
今回は、デイケアに勤務していた頃に出会った女性のお話です。その人は、みなさんから「さえちゃん」と呼ばれていました。私たち介護職は、たとえ利用者と親しくなっても、愛称で呼ばないようにしようという決まりがありました。ちゃんとした名字で呼び、人格を尊重したいからです。でも、この方は、あまりに小さくて可愛いいから、さえちゃんと呼ばせてもらいましょう。昭和6年生まれのおばあちゃんです。認知症の方です。かわいいのですが、一筋ではいかない方でした。
さえちゃんは、毎日のようにきれいでおしゃれな洋服を着て来られました。また、ばっちりきれいにお化粧をして口紅も赤くくっきりと、それがとてもよく似合っていました。ただ、普段から広島弁の口汚い言葉を使います。
洋服を褒めると、「当たり前ようの、うちにゃあ、こがいなのがなんぼうでも(いくつでも、いっぱい)あるんじゃけ。」と返事がかえって来ます。お化粧が上手じゃねと褒めると、「うちのお父さんにべっぴんをみてもらうんです。女子(おなご)はいつもきれいにしとらんにゃの。」とまんざらでも無さそうです。
話を聞いたところによると、さえちゃんは一人娘で、それはそれはご両親に可愛がって育てられたのだそうです。ご近所の方もそれをよく知っています。今では、優しい息子さんご夫婦のお世話になっています。わがままなさえちゃんを、怒りとばすこともなく、息子さんはよく面倒を見ておられて良い方だなと思いました。お嫁さんも、「いつもお世話をかけてすみませんね」と職員に頭を下げる方でした。
デイケアでは、リハビリのため、体操をしたり、工作や手芸、書道などいろんな活動に参加してもらえるよう職員が準備や計画をして望みます。けれど、さえちゃんは、動くのがすきではありません。足が大きく浮腫んで、思うように動かないのです。それでも、みんなが声をかけ体操に誘います。どうしても動かない時は、よいしょよいしょと、座っている椅子ごと移動してしまいます。みなさんの輪の中に入ると、楽しそうに参加していました。
ものづくりの時間になりました。かわいいタオル人形の見本や手工芸の見本が机の上に置いてあります。さえちゃんは、そういうかわいい飾り物が大好き、さっさとポケットに入れたり、鞄に入れて持ってかえろうとします。「それは、材料費を払って、自分で作らないと持ってかえれないことになってますよ。だから一緒に作りましょう。」と説明します。すると、財布を出して、「買(こ)うてかえるんじゃけ、なんぼ?」とゆずりません。少しでも活動に参加してもらおうと、職員も根気よく声をかけますが、「ようやらん。」(つくれないの意味)と彼女はいつもじっと座って他の利用者が活動している様子を見ているばかりでした。
ある時は、気分不良で家に帰ると言って聞いてくれません。玄関前に職員が通せんぼをして、何とか引き止めようと苦労していました。男性職員が引き止めると、わりと聞き分けてくれて、また座席にしかたなく戻ってくれます。そういう効き目のある職員が不在の時は困ってしまいます。ですから、悪いのですがさえちゃんの鞄は、いつも隠されていました。帰りの時間になると、ちゃんと鞄が返って来ているので、さえちゃんはいつも知らずに感心していました。それからまたまた、不機嫌なことがあり、大声でわめいていました。
あるとき名案を思いつきました。さえちゃんの耳元で「いいものがあるんよ、ちょっとこっちへ来てみてね」とのど飴を一つあげました。すると、喜んで帰ることを忘れたのでした。この方法はその後も何度も成功しました。だから、デイケアにはいつもあめ玉が置かれていました。
ものづくりになかなか参加しないさえちゃんでしたが、生け花の時間は大好きで時々参加してくれました。フラワーアレンジメントの時間で特別な生け方はなく、季節の綺麗な花を楽しみながら好きな位置に花をさしていきます。その時だけは、自分の手で花を生けてくれました。私は、できるだけさえちゃんの考えや発想が生きるように声をかけたり援助したのです。
そのさえちゃんが、大好きなご主人が亡くなられてからは、まったく元気を失ってしまいました。お化粧もしなくなったのです。しばらくは、「お父さん(ご主人)は生きとるんじゃ。」と言ってきかないのでした。その姿を見ているとさえちゃんのぽっかりと穴が開いたような寂しさを思い、切なく悲しい気持ちでいっぱいになりました。
デイケアを退職してずいぶん時間がたってしまいました。その後、さえちゃんは、どうしているのかなと思い出します。
老人施設を利用される方で、認知症の方がたくさんおられ、症状もさまざまです。その人の人柄を理解するのは大変です。慣れないうちは、うまく言葉が浮かばず、話題が浮かびません。でも、好きなこと、昔やっていたことや得意だったことなどを上手に聞き出して、一緒に楽しめるようになると、だんだんと相手も心を開いて打ち解けてくれます。同じ話を繰り返し何度でも「そうですね」「よかったですね」と共感するといいのです。この施設でたくさん私は温かいものをみつけました。
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