こひのうた
小野美材(をののよしき)、紀友則の恋歌。併せて、伊勢物語54の恋歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十二恋歌二
560~562
560
寛平御時后宮歌合の歌
小野美材
わがこひはみ山がくれの草なれや しげさまされどしる人のなき
我が恋は深山隠れの草なのか、繁り増されど、知る人のいない……我が乞いはみ山ば隠れの類なのか、頻りさ増されど、しるひとのない。
「恋…乞い…求め」「み山…深山…見山…あいみる山ば」「草…女…くさ…種類…たぐいの品」「や…詠嘆を表わす…疑問を表わす」「しる…知る…察知する…感知する…汁…潤う」「人…女」。
561
紀 友則
よひのまもはかなくみゆる夏虫に まどひまされるこひもするかな
宵の間も、はかなく見える夏虫よりも、惑いの勝る恋をするかな……好いの間もはかなく見ゆるなづむしに、とまどい増さる乞いをしてるなあ。
「みゆる…見える…まみえる」「見…覯」「夏虫…蛍、蝉、蝶、蜉蝣など…なづむ士…ゆきなずむ子…ほ垂るおとこ」「虫…身の虫…おとこ」「まどひまされる…惑い勝る…とまどいの増す」「恋…乞い…求め」「かな…感動・感嘆の意を表わす」。
562
ゆふされば蛍よりけにもゆれども ひかりみねばや人のつれなき
夕方になれば、蛍よりまして燃えるけれども、わが光を見ぬからか、ひとがつれない……果てがたになれば、ほ垂るにより、なおいっそう燃えるけれども、我が光、みないからかなあ、ひとがつれない。
「夕…日の果て…ものの果て」「蛍…夏虫…ほ垂る…飽き昇天する…ほ垂る」「光…蛍の光…おし照る、男の威光、男の輝き、男の魅力…光源氏の光はこれ」「見ね…見ぬ…覯ぬ…合わぬ」。
上三首。逢って合えないこひを詠んだ歌。
あまの空に成るつゆ贈ろうか
伊勢物語54
昔、おとこ、つれなかりける女にいひやりける
ゆきやらぬゆめぢをたのむたもとには あまつそらなるつゆやおくらん
むかし、男、つれなかった女に言って遣った歌
行くにゆけない、夢路を頼む我が袂には、天の空の露おりたのだろうか……ゆくにゆけない夢路を頼むそなたのおてもとには、天の空に成る、我がつゆ贈ろうか。
むかし、おとこ、つれないかりした女に言ってやった
「かり…あり…狩…求め楽しむ」。「ゆき…行き…逝き」「ゆめ…夢…煩悩のままの妄想」「あまのそらなる…天の空の…あまの空に昇天できる」「つゆ…あきの露…おとこ白つゆ」「つゆやおくらん…露や置くらむ…露おりて袂が重たいのだろうか…つゆや贈らん…つゆを贈ろうか」。
上一首。おとこは、耐えられなかったか余裕なのか。何れにしても、伊勢物語の歌は、ひとしほ色が濃いでしょう。こんな歌、業平の他に誰が作れる。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
藤原敏行の恋と夢の歌二首。併せて、若き敏行のために、業平が代作した恋歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十二恋歌二
558~559
558
寛平御時后宮歌合の歌
藤原敏行朝臣
恋ひわびてうちぬるなかに行きかよふ 夢のただぢはうつゝならなむ
恋に悩んで、ふて寝する中に、ひとのもとへと行き通う夢の直路は現実であってほしいなあ……乞い求め衰えて、うち寝る中に、ゆき通うゆめのただぢは、憂つつでも成ればいいのに。
「恋…乞い」「わぶ…思い悩む…落ちぶれる…衰える」「ゆめ…寝て見る夢…煩悩のままの妄想」「ただ…じか…直接…空し…何も無い」「ぢ…路…みち…女」「う…憂…気が進まない…いやだ」「なら…なる…である…成る…成就する」「なむ…希望し要求し期待する意を表す」。
559
すみのえのきしによる浪よるさへや ゆめのかよひぢ人めよくらん
澄みの江の岸に寄る波、寄るのさえ静かだな、夢の通い路、人目避けているのだろう……澄む良きひとのみぎわに寄るおとこ波、よるのさえ、ゆめの通いぢ、ひとめよけてるのだろうか。
