こひのうた
貫之、坂上是則、宗岳大頼の恋歌。併せて、大和物語の源宗于朝臣の逢えぬ恋の歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十二恋歌二
589~591
589
やよひばかりに、もののたうびける人のもとに、また人まかりつゝせうそこすときゝて、よみてつかはしける
つゆならぬ心を花におきそめて 風ふくごとに物おもひぞつく
三月頃に、ものおっしゃったひとのもとに、また人が通っていて、文すると聞いて、詠んで遣った歌
少なからぬ心を、草花に置き初めて、風のたよりに聞く毎に思いが尽きる……つゆならぬ情を、ひとの花にと贈り置き初めて、心に風が吹くごとにもの思火ぞ、消え尽きる。
春の終わりごろに、ものが食らって頂いていたひとのもとに、また男、間かりつつ、しぬいきるすと聞いて、詠んで遣った。
「たうぶ…くださる…なさる…お食べになる」「まかる…宮中を引けて行く…間かる…まぐあう」「せうそこす…消息する…文をやる…しぬいきるする」「つゆ…露…ほんの少し…おとこ白つゆ」「花…草花…女」「おき…置き…贈り置き」「風…風評…心に吹く風…厭風」。
上一首。露に寄せて、男の恋と、おとこのこいの失せざまを詠んだ歌。
590
題しらず
坂上是則
わがこひにくらぶの山のさくら花 まなくちるともかずはまさらじ
我が恋に比べ、くらぶの山の桜花、間なく散るけれど、散らした数は勝ってないだろう……我が乞いにくらべ、くらぶの山ばのさくらのお花、間なく散るのは同じだけれど、散り尽きた数は、我に勝ってはいないだろうよ。
「くらぶ…山の名。名は戯れる。暗ぶ、暗い。比ぶ、比べる。近しい、親しい」「さくら花…桜花…男花…おとこ花」「まなく…間も無く…早く」「かず…数…恋の数…咲いた回数…乞いの数…散り尽きた数」。
591
宗岳大頼
冬河のうへはこほれる我なれや したに流れてこひわたるらん
冬川の上は凍っている我れなのか、下に流れて恋はつづくようだ……心寒きひとは凍っている、こ掘っている我れ熟れや、しもに流れて乞いつづくのか。
「冬川…寒い冬の川…冷たいひと」「川…女」「上…水面…女」「こほれる…凍れる…子掘れる…まぐあう」「われなれや…我なるや…我熟れや…我よれよれや」「したに流れて…氷りの下では流れて…下流へと流れて…山ばへ上らず」「恋…乞い」「らん…らむ…推量する意を表わす」。
上二首。くらぶ山、冬川に寄せて、こひを裏切られた男とおとこのうらみごと。
そのように峰の嵐は荒いだろうな
大和物語の右京大夫のうらみ歌を聞きましょう。光孝天皇の御孫、源宗于朝臣は、貫之が土佐の国から帰京した頃、右京大夫だった。歌は古今集にも六首採られてある。
大和物語63
故右京の大夫の、人の娘を忍びてわたりけるを、親聞きつけて、ののしりてあわせざりければ、わびて帰りにけり。さて、あしたに詠みてやる
さもこそはみねのあらしはあらからめ なびきしえだをうらみてぞこし
故右京大夫が、他人の娘にお忍びで言い寄っていたところが、母親聞きつけて、罵りて、逢わせなかったので、しかたなく帰ったのだった。さて、明くる朝に詠んで遣る。
そのようにきっと御声の嵐は荒いのでしょうな、娘になびき寄った枝なのに、心を見て帰ってきた……そのように山ばの峰の嵐は荒いのだろうね、なびき伏した我が枝を恨んで越して。
「みね…御音…お声…峯…山ばの頂き」「あらし…嵐…山ばで心に吹く風」「えだ…枝…身の枝…おとこ」「うらみて…うら見て…心を見て…うらんで」。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず