帯とけの古今和歌集

鶴のよわいを賜ったというおうなの古今伝授。鎌倉時代に秘伝となって埋もれた和歌の艶なる情がよみがえる。

帯とけの古今和歌集 巻第十二恋歌二580~582

2009-08-09 07:12:01 | 和歌
  



 凡河内躬恒、清原深養父、よみ人しらずの恋歌。併せて、和泉式部の恋歌を聞きましょう。


  古今和歌集 巻第十二恋歌二
       580~582


580
 題しらず
              凡河内躬恒
 秋霧のはるゝ時なき心には たちゐのそらもおもほえなくに

 秋霧の晴れる時なき恋心には、立ち居のことなど、うわのそらにも思えないなあ……飽き限りの張れる時なき心には、たち居ることすら思えないなあ。

 「秋霧…飽きの心に立ち込めるもやもやとしたもの…飽き切り…厭き限り」「はるる…晴れる…張れる」「たちゐ…立ち居振る舞い…立っている…起っている」「そら…空…うわのそら…でさえも…すら」。



581
              清原深養父
 虫のごと声に立ててはなかねども 涙のみこそしたにながるれ

 虫の如く声に立てては鳴かないけれど、恋し涙ばかりは、下隠しに流れているよ……虫のように声に立ててはなかないけれど、涙の身こぞ下にながれる。

 「虫…秋の虫」「涙…恋しい涙…乞しいつゆ」「のみ…ばかり…の身」「こそ…強く指示する詞…子ぞ」「こ…子…この君…おとこ…身の虫」「下に…うわべ取り繕って下隠しに…身の下で」「ながるれ…流るる…どうしょうも無くそうなる」。

 上二首。秋霧、虫に寄せて、男の恋おとこの乞いを詠んだ歌。



582
 これさだのみこの家の歌合のうた
             よみ人しらず
 秋なれば山とよむまでなくしかに 我おとらめやひとりぬるよは

 秋になれば山響くまで鳴く鹿に、わたしは劣るでしょうか、独り寝る夜は……飽きとなれば山ばさわぐまで泣くし下に、わたし劣るかしら、独り寝る夜は。

 「秋…飽き…厭き」「山…山ば」「とよむ…鳴り響く…なきさわぐ…ゆれ動く」「鳴く鹿…妻呼び鳴くさ牡鹿…泣く子下…おとこ涙を流す士下」「は…とくに取り立てて区別する…詠嘆の意を表わす」。

 上一首。歌合での恋に見せかけた乞い歌。女の歌、匿名希望かな。



 泣くべきかたもなし小枝絶えたので

 和泉式部の歌を言の心で聞きましょう。原文、清げな姿、心にをかしきところの順に示す。

 五日、あかつき、めをさましてきけば、かしがましきまでありし虫の音せぬに
 ねをだにも今はなくべきかたもなし まぎれし虫の声絶えぬれば


 (十月)五日、暁、目を覚まして聞けば、やかましかった虫の音しないので
 
声出して、今は泣くべき方策もなし、紛れし虫の音が絶えたので


 心の冬のはじめ、暁方、めを冷まして聞けば、さわがしかった身のむしのおとしないので、
 根おさえも、今は泣くべき形もなし、まぎれた身のむし小枝絶えたので


 「め…目…女」「さまし…覚まし…冷まし」。「ねを…音を…根お…おとこ」「かた…方…方法…跡形…形…ものの形」「むし…秋の虫…身の虫…おとこ」「声…こゑ…小枝…おとこ」。

 上の一首を「いとをかし」と聞ければよし。聞こえなければ、歌の半分以上埋もれたままよ。

 和泉式部は、「ものをのみ思ひの家をいでて」(1286)・1456)などと詠む時、自らが、煩悩に身を焼くひと、火宅の人であることは、十分に承知している。

          伝授 清原のおうな

 鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
          聞書 かき人しらず