内分泌代謝内科 備忘録

麻疹

麻疹についての総説
Cleve Clin J Med 2019; 86: 393-398
 
60年以上前から安全で効果的なワクチンがあるにも関わらず、米国におけるワクチン忌避や世界的な政情不安のためにワクチン接種は十分でない。そのため、最近数ヵ月で麻疹の症例数は米国内および世界で急上昇し、ワクチンによる麻疹の制御は脅かされている。
 
要点
·麻疹 (measles) は非常に感染力が強く (contagious) 、死亡する場合もある深刻な合併症を引き起こす感染症である。
 
·麻疹ワクチンは 2回接種である。1回しかワクチンを接種していない場合、感染防御のためには 1回または 2回の追加接種が必要である。
 
·麻疹の診断は、麻疹患者との接触や集団発生が分かっていて、古典的な身体所見および症状 (発熱、咳、結膜炎、鼻汁、皮疹) を認める場合は容易である。一方、ワクチン接種済の人や免疫不全患者では、臨床像が非典型的となり、診断に検査が必要になる。
 
·治療のほとんどは支持療法である。小児 (おそらく成人でも) では、ビタミン A を投与するべきである。
 
·ワクチン未接種者では重症化し得るので、ワクチン未接種の健常者でウイルスに曝露された場合は免疫グロブリンとワクチンを投与する。
 
1. 導入
 
古くからあり、感染力が非常に強い麻疹はワクチンによってよくコントロールされてきた。しかし現在、麻疹が再び地域的に流行する恐れがある。最近まで米国では麻疹ワクチンは麻疹の集団発生 (outbreak) をよくコントロールしてきた。世界保健機関による地球規模のワクチン接種計画は世界で麻疹を排除することを目標にしてきた。それにも関わらず、ワクチン反対運動 (vaccine refusal movement) および世界におけるワクチン接種展開の遅れにより、ウイルスの制御が妨げられている。
 
最近数ヵ月で麻疹の報告数が増加している。2019年1月から既に 700件の報告が上がっている。最近の報告例の 70%はワクチン未接種者であり、ほとんどは米国内の居住者である。
 
2. かつて蔓延したが、排除できた。しかし、戻ってきた。
 
1960 年代に麻疹ワクチンが開発され、実用化されるまでは米国やその他の温帯地域の国々では、毎年麻疹が集団発生していた。麻疹は感染性が非常に高いので、家庭内感染の頻度は 95%以上だった。ほとんどの場合は幼い子どもが発症した。ウイルスに感染すると終生に渡る免疫が獲得されるため、成人になるまでにはほぼ全ての人が免疫を獲得すると考えられた。
 
1846年のフェロー諸島 (Faroe islands, Ireland) における流行では、65年前の流行時に生きていた人は誰も発症しなかったが、65歳未満の人は高率に発症し、発病率 (attack rate) は 99%と見積もられた。
 
麻疹が存在しなかった隔絶された地域では成人も免疫を持っておらず、ひとたび感染するとしばしば重症化する。15世紀後半に欧州からの移住者がアメリカに麻疹と天然痘 (smallpox) を持ち込むと、これらの感染症は先住民を死に絶えさせた (decimated whole populations)。
 
過去 60年間でワクチンを広く受けられるようにし、接種を勧めてきたことで、米国内の麻疹の罹患率は劇的に低下し、2000年には排除 (elimination) が宣言された (リンク参照)。しかし、排除は完全ではなかった。2000年以降も数多くのアウトブレイクが起こっており、2019年以前の最大のものは 2000年に起こった。このアウトブレイクにおける 667例の報告のうち半数以上はオハイオ州の十分な免疫がないアーミッシュの人々だった。
 
3. 臨床像はさまざま
 
麻疹は急性のウイルス性疾患である。流行地やアウトブレイク下においては古典的な三徴 (3Cs) 、すなわち咳 (cough) 、結膜炎 (conjunctivitis)、鼻汁 (corynza) を認めた場合に疑う。
 
コプリック斑 (Koplic spots) は病初期に口腔内などに認める粘膜疹であり、赤い背景の中の青白く見える (リンク参照)。熟練した臨床医であれば、コプリック斑を認めれば特徴的な麻疹様発疹 (morbiliform rash) (リンク参照)を認める前に麻疹の診断を確定することができる。
 
皮疹は発熱が始まって数日後に出現し、感染に対する免疫反応によって起こる。皮疹は典型的には頭部から拡がっていく。
 
特定の集団では臨床像はいくらか異なる。
 
ワクチン未接種の妊婦は特に重症化しやすい。これは妊娠中は免疫が抑制されることと関係がありそうである。
 
免疫抑制状態では、麻疹は重症化しやすいだけでなく皮疹が現れない場合があるので診断も難しい。
 
1回のみワクチン接種を行った小児および成人では、症候は非典型的となる場合がある。咳嗽、結膜炎、鼻汁の他、麻疹に典型的な強い倦怠感を欠き、病期が短いことがある。
 
1963年から 1967年に使用された麻疹の不活化ワクチンを接種された人々でも麻疹の症候は非典型的で、麻疹ウイルスに対して重度の過敏性反応を来すことがある。これについては、生ワクチンを接種することで防ぐことができる。
 
