【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫

2chの佐々木スレに投稿されたssの保管庫です

佐々木スレ3-236 修学旅行の思い出

2007-04-18 | 修学旅行ss

236 :1/6:2007/04/18(水) 00:28:15 ID:T769S7bT
「俺の修学旅行の話?」
春先にハルヒ超編集長様の勅令を受け各方面に多大な迷惑と話題を振りまきつつ出版された
文芸部小冊子を何を思ったか読んでいた古泉だったが、ふとした拍子にそんな事を聞いてきやがった。
やめとけよ、そんなの聞いたって別にろくなもんじゃないぜ。
「そうでしょうか?」
ふっと笑ってみせる古泉。相変わらずキザったらしいが、悔しい事にこいつにはよく似合ってる。
それに、もう見慣れちまったいつもの笑いだ。
「少なくとも僕にとっては有意義ではあれ無為ではありませんね。
 あなたの記憶にある『彼女』の話……できればもっと知りたいと思いまして」
「佐々木、か……」
しかし何だ、その聞き方は。まるで尋問されてるみたいで気分が悪い。
「失礼しました、確かに『機関』の一員である僕としましては、尋問も辞さない立場でしょうね。
 ですが、今のは純粋に一個人として、あなたの友人としての僕の好奇心からのものです」
お前が俺の友達だったとは初耳だな、古泉――冗談だ、そんな泣きそうな顔をするな。
まあしかし、例えこいつが唯一無二の親友だったとしても、俺にだって記憶の奥底の宝石箱に
隠しておきたい、他人に見せたくない思い出の一つや二つはあるものだ。
「お前にゃ悪いが、今回は諦めてもらおうか」
言ってやると古泉は申し訳なさそうな笑顔を浮かべて肩を竦めた。
「まあ、仕方ないでしょうね。あなたの個人的な領域に踏み込んだ事はお詫びします。
 しかしもしもあなたが話したくなった場合、僕にはいつでも伺う準備があると、そう思っていてください」
まったく、こっちが嘆息したくなるくらいに殊勝な事だ。誰に頼まれたわけでもなかろうに。

中学の修学旅行か――
古泉にああは言ったが、俺の思考は我知らず二年前の冬のあの日へと飛び立っていた。


238 :2/6:2007/04/18(水) 00:29:20 ID:T769S7bT
大体において中学高校の修学旅行なんてのは生徒の自主性を尊重などと云々している割には
それほどの自由度がある訳でもなく、メインプログラムを辿ればそれは泊り掛けの社会科見学と言っても
概ね誰もが頷くところであろう。美術館に博物館、歴史的建造物に有名観光所。
誰もが思い浮かべるような堅苦しいコースだ。まったくもってつまらん、などと心の中で愚痴りながら、
俺たちはライトアップされた美術品の群れの中を練り歩いていた。
おっと、説明が遅れたな。とはいえ察しがよければ既に判っている事であろう、ここは美術館。
修学旅行二日目午後の全生徒参加プログラムだ。初日の夜から同室の連中はバカやってハメを外しまくり、
その煽りを食らった俺も、歩きながら眠りかけていたりと、かなりヤバイ状況である。
ま、実際俺もそのバカを楽しんでやってた一員であるので、眠いのはどう考えても自己責任だ。
昨夜の事を思い出していると、欠伸が出た。やれやれ。
「眠そうだね、キョン」
隣を歩いている国木田から声を掛けられた。こいつはこの美術館という場所をこいつなりに楽しむ術を
知っているらしく、ずっと興味深そうな視線を周囲へ振りまいていた。
「そういうお前は楽しそうだな」
「滅多に来られるところじゃないしね。遠くだから尚更だよ。
 それに、帰ったらレポートを書かないといけないだろう? 嫌でも見ないわけにはね」
ぐわ、すっかり忘れていた。言われてみれば各見学地の感想文を書けとか言う世にも馬鹿馬鹿しく
無意味極まる宿題があったのだ。まったく、一介の中学生なんぞに如何なる感想などを期待しているのやら。
「凄かった、綺麗だった、感動した」とやらでも通してくれるのかね。
忌々しい旅行後の宿題を恨みながら見学コースを進んでいた時、うちの学校の女子グループとすれ違った。
その中に一人、溢れんばかりの好奇心と歓喜の輝きを両目ににじませて、何やら喋っている女子がいた。
耳をそばだててみると、何やら展示品に纏わるあれやこれやのエピソードを話しているらしい。
随分と勢いのいい奇特な生徒がいたものだ。うちの学校にあんなのいたか?
「ああ、1組の佐々木さんでしょ。彼女らしいよね」
何だ国木田、お前が他所のクラスの女子に詳しいとは意外だな。
「うちの学年じゃ目立つ子だからね。博識なだけじゃなくて、頭もいい。それに何より可愛いしね。
 ちょっと変わってるところもあるけど、学年不問で男子には隠れファンも多いらしいよ」
「へえ……」
国木田の言葉を聞きながら、俺は佐々木の方をちらりと振り返った。楽しそうだな、あいつ。