「すみの江…住吉の入江の名、澄江とも…住みよい女、心澄んだ女、物静かな女」「江…女」「岸、浜、渚……女」「きし…岸…みぎわ」「浪…波…心波…男波」「よる…寄る…夜…寄って来る」「夢…寝て見る夢…煩悩の妄想」「通ひ路…女」「め…目…女」「よく…避ける…除ける」「らむ…推量する意を表わす」。
そでのみ濡れてあうてだてもなし
若き敏行が、業平に代作してもらった恋歌を聞きましょう。敏行は我が意を得たのか、歌を愛で惑うたという。この歌、この集の恋歌三617にあるけれど、またそのときにも聞きましょう。愛でたい歌は何度聞いても愛でたい。
伊勢物語107
昔、高貴な男がいた。その男の許にいたひとを、敏行という人、夜這いしたのだった。されど、まだ若かったので、文も幼稚、言葉も言い方を知らず、いわんや、歌は詠まなかったので、彼の男、案を書いて、敏行に書かせ女に遣った。敏行は歌を愛で惑うたのだった。さて、男の詠んだ歌、
つれづれのながめにまさる涙河 そでのみひちてあふよしもなし
何も手につかず長雨に増さる涙川、袖ばかり濡れて、逢いに行くてだてもなし……つれづれのもの思いに、増さる涙かは、端の身濡れて合うてだてもなし。
「つれづれ…独りさみしく…ゆき通うだけの」「かは…川…疑う意を表わす」「そで…袖…端…身の端」「のみ…限定…の身」「あふ…逢う…合う…和合する」。
この若者の合えない悩みを解決するてだてを、女に成り代って歌に詠んで、業平は敏行に教えた。その歌は、この集の恋歌三618にある。これは、その時のお楽しみに。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
こひのうた
素性法師、安倍清行と小町の恋についての歌。併せて、大伴坂上郎女の恋の歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十二恋歌二
555~557
555
題しらず
素性法師
秋風の身にさむければつれもなき 人をぞたのむくるゝ夜ごとに
秋風が身に寒いので、つれない人を暖めてと頼む、暮れる夜毎に……飽風が身に沁みて冷たくて、つれない男をつれてってと頼む、果てる夜ごとに。
「秋…飽き」「風…心に吹く風」「つれもなき…つれない…薄情な…連れても逝かない、独り先立つ男」「くるる…暮れる…果てる」「こと…毎…事」。
上一首。秋風に寄せて、法師が女の情念を冷ややかに詠んだ歌。
556
しもついづもでらに人のわざしける日、真静法師の導師にていへりけることを歌によみて、小野小町がもとにつかはせりける
安倍清行朝臣
つゝめども袖にたまらぬ白玉は 人をみぬめのなみだなりけり
下つ出雲寺にて、或る人の法事を行った日、真静法師が導師として言ったことを歌に詠んで、小野小町のもとに遣った歌
包もうとしても、袖にたまらぬ白玉は、恋人を見かけない女の涙だったのだ……つつ女ども、身の端に溜まらなぬ白たまは、人のおをみぬめの、なみだだったのだ。
「つつめ…包め…包む…つつ女…筒め…筒と女」「ども…けれども…複数を表す…親しみを表わす」「そで…袖…衣の袖…身の端」「白玉…宝珠…おとこ白つゆ…めのつゆ」「を…対象を示す…お…おとこ」「見ぬ…見かけない…身を合わさぬ」「め…目…女」。
557
返 し
小 町
おろかなる涙ぞそでに玉はなす 我はせきあへずたぎつせなれば
愚かな涙よ、衣の袖に玉を成す、わたしは塞き止めきれず激しい流れの浅瀬ですもの……愚かななみだよ、身の端に玉放す、わたしは塞き止めきれず、燃えたぎる背の君ですもの。
「涙…目の涙…身から出たなみだ」「玉はなす…涙が白玉を成す…おとこ白玉放す」「たぎつ…激しく流れる…情熱が燃えたぎる」「瀬…川の浅瀬…浅はかな女…背…男」「瀬・川…女」「背…おとなの男」。
これら歌言葉は、聞き耳によって意味の異なるもの(清少納言)、浮言綺語の戯れに似たもの(藤原俊成)と肝に銘じて、紀貫之が仮名序に言う「言の心」を心得給え。
上二首。涙に寄せて、もえたぎる女の情念についての贈答歌。
汝ほは崩れるでしょ
大伴坂上郎女の恋歌を聞きましょう。
万葉集巻第四657
おもへども知る僧も無しと知るものを 何か幾くばかりわが恋ひわたる
念じても、知る僧も無しと知るものを、どうしてこれほど、わが恋ひつづく……思っても知る壮も無しと知る物を、どうしてこれほど、わが乞いつづく。