4. 診断に検査を要する場合
 
全ての症候および症状が揃っている場合、麻疹の診断は難しくない。しかし、不完全にワクチン接種している場合は診断を確定するために血清学的検査や PCR が必要になることがある。
 
4-1. 鑑別診断
小児における麻疹で典型的な発熱と皮疹、さらに強い倦怠感を呈する場合の鑑別疾患としては以下のものがある。
 
i) 川崎病
川崎病の眼球結膜充血は辺縁はスペアされる。目やにはなく、呼吸器症状も川崎病の症状ではない。
 
ii) 薬疹
薬疹では麻疹様発疹を呈することがあり、発熱することもある。しかし、小児でも成人でも麻疹の他の徴候は認めない。
 
iii) 猩紅熱 (scarlet fever)
猩紅熱の皮疹は麻疹と異なる。細菌毒素による皮疹に典型的な紙やすり状の皮疹 (sandpaper rash, 触るとざらざらしている) を認める (リンク参照)。
 
iv) 風疹 (rubella)
風疹は麻疹や他の皮疹をともなう小児のウイルス感染症と比べると、呼吸器症状は軽い傾向がある。
 
麻疹の診断を確定させるためには、咽頭、鼻、後咽頭のスワブと血清学的検査のための血液検体とを州の公衆衛生研究所に送る必要がある。米国疾病管理予防センター (The US Centers for Disease Control and Prevention) が誰に対して何の検査をするべきかを教えてくれる。
 
ウイルスの培養は費用と時間がかかるので、現在はウイルス RNA に対する PCR が最も多く行われている。正確に診断するためには、PCR 用の検体は急性期に採取するべきである。
 
標準的な血清学的診断基準 (the serologic gold standard for diagnosis) は発症前後で 10-14日間空けて採取したペア血清で IgG が 4倍上昇または低下することである。IgM は病初期には陰性となることがあり、IgM が陰性であっても麻疹を除外することはできない。
 
確定診断した場合は公衆衛生局に届け出なければならない。
 
5. 合併症 (早期および晩期)
 
よくある麻疹の合併症は、気管の粘膜へのウイルス感染や細菌の重感染 (bacterial superinfection) である。
 
合併症は 5歳未満の小児、免疫がない成人、妊婦、免疫不全患者で多い。
 
典型的な合併症としては、中耳炎 (otitis media)、クループ (croup, laryngotracheobronchitis) 、肺炎
、下痢がある。
 
麻疹の晩期合併症は重度の粘膜障害とウイルスによる免疫抑制と部分的に関連している。感染症急性期から回復した後も小児では下痢と発育不良 (failure to thrive) が続き、感染後数ヵ月に渡って死亡率が上昇し得る。
 
結核に既感染の患者では結核の再活性化が起こることがあり、結核の新規感染は特に重症化しやすい。さらに、麻疹感染直後はツベルクリン検査 (tuberculosis skin test) は当てにならなくなる。基礎にビタミン A 欠乏や低栄養がある場合は疾患の (麻疹の?) 重症度は高くなり、死亡率が上昇する。
 
麻疹後の死亡はウイルス性肺炎、二次性の細菌性肺炎、麻疹脳炎で多い。
 
6. 支持療法と感染制御
 
麻疹とその合併症の治療は主に支持療法である。
 
麻疹急性期の小児では、失明や死亡を含む合併症のリスクを減らすために全例でビタミン A を投与するべきである。推奨を支持あるいは否定するデータはないが、おそらくは成人でも麻疹急性期にビタミン A を投与するべきだろう。
 
麻疹の潜伏期間 (incubation period) は 8-12日である。健常者では皮疹が出現する 4日前から 4日後まで感染性があるが、免疫不全患者ではこの期間が長くなる。感染期間に曝露された場合、最大 21日後までは発症する可能性がある。
 
麻疹は非常に感染性が高いので、入院患者には空気予防策 (airborne precaution) を講じるべきである (リンク参照)。安全に看護するためには、看護する者が適切にワクチン接種していることが極めて重要である。二次感染を防ぐための適切なワクチン接種と免疫グロブリン投与については推奨の節で述べる。免疫不全患者の場合の推奨についても述べる。
 
現在の米国における麻疹ワクチンのブースター接種の用量は 1989-1991年に米国で起きた麻疹の大規模な集団発生を受けて決められた。感染例の多くはワクチン未接種者とワクチンを 1回しか接種していない成人だった。
 
現在、麻疹が制御されている地域では、生後12-15ヶ月でワクチンを接種し、幼稚園に行く前にブースター接種を行っている。アウトブレイク下では生後 6ヶ月に 1回目の接種を行い、生後 12-15ヶ月でもう一度初回量で接種し、幼稚園に行く前に通常の用量でブースター接種を行う。
 
1957年から 1989年までの間に米国で生まれた成人のほとんどは 1回しかワクチンを接種していない。1回のワクチン接種でもほとんどの場合は免疫がつくが、全例ではない。そのため、麻疹ワクチンを 1回しか接種していない成人が麻疹の流行域 (インド、ブラジル、ブルックリン、ニューヨーク) に渡航もしくは居住する場合は、抗体価を確認 (checking a titer) せずにブースター接種することが推奨されている。
 