239 :3/6:2007/04/18(水) 00:30:37 ID:T769S7bT
「さて、一通り観て回ったけど、どうする?」
伸びをしながら国木田が聞いてきた。
「そうだな……俺、もうちょっと観直してくるわ、宿題の事もあるしな」
「判った、じゃあ、また後で」
おう、と返事し、国木田とは別れた。さて、どこから観直したものか――などと思っていたものの、
アテも無いのではどこをどう観たものでもない。ぶらぶらと歩き回り、我知らず辿り着いた
そのブースにあった立体展示の前、さっきの女子がいた。確か国木田は佐々木と言っていたか。
「よ」
クラスは違ったが同じ学校の人間を無視するのも何だと思ったのか、俺は声を掛けていた。
佐々木は突然声を掛けられた事に若干戸惑っていたようだが、俺の制服を見て同校の生徒と判断したのだろう、
「やあ。キミも一人なのかい」
そう返事して、俺の顔を見上げた。黒く輝く双眸が俺の視線と絡む。
「まあ、な。宿題の事もあって展示を観直しに来た、ってとこだ。一緒にいた連中は?」
「彼女たちは先に戻ったよ。今は班で残ってるのは僕だけだ――好きなんだ。
 美術館とか博物館とか。人間の技術や叡智が結集しているこの空間がね」
そうか、と俺が答え、その後俺も佐々木も黙り込んだ。しばしの沈黙。
何とはなしに、俺は目の前の展示物を眺めていた。こいつは『考える人』だったか――
「キミはこの『考える人』の由来は?」
黙想していると、そう佐々木に問われた。知っているか、と言う意味でなら、ノーだな。
このおっさんが裸で何処で何を考えていたかなど、知る由も無い。
「そうか」
佐々木はくっくっと言う妙な笑い声で笑った後、この永久思考人型像の来歴について語りだした。
「元々これは『詩人』という名前で発表された作品なんだ。『地獄の門』という作品の一部としてね。
 ――ああ、『地獄の門』自体は屋外に展示があったから、後で観てみるといいよ。
 この像自体については特にモデルはいないようだが、作者であるオーギュスト・ロダン自身か
 或いは『地獄の門』が出てくる叙事詩『神曲』の作者であるダンテである、と言う説が有力らしいね」
『神曲』ってのは聞いた事があるな。確かダンテが地獄へ行ったり天国へ行ったりするんだろ?
あの話ってのは自身の体験談のつもりだったのか?
「さてね。まあ聞くべくも無いが、ダンテ本人に問い質したならイエスであると答えるかもしれないね。
 ――キミは『地獄の門』に書かれている言葉を知っているかい?」


241 :4/6:2007/04/18(水) 00:31:40 ID:T769S7bT
「『この門をくぐるもの、一切の望みを捨てよ』とか、そんなのだったか」
「よく知っているね、大体そんなところさ。さて、それを命題としてちょっと考えてみようか」
命題って。俺は数学は苦手なんだがな。
「まあそう言わないで、ちょっと付き合ってくれないか。命題論理については?」
「数学でやったやつだろ? 『pならばq』という命題に対して『qならばp』が逆、
 『qでないならpでない』が対偶……何かもう一つあったよな」
「裏のことだね、『pでないならqでない』。今はそれぞれの真偽については忘れよう。
 まずは逆かな。『一切の望みを捨てよ、汝はこの門をくぐるもの』
 次に裏。『この門をくぐるものでないならば、或る望みを捨ててはならない』
 最後に対偶。『或る望みを捨ててはならない、ならば汝はこの門をくぐるものではない』
 まあ、こんな感じか。さて、ここからちょっとした面白い事が導ける」
何だそれは。証明問題は数学の中でも俺の最も苦手とする分野だ。勘弁してくれ。
「『或る望み』を持っているものは『地獄の門』をくぐる資格は無い、という事さ。何だと思う?」
そんなもん知ったことか。俺は中世ヨーロッパ人でも無ければクリスチャンでもない。
「うん、着眼点は悪くないね」
佐々木がくっくっと笑う。癖なのか、その笑い方?
「いみじくもキミが言った『クリスチャン』――彼らにとって一番大切な事とは?」
「――神にすべてを委ね、祈りを捧げよ。ってところか?」
「そう、『神を信じる』事だろうね。神を信じぬものは地獄へ落ちる、なんてよく聞く言葉だが、
 僕はこの『地獄の門』の文句はそれの命題論理的変形なんだろうと、そう思ったよ。
 14世紀頃のヨーロッパなんて普通に教会の権威が幅を利かせていた頃で、学問の発展も
 教会の後押しなしには無かっただろう。当時盛り上がりを見せていた論理学を感じさせる
 この文句を教会が利用しようとしたって、何の不思議もないだろうからね」
呆気に取られながら俺は佐々木の話を聞いていた。予想以上にこいつは変な女だとしみじみ思ったが
その一方でこんな考え方をする佐々木に俺は我知らず興味を覚えていた。
「妙な考え方をするヤツだな。お前はオカルトとか好きなの?」
「まさか。僕は宗教的事象には興味が無いよ。ナンセンスだからね。どこの宗教への信心も無い。
 大体今の話だって、今ここで即興ででっち上げた適当な解釈さ」
お前、そんだけ話して適当って。付き合わされた俺の身にもなってくれよ。