「知る…知識あり…感知する」「僧…壮…盛んな男…壮士…おとこ」「物…恋という事柄…もの…おとこという物」「恋…乞い…求め」。
万葉集巻第四687
愛しきとわがおもふこころ速河の 塞きにせくともなほや崩れなむ
愛しいとわたしが思う情、早川のよう、塞きに堰くとも、やはりかな、崩れるでしょう……愛しいとわたしが思う情けは早川のよう、塞きあげようとも、汝おはどうして崩れるのでしょう。
「速河…流れの早い川」「河・川・水…女」「せきにせくとも…塞き止め堰止めようとも…せき上げようとも…塞き止め水盛り上がろうとも」「や…疑問」「なほ…猶…やはり…なお…汝お…おとこ」「なむ…推量の意を表わす」。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
小野小町の恋歌三首。乞い歌とも聞きましょう。併せて、万葉集巻第四の大伴坂上郎女が娘に贈った歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十二恋歌二
552~554
552
題知らず
小野小町
思ひつゝぬればや人のみえつらん 夢としりせばさめざらましを
思いつつ寝たからか、あの人が見えたのでしょう、夢と知っていたら覚めはしないのに……思ひつつ濡れたから、あの人がみえたのでしょう、ゆめのようなものと知ってれば、目覚めなかったのに。
「ぬれ…寝れ…濡れ」「見えつ…夢に見えた…身を合わせた」「見…覯…合…まぐあい」「夢…寝て見る夢…煩悩のままの妄想」。「さめざらましを…夢から覚めないのになあ…ものに目覚めないのになあ…覚え初めないのになあ」「まし…事実に反することを仮に想像する意を表わす、それに思いが込められる」「を…のに…なあ…逆接・順接・詠嘆などを表わす」。
553
うたゝねにこひしき人をみてしより ゆめてふ物はたのみそめてき
うたた寝に恋しい人を見てからは、夢というものを頼みはじめた……ますますの共寝に、乞いしい人をみてからは、もう少しよという物は頼み初めたわ。
「うたた寝…つかの間の仮の浅い眠り…いっそうのはなはだしい共寝」「うたた…ますます…いっそうひどく」「見て…覯して…身を合わせて」「ゆめ…寝て見る夢…努…少し…あと少し」「物…もの…おとこ」。
554
いとせめてこひしき時はむばたまの 夜の衣をかへしてぞきる
とってもひどく恋しい時は、むばたまの夜の衣を、裏返して着る……とってもひどく乞いしい時は、むば玉の夜の君の情けをくり返して被る。
「むばたまの…夜、闇、夢の枕詞…黒玉の…白玉ではないが」「夜の衣…寝衣…夜のこころ…夜の情け」「衣…心身を包むもの…こころの喚喩」「かへす…うら返す…衣を裏返して着れば夢に見えるかもしれぬという俗信…くり返す」「きる…衣を着る…身を包む…かぶる」。
上三首。夢、衣に寄せて、女の恋を詠んだ歌、且つ女の情念を詠んだ歌。
あなたが恋ふから夢に見えたわ
夢にちなんで、万葉集巻四724。大伴坂上郎女、出先より、留守居の娘に贈った歌を聞きましょう。
朝髪のおもひ乱れてかくばかり なねが恋ふれそ夢に見えける
朝髪のように思い乱れてこのように、あなたが恋うからこそ、わが夢に見えたわよ……(恋文の返歌ね、色よいのなら、こんなのどう)、朝髪が情念にみだれて、このようよ、汝根が乞うからこそ、わたしの夢に見えましたわ。
「右歌報賜大嬢進歌也」。この歌は娘の大嬢の進呈された歌に応えて賜わされたのである。
「おもひ…思ひ…情念…思火」「なね…あなた(親しみこめた呼びかた)…汝寝…汝根」「恋う…乞う」。
この歌は、母が娘に恋歌の手ほどきをされたのでしょう。この歌なら、こころある男ならば、雨が降ろうが、蓑笠とりあえず、びっしょり濡れてやって来るでしょう。こんな大事なこと、母が娘に教えなくて誰が教えるのよ。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
こひのうた
よみ人しらずの恋歌三首、女の乞い歌と聞きましょう。併せて、天神祭にちなんで、あら人神となられた道真の心情あふれる歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十一恋歌一