1989年以降に米国で生まれた人は適切にワクチン接種されていれば麻疹ワクチンを 2回接種しているので、ブースター接種および抗体価の確認は必要ない。
 
抗体価は偽陰性の頻度が高いので、ほとんどの場合抗体価測定は推奨されない。さらに、measles-mumps-rubella (MMR) ワクチンの追加接種は無害であり(ブースター効果があることは分かっている)、抗体価の確認は必要ない。医療機関では患者の安全のために医療従事者の抗体価を確認している。
 
1957年以前に生まれた人は麻疹に感染したことがあり、終生免疫を保持していると考えられる。
 
7. 現代の脅威
 
国のワクチン政策のお蔭で、2000年には米国は麻疹を制御したと考えられていた。しかし、2000年以降も流行地から持ち込まれた麻疹への曝露により、毎年少数の症例が報告され続けている。
 
2018年には大規模なアウトブレイクが起こった。このアウトブレイクが拡大した原因は 1回しかワクチンを接種していない人やワクチン未接種の人がいるためである。
 
ワクチンが広く受け入れられ、国内および国際的にワクチン政策がより良く行われない限り、麻疹を根絶 (eradicated) することはできない。しかし、ワクチン接種率が高ければ麻疹は制御できるし、究極的には根絶できる。
 
8. 推奨
 
8-1. ワクチン接種についての推奨
 
·麻疹が制御されている集団では、全ての子どもは 生後 12-15ヶ月に麻疹ワクチンを接種し、幼稚園に上がる前にもう一度接種されるべきである。
 
·麻疹流行下では、子どもは生後 6ヶ月の時点で1度目、生後 12-15ヶ月で 2度目、幼稚園に上がる前に 3度目の麻疹ワクチンを接種されるべきである。
 
·2回麻疹ワクチン接種した子どもは 1回目の接種が生後 12ヶ月以降であれば、麻疹に対して十分な免疫があると考えて良い。1回目の接種が生後 12ヶ月未満であった場合は 3回目のワクチン接種が必要である。
 
·1957年以前に生まれた成人は麻疹にかかったことがあり、免疫を持っていると考えて良い。
 
·1963年から 1967年に使用されていた不活化ワクチンを接種された成人はワクチンを 1回接種するべきである。
 
·2回目のワクチンを接種していない若い成人とワクチン接種歴不明の成人はブースター接種を受けることが推奨されている。ブースター接種前に抗体価を確認する必要はないが、抗体価が十分高いことが分かっている場合はブースター接種は不要である。
 
·医療従事者はワクチン未接種またはワクチン接種が不十分な米国居住者が (米国内または他国の) 麻疹流行地に行く場合は (禁忌でない限り) ワクチンを接種するべきである。
 
8-2. 麻疹曝露後についての推奨
 
·麻疹に対して免疫がない人 (ワクチンを 1回しか接種していない場合も含む) が麻疹患者に接触した場合はワクチンを接種するべきである。
 
·生後 12ヶ月以内にワクチンを接種した子ども (が麻疹患者と接触した場合) は初回投与から 28日以上経ったか 1歳になった時点で 2回目のワクチンを接種するべきである。
 
·感染予防 (あるいは少なくとも重症化予防) のためにはワクチンは麻疹患者への曝露から 72時間以内に接種するべきである。
 
·2回目のワクチン接種は初回接種から少なくとも 28日以上空けて接種するべきである。
 
8-3. 麻疹曝露後の免疫グロブリン投与についての推奨
 
·ワクチン接種歴がなく麻疹の既往もない人が麻疹に曝露された場合は免疫グロブリンを投与するべきである。
 
·ワクチン接種歴のない免疫不全患者が麻疹に曝露された場合は、感染または重症化予防のために 6日以内であれば免疫グロブリンを投与できる。
 
·免疫グロブリンは 0.5 mL/kg (最大 15 mL) を筋肉注射で投与する。
 
·免疫のない妊婦および免疫不全患者は免疫グロブリンは経静脈的に投与するべきである。最近骨髄移植し、免疫系が再構成されていなさそうな小児および成人に対しては、骨髄移植直後にはワクチン接種できないので、感染予防のために免疫グロブリンを投与するべきである。ワクチン未接種の免疫不全患者で免疫抑制のためにワクチンの適応ではない場合も免疫グロブリンを投与するべきである。
 
·ヒト免疫不全ウイルスに感染している小児は通常通りワクチンを接種する。液性免疫が保たれている限り、追加接種は必要ない。
 
空気予防策
https://www.kansensho.or.jp/ref/inbound.html
 
猩紅熱の紙やすり状皮疹
https://www.nhs.uk/conditions/scarlet-fever/
 
コプリック斑
https://www.ccjm.org/content/ccjom/86/6/393/F2.large.jpg
 
麻疹様発疹
https://www.ccjm.org/content/ccjom/86/6/393/F3.large.jpg
 
米国における麻疹の報告数
 
元論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31204978/
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