242 :5/6:2007/04/18(水) 00:33:03 ID:T769S7bT
「申し訳ない、キミが話に乗ってきてくれて、つい楽しくてね」
くくっと笑う佐々木。くそ、俺、からかわれてんのかな。
「悪気はないんだ、謝るよ。どうか気を悪くしないでくれないかな。
 ――まあ、僕にとっては宗教というのもただの学問の一門、だね。世界中の偉人たちが何を思い、
 どう行動したか。その原理が宗教に根差すものならば、それを理解する事は決して損じゃないと、
 僕はそう思っているよ」
佐々木の言葉を聞いて、正直俺は感心した。俺にとっては宗教なんてものはただの胡散臭い何かだ
とそう思っていたが、なるほどこいつのような解釈の仕方もあるのか。
「――さて、おかしな話をして随分とキミの時間を取ってしまったね」
時計をちらと見ながら、佐々木が言った。
「見学時間ももう三分の二程度が消化されている。キミは宿題の為に再観覧したいのだったね。
 もし良かったら僕も付き合おう。美術品に関するキミの疑問にもある程度答えられると思うよ」
「そいつはありがたいが――いいのか?」
「構わないよ。どうせ集合時間まで持て余しているのはキミも僕も同じだろうから」
くくっと笑って、佐々木は俺の手を引いた。肌に伝わるしなやかな感触と、少し冷たく感じる体温。
「お、おい」
「ほら、急がないと集合時間になってしまうよ」
その後、何やら嬉しそうな表情で手を引く佐々木に俺は見学時間一杯に美術館内を遍く引きずり回され、
なりたての学芸員と化した佐々木の衒学的嗜好を嫌と言うほど味わうハメになった。
――俺は美術館というのはこんなにも楽しい場所だったのかと、この時生まれて初めて思った。

「ありがとうな、佐々木。お前のおかげでいろいろと勉強になった」
「気にしないでいいよ――好きだからね」
くっくっと悪戯っぽく笑う佐々木。こいつ本当に美術館とか好きなんだな。
「僕もキミとこうして一緒にここを回れて楽しかったよ。また話そう」
「おう、お疲れさん。またな」
そういや佐々木とまともに話したのは今日が初めてだったか。その割には随分と話したものだ、こいつも俺も。
「それじゃあまたね、キョン君」
そう言って手を振りながら駆け去る佐々木を見送りながら、俺は痛いくらいの心臓の拍動を感じていた。
――はは、まいったな。


243 :6/6:2007/04/18(水) 00:34:17 ID:T769S7bT
余談だが、それから俺たちは二年次のうちは特に交流を持つことは無かった。
その後三年次に同じクラスになり、同じ塾の講座を受け――まあ、それからの話はしなくてもいいだろう。

最終日のクラス別行動で、うちのクラスは今度は博物館へ来ていた。
佐々木のいない博物館は退屈な事この上なく、展示をざっと眺めた後はすっかり暇を持て余していた。
我知らず、俺はあの時の佐々木を思い出していた。
俺の手を引いてくるくると動き回り、楽しそうに展示物の解説を聞かせる俺専属の学芸員。
あの時のあいつは、本当に――


――古泉の忍び笑いが聞こえて、俺は我に返った。人の顔を見て何を笑ってやがる、こいつはよ。
「おっと、声が出てしまいましたか。これは失礼」
口ではそう言っているが、顔には相変わらずのニヤケ面が張り付いている。無礼な奴だ。
「思い出していたんでしょう? 顔に出てましたよ」
何言ってやがる、そうやって動揺を誘って聞き出そうたってそうはいかないぜ。
「それは残念、いつか聞かせてもらいたいものですね。それよりどうですか、一勝負?」
古泉が碁盤を取り出す。いいだろう、コテンパンにしてやるぜ。
ハンデの石を置きながら、今度佐々木に会ったら美術館に誘おうか、などと俺は思った。
あいつが隣にいる美術館が楽しくないわけがないのだから――


244 :243:2007/04/18(水) 00:35:31 ID:T769S7bT
お粗末さまでした。

以下、蛇足。
・美術館は上野の国立西洋美術館、のつもり
・参考資料はほとんどWikipedia
・逆,裏,対偶の辺りはまあ……あやしくて申し訳ない