549~551
549
ひとめもる我かはあやな花すゝき などかほにいでて恋ひずしもあらん
他人の目気にするようなわたしかは、おり目正しい花すすき、どうして穂に出て恋いしないのでしょう……ひとめ盛るわがかわ、筋の通らないお花薄情け、どうしておにでて乞い求めないのでしょうね。
「ひとめもる…他人の目を守る…人目をはばかる…ひとめ盛る」「人…女」「め…女」「かは…疑問・反語…川…女」「あやな…綾な…彩な…美しい…筋が通っている…あや無…わけがわからない…いいかげんな」「すすき…薄…を花…うす情け」「ほ…お…抜きん出たもの…穂…おとこ」「ほにいでて…外に表わして…おとこを露わにして」「恋…乞い」。女の歌。
550
あはゆきのたまればかてにくだけつゝ わが物思ひのしげきころかな
淡雪が溜まれば耐えず落ち砕けつつ、わがもの思い頻繁なころよ……あわ淡しき白ゆきが、溜まれば耐えず落ちくだけつつ、わたしの思いが繁るころなのに。
「淡…泡…沫」「雪…白ゆき…おとこの情念」「かてに…できなくて…しかねて」「つつ…反復・継続・詠嘆の意を表わす…筒…中空」「しげき…繁き…頻りである」。女の歌。
551
おく山のすがのねしのぎふる雪の 消ぬとかいはん恋のしげきに
奥山の菅の根圧しつけ降る雪のように、わたしも消えてしまうと言おうかしら、恋が頻りにつのるのに……おく深い山ばのす賀の声、おしふせ降る白ゆきが、消えてしまうと言うのね、乞いが頻りになるときに。
「奥…女」「す…女」「が…賀」「ね…根…音…声」「しのぎ…押し分け進み…圧し伏せ…侮り」「雪…白ゆき…おとこの情念」「けぬ…消えてしまう…完了を表わす」「恋…乞い…求め」「しげき…繁き…頻繁な」「に…ときなのに…その時はいつも」。女の歌。
あらゆるものにことづけて、おもに女の恋ざま・乞うさまを詠んだ歌々がつづいた。よみ人しらずの歌は、清げな姿の帯を解けば、色好みも露わな心情がみえる。
「今の世の中、色に尽き、人の心花になりにける」と仮名序にいう頃と、道真が流罪となった乱れた世は同じ頃。歌を聞けばその国の国情がわかると「詩経」の昔から言われたとおり、歌は世に連れ世は歌に連れる。
聴くおさなき童の声
道真は大宰府に幽閉されていたとき漢詩を作った。「見えるのは楼の瓦の色のみ、ただ聴くのは観音寺の鐘の音」。このように聞こえるが、ここで真名書き散らすと、また紫式部に非難されそうなので、道真の詩句は「観音寺只聴鐘声」だけに止めるけれども、男の言葉も文字通りの意味と、聞き耳を異にして聞く意味がある。詩句は「観音時、ただ聴く幼き童の声」とも聞く。それは、都に遺した愛児の慕い泣きした声よ。
「観音寺…寺の名、戯れる。観音児、感声児…白楽天の詩句、遺愛寺鐘を限りなく意識したと昔の博士は言ったと大鏡は記す」「聴く…耳をそばだてて聞く」「鐘声…しょうせい…小声…幼き声…童声」。
また、雨の降る日、うちながめ給いて、
あめのしたかはけるほどのなければや きてしぬれぎぬひるよしもなき
雨の下乾く間が無いからか、着てしまった濡れ衣、乾かすてだてもないことよ……天下のあめの下、乾けるほとが無いからかな、着ている濡れ衣、乾きようもないなあ。
「あめ…天…雨…あが女」「ほど…程…間…ほと…陰」「濡れ衣…きせられた無実のこと」。
やがて筑紫にて亡くなられる。夜のうちに、京の北野に松を思われて渡り住み給うを、ただいまの北野宮と申し、あら人神でいらっしるので、おおやけもかしこみ崇めたてまつり給う、と「大鏡」は言う。
「松…待つ…女」「あら人神…現人神…荒人神」「おほやけ…天皇…朝廷」。
また内裏が焼けた。たびたび新しく造らせ給う。大工がきれいにカンナをかけた棟の板に、夜のうちに虫食いあり、その痕を文字と見れば、
つくるともまたもやけなんすがはらや むねのいたまのあはぬかぎりは
造ろうとも又も焼けるであろう、菅原や、胸の痛間の逢わぬ限りは……尽きるとも、またも燃えるでしょう、すが腹や、む根の井た間の合わぬ限りは。
