母の話によると
この作品で家を建てたというので、売れっ子であることは間違いないだろう。

オレも漫画家を夢みた時期があった。
年を重ねるにつけ、自分には漫画家になる才能がないという結論に達したが
それでも「絵を描く」ことを学ぶ学校に行き、そういう仕事にも就いた。
友人にも漫画家が居て、縁あって仕事を拝見したり
締切間近になって、仕事の手伝いをさせられたこともある。
漫画家の仕事というのは大変な作業である。
絵を描く才能はもちろんだが、話を作る才能も必要だし
何よりも机に何時間も向かってコツコツと描き続ける根気
そしてそれに耐えうる体力と、数え上げたらキリがない。

漫画家は漫画ばかり読んでいたってダメである。
漫画の世界だけ知っていればいいというワケじゃなく
上質の小説も映画も観なければならないし、何よりも「今」を知らないといけない。
もちろん漫画家に限ったことではないが。

「じゃあ、誕生日のプレゼントに『紙の砦』を買ってやる」

誕生会の席で、娘に約束してしまった。
『紙の砦』は、“漫画の神様”手塚治虫氏の自伝漫画だ。
第二次世界大戦時代、学生だった手塚少年を描いた作品は何編かあるが
その中でも『紙の砦』は大傑作だと思う。
漫画を描くという行為さえ「非国民」と言われた戦時中
大人達の目を盗んで漫画を描き続けた手塚少年の話は
漫画家になろうかという娘にとって、読んでおいて損のない作品だと思ったからだ。
同じく戦時中を生きた漫画家の自伝的作品に、
ちばてつや氏の「屋根うらの絵本かき」、「練馬のイタチ」も傑作だ。
ちばてつやさんと言えば「あしたのジョー」が有名だが
上記作品に加え「蛍三七子」「あるあしかの話」等、
短編に珠玉の名作が多い。それも併せて、娘に読ませたい。
オレは早速池袋にバイクを走らせた。
池袋最大の書店「ジュンク堂」に行ってみると、手塚治虫コーナーが設けてあり
お目当ての『紙の砦』を発見したまではよかったが
立ち読み防止対策から、ビニールでパックされており、
『紙の砦』以外の収録作品が分からない。
オレが実家に持っているものと違うため、暫く悩んだ。
『紙の砦』以外にも、やはり戦時中の話を描いた『すきっ腹のブルース』や
『ゴッドファーザーの息子』なんかも面白い。
こうなるともう制御が効かなくなってきて
アレも読ませたい、コレも読ませたいという思いになってくる。
とりあえず『紙の砦』を押さえておいて、『練馬のイタチ』を探すのだが
コレがなかなか見つからない。
プレゼント用にラッピングをして貰いたかったので、出来るならまとめて買いたい。
一旦ジュンク堂を出て、池袋界隈にある漫画専門店を探し歩くのだが
この漫画専門店というところ、手塚治虫作品やちばてつや作品の品揃えが薄い。
いわゆるマニア向けというか、オタク向けの品揃えなのだろうか。

漫画に限らず、小説であれ音楽であれ
まず基本を押さえておきたいというのが、オレの考え方で
この人ならこの作品、このミュージシャンならこのアルバム
もっと言えばジャズならこの人、ブルースならこの人という風に
基本中の基本を知りたいというのが、オレの正しい関わり方なのだが
しかしそれは結局、今のヒトタチにはドーでもいいことなのかも知れない。

漫画家になりたいヤツが手塚治虫を読まないでドーする!

などと鼻を膨らませてみたって、悲しいかなもう仕方のないことかも知れない。
漫画専門店での手塚治虫の扱われ方を見れば、それは一目瞭然だ。
むしろジュンク堂や、芳林堂といった老舗の方が大事に扱われている。
結局、ちばてつや作品は手に入らず、とうとう高田馬場の芳林堂まで来て
『紙の砦』『ゴッドファーザーの息子』の2冊を買って、ラッピングして貰った。

うちの娘は、この年代にしては好みが変わっていて
今時ちばあきおさんの『キャプテン』だとか、
魔夜峰央さんの『パタリロ』なんかを好んで読んでるくらいだから
イマドキのオタクの皆さんよりは、古いものにも理解はあるのだが
オレ自身にも言えることだが、薦めらるものは受け入れがたいと言うか
後回しにするというか、天の邪鬼なところがある。
やっぱり自分の目で見て、自分で選び、自分の判断で
自分の金で買った作品の方を優先してしまうものだ。

オレが結婚して、自宅から持ち込んだ手塚治虫さんの『火の鳥』や
『ブッダ』なんかは、見る影もなくらいボロボロにされてしまった。
見方を変えれば「擦り切れるほど」読んだわけで、それは本望ではあるが
綺麗に揃えたものを、雑に扱われるのは気持ちがよろしくないのも事実。
だから今も実家の書棚に眠る、古くて価値のある手塚治虫作品などは
絶対に持ち帰らないようにしている。
もう少し本というもの自体を大事に扱ってくれるようになったら
これらの作品も見せてやりたいと思っている。

漫画の神様の残してくれた、大事な遺産。
その輝きは時代を超えても色褪せることなく永遠である。