「つくる…造る…尽る」「また…又…股」「す…女」「原…腹…心の内」「むね…棟…胸…む根…おとこ」「いたま…板間…痛間…傷口…井た間…女」「あはぬ…傷が縫合しない…板間が合わない…和合しない」。
この虫食い歌も北野のなさった事と人々申したようだ。 やがて時平は御年三十九の若さで亡くなられ、その子たちもみな四十に満たずして次々と亡くなった。これも北野の崇りという。
以上にて、古今和歌集巻第十一恋歌一、八十三首の伝授を終える。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
よみ人しらずの恋歌二首。女の乞い歌と聞きましょう。併せて、二十五日は、右大臣菅原道真の命日でした。なにわでは天満の天神祭が賑わいました。「大鏡」の、あら人神となられる前の道真の心情あふれる歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十一恋歌一
547~548
547
秋の田のほにこそ人をこひざらめ などか心にわすれしもせん
秋の田の実る穂のようには、君を恋しはしないでしょうけど、どうして心に忘れるでしょうか……飽きの田のおこそ、ひとを乞いずでしょう、どうして心に忘れたりするのよ。
「秋の田…黄金色に輝いている…実りの田…飽きの田」「田…女」「ほ…穂…抜きん出たもの…お…おとこ」「人…男…女」「恋…乞い…求め」「わすれ…忘れ…あきらめ…捨て去り」。女の歌。
548
あきのたのほのうへをてらすいなづまの 光のまにも我やわするゝ
秋の田の穂の上を照らす稲妻の光の間にも、君をわたしは忘れるでしょうか……飽きの田のおのうえを照らす稲妻の光の間にも、わたしは和せるでしょうか。
「秋の田…飽きの田…厭きの田」「ほ…穂…抜きん出たもの…お…おとこ」「上…貴婦人…女」「いなづま…自然現象の名…稲妻…否妻」「光…男の威光…男の輝くような美しさ…男の魅力」「や…反語の意を表わす…疑問の意を表わす」「忘するる…しぜんに忘れる…和するる…和すことができる…和合することができる」。女の歌。
清き心は月が照らすであろう
道真公、筑紫にお着きになられて、あわれに心細く思われる夕べ、遠くの方に所々煙の立つのを御覧になられて、
ゆうされば野にも山にもたつけぶり なげきよりこそもえまさりけれ
夕方になれば、野にも山にも立つ煙、我が嘆きよりも、燃え勝ってることよなあ……夕暮れになれば、ひら野にも山ばにも立つ気ぶり、我が嘆きよりも、燃え増さっていることよなあ
「山…山ば」「けぶり…野良仕事の煙…かまどの煙…民のいとなみ…気ぶり…けはい…ようす」「もえ…物が燃え…情がもえ」。
また、雲の浮いてただようを御覧になられて、
やまわかれとびゆくくものかへりくる かげみる時はなをたのまれぬ
山別れ飛び行く雲の帰り来る影見る時は、やはり京に帰れるかと、頼みにすることよ……山ば別れとび逝く心雲の返りくる陰見る時は、なをも京に返れるかと、頼みにすることよ。
「山…山ば…京」「雲…煩わしくも心に湧き立つもの…情欲など」「かへりくる…帰り来る…返り繰る」。
それにしてもと、世を思われたのでしょう。月の明るい夜、
うみならずたたへる水のそこまでに きよきこころは月ぞてらさむ
海ではないがたたえる水の底までも、我が清き心は月が照らすであろう……憂みではない、讃えるをみなの、そこまでに清き我が心よ、月人おとこ、照りはえるだろう。
「うみ…海…憂み」「たたへる…水を湛える…讃える…賞賛する」「水…女」「月…月人壮士…男…我…おとこ」。
「このような歌や詩を、とってもなだらかに、ゆえゆえしく言いつづけられるので、見聞きする人々、目もあやに、あさましくあはれに、見守って居られた」と「大鏡」に記されてある。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
よみ人しらずの恋歌。女の乞い歌と聞きましょう。併せて、二十五日は、なにわでは天満の天神祭、神となって崇り給う前の、菅原道真の心情あふれる歌を聞きましょう。
古今和歌集 巻第十一恋歌一
544~546
544
夏虫の身をいたづらになす事も ひとつおもひによりてなりけり
夏虫が火に飛び込んで、身をむなしくすることも、一途な思いによってだったのね……夏虫が身をばむなしくすることも、君の身の虫も、おなじ思火によってだったのね。
「なつむし…夏虫…なづむし」「なづむ…ゆき煩う…なやみおとろえる…しおれる」「むし…虫…身の虫…おとこ」「いたずらになす…むなしくする…死ぬ…折る…逝く」「思ひ…思火」「けり…気付き・詠嘆を表わす」。女の歌。
545
ゆうさればいとどひがたきわが袖に 秋の露さへおきそはりつゝ
夕方になれば、ますます涙の乾きにくいわが袖に、秋の露さえ置き添え続く……果て方になれば、ひどく干難い、わが身の端に、飽の白つゆさえおき添えつつ。
「夕…日の果て…ものの果て」「ひ…干…乾き」「そで…衣の袖…端…身の端」「秋…秋…飽き」「つゆ…露…おとこ白つゆ」「添はり…加わり」「つつ…つづく…継続・詠嘆の意を表わす…筒…中空」。女の歌。
546
いつとても恋しからずはあらねども 秋のゆふべはあやしかりけり
いつだって、恋しくないなんてこと、ありはしないけど、秋の夕べは、ふしぎなほど恋しいわ……いつだって乞いしないなんてこと、ありはしないけど、飽きの果て方は、あやしいかりだったわねえ。
「恋…乞い…求め」「秋…飽き」「夕べ…ものの果て方」「あやし…ふしぎ…奇妙…珍しい…けしからん」「かりけり…ありけり…狩りけり」「かり…求め楽しむ」「けり…気付き・詠嘆を表わす」。女の歌。
梅の花よ春を忘れるな
「大鏡」左大臣時平伝によると、藤原時平御年二十八。右大臣菅原道真の御年五十八。年も才も心も差が大きく、右大臣の帝の御おぼえ殊のほかだったために、左大臣心やすからず覚えて、そうなるべきこと色々あったでしょう。右大臣には良からぬ事が起こり、大宰府へ流された。これは古今和歌集編纂の数年前のこと。
右大臣には多数子供がおられたが、成人した女君や男君は、それぞれ婿も位などもあったけれども、皆それぞれ方々に流された。幼き者は慕い泣きしていたが、流罪は赦されたものの、それぞれ他家に預けられた。道真、とっても悲しく思われて、梅花を御覧になられて、
こちふかば匂ひをこせよ梅の花 あるじなしとて春をわするな
東風吹けば匂い寄こせよ梅の花、主人いなくとも春の季節を忘れるな……春風吹けば、色艶起こせよ男花、親はなくとも春の情をわすれるな
「梅の花…男花…幼い男君たち」「にほひ…色香…色艶…色情」「おこせ…寄越せ…届けよ…起こせ…発揮せよ」「春…季節の春…春情」。
また、配流の途中、明石の駅(うまや)に宿をかりて、駅長の訝しがる気色を御覧になって、
駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋
駅長、驚くな時勢は変わり改まる、一時の栄え一時の零落、これは季節の春と秋……駅長、驚くな時は変わりてまたあらたまる、ひとつの盛りにひと零れ、これ春情とあきの風。
「春…季節の春…春情」「秋…季節の秋…秋心…秋風…こころ変わり」。
聞耳異なるもの、男の言葉、女の言葉(枕草子3)。言の心で歌も詩も聞きましょう。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
こひのうた
よみ人しらずの恋歌。女の乞い歌と聞きましょう。併せて、枕草子最後の歌、ある女房のために詠んだ女の歌を、昨日に続いてお聞かせしましょう。
古今和歌集 巻第十一恋歌一
541~543
541
よそにしてこふればくるしいれひもの おなじ心にいざむすびてん
他所にいて恋すれば苦し、入れ紐のように同じ心で、さあ結びましょ……よそよそしくして乞うと苦しい、入れひもの同じ心で、いざ結びましょ。
「入れ紐…輪にした雌紐に結び玉の雄紐を入れ引き結ぶもの…入れお」「紐…緒…おとこ」「結ぶ…心を結ぶ…ちぎりを結ぶ…身を結ぶ」。女の歌。
542
春たてばきゆる氷ののこりなく 君が心はわれにとけなむ
立春になると消える氷のように残りなく、君の心はわたしにうち解けてほしいの……はる絶てば消える子ほりが、残すことなく、君の心はわたしに遂げてほしい。
「春…春の情…張る」「たつ…立つ…絶つ」「こほり…氷…こ堀り…子ほり…まぐあい」「とけなむ…解けなむ…うち解けてほしい…遂げなむ…成しとげてほしい」。女の歌。
543
あけたてばせみのをりはへなきくらし よるは蛍のもえこそわたれ
明けはじめれば、蝉のように長くなき暮らし、夜は蛍のように燃えつづけてる……明け絶てば、背身の折れ伸び、泣き暮らし、夜はほ垂るの、燃えこそは垂れ。
「あけ…夜明け…限りがくる」「たて…立て…絶て」「せみ…蝉…背身…おとこ」「の…比喩を表わす…主語を示す」「をりはへ…延びる…折れてのびる」「鳴く…泣く」「ほたる…蛍…ほ垂る…お垂る」。女の歌。
だれが里に下がると告げたか
枕草子最後の歌をお聞かせしましょう。
殿(道隆)亡き後、中宮定子の兄弟たちは道長によって都を追放された。道長の娘の彰子が中宮となられ、道長は望月となったのでした。定子の宮は皇后に立たれたものの崖縁。今から一千年余り前のこと、皇后にお仕えした女房の歌には、そのころの女の息吹さえ残っているでしょう。
原文、清げな読み、心にをかしきところ、言の心の順に示す。
枕草子298
まことにや、やがてはくだるといひたる人に、
思だにかからぬ山のさせも草 たれかいぶきのさとはつげしぞ
まことなの、すぐに里に下るのはと言った女房に、
思いさえかけられてない山のも草、誰が伊吹の里へそうするとは告げたのか
ほんとなの、このまま、わたしたち下るのはと言った若い女房に、
思火さえかけられてない山ばのくすぶる女よ、誰が、井ぶきのさ門は、そうと告げるのよ
「やがて…すぐに…このまま」「くだる…里へ下がる…山ばを下る…落ちぶれる」。「思ひ…思火」「山…山ば」「させも草…もぐさ…燻ぶるひと」「草…女」「伊吹の里…させも草の産地…女のさと」「さと…里…女…さ門」。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
こひのうた
よみ人しらずの恋歌。女の乞い歌と聞いている。併せて、枕草子の女のための女の歌を、昨日に続いて、お聞かせしましょう。
古今和歌集 巻第十一恋歌一
538~540
538
うき草のうへはしげれるふちなれや ふかき心をしる人のなき
浮草が上は茂れる淵かなのか、わたしのよ深い心を知る人がいない……憂きくさのうわべは繁るひとなのか、わたしのよ、深い心を知る男はなし。
「うき草…浮草…水草…女」「うき…浮き…浮かれ…憂き…辛い」「しげれる…繁っている…頻繁な…盛んな」「淵…深い…女…ついでながら、瀬は背で男」「なれや…なのかどうかな…疑う意を表わす」「人…男」。女の歌。
539
打ちわびてよばはむこゑに山びこの こたへぬ山はあらじとぞ思ふ
思い悩ん呼ぶ声に、山彦が応えぬ山はありはしないと思うけど……うちはてておとろえよばう、呼ぶ声に男が応えぬ山ばはあってはならぬと思うわ。
「うちわぶ…思い悩む…おとろえる…心細く思う」「うち…接頭語…射ち」「よばふ…呼ぶ…夜這う」「彦…男」「山…山ば」「あらじ…ありはしないでしょう…打消の推量の意を表わす…あつてはならない…禁止の意を表わす」。女の歌。
540
心がへする物にもがかたこひは くるしき物と人にしらせむ
心換えられるものならばねえ、片恋は苦しいものと、あの人に知らせるでしょう……心換えするものならねえ、片乞いは苦しいものと君に知らせてやりたいわ。
「心がへ…心の交換」「にもが…であればなあ…願望する意を表わす」「片恋…片思い…片乞い…片方だけが求める」「人…男」「む…推量・意思・決意などを表わす」。女の歌。
はまなのはし見なかったか
昨日につづいて、枕草子の歌をお聞かせしましょう。原文、清げな読み、心にをかしきところ、言の心の順に示す。
枕草子296
ある女房の、とをたあふみの子なる人をかたらひてあるが、おなじ宮人をなん、しのびてかたらふときゝて、うらみければ、「おやなどもかけてちかはせ給へ。いみじきそらごとなり。ゆめにだに見ず」となんいふは、いかゞいふべきといひしに、
ちかへ君とをたあふみの神かけて むげにはまなのはしみざりきや
或る女房が、遠江守の子である男と語らっているが、おなじ宮の女人をよ、忍んで語らっていると聞いて、恨みごとを言ったら、「親などにも懸けて誓わせてくれ給え。ひどい噂なのだ。夢にさえに見ない」なんて言うのには、どう言えばいいのと言ったので、
誓え君、遠江の神にかけて、疑いなく浜名の橋は見なかったか
或る若い女房が、とお多合う身の子の君の男と情けを交わしているが、おなじ宮の女人をよ、忍んで情けを交わすと聞いて、恨んだので、男「おやなどにも懸けて誓わせてくれ給え。ひどい空言なのだ。夢にさえその女人は見ない」というのよ、どう言い返したらいいのと問うので、
誓え子の君、門お多合う身の親にかけて、無げの端間名の端を見なかったか
「かみ…神…守…この君の親」「とをたあふみ…遠江…国の名、戯れる。とお多合う身、門男多情な合う身」「むげ…全く疑いなくそのままであること…無下…最劣悪、くだらない、身分・教養の低い、無毛、ひとをさげすむ言葉」「はまな…浜名…地名、戯れる。端間の」「間…女」「橋…端…身の端」「見…覯…まぐあい」。
清げな読みに止まっていては、和歌も伊勢物語も枕草子もくだらないでしょう。言葉の戯れることと言の心を心得て読みましょう。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
こひのうた
よみ人しらずの恋歌。女の乞い歌と聞きましょう。併せて、枕草子の女のための女の歌をお聞かせしましょう。
古今和歌集 巻第十一恋歌一
535~537
535
とぶとりのこゑもきこえぬおく山の ふかき心を人はしらなん
飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山のような、深い心を、あの人に知ってほしいわ……浮き天をゆくひとの声さえ聞こえない、おくの山ばの深い心よ、君は白らけでしょ。
「飛ぶ…空飛ぶ…山ばの上の浮き天をゆく」「鳥…女」「おく…奥…女…置く…もの送り置く…置き去りにする」「山…山ば」「人…男」「しらなん…知ってほしい…相手に希望する意を表わす…白らでしょう…きっと白けてるでしょう」「ら…状態を表わす」「なん…確実な推量を表わす」。女の歌。
536
相坂のゆふつけとりもわがごとく 人やこひしきねのみなくらむ
逢坂のゆうつげ鳥も、わたしの如く、人恋しいのか、声に出しては鳴いてるようね……合う山坂のゆうつげ鳥も、わたしのように人乞いしいのか、根の身無く泣くようね。
「あふさか…山坂の名…合う坂…和合すべき山ば」「ゆふつけ鳥…鳥の名、戯れる。夕告げ鳥、木綿付け鳥、たそがれ時をつげる鳥」「鳥…女」「こひ…恋…乞い」「ねのみ…音のみ…声をだして…根の身…おとこ」「なく…鳴く…泣く…無く…亡く」。女の歌。
537
あふさかのせきにながるゝいはし水 いはで心におもひこそすれ
逢坂の関に流れる岩清水、言わず心に思っているのよ……合う山坂の関門にながるる清きをみな、言わず心に思っていても。
「逢…合…和合」「坂…山坂…山ば」「関…関所…関門…門」「ながるる…水が流れる…身や情が流れる…ものごとが中止となる」「岩…女」「清水…けがれのない清き女」「水…女」。女の歌。
逢坂の走り井
逢坂で思い出したので、枕草子のひとのために詠んだ女の歌を紹介しましょう。原文、清げな読み、心にをかしきところ、言の心の順に示す。
枕草子297
びんなき所にて人にものいひける。胸のいみじうはしりけるを、などかくあるといひける人に、
あふ坂は胸のみ常に走り井の みつくる人やあらんと思へえば
具合の悪い所で、あの人と話していたの、胸がひどくどきどきしたのよ。どうしてそうなるのと、言った若い女房に、
逢坂は胸ばかりが常にどきどきよ、湧き水のよう、見付ける人がいるかと思うからね
具合の悪い所で、あの人とあっていたの、胸がひどくどきどきしたのよ。どうしてそうなるのと、問うた若い女房に、
合う坂の山ばは、胸ばかり常にどきどきよ、湧き井の女が、見尽きる男ではないかしらと思うからね
「ものいふ…言葉を交わす…情けを交わす…合う」。「あふ…逢う…合う」「坂…合うべき山ばへの坂路」「はしり…水が勢いよく流れる…胸がどきどきする」「井…女」「みつくる…見付ける…身尽きる…見尽きる、おとこの性情」「見…覯…まぐあい」